第22話 普通かもしれない話

 昼休み。

 僕と委員長は、ふたつある校舎を繋ぐ渡り廊下で、北条と向かい合っていた。

「話って何?」

「昨日、食堂で話したことなんだけど」

「秋葉、のことかしら?」

「うん」

 僕がうなずくと、北条はヘアピンでサイドアップにまとめた髪を手でいじる。

「わからないわね」

「何か、新しく思い出したこととか、あります?」

 僕が問いかけるも、北条は首を横に振る。まだ、秋葉という名前に対して、うっすらとした印象しかないようだ。

「というより、委員長も一緒なのね」

「はい。その、赤坂くんの話を信じてみようと思いまして」

「意外ね」

 北条は言うと、僕と目を合わせてくる。

「そもそも、その、秋葉という人物は誰なの?」

「誰かに殺されるかもしれない、僕の友達です」

「殺される?」

「はい。赤坂くん曰く、前にいた未来では、秋葉くんは家で誰かに殺されたみたいです」

 委員長が付け加えると、北条は乾いた笑みを浮かべた。

「おもしろいわね」

「おもしろい、ですか?」

「ええ。それで、その、秋葉くんを殺した犯人に目星はついてるの?」

「北条さん、今、秋葉、くんって言いましたよね?」

 僕と北条のやり取りを遮るような形で、委員長が質問を投げかけてきた。

 北条は不思議そうな表情を浮かべつつも、「そうね」と返事をする。

「北条さんは、秋葉くんのことを男子だと無意識にわかっているみたいですね」

「そういえば」

「何となくよ」

「そうですか。でしたら、その何となくという感覚から、確実に秋葉くんのことを思い出すように、わたしたちと協力してください」

 委員長は口にすると、北条の前まで歩み寄った。考えれば、本人にとって、告白をしようと思って、一旦諦めてる相手だ。僕のことに関わらず、自分の気持ちを伝えたい欲求もあるだろうが、堪えている。おそらく、北条が秋葉を好きだったのか、確かめてからということかもしれない。僕なら、失われているかもしれない記憶など、どうでもいいと思うはずだ。

「それに、秋葉くんはこの世界にも存在していました」

「そうなの?」

「はい。といっても、実際は女の子でしたけど」

「どういうこと?」

 北条が視線を僕の方へ向けてくる。

「いや、その、秋葉は、前の世界では家の中で殺されたから、同じ家の場所に行けば、何かわかるかもしれないと思って、行ってみて、それで」

 僕は女子の秋葉に会ったこと、彼女が殺される夢を見ていることなどを北条に話した。

「つまりは、この世界の秋葉、さんは、前の世界の秋葉くんとは性別が変わっただけで、同じ人物かもしれないって言いたいわけ?」

「そこまではまだ考えてないけど、僕はそう思ってる」

「わたしも、何となくでしたけど、そう考えています」

 委員長がうなずき、北条は渡り廊下の手すりにもたれ、黙り込む。耳にした今までの内容を頭の中で整理をしているようだ。

「秋葉くんを殺した犯人がわからず、この世界の秋葉さんが殺されたりでもしたら、赤坂くんはどうするの?」

「そしたら、また、過去に戻ります」

「その言い方は、過去への戻り方を知ってるみたいな言い方ね」

「そうですね」

「戻ったら、こことはまた別の世界になるかもしれないですよね?」

「それは、否定できないよね……」

 僕は口にすると、おもむろにため息をついてしまった。

「だから、この世界で、秋葉を殺した犯人を見つけ出したい。だから、この世界の秋葉さんを殺そうとした犯人を見つければ、それが、秋葉を殺した犯人と同じっていう可能性は高いと思う」

「赤坂くん」

「はい」

「色々と話は聞いてるけど、今までのはあくまで、想像の話にしか感じられないかもしれない。普通の人が聞いたら、『疲れてるんじゃない?』とか言って、昨日みたいに保健室を勧めると思うけど」

「まあ、そうですよね」

「でも」

 北条は間を置くと、渡り廊下の手すりから離れ、僕との距離を縮めた。

「そういうのを一度は徹底的にのめり込んだ方がおもしろいし、実はそれが普通だったっていうことになるかもしれないわね」

「わたしはこれが普通だと思っています」

 委員長ははっきりと言う。

「協力するわ」

 北条は声をこぼすと、僕や委員長から後ずさる。

「放課後、その秋葉さんの家に行ってみるのもおもしろいかもしれないわね」

「実は、家に行く前に、秋葉さんの学校に行ってみようかと思って」

「なら、わたしも一緒に行ってもいいかしら?」

「もちろんです」

 委員長が答えると、北条は「ありがとう」と口にした。

「楽しみね」

「もしかしたら、秋葉さん、今日殺されるかもしれないので」

「それは物騒ね」

「北条さん、もしかしてですけど、今の状況を楽しんでいるように見えますけど?」

「そうね。そうかもしれないわね」

 北条は不敵そうな笑みを浮かべると、場から立ち去っていってしまった。

「とりあえず、協力してくれるってことでいいんだよね?」

「そう、ですね」

 見れば、委員長は胸を押さえて、呼吸が荒くなっていた。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です。その、北条さんとここまで会話したのが初めてでしたので、本人がいなくなって、急に緊張とかの反動が……」

「それは、お疲れ様です……」

 僕が頭を下げると、委員長は手を横に振り、遠慮がちな表情をする。しばらくすると、落ち着き始め、深呼吸をすると、いつもの様子に戻った。

「それでは、わたしは食堂に行きます」

「委員長って、弁当とかじゃないんだ」

「いえ、普段は弁当ですけど、今日はその、弁当を忘れてしまいまして……」

「委員長でもそういうことがあるんですね」

「あります。人間誰しも、そういうことはあるものです」

 委員長は言うと、食堂がある方へ足を進ませ始めた。

 一方で僕は、昨日に引き続いて食堂かと感じながらも、後についていく。

 加えて、委員長から五百円をもらって、日替わりラーメンを食べたことも思い出しつつ。

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