第10話 現実を認めたくない気持ちからの悪あがき
日本史の授業後、僕は北条の席に向かった。
「赤坂くん、だっけ?」
声を掛けると、北条は自信なさげに僕の苗字を聞いてくる。どうやら、違和感は間違いではないらしい。
「あのう、北条さん。もしかしてですけど、僕とまともに話すの、今が初めて?」
僕の質問に、北条は不思議そうな顔をするも、間を置いた後、「そうね」とうなずいた。
「ってことは、僕だけってことか……」
「何が自分だけ?」
「何でもないです。そのう、秋葉のことだから」
「秋葉?」
北条は意味が掴めないのか、首を傾げる。
「秋葉って、何かイベントとか?」
「えっ?」
予想だにしない北条の返事に、僕は変な声を漏らしてしまった。
「秋葉って、同じクラスの」
「そんな人、同じクラスにいないと思うけど?」
「えっ? いや、普通に、廊下側の方に」
僕は口にしたところへ目をやるも、いるべきはずの席には別の男子が座っていた。
「ウソでしょ?」
「赤坂くん。もしかして、さっきの日本史、ずっと寝てた?」
「いや、寝てたというか、生死の境をさ迷っていたというか……」
「変なことを言うのね」
北条は含み笑いをすると、「委員長―」と声を張り上げる。
僕が顔を移すと、前髪がやや瞳にかかったまま、メガネをかけた委員長がやってくる。ちょうど、近くを通りかかろうとしていたところだった。
「どうしましたか?」
「何かね、彼が秋葉っていうクラスメイトがいるんじゃないかって言ってるから」
「秋葉、ですか?」
委員長が奇妙そうな表情を僕に向けてくる。
「いや、その、秋葉は今日、風邪で休みかなあと。前に委員長がプリントを取っておいてもらった時みたいに」
自分でもおかしなことを言っているなとわかっているものの、口は自然と動いてしまった。何だろう、目の前の現実を認めたくない気持ちからの悪あがきというものかもしれない。
委員長はじっと僕の方を見つめた。
「赤坂くん、その、言いづらいんだけど……」
委員長は北条から背を向け、僕に近寄ってくる。
「一度保健室で休んだ方がいいと思うよ」
潜ませた声で発する彼女に対して、僕はわかっていたものの、悲しくなってしまった。
つまりは、僕が過去に戻ってきたことを知ってるのは、ここに誰もいないこと。
そして、秋葉の存在自体がなくなってしまっていること。
「ありがとう。そしたら、ちょっと休むことにするよ」
「先生にはわたしから言っておくから」
「どうしたの?」
北条が僕と委員長だけで話してるのが気になったのか、顔を移してくる。
対して、委員長はかぶりを振り、表情を綻ばせる。
「ううん。ちょっと、赤坂くん。体調悪いみたいだから、一旦保健室へ連れていった方がいいかなって」
「そうなの。だから、変なことを口走ったのかもしれないわね」
北条は言うなり、僕から視線を逸らし、次の授業、数学の教科書やノートを出し始める。
「何だか、虚しいな……」
「何か、あったんですか?」
「何でもない」
僕は首を横に振ると、委員長に付き添われる形で保健室へ向かうことにした。
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