第14話 日替わりラーメンと北条綾乃
校内にある食堂は生徒らで混み合っていた。
僕は委員長からもらった五百円で日替わりラーメンを頼み、プレートを手に中をうろついた。
「どこか空いてる席はと」
視線を動かしつつ、座って食べている生徒らの間を横切っていく。
と、とある生徒の存在に気づき、僕は立ち止まる。
視線の先には、北条がいる。ひとりで麺を箸で啜っていた。多分、僕と同じものを頼んだのだろう。
しかも、幸いなことにというべきなのか、向かい側の席は誰もいない。
僕は避けようとも考えたが、意を決して、そこへ足を進めていく。
「あのう……」
「何って、あっ」
手を止めた北条は顔をやるなり、僕のことに気づいたらしい。
「そのう、そこ、座ってもいいかなって」
「別に、いいけど」
北条は口にすると、再び食べ始める。器があり、中身は僕と同じ日替わりラーメン。
「僕と同じ、コーンラーメンですね」
「そうね」
北条の返事に、僕は「ですね」と変な相づちを打ちつつ、座り込む。
「北条さんって、いつも食堂とか?」
「いつもじゃないわね。むしろ、滅多に利用しない方。赤坂くんは?」
「僕はたまに」
「そう」
北条の口調は淡々としていた。
「そのう、前の休み時間はごめん」
「何で謝るの?」
「その、変なこと口走ったりしたから」
「まあ、だけど、赤坂くん、あの時体調悪かったんでしょ? 次の授業、いなかったから、保健室で休んでたんだろうと思うけど」
「そうだね」
「というより、早く食べないと、麺伸びるわよ」
「そうだね」
僕は愛想笑いを浮かべ、持ってきていた箸を持ち、麺を啜る。コーンはスープからいくつか見えるものの、大半は底に沈んでいるだろう。
「秋葉、だっけ?」
「まあ、うん」
「何か授業中寝てる時に夢でも見たとか?」
「かもしれない」
「随分弱気ね」
「まあ……」
「だったら、わたしの前に座らなければよかったんじゃない?」
「そうだけど、何て言うか、避けたらダメだなとか思って」
「ふーん」
北条は箸を器の中へ立てかけた後、元々あったコップを口元へ運び、水を飲む。
「あの後思ったんだけど」
「あの後?」
「赤坂くんがわたしに話しかけてきた後」
「何か、あった?」
「何かね、秋葉っていう名前がどうも、どこかで聞き覚えがあるような気がして、頭から離れないのよね」
「そうなの?」
僕は箸を止め、北条と目を合わせる。
「じゃあ、北条さんって、秋葉のこと」
「残念だけど、秋葉っていう名前をどこで聞いたのか、わからないわね」
北条はかぶりを振ると、レンゲを使って、スープに口をつける。
「何だろう、秋葉という名前に靄がかかって、思い出せないっていう感じ」
「ちなみに、その、秋葉に対して、どんな感情とか抱く?」
「感情は、うーん、まあ、どこか親近感を抱くような、そんな感じ?」
北条の曖昧そうな答えに、僕はどう反応をすればいいか戸惑う。好意に関するものであれば、納得がいくものの、親近感となると、どうなのだろう。
「親近感って、その、兄弟姉妹みたいな?」
「そうでもないわね。どちらかと言えば、長く見守ってきて、色々としてあげたいっていう感じ?」
「ああ、なるほど」
僕は北条の言葉にしっくりと感じたので、つい、何回もうなずいてしまった。
「何がなるほどなの?」
「いや、その、そうだよなあとか、って、今の北条さんには関係ないかなって」
「変なの」
北条は言うなり、箸とともに、レンゲをも器の中に立てかけた。中を見れば、スープは残っているものの、麺はほとんどなくなっている。
「コーンは食べた?」
「食べたわよ。可もなく不可もなくっていったところね」
北条は器が乗ったプレートを手にすると、おもむろに立ち上がった。
「で、赤坂くんはここでわたしと話して、何かいいことはあった?」
「うっすらとは」
「秋葉っていう名前のこと?」
「うん。その、まったく覚えがないって言われたら、しょうがないと諦めがついたけど、北条さんの今の話を聞いたら、諦めるのはまだ早いって気がしてきて」
「わたしには何のことかわからないけど、まあ、赤坂くんがそう思えるのなら、わたしが話したことは単なる無駄話ではなかったというわけね」
「そうだね」
僕が言うと、北条は「それじゃあ、先に」と言い残し、場から立ち去っていった。
ひとり残った僕は、コーンラーメンの中身を口に運んでいく。
「北条さんはもしかしたら、病院の屋上で別れた時の北条さんと同一人物かもしれない」
僕はわずかな希望に満ちた推測に気持ちを高ぶらせた。
さらには秋葉を殺した犯人捜しができれば。
僕は改めて、食堂へ行くきっかけとなる五百円玉をくれた委員長に感謝をしたくなった。
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