イキル。~mikoto's perspective~

 そいつを見た時、正直俺は不思議と目が離せなかった。その淡く光る満月のような透き通った瞳に魅了されてしまったんだ。そいつはなんともおかしな奴だった。俺の姿を見ても脅しても恐れず、その穢れを知らなさそうな瞳で真っ直ぐと俺を見詰め返していた。その瞳に見詰められるとまるで心の奥まで見透かされているような気持ちになる。掻き乱される。俺は怖かった。それまで築き上げたものが崩れるのを恐れた。だからあいつからの愛情を感じる度に戸惑い、言葉を濁してしまった。俺は……愛されるべき人間ではない。いや、化け物なのだ。事実、俺は人を喰った事があるのだから。両親や信者達が憎いから喰ったのか?否。その感情は確かにあったがあの時の俺は確かに高揚していた。人の肉や血の味が今も忘れられないでいた。『こいつはどんな味がするのだろう』……イキルと出会って何度思っていただろうか。心まで化け物になってしまった俺が誰かを愛するなんて許される訳がない。俺が夜中に仕事に行き戻ってきたあの日、寝ぼけていたのかイキルは俺を抱き締め『大丈夫だよ』と言ったのだ。どうして優しくするんだ。俺に優しくしないでくれ……。少しずつ、イキルに惹かれていっている事に気付くと同時に自身の存在の罪深さを痛いくらいに感じていた。

 ある日起きると隣にいたはずのイキルの姿がなかった。


「……イキル?」


 俺は物音には敏感でイキルが出ていくのに気付かないはずはなかった。なのに何故?ちゃぶ台の上にイキルに取ってやったぬいぐるみやプリクラと一緒に二つ折りにされた手紙が置いてあった。俺はそれを手に取り、開く。すると挟まっていたのかするりと薄い長方形の何かが抜け落ちる。拾い上げてみると、それは黄色いリボンのついた四つ葉のクローバーの押し花で作られた栞だった。手紙の方へ目をやる。


『命さんへ

まず最初に謝らせて下さい。ごめんなさい。僕は君に嘘をつきました。

理由は言えないけれど、僕はもう君の側にはいられないみたい。いてはいけない存在だったんだ。君に迷惑はかけたくないから。だから僕は出ていきます。こんな事をすれば君はきっと僕を探そうとするかもしれない。けれど、絶対に探さないで欲しい。君の掴んだその幸せを壊したくないから。それに、君がこの手紙を読んでいる頃にはもしかしたら僕は……

それから、もう一つ謝る事があります。僕は君に力を使ってしまった。本当は使いたくなかったけれど、君は僕を引き止めようとするから。こんな呪いをかけてしまってごめんなさい。

この栞は僕の大切なものです。命さんにどうしても預かってて欲しいと思って。またいつか、会えると信じて。

最後に伝えたい事があります。今更こんな事を言うのはずるいかもしれないけれど……

あなたを愛しています。

さようなら』


 手紙を持つ手に力が入り、ぐしゃりと潰れる。


「迷惑だと……? ふざけた事を抜かしやがって……! 馬鹿野郎! 俺はッ……」


 馬鹿なのは俺だ。何故、もっと受け入れてやらなかった。何故、気付かない振りをした。俺の中にはプライドの他に別の想いがあったのだ。俺はもう既に人間の寿命以上に生きている。恐らくこの先も途方もない時間を生きねばならない。それはもしイキルと結ばれたとしても同じ時間は過ごせないという事を示す。その事実は俺にとってあまりにも耐え難い事だった。そんな想いをするくらいならこれ以上の幸せは望みたくなかった。それにイキルならば俺でなくとも他の誰かと幸せになれるはずなのだから。しかし俺は保身をするがあまり、大切なものをなくしてしまった。これではあまりに本末転倒ではないか。なんて情けない結果だろう。こんな事ならもっとイキルを大事にしてやれば良かった。逃げずに俺の手で幸せにしてやれば良かった。イキルはただ出て行った訳ではない。恐らくもう……

 イキルの栞を胸に抱き締め、腹の奥底から唸り声のような声を漏らす。


「俺も……愛してる……!」

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