第20話 ひとつわからないこと

「何もなかったですね」

「そうだね」

 薄暗い中、僕は委員長とともに秋葉のマンションを出た。

 結局、秋葉の身には何も起きなかった。あったとすれば、帰ってきた彼女の母親と挨拶を交わしたくらい。夕食を誘われたものの、僕と委員長は断った。

「でも、何もなくてよかったですね」

「そうだね」

「明日からはどうしますか?」

「明日から?」

「はい。秋葉さんの夢ですと、『学校から帰ってきて、家でくつろいでる時』って言っていましたから」

「明日に起こるかもしれないってことか……」

 僕は言いつつ、曇りがちな夜空を眺める。

「犯人さえわかれば……」

「でも、考えたら、ひとつわからないことがありますね」

「わからないこと?」

「動機です」

 委員長は言うなり、足を止めた。

「そもそも、秋葉さん、もしくは秋葉くんは誰かに恨まれるようなことをしたのかもしれません。本人がしてないとしても、相手にとっては、そう受け止められてしまうようなことをです」

「前の世界では、秋葉が恨まれるようなことはあまり思いつかないな」

「本当ですか?」

「せいぜい、女子に告白されても、断ってるぐらいだしって、あっ」

「それかもしれません」

 委員長の言葉に、僕は自然とうなずいていた。

 近くにある高架の上を電車が走り抜けていく。僕はそれを耳にしつつ、頭を巡らせる。

「ちょっと、思い出してみる。その、前の世界で秋葉に告白してフラれたであろう子を」

「わかりました。そしたら、北条さんはどうします? 秋葉さんのこととか、明日話しますか?」

「とりあえず、話してみる価値はあると思う。それに話したら、北条さんが何か思い出すかもしれないし」

 僕は声をこぼすと、「わかりました」と委員長は返事をする。

「とりあえず、今日はもう遅いし、委員長の家って、ここから近かった?」

「そうですね。駅前を抜けて、十分ほど歩いたところです」

「まあ、その、暗くて危ないと思うから、今日は家まで送るよ」

「いえ、その、別に」

「秋葉さんが殺されるかもしれないから、このあたりは物騒かもしれないし」

「そう、ですね。それでは、その、お言葉に甘えて」

 委員長は口にすると、足を進ませ始める。僕は周りを見つつ、ついていく。

「犯人、わかるといいですね」

「まだ、何も起こしてないけど、人が死ぬのを未然に防げるのなら」

「やって損はないと思います」

 はっきりと言う委員長の瞳は力がこもっているように感じられた。前髪がややかかっていてもだ。

 秋葉を殺した犯人は絶対に捜し出すと、僕は内心で強く抱いた。

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