『三流舞台の終幕』(皇零士編)
この世界は退屈だ。幼い頃から抱いていた、漠然としたそんな感情。
父は病院を経営しており、世界指折りの名医と謳われていた。その一人息子だった私は父の後継ぎとして周りから多大な期待を寄せられていた。私自身才能があり、両親は私の為にと全ての環境を整えてくれた。まさにレールに敷かれたような勝ち組の人生。だが、私は正直そんなものには興味が無かった。というより、興味が持てなかったのだ。生活が窮屈だとか反抗したかった訳ではない。ただただ『つまらない』と感じていた。
私が十五の頃、父が心臓の病で倒れた。どれだけの名医と言われていても、医師の生活習慣というものは案外悪かったりする。皮肉なものだ。ベッドで管を繋がれて眠っている父の顔をぼうっと眺めていると、ふとある考えが過った。父をこの手で楽にしてやろう、と。今まで父に殺意を抱いていた訳ではない。むしろ育ててくれた事に感謝すらしている。ただその時私の中にあったものは純粋な好奇心だけだった。私の求めているものは『人の命を絶つ』事の刺激ではないか。細工を施し、父の治療を妨げた。するとあまりにも簡単に父は亡くなってしまった。違った。私の求めるものはこんな事ではない。その後、父が亡くなったのは医療ミスとして処理され私が疑われる事は一切無かった。それから母も父の後を追うように首を吊って亡くなっていた。父のいない中たった一人で私を育てていく事へのプレッシャーからだった。母は私を恐ろしいと感じていたようだ。
「……脆いな」
操り人形のように宙吊りになる母を眺めて小さく呟いた。やはり、つまらない。両親がいなくなっても私の生活は差程変わらなかった。生前の父と母の望みだった事と父の仕事の関係者からの強い勧めもあり、結局私は医療の道に進む事となった。
ある時父が医療とは別に、とある場所で研究に参加していた事を父と仕事を共にしていた研究員から聞かされた。その研究員が言うには新たに国家規模のプロジェクトを始めるのでその研究に私の力を貸して欲しいとの事だった。その研究に少し興味を持った私は研究員に連れられ、研究所に向かった。そして私がそこで見たものは、真っ白な隔離された部屋の隅に蹲る手足と口を拘束された一人の少年。分厚いガラス越しで見たそれは魂の入った生き物かと疑う程に空虚で不思議な雰囲気を纏っていた。私は瞬時にそれに目を奪われた。No.000。それが奴につけられたものだった。No.000には常軌を逸した力があった。それは声で人を意のままに操る能力だ。最初こそ信じられ無かった。この目で見るまでは。こんなものがこの世に存在するとは……私は生まれて始めて笑っていた。
その後私は表は医師として裏では研究員としてNo.000の研究をする事になった。No.000は実に興味深いものだった。が、いくら研究を進めても能力の解明は出来なかった。それどころか謎は深まるばかりだ。身体の構造は普通の人間と変わらず、脳波やDNAにも異常は見られない。No.000の能力を解明し、利用するようにするのが本来の私の役目。しかし、そんな事はどうでも良かった。私は私自身の為に……ただ追求する事が楽しいからここにいる。こんなにも気分が高揚したのは初めてだ。身体の芯から熱く、胸は躍る。それは初恋にも似た感覚。
最近森本という研究員がNo.000の世話係を担当している。森本はNo.000に「イキル」という名前をつけ、随分気にかけているようだ。あれを人間扱いするなんて研究員として失格だ。もう森本に利用価値はないだろう。そんな事を考えていた最中、真夜中の静寂を切り裂くようなけたたましい警報が鳴り響いた。
「何があったんです」
「な……No.000が脱走しました!」
私とした事が油断していた。森本はかなり前からNo.000を逃がす計画を立てていたらしい。もっと早くに対処すべきだった。
足早に廊下に出ると森本が私の前に立ちはだかってきた。
「……おや、森本研究員。 やってくれましたね」
「あ、あの子は幸せになるべきなんだ! 処分なんて絶対にさせない! このまま放っておいてやってくれ!」
「処分だと?」
確かにNo.000には処分の話が出されていた。が、それはまだ先の事で私も反対していたはずだ。もしや私の知らない所で上が勝手な判断を下したのか。舌打ちをし、森本を見る。
「貴方の考えはよく分かりました。 しかし、残念ながらその願いを叶える訳にはいきません。 貴方は私にとって邪魔な存在でしかない……」
自身の不始末は自身の手で片付けなければならない。銃口を森本の顔面に突き付ける。今までよく働いてくれました。さようなら。
……あれから五ヶ月が経った。まだNo.000は見つかっていない。奴は海の中へ飛び込んだとの事で、生命活動をしていない可能性を見込んで周辺の海の中をしらみ潰しに調べさせた。死体が見付からない以上死んだとは考え難いが……
ある時私の部下が尋常ではない様子で報告してきた。No.000の居場所が分かった、と。もし私より先に上の息がかかった者にNo.000を見付けられた場合、即処分されてしまうだろう。私は自らその場まで出向き、No.000を追う事にした。だが……
その日は冷たい雨が降っていた。静かな雨の音の中に数回、銃声が鳴り響く。目に映ったのは濡れたアスファルトに拡がる紅。そこに力無く倒れるNo.000。目は生命の光を失い、暗く澱んでいた。No.000は射殺されたようだ。疑うまでまなく即死だった。
私は一体何をしていたのだろう。何を望んでいたのだろう。あれは最早ただの人の形をした肉塊だ。解剖した所で何も得る物はないだろう。ただのゴミには興味はない。もう、何も感じなかった。
「……ふ、はは、あはははははは!! 下らない!! あまりにも下らない!! ……下らないシナリオには下らない結末が相応しい」
どす暗い空を仰ぐように腕を広げ、自らのこめかみに銃口を向ける。
さぁ、最期の舞台へ……
「……ああ、そういえば世界はこんなにも退屈だった」
イキル。 ~special episode~ seras @pippisousaku
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