第11話 保健室にて

 保健室には誰もおらず、白いシーツを敷いたベッドがいくつかあった。

「誰もいないですね」

 委員長は室内を歩き回るなり、声をこぼす。

「とりあえず、ベッドは空いてるみたいです」

「そうみたいだね」

 僕は返事しつつ、今後どうしようかと悩み始めていた。

 病院の屋上で話した北条は、ここにはいないらしい。別の北条がいて、さらに秋葉は存在すらしていない状況。

「というより、ここって、もう、過去じゃなくて、別の世界なんじゃ……」

「どうしましたか?」

「いや、何でもないです」

「何か悩んでいるんですか?」

 委員長は僕の様子を気にかけてか、歩み寄ってきた。

「さっきは教室で、秋葉、でしたよね。そういうクラスメイトがいたとか何とか」

「多分、というより、絶対信じてもらえないと思うけど」

 僕は間を置いてから、再び口を開く。

「僕は五日後の未来からやってきたんだよね」

 事実とはいえ、クラスの女子に打ち明けると、すごい恥ずかしくなってきた。というより、ラノベか何かの主人公にでもなったつもりというか。とにかく、穴があったら、入りたい。

「未来、ですか……」

 対して、委員長の反応は冷たくもなく、また、驚いてそうにもない感じだった。

「あのう、委員長?」

「はい?」

「そのう、何か感想とか……」

「そう、ですね……。さっき、『前に委員長がプリントを取っておいてもらった時』とか、おかしなことを言っていた理由はこれなのかなって」

「何て言うか、冷静ですね」

「そうですか? ちょっとはびっくりしています」

「ちょっとなんだ……」

 僕は口にするなり、色々な意味で疲れてきて、近くにあるベッドに腰を降ろした。

「それで、委員長。もしかして、僕の言うこと、信じてくれたんですか?」

「半々くらいです」

「半分は冗談として受け止めてるってことですね」

「いえ、というより、半分はちゃんとした証拠とかあれば」

「完全に信じるってことですか?」

 僕の問いかけに、委員長はこくりとうなずく。

 どうやら、僕は秋葉のいない世界で、孤独ではないらしい。

「委員長」

「はい?」

「その、ありがとうございます」

 僕は頭を下げ、半分でも信じようとしている委員長に感謝を伝えた。

 一方で、委員長は急な僕の行動に戸惑ったらしい。

「や、やめてください。わたしは別に何も……」

「いえ。僕にとっては、唯一の救いというか、この世界で何とかやっていこうとする一筋の光が差してきた感じで」

 僕の言葉に、委員長は照れたのか、頬がうっすらと赤く染まった。

「わ、わたし、赤坂くんが次の授業を休むこと、先生に言ってきます!」

 委員長は上擦った声を発するなり、メガネをかけ直すと、保健室から出ていってしまった。

 ひとり取り残された僕は、どうしようかと頭を巡らした末、ベッドで仰向けになる。

 視界には保健室の天井が映り、病院で目を覚ました時と似た感じだなと内心で抱く。

「となれば、委員長に未来からやってきた証拠を示さないと」

 僕は言うと、意を決した形として、片腕で握りこぶしを天井に向けて、突き上げる。

 同時に、授業をサボることができる嬉しさをやんわりと噛み締めた。鳴り響き始めたチャイムの電子音とともに。

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