第7話 二十三回目の今日
「気づいたみたいね」
聞き覚えがある声に僕が目を覚ますと、視界には白い天井が映り込んでいた。
「ここは?」
「病院よ」
体を起こし、顔を向ければ、制服姿の北条が丸椅子に座っていた。後ろにはガラス窓があり、周りを確かめてみれば、壁に囲まれ、個室のようだ。外は薄暗く、夜みたいだ。
「てっきり死んでたかと思ったけど、気を失っていただけみたいね」
「僕はいったい……」
「秋葉くんの家で倒れていたのよ。覚えてない?」
北条の問いかけに対して、僕は額を押さえてみると、何かが巻かれている感触に気づく。
「殴られた後頭部は出血していたから、包帯で止血してもらったみたいよ。まあ、何日かは安静に過ごす必要があると思うけど」
「もしかしてだけど、北条さんが倒れてる僕を見つけたとか?」
「そうね。公園で別れた後にやっぱり気になって、秋葉くんの家に行ってみたら、赤坂くんが血を流して倒れていたってところね」
「つまりは、北条さんが僕の第一発見者ってことですよね」
「そうね。まあ、赤坂くんだけじゃないけど」
北条は言うなり、両腕を組み、唇を強く噛み締めた。表情は歪み、今にも泣きそうな感じになる。
「北条さん?」
「赤坂くん、見た?」
「見たって、何をですか?」
「これ以上、わたしに言わせるなら、殺す」
冷たく言い放つ北条の瞳はいつの間にか潤んでいた。
まさか。
僕は信じたくないものの、とっさに、近くにある備え付けのテレビをつける。
最悪の予想は当たった。
夕方のニュースは、僕が先ほどいた秋葉のマンション前を映していた。テロップに、「強盗か? 男子高校生が死亡」と出ている。
さらにテレビは事件の詳細を伝え、亡くなった男子高校生の名前を読み上げる。秋葉と同姓同名のものを。
気づけば、テレビは消え、見れば、リモコン片手に北条が僕の方を睨みつけていた。
「わたしの言葉、覚えてる?」
「『気を付けなさいよ』ですか?」
「そう」
「もしかしてですけど、秋葉が殺されること、わかっていたんですか?」
僕の質問に対して、黙り込む北条。涙は頬を伝い、首筋まで流れていた。
「北条さん」
「今回も、ダメだった」
「今回も?」
問い返すと、北条は手で涙を拭いつつ、立ち上がると、ガラス窓の方へ歩み寄る。
「わたしは、赤坂くんに期待していたのよ」
「期待って、何をですか?」
「わたしの好きな秋葉くんを守ってくれるんじゃないかと思って」
北条は振り返ると、僕と目を合わせてきた。
「あのう、イマイチ意味がわからないんですけど……」
「そうね。赤坂くんにとっては、わたしの言ってることは変な風に聞こえるわよね」
北条は口にすると、おもむろにため息をつく。
「わたしが今日という日を迎えるのは二十三回目くらいね」
「二十三回?」
「信じられる?」
「いや、その、何が何だか、ちょっと……」
「そうね。もっと具体的に言うなら、わたしの好きな秋葉くんが殺されるのを二十三回経験してる」
北条は言うと、おもむろに僕がいるベッドの縁に腰を降ろした。
「だから、今回はもう、泣かないかなって思ったけど、そうではなかったみたいね。それほど、秋葉くんに対する思いが強いってわかって、何だかホッとするわね」
「あのう」
「何?」
「本当に、今日という日を二十三回も迎えているんですか?」
「そうね。正確に言うと、今日までの五日間を二十三回ね」
「ってことは、昨日僕と話したり、朝、家へ押しかけたりしたのは……」
「繰り返しね」
「それじゃあ、今日、秋葉が学校を休むのも」
「知ってたわね」
うなずく北条。
僕はひとしきり聞いた話を頭の中で纏めてみる。
「つまりは、北条さんは秋葉が今日殺されることを知ってて、それをどうにか防ごうと何回も同じ日々を繰り返してるってこと?」
「話が早いわね」
北条は声をこぼすと、おもむろに頭を下げた。
「けど、赤坂くんがこうやってケガをしたのは今回が初めて。だから、そこは謝らないといけない」
「それって、今までは僕と一緒に秋葉の家に行ってたってこと?」
「そうね。それ以外にもわたしひとりで行くパターンや委員長が行くパターンとかね」
「どれもダメだった?」
「そうね」
北条の力ない言葉からは、何回も秋葉を助けられなかった虚しさが感じられた。
「加えて、秋葉くんを殺した犯人は未だにわからない」
「そう、なんだ……。僕は頭を殴られたことは覚えてるけど、相手の顔は見られなかったしなあ……」
「わたしも何回かは殴られたわね。相手の顔はまだ見てない」
「それは、残念だね……」
僕は言うなり、ふと、沙友里は僕のことを心配してるだろうかと気になってきた。
「あのう」
「何?」
「沙友里はここに来ました?」
「妹さんなら、家で寝込んでるみたいね」
「えっ?」
「何でも、兄の赤坂くんが誰かに殴られて意識不明って聞いて、あまりにもショックだったみたいよ。親の人が見てるみたいよ」
「そっか……」
「あそこまで、赤坂くんに対する想いが強いと、わたしはまだまだなのかもしれないわね」
「どういうこと?」
「いずれ気づくと思うわよ。いえ、気づくべきね」
北条のひとり言っぽい声に首を傾げるも、それ以上の反応は特になかった。
「さて、わたしはまた過去に戻らないと」
「五日前にですか?」
「そうね」
立ち上がった北条の表情は真剣味を帯びていた。
「秋葉くんをまた助けられなかったから、もう一度やり直さないと」
「その、どうやって、過去に?」
「知りたい?」
北条に目を合わせられ、僕は一瞬怯んだが、間を置いた後、首を縦に振った。
「そう。なら、何日か後にまた来るわね。その時に」
「えっ? 今は?」
「今は無理ね。赤坂くん、まだ意識を取り戻したばかりだもの」
北条は口にすると、背を向けるなり、病室から立ち去っていった。
ひとり取り残された僕は、枕に頭を乗せ、横になる。視界は白い天井が映るだけだった。
「過去に戻るか……」
僕は北条の言葉が本当かどうか、頭を巡らそうとした。
だが、途中で駆けつけてきた看護師により、それをすることは遮られてしまった。多分、北条が呼んだのだろう。
何はともあれ、僕は殴られてから数時間後に、意識を取り戻した。
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