第8話 エンドレスからの解放と賭け
数日後。
僕と北条は病院の屋上にいた。
「妹さん、すごい心配してたでしょ?」
「そう、ですね。泣きじゃくりながら、僕に抱きついてきました」
「本当に兄想いなのね」
「僕的にはあまりにも度が過ぎてるようにも感じてますけど」
「いいじゃない。そういう相手がいるのは羨ましいものよ」
「そういうものなんですか?」
「ええ」
制服姿の北条は言うなり、コンクリートの床に学校の鞄を置いた。
屋上は人気がなく、僕ら以外、誰もいないようだ。
「さて、過去に戻る方法を教える話だったわね」
「はい」
頭に包帯を巻かれ、病衣を着た僕はゆっくりとうなずく。
意識を取り戻した翌日とかは、ふらついて歩くのがやっとだった。だが、今では屋上まで自力で階段を昇って行けるほどになっている。
「教える前にだけど」
「はい」
「赤坂くんも過去に戻りたい?」
北条は視線を送らずに聞いてくる。
「それはどういう……」
「赤坂くんももしかしたら、過去に行けるかもしれないってこと」
「えっ?」
僕は北条の言葉をすぐに受け止められず、意味がわかるまで、時間を要した。
「それって、僕ももしかしたら、秋葉を助けられるかもしれないってこと?」
「そう」
「だけど、そんな簡単に過去へ行ける方法なんて……」
「そうね。そう簡単に過去へ行ける方法なんて、ない。普通の人なら、そう思うはず」
北条は口にするなり、僕の方へ正面を向けてきた。
「正直、今から言う方法は、百パーセント成功するかはわからない」
「なら、何パーセントくらいで成功するんですか?」
「わからない。でも、わたしは二十二回試して、二十二回成功してる」
「それって、百パーセント成功してますよね?」
「今のところは」
北条は答えると、とある方へ歩き始めていく。
僕は遅れて、ついていき。
たどり着いたところは、屋上と外を隔てる金網のフェンス前だった。
「赤坂くん。足は動ける?」
「まあ、意識を取り戻した時よりは……」
僕の返事に、北条はおもむろにフェンスへ手をやり、揺らす。
「じゃあ、ここ昇って、向こう側に行ける?」
「えっ?」
唐突な質問に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「あのう、今、何て言いました?」
「驚いてるみたいね」
「それは、その、驚くというより、まずいっていうか」
「それぐらいしないと、過去へ戻る機会は得られないわよ」
北条の声に、僕はとある推測が頭に浮かんでくる。
「もしかしてですけど、ここから飛び降りるとか、じゃないですよね?」
「だったら、赤坂くんは諦める?」
強い語気の北条は、もはや、覚悟を決めているらしかった。
僕は慌てて、北条に詰め寄る。
「そんなことしたら、過去に戻るどころか、あの世へ行くだけですよ! 北条さんは前からおかしいと思ってましたけど、さすがに死のうとするのは、ダメですって!」
「落ち着いて、赤坂くん」
「何で、北条さんはそう落ち着いていられるんですか? これから、死ぬんですよ? 秋葉が死んでしまったことは悲しいですけど、だからといって、後を追って、命を捨てるだなんて……」
「本当に落ち着いて、赤坂くん。わたしは別に、死ぬわけじゃない」
「じゃあ、何をするんですか!?」
「過去に戻るのよ」
「過去?」
気づけば、僕は北条の両腕を掴み、必死に止めようとしていた。対して、北条は淡々としており、てっきり、死を既に受け入れているのだろうと思ったけど。
「ありがとう」
北条は僕の両手をゆっくりと引き離すと、柔らかそうな表情を作った。
「優しいのね、赤坂くんは」
「過去に戻るって、どういう……」
「もしかしたらだけど、人間は死ぬことができない生物なのかもしれない」
「死ぬことができない?」
「私の場合は、過去に戻ることができるから」
「それって、もしかして……」
「そうね」
北条は間を置くなり、僕とじっと目を合わせる。
「死んだと思われる人間は皆、もしかしたら、過去に戻って、人生をやり直しているかもしれない」
「だけど、それって、北条さんしか経験してないんですよね?」
「今のところはね。それを周りに確かめる手段がないから。いえ、やりたくても、やること自体、ただ面倒に思ってやらないだけ」
「それを、僕で試そうって思っているんですか?」
僕の問いかけに対して、北条は首を横に振る。
「それは違うわ。赤坂くんには、自分の意思でやりたいかどうか、確かめた上でかつ、秋葉くんを助けたい思いがあるなら、それを試す価値があると思ってる」
「だけど、僕が断ったら、北条さん、僕を殺そうと思っているんじゃないですか?」
僕が言うと、北条は含み笑いをこぼした。
「何というか、さすがね、赤坂くん」
北条は躊躇せずに、制服のスカートにあるポケットから、あるものを取り出した。
「そういうものを持ち歩いてるのは本当にまずいです」
「あくまで護身用よ」
北条は折り畳みナイフを操り、閉じていた刃先を出した。
「それって、僕が屋上から飛び降りなかったら、ここで刺し殺すっていう算段ですよね?」
「察しがいいわね」
