第2話 赤坂家の朝食

 翌日の朝。

 僕はあくびをしつつ、家の階段を降りていった。

 昨日は北条とカフェで会ったことが気になり、あまり寝ることができなかった。加えて、北条にナイフで刺される夢を見て、ベッドでうなされる始末。学校でも同じクラスで会うとなると、憂鬱な気分になるほどだ。

「おはよう」

「あっ、おはよう、お兄ちゃん」

 一階のリビングに顔を出せば、奥のキッチンで朝食を作る中二の妹、沙友里がいた。セーラ服の上にエプロンを羽織り、丁度、目玉焼きをフライパンから皿に移すところだ。

 僕はリビングのテーブルに座ると、置いてある紙パックの牛乳を取り、空のコップに注ぐ。

「母さんはもう出たの?」

「うん。今日は朝から会社のミーティングとかで、早めに出ていったよ」

 沙友里は言うなり、ポニーテールの髪を揺らしつつ、目玉焼きが乗った皿を持ってくる。

「はい、お兄ちゃん」

「ありがとう」

「はい、北条さん」

「ありがとう。赤坂くんの妹さんは頑張り屋さんね」

「いえいえ」

 沙友里は照れたのか、頬を赤らめ、片手を適当な方向へ振っている。

 両親は共働きで、家事は沙友里が主で、僕が手伝うような形になっていた。分担してやることも話したけど、「いいよいいよ」と断るので、結局、妹に甘える形となり。

「って、何で、北条さんが家にいるんですか!」

 僕は立ち上がり、横に座り、沙友里が作った目玉焼きを食べ始める北条と目を合わせた。昨日と変わり、髪はサイドアップせず、背中まで伸ばしたまま。制服姿から、今朝やってきたことが窺える。

「いて悪い?」

「いや、別に悪くはないですけど……」

「お兄ちゃん、北条さんとは友達じゃないの?」

「友達? いや、北条さんは単なる」

「友達よ。今、わたしが好きな秋葉くんに対して、どうすればいいか、相談に乗ってもらってるくらい」

「そうですよね。決して、お兄ちゃんの『彼女さんじゃない』ですもんね」

 沙友里は弾ませた声で、特に「彼女さんじゃない」の部分だけ、強い語気で口にする。どうやら、北条は沙友里に対して、僕の友達と称して、家に上がり込んだらしい。

 僕は諦めて、椅子に座ると、目玉焼きとテーブルの真ん中にあったトーストを手に取る。

「それで、今日は何ですか?」

「赤坂くんはいつも朝、秋葉くんと登校してるわよね?」

「別に聞かなくても、答えは知ってますよね?」

「念のため」

「念のためも何も、そういうところは尾行して見てますよね?」

「尾行って、何? お兄ちゃん?」

 気づけば、向かい側に沙友里が座り、トーストにバターを塗り始めていた。カフェの時と異なり、身近な人がいると、物騒な単語を使うのはまずいかもしれない。

「いや、何でもない」

「何でもない?」

「とりあえず、気にしなくていいから」

「尾行というよりは、世間ではストーカーって言うわよね」

「北条さん!」

 僕は彼女の苗字を叫び、何とか沙友里を巻き込まないようにしようとする。

「ストーカーって、お兄ちゃん、そんなことをしてたの?」

「いや、僕じゃなくて」

「そうね。赤坂くんではないわね」

 北条が冷静そうに言葉を付け加えてくるが、自分であることは言おうとしない。まあ、そんなことを告げられても、僕と沙友里が困るだけなんだけど。

「よかった……」

「妹さんは心配性ね」

「だって、お兄ちゃんがそんなことしてたら、あたし、その相手を殺さないといけないかなって……」

「沙友里、今、何か物騒なこと言わなかった?」

「えっ? ううん」

 沙友里は躊躇せずに首を横に振るので、僕は空耳かと受け流すことにした。

「で、北条さん。僕は秋葉といつも朝登校してますけど」

「そう、なの」

「もしかしてですけど、秋葉と学校に行きたいんですか?」

「可能なら」

「可能ならって、もし、僕が断ったら」

「その時はその時ね」

 北条は言うと同時に、そばにあった学校の鞄に手を伸ばそうとする。あっ、殺すってことですね。

「それ、断れないですよね?」

「そうなの? お兄ちゃん」

 沙友里の問いかけに、僕は、「まあ、色々とね」と曖昧な答え方をする。

「ふーん」

「あの、北条さん。ここだと、沙友里がいるんで、外で話しません?」

「えっ? その必要はないと思うけど?」

 僕の耳打ちに対して、北条は声を潜ませずに問い返してくる。ダメだ。北条は物騒な話を黙っていようという気がまったくないようだ。

 僕はリビングにある丸時計を目にしてから、口を動かし始める。

「秋葉はいつもなら、後二十分くらいで来ます」

「そうなの」

「僕が間に入りますから、それでいいですよね?」

「心の準備次第ね」

「要するに、恥ずかしいんですよね?」

「そういうことははっきりと言わない方がいいわね。そうしないと、命が危ないと思うわよ」

 北条の声に、僕は耳元あたりを指で掻き、困り果ててしまった。遠回しに、僕を殺してやるという意味にしか聞こえない。脅せば、自分の思い通りに事が進むと考えてるような。

「それと、赤坂くん」

「何ですか?」

「妹さんのこと、ちゃんと理解してあげた方がいいわよ」

「ほ、北条さん!」

 北条の言葉に、なぜか、沙友里が慌てふためくかのように、ぎこちなく早口で呼び止める。バターを塗ったトーストの手を止めるほどだ。僕はどういうことかと首を傾げたくなった。だが、話をこじらせそうな予感がしたので、軽くうなずくだけにとどめた。

 なお、秋葉は時間になっても現れず、代わりにSNSにてメッセージを送ってきた。風邪で休むという内容。北条はそれを知った途端、僕を待たずに、ひとり、学校へ行ってしまった。沙友里が作った目玉焼きやトーストはしっかり食べ終えて。

 で、僕は朝からの面倒な出来事に気持ちが憂鬱になり、午後から学校へ行くことにした。

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