第23話 不安定で曖昧な空間

「ここは……」

 気づけば、僕はどこかで見たことがある屋上にいた。時折風が強く吹き、髪や頬に当たってくる。

 周りは金網のフェンスに囲まれ、確か、先に外へ飛び降りた記憶がある。

「赤坂くん?」

 不意に後ろから声を掛けられ、僕はすぐに振り返った。

 視界には、先ほど渡り廊下で話したはずの北条がいた。同じ制服姿でありながらも、何か違うと僕はすぐに察する。

「もしかして、同じ時を二十三回も経験した北条さん?」

「そういう風に言われると、何か恥ずかしいわね」

 北条は耳元を指で掻きつつ、うっすらと顔が赤くなった。

「ということは、ここは、僕が飛び降りた病院の屋上……」

「そうね。で、ケガは治ってるみたいね」

「えっ?」

「頭。包帯巻かれてたでしょ?」

 北条に言われ、僕は額のあたりを触ってみる。何もなく、さらに自分の体へ視線をやれば、病衣でなく、学校の制服姿だ。

「ここはそうね。過去と未来の間っていう、とても不安定で曖昧な空間といったところかしら?」

「何かイマイチわからないんですけど……」

「そうね。わたしもはっきりとまではわからないわね」

 北条は言うと同時に、両手を上げ、降参といったポーズを取る。

「わたしもあの後、赤坂くんに続いたのよね」

「そうだったんですか」

「そう。でも、わたしは赤坂くんと同じ過去へは行けなかったみたい」

「どういうことですか?」

「どうも何もそういうこと。わたしは別の過去の世界へ行ったのよ」

 北条の言葉に対して、僕は未だに意味を掴めずにいた。

「わたしが行った過去、つまりは二十四回目の同じ時ね。そこにも赤坂くんはいた。けど、その彼は、わたしと病院であったことを何も覚えていない。ましてや、秋葉くんのことで相談したことも」

「それって、僕がいる世界で、北条さんが何も覚えてないのと、同じ……」

「みたいね。どうも、わたしと赤坂くんは過去でも、それぞれ別の過去に行ってしまったみたいね」

 北条は口にすると、ため息をこぼし、僕の前へ回り込んできた。

「おそらくだけど、この空間はわたしの夢と赤坂くんの夢が繋がってるみたいね」

「夢?」

「眠ってるってことよ、今」

「何でそんなことがわかるんですか?」

「何回も過去に戻ったりした時に、こういう空間を感覚で経験したことがあるのよ」

「なるほど……」

 僕はうなずきつつ、「ってことは、僕は授業中に寝てるってことか」と口にしていた。

「そっちはそういう状況なのね。ちなみにわたしは夜で普通に寝てる時間だと思うわね」

「時差があるんですね」

「そうみたいね」

「そっちの僕はどんな感じなんですか?」

「特に変わりはないわよ」

「そうですか」

「そっちのわたしはどうなの?」

「いや、特に変わったことは……。いや、あります。秋葉が好きじゃないです」

「えっ?」

 北条は驚いたような表情を浮かべると、僕に詰め寄ってきた。

「それ、どういう意味?」

「あのう、近いんですけど……」

「秋葉くんを好きじゃないわたしは、わたしじゃない」

 お互いの鼻が触れそうなぐらいまでの近距離で、僕と北条は向かい合い続ける。

「その話、詳しく聞かせてほしいんだけれども」

「そのう、ちょっと説明が少し足りなかったです。えっと、秋葉が女になっていました」

 僕の言葉に、北条は何歩か後ずさり、「そうなの」と素っ気なさそうな反応をした。

「赤坂くん」

「はい」

「殺してもいい?」

「はい?」

 僕は一瞬聞き間違いかと思った。

 だが、北条がどこからか出してきたものを目にして、それはないとわかる。前にも見たことがある刃先の小型ナイフ。

「ちょ、ちょっと、北条さん」

「わたしは本気だから」

「というより、このやり取り、前にもしましたよね?」

「記憶にないわね」

「北条さん、勘弁してください」

「それに、ここは夢の中。おそらくだけど、刺されようが何されようが、多分死ぬことはないかと思うわね。多分」

「多分って二回言ってるんですけど」

「とりあえず、つまらない冗談は聞きたくないわね」

「それが、本当としか言いようがなくて……」

 僕がどうしようもない調子で弱々しく口にすると、北条は顔を合わせてきた。

「ウソ、ではなさそうみたいね」

「本当なんですけど」

「つまりは、秋葉くんが女の子になっているから、男だった秋葉くんを好きなわたしは、赤坂くんがいる世界にはいないと言いたいわけね」

「はい」

「色々と厄介な世界ね」

 北条は前髪をいじりつつ、面倒そうな表情を浮かべた。

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