第4話 北条綾乃と委員長

 終礼が済むと、僕は無意識に両腕を伸ばし、首を左右に動かした。ただ授業を受けていただけなのに、いつもより疲れてる気がする。まあ、原因は察しがつくけど。

「疲れてそうね」

「おかげさまで」

 僕は近づいてきた北条に対して、嫌みを含んだ調子で口にした。対して北条は、「そう」と素っ気なく応じる。

 教室内はクラスメイトらが次々と出ていき、掃除当番の何人かがほうきを掃き始めていた。

「とりあえず、秋葉に渡すプリントを受け取ってこないと」

「わたしのを渡すとか」

「そしたら、北条さんはどうするんですか?」

「そこは気にしないわね」

「プリントって、数学なら、宿題になってるものもありますけど?」

「そこは、赤坂くんが何とかしてもらえたら」

「いや、それはちょっと」

 僕はかぶりを振りつつ、職員室へ向かおうとする。終礼後にいなくなった担任がいるはずだからだ。

「赤坂くん」

 不意に、誰かが僕を呼び止める声が聞こえた。

 見れば、ほっそりとした女子が何枚かのプリントを手に立っている。制服に濃紺のカーディガンを羽織った格好。で、前髪がややかかっている瞳は、メガネ越しで僕の方をじっと捉えていた。

「委員長? もしかして、プリント、秋葉の分を取っておいてくれたんですか?」

「うん。だから、赤坂くん、いつも秋葉くんと一緒に帰ってるみたいだから、今日は、秋葉くん休みだから、持っていってくれたら助かるかなって思って」

 クラス委員長の長谷川さゆりは口にすると、なぜか、俯き加減な動きをする。もしかして、僕に頼みづらいと思っているのだろうか。

「実はちょうど、秋葉に持っていくプリントを取りに行こうと思っていたんだよね」

「そうだったんだ。それなら、その、お願いできるかな……」

「全然いいよ。というより、さすが委員長」

「そんな、褒められるようなことはしてないよ。委員長として、そこは当然のことをしただけだもの」

 委員長は何回も首を横に振ると、何かに気づいたのか、別の方へ視線をずらし。

「ところで、赤坂くん。今、北条さんと一緒にいるみたいだけど、珍しいね」

「えっ? まあ、うん。そう、だね」

「委員長」

 突然、目が合ったのだろう、北条が委員長へ話しかける。

「は、はい」

「もし、赤坂くんがここにいなかったとしたら、委員長はどうする気だった?」

「えっ? それは、いなかったら、わたしが届けに行くしかないかなって……」

「それは、命拾いしたわね」

「えっ? それって、どういう……」

「ああ、特に深い意味はないと思うから」

 僕は委員長の質問を遮る形で、間に入る。ほっとくと、物騒な単語が飛び出し、面倒なことになりかねないからだ。

「とりあえず、秋葉にそのプリント持っていくよ」

「あっ、ありがとう」

 委員長は軽くお辞儀をすると、僕へ持っていた何枚かのプリントを手渡す。受け取るなり、学校の鞄へしまうと、委員長は逃げるようにして教室を出ていってしまった。

「北条さん」

「何?」

「委員長、殺さないでくださいよ」

「変なことを言うのね」

「いや、北条さんなら、さっきの言葉を聞く限り、やりかねないと思ったからです」

「それは心外ね」

「本音は?」

「そうね。委員長に限らずだけど、秋葉くんに近寄る女子がいたら」

「いや、それ以上いいです」

 僕は北条の言葉を制し、学校の鞄を提げ、教室の出入口へ向かう。

「ふと思ったんですけど」

「今度は何?」

「秋葉に告白してきた女子って、何人かいたと思うんですけど」

「確かに、いたわね」

「何かしました?」

「何って?」

 廊下に進んだところで、僕は後からついてくる北条へ顔を動かす。

「その、監禁とか、色々」

「しないわね」

「意外ですね」

「そう? 彼女たちは秋葉くんからフラれたんでしょ? それなら、そういうことをする価値もない人間だから」

「そ、そういうことなんですね」

 僕は耳を傾けつつ、もし、秋葉がいい返事をしたらと思うと、背筋に寒気が走った。

 そんな北条と一緒にいる僕はどうなのだろうと考えてしまうけど。

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