第19話 変な親近感と変な夢
気づけば、僕は秋葉の家にあるリビングのソファに座り込んでいた。
「いやあ、びっくりしたよ」
見れば、秋葉が笑みを浮かべつつ、キッチンにてペットボトルの緑茶をコップに注いでいる。ショートカットの髪は、男子だと僕が勘違いさせるのも無理はないと感じた。
「何だか、すみません……」
隣には委員長が遠慮がちそうに腰を降ろしている。僕らが持っていた学校の鞄は、室内の隅に置いていた。邪魔にならないようにしたのかもしれない。僕がいるところの斜め向かいにはガラス窓があり、奥にはベランダがついていた。
秋葉は緑茶が入ったコップをふたつ、それぞれ手にしつつ、歩み寄ってきた。
「はい」
「その、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
僕と委員長はお礼を述べると、秋葉から緑茶を受け取る。
お互いに何口から飲むと、目の前にある膝くらいの高さがあるテーブルにコップを置いた。
秋葉はそれを見届けてから、僕らとは別の、ひとり掛けのソファに座り込んだ。
「で、君たちは僕に何の用?」
「その、どう話したらいいか、その……」
僕は言葉を紡ぐも、なかなかいい説明が思い浮かばない。
「まさか、秋葉、さんが女子だと、思わなくて……」
「そこなんだよね。僕が女の子っていうのがそんなに驚くこと?」
「いえ、それは……」
僕が答えに窮していると、委員長が顔を動かしてきた。
「秋葉さん。今から話すことはできれば、真面目に聞いてほしいです」
「真面目に?」
「はい」
うなずく委員長に、秋葉は真剣そうな表情をする。
「わかった。その代わり、内容がウソっぽかったら、君たちを不審者として警察なり、学校なりに連絡するから」
「いや、それは……」
「わかりました」
委員長ははっきりと言うと、正面を秋葉の方へ向ける。僕の不安そうな様子を気にしていないらしい。
「彼、赤坂くんは、未来で男子の秋葉さんに会っているんです」
「ごめん。ちょっといい?」
秋葉は手を突き出し、委員長の話を制した。
「今の話、ウソにしては、もうちょっと考えた方がいいと思うんだけど? 僕が男子になってる?」
「今話したことは本当です」
委員長は言い切るなり、僕へ視線を移してくる。
「ですよね?」
「まあ、うん、その、はい」
歯切れが悪い僕の返事。今の場をどうしようかと悩んでいたからかもしれない。
一方で、秋葉は疑い深そうな眼差しを送ってきた。
「そもそも、ふたりの関係って?」
「わたしと赤坂くんの関係ですか?」
「そうそう」
「単なるクラスメイトです」
「彼氏彼女とかじゃないの?」
「ち、違います!」
委員長は声を張り上げた勢いからか、ソファから立ち上がっていた。北条に告白しようとしたのだから、ウソではない。
「赤坂くんも何か言ってください」
不意に委員長から呼ばれ、僕は頭を巡らした末、口を開いた。
「秋葉さん」
「何?」
「僕を見て、何か思い出しそうなこととかって、あったりします?」
「何言ってるの、君」
秋葉は笑いをこぼすと、おもむろにスマホを取り出してきた。
「これ以上変なこと言うと、それ相応のところに連絡するよ」
「そ、それは待ってください」
「君、クラス委員長なんだよね? ひとりのクラスメイトに関わりすぎなんじゃないの?」
「関わりすぎて何が悪いんですか?」
「いや、そういうことすると、周りからありもしない噂とかができるよ?」
「そうなったら、わたしが注意します」
「そういうのって、注意するだけじゃ、ダメだと思うよ」
秋葉は言うなり、スマホをしまった。
「とりあえず、警察や学校に連絡することは今回しないけど、今度同じような感じで訪ねてきたら、見過ごさないよ?」
「本当に、何も思い出せないですか?」
声をこぼした僕に対して、秋葉は鋭い瞳を向けてくる。
「君、しつこいよ」
「本当に何も、ないんですか?」
「赤坂くん、今日はもう諦めて」
「秋葉は、前の世界で僕の友達だったんです」
左右のこぶしを強く握り締め、僕は口にした。
「だから、この世界で、秋葉の痕跡を少しでも探したいんです」
僕は真面目な調子で、秋葉と目を合わせる。
一方で彼女は、僕の様子に何かを感じ取ったのかもしれない。おもむろにため息をこぼした。
「そこまで言われると、何だかなあ」
「どういうことですか?」
委員長が問いかけると、秋葉は頭を掻き、間を置いた。
「君たち、特に赤坂くんって言うんだっけ? 彼を見た瞬間、何だろう、変な親近感を感じたんだよね」
「そうだったんですね」
「うん。でも、単なる気のせいだろうって思った。だって、君たちとは初対面だからね。なのに、君がしつこく聞いてくるから、その気のせいが気のせいじゃなくなってきたっていうか」
「これは、北条さんも同じような感じですか?」
「そうだね」
僕は委員長の問いかけにうなずく。
気になるのは、なぜ、秋葉の性別が変わってしまったのかということだ。
「後、これは何となくなんだけど、自分は男なんじゃないかっていう気持ちがうっすらとあったりするんだよね」
「それって……」