「そこまでして、僕を殺したいんですか?」
「殺したいんじゃないわよ。あくまで、わたしと一緒に過去へ戻る仲間が欲しいだけ」
「僕からは、とてもじゃないですけど、仲間にしてほしいと思われてるように感じなかったんですけど」
「それは、赤坂くんに対して、失礼だったわね」
「今さら謝られても……」
「なら、ここで飛び降りるか、刺されるか、どちらを選んでも文句はなさそうね」
「いや、それはおかしいと思うんですけど……」
「わたしは同じ時を二十三回も経験したのだから、既におかしいのは当たり前かもしれないわね」
「そう言われると、何も言い返せない……」
僕は三歩ぐらいナイフを手にする北条から距離を取った。だが、次にどうすればいいかは何も思いつかない。
「北条さんは飛び降りるんですか?」
「そうね。赤坂くんが飛び降りて即死するか、あるいはわたしが刺して出血多量で死ぬか、どちらかを見届けたら」
「お互い、この時を生き続けるっていう選択肢はないんですか?」
「ないわね」
かぶりを振る北条の表情には陰りが走っていた。
「こうでもしないと、わたしが好きな秋葉くんを助けるわずかな可能性が消えてしまうから」
「でも、二十三回も試して、もう、ダメだったんですよね?」
「ダメじゃない。何かあるのよ。秋葉くんを助ける方法が」
「でも、その秋葉だって、この時では死んだとしても、過去に戻って、そこでは生きてるかもしれないですし」
「でも、その過去でも、最終的にはまた同じような結末を迎えてるかもしれない。それがエンドレスに繰り返されてるとしたら……」
ナイフを握る北条の手はいつの間にか震えていた。
「そのエンドレスから解放させるのが、わたしの役目なのよ」
「でも……」
「そこまで、わたしのやろうとすることを邪魔するなら、殺す」
北条は言うと同時に、僕の方へ詰め寄り、ナイフを左右へ振りかざしてきた。
一方で僕は、さらに後ろへ引き下がり、刃先から何とか体をよけきる。
だが、病室でずっと横になって、体がなまっていたからだろう、すぐに息が荒くなる。
「まだ、体調は万全ではないみたいね」
「それはまあ、頭に包帯巻いてる状態だから」
お互いに向かい合うも、相手の隙を伺っているせいか、微動だにしない。気持ちを強く保たないと、すぐにでも体がふらつき、殺られるかもしれない緊迫感が漂う。
ふと、僕は、もし、殺されたら、本当に過去へ戻れるのだろうかと気になってきた。
北条の言う通りなら、僕は死んだ秋葉を助けられるかもしれない。けど、もしかしたら、普通に死んでしまい、この世に戻ることができない危うさもある。
一種の賭けかもしれない。
僕は内心抱くなり、二つの思いを強くした。
過去に戻れるかもしれないという興味。
秋葉を助けられるなら、助けたいという友達としての願い。
「北条さん」
「何?」
「屋上から飛び降りるのと、北条さんに刺されるのだと、どっちが過去に戻れる確率が高い?」
僕の質問に対して、北条はナイフの刃先を僕の方から逸らした。
「おもしろい質問をするのね」
「答えはあるんですか?」
「ないわね」
北条は躊躇せずに言い切った。
「だって、わたしが二十二回過去を繰り返すためにしたことは、二十二回、病院の屋上から飛び降りたことだから」
「じゃあ、僕がもし、北条さんに刺されたら、どうなるかわからないってことですか」
「それは、屋上から飛び降りても、同じことが言えるわね」
北条の言葉に、僕は思わず唇を噛み締めた。
「なら、秋葉も過去に戻るわけでもなく、あの世に行っただけかもしれないってことですよね」
「そうかもしれない。けど、わたしは過去に戻ってるかもしれない可能性もあると思ってるから」
「もう、これ以上、ここで話しても、埒が明きそうにないですね」
「それは、覚悟を決めたってことかしら?」
「そうですね」
僕は言うと同時に、不意を突く形で場から逃げた。
「赤坂くん!」
北条は予想だにしていなかったのか、声を上げるとともに、後ろから追いかけてくる。
だが、僕は単に、北条を避けるつもりではなかった。
向かった先は別の方にある金網のフェンスだ。
たどり着くなり、僕はケガをしている頭を気にせず、登り始める。
「赤坂くんは、そっちを選んだのね」
北条が追いついてきた時には、僕はフェンスを乗り越える寸前のところだった。
「北条さん、僕は賭けてみます」
「過去へ行くことに?」
「はい」
僕はうなずくと、フェンスの上に立ち。
そして、重力に引かれるように、屋上の外、地面へと身を任せるように落ちていく。
病院は十階建てなので、多少なりとも下にぶつかるまで時間がかかる。
脳裏には、自分が今まで過ごしてきたことが走馬灯のように蘇ってくる。死ぬ間際にはそういうことがあると聞いていたが、本当らしい。
って、だとしたら、僕は過去に戻れず、あの世行きということでは。
今さらになって、飛び降りたことを悔やみ始めてしまった。沙友里、ごめん。
気づいた時には、体を強く打ったであろう激しい痛みとともに、僕の視界は真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます