第13話 赤坂太一と委員長

 たどり着いた場所は体育館の裏だった。

「赤坂くんは、今から言うこと、誰にも言わないって、約束してくれますか?」

 目を合わせる委員長は真剣そうな表情をしていた。どうやら、僕は彼女がひた隠しにしていたことを知るようだった。

「まあ、その、僕が未来から来たってことを信じてくれるのであれば」

「信じます」

 委員長は躊躇せずに言う。

「でも、さっき、信じるのは『半々くらい』って……」

「あの後、色々考えて、その、ここは信じてみようってことになりました」

「何で?」

「今から、わたしの言うことについて、相談してもらいたいからです」

 委員長の言葉に冗談っぽさはない。

 僕は考えた末、うなずいた。

「わかったけど、僕が聞いて、何か解決できるようなものとかじゃないと思うけど……」

「でも、赤坂くんは未来から来たんですよね?」

「まあ、一応……」

「そしたら、わたしが告白した結果がどうなるのか、少しでもわかるかなって思って」

「告白?」

 不意に出た単語に、僕は聞き返していた。

「告白って、誰に?」

「えっと、その……」

 委員長は言いづらいのか、両手をいじりつつ、目を泳がせる。いつの間にか、頬は赤く染まり始めていた。

「委員長?」

「本当に、誰にも言わないでください。その、恥ずかしいから」

 あたりに視線を動かした後、委員長は声を潜ませる。

 僕が首を縦に振ると、委員長は深呼吸をした。よほど、覚悟が必要な内容らしい。

「実はわたし、好きな人がいます」

「まあ、告白っていう言葉が出たから、そうだよね」

「相手はその、北条さんです」

「北条さんか。そうなんだって、えっ?」

 僕は一瞬聞き間違いなのではないかと思い、「北条さん?」と尋ね返す。

「はい。さっき、赤坂くんが話しかけていた北条さんです」

 委員長ははっきりと言うと、俯いてしまった。多分、僕がどう反応をするのか、怖くなったのかもしれない。

「北条さん、か……」

 僕は口にしつつ、黙ったままでいる委員長を見る。

 秋葉がいた未来では、委員長が北条のことに好意を寄せていたような素振りはなかった。いや、気づかなかっただけかもしれない。単に僕が鈍感なだけで。

 でも、その時と違うのは、北条が好きな相手、秋葉が今いないことだ。

「わからないけど」

 僕は口を開くと、委員長は顔を上げてきた。

「前にいた未来では、北条さんは好きな人がいた」

「そう、なんですか?」

「うん。でも、相手は今いるここにはいないから、その、どうなのかわからない」

「どういう意味ですか?」

「さっき、僕が言ってた、秋葉っていうクラスメイトの友達」

「秋葉……。もしかして、その人が、北条さんの好きな人だったのですか?」

「まあ、うん。といっても、ここにはいないし、ここにいる北条さんや委員長も知らないと思うけど……」

 僕は言いつつ、頭を掻き、さらにどう話せばいいか、窮してしまった。

「そうですか……。ということは、赤坂くんが知ってる未来は、ここの未来とは違うかもしれないということですね」

「多分、そうかもしれない」

 僕は言うなり、自然と委員長に頭を下げていた。

「だから、その、ごめん。僕は委員長が北条さんとどうなるかとか、そういうことは全然知らなくて……。というより、そういうことはなかったのかもしれない」

「つまりは、赤坂くんがいた未来は、別の世界みたいな感じだったということですか?」

「おそらく。秋葉がいなかったから」

「そうですか……」

 委員長は声を漏らすと、おもむろにメガネをかけ直した。

「そうしたら、わたしが今の北条さんに告白してどうなるかは、赤坂くんでもわからないってことですね」

「まあ、そうなるね」

「わかりました」

 口にした委員長は、気持ちが吹っ切れたのか、晴々としたような表情を浮かべた。

「そしたら、結果はどうであれ、気持ちを北条さんに伝えてみます」

「何か、その、ごめん。あまり力になれそうになくて」

「いえいえ」

 かぶりを振る委員長は、顔を綻ばす。

「むしろ、赤坂くんと話して、色々と気持ちがすっきりしました。だいたい、未来がどうなってるかを知ったところで、もし、ダメだったら、やめるとかなんて、ダメですよね」

「だけど、北条さんに告白して、何かよくない結果になったら」

「それはそれです」

 委員長は言うなり、僕と目を合わせる。

「ですから、わたしのことは気にしないでください」

「いや、そう言われると余計気にするんだけど……」

「赤坂くんは、前の世界でいた秋葉、くんでしたっけ? 彼が何でここにいないのかを気にした方がいいと思います」

 委員長は背を向けると、おもむろに歩き始める。

「とりあえず、昼休みです。お昼を取らないと、午後の授業は頑張れないですから」

「まあ、そうだね」

 僕は遅れて、場から立ち去ろうとする委員長の後についていく。

「赤坂くんはお昼、弁当ですか?」

「いや、この日は弁当忘れてるはずだから」

「そういえば、さっき聞きましたね。よければ、お金あげますけど?」

「いや、大丈夫。多分、今月の小遣い分がいくらかあるはずだから」

 僕は言うなり、制服のズボンにあるポケットから、財布を取り出す。

「って、あまりない……」

「委員長として、クラスメイトの金欠に目を背けるわけにはいかないですから」

 委員長は言うと同時に、出した自分の小銭入れから、五百円玉を渡してくる。

「これで、食堂のラーメンとか食べてください」

「いや、大丈夫だって。何だか悪いし」

「いいです。それに、お腹空かしたまま、次の授業受けて、また体調悪くなったりしたら、困りますし」

 委員長のもっともな言葉に、断る理由が思いつかない。僕は仕方なく、五百円玉を受け取った。

「今度、返します」

「大丈夫です」

「でも」

「それなら、次のテストとかでいい点取ってください。赤坂くんって、あまり成績よくないですよね?」

「まあ、それは、いつも勉強してないから……」

「なら、これを機に勉強して、成績がよくなったら、委員長としては喜ばしいことです」

 不意に振り返り、笑みを交えた顔を移してくる委員長に、僕はどきりとしてしまう。

「何だか、それ、どこかずるいような……」

「でも、お腹空いてるんですよね?」

 委員長の問いかけと同時に、自分のお腹が鳴ってしまう。

「とりあえず、この五百円は受け取ります。その、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 ひとまず、もらった五百円を財布にしまい、委員長とともに体育館の裏から出ていく。

 秋葉がいないことには変わりない。だけど、委員長は僕のことを完全に信じてくれるらしい。なので、証拠を出す必要はなくなったみたいだ。

「とはいえ、この世界で、僕がどう過ごせばいいか考えないと」

「赤坂くん?」

「いや、何でもない。単なるひとり言だから」

「何かあったら、わたし、相談に乗りますから」

 委員長に言われ、僕は「ありがとう」と礼を口にする。

 何はともあれ、まずは腹ごしらえだ。食堂での日替わりラーメンは何だろうと、僕は頭を巡らし始めた。

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