「僕はそういう人なのかと本気で思ったりもしたけど、今のところは生活に支障はないから、気にしないようにしていたけど」
秋葉は話し終えると、ソファの背もたれに体を沈める。
「君たちの話を聞いてると、段々とそういう隠していた自分の気持ちを見透かされてるような感じがしてきて、そこから逃げたくて、君たちを早く追い出したくなったってところかな。でも、赤坂くんはそれでも折れずに、僕に真正面からぶつかってきた。さすがにこれで逃げるのはないかなって」
秋葉は話し終えると、リビングにある天井の方を見上げる。先ほどまで立っていた委員長はいつの間にかソファに再び座り込んでいた。
「ついでに言うと、最近変な夢を見るんだよね」
「夢、ですか?」
「そう。僕が何者かに殺される夢」
顔を移す秋葉の言葉に、僕は身を乗り出した。
「犯人の顔、覚えてます?」
「犯人?」
「はい。夢で秋葉さんを殺そうとした犯人です」
「赤坂くん、落ち着いてください」
気づけば、僕は委員長に片腕を軽く掴まれていた。
「へえー。君はそういうのも何か心当たりがあるみたいなんだね」
「心当たりも何も、前の世界では、秋葉は何者かに殺されたんです」
「それは物騒な話だね」
「この世界で言えば、何日か後にそういうことが起こるかもしれません」
「何日か後って、具体的には?」
「それは、ちょっとわからないです」
歯切れが悪い僕の返事に、秋葉は両腕を組む。
「つまりは、性別が変わってるから、同じような未来がやってくるかわからないってことかな?」
「そうですね」
「それは困ったね」
「何とか、そういうのはわからないものなんですか?」
「そう言われても……」
委員長の問いかけに、僕はうまく答えることができない。わかっていたら、事前に対策とかを考えればいいのだけれど。
「まあ、そもそも、こういう話は、赤坂くんが本当に未来からやってきて、僕とは別の性別の秋葉が本当に存在していたらという話だけど」
「秋葉さんは、信じないのですか?」
「うーん。信じるにしても、君たちの話と僕の妙な感覚や変な夢だけだし……」
「つまりは、信じられないけど、かといって、まったくのデタラメではなさそうといったところですか?」
「そうだね。まあ、これで近日中に殺されたら、信じる信じないの問題どころじゃないけど」
秋葉は笑みをこぼすと、ソファから立ち上がった。
「まあ、僕としては、色々と興味深い話を聞けて、面白かったよ」
「秋葉さんはこれからどうするんですか?」
「どうするも何も、いつも通りの生活を送るだけだよ。それなりに警戒はしておくぐらいかな」
秋葉は言うなり、キッチンの方へ向かった。そういえば、会った時に持っていたビニール袋の中身は何だったのだろう。
しばらくして、秋葉が戻ってくると、手にはカッププリンとスプーンがあった。
「それ、さっき買ってきたものですか?」
「うん。近くのコンビニでね」
「家は秋葉さん以外、いないみたいですね」
「パパとママは会社だからね。もうそろそろ、どっちか帰ってくると思うけど」
口を動かす秋葉はカップのふたを開け、中身のプリンをスプーンで食べ始める。
僕と委員長は残っていた緑茶を飲み干すと、お互いに目を合わせた。
「どうしますか?」
「どうって、ここはもう、様子見するしかないかなって……」
「でも、もし、わたしたちがこの後いなくなってから、秋葉さんが殺されたりでもしたら……」
「それは、確かにあり得るかもしれないけど……」
僕は話しつつ、秋葉へ視線を向ける。
「秋葉さん」
「何?」
「さっき言っていた変な夢ですけど、何か覚えてることってあります? 昼間だったとか、休みだったとか」
「うーん、そうだね。日はあったから、夜ではないね」
「他に何かあります?」
「何となくだけど、今ごろの時間帯って感じがしたかも。学校から帰ってきて、家でくつろいでる時みたいな」
「赤坂くん」
委員長が僕の名前を呼ぶ。内心で伝えたいことは、何となく察しがついた。
「秋葉さん」
「うん?」
「お願いです。その、夜になるまで、ここにいさせてもらうことはできませんか?」
「どうしたの急に」
「夜になれば、秋葉さんが見た夢の時間は過ぎるので」
「僕が殺されないように一緒にいるって言いたいの?」
「はい」
僕が返事をすると、委員長は示し合わせたかのようにうなずいた。
「もし、邪魔でしたら、近くで見張っているだけにします」
「それはそれで、警察とかに通報されるよ?」
「そこは何とか頑張ります」
「頑張るって言ってもね……。それをされるぐらいなら、ここにいてもらった方がいいかなあ。パパやママには友達っていうことにしておけば、大丈夫だろうから」
「そしたら、その、いいんですか?」
「君たちは別に、悪い人たちではなさそうだしね」
「ありがとうございます!」
僕と委員長は揃ってお辞儀をした。秋葉はその様子に驚いたらしく、「いいって」と落ち着かせるかのような調子の声を漏らす。
かくして、僕と委員長は、秋葉の家にしばらくいさせてもらうことになった。
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