第一章 記憶がない少年
4
静は学校とやらに行き、僕はそのまま屋敷に戻りやり残しの掃除を再開した。
二階にある部屋は全部で八つと、トイレ、洗面所を掃除する。
部屋を使っているのは僕と静だけで、他はもぬけの殻だ。
成治様達は下にある部屋を使っている。つまり上は二人以外使っていないと言う訳だ。
「香さんは、この部屋を一人で掃除をしていたのか。埃やゴミが沢山で見えない所の確認も必要だから大変だな……」
僕は屋敷に戻り、香さんに詳しく聞いた。そして、二階に上がり掃除を再開した。
あれから八時間かけて部屋の掃除をした。
「ふう~終わり……っと」
一息吐いて、掃除用具を持ち部屋を出る。
「旅介君、お疲れ様です」
「香さん。…………お疲れ様です」
突然の事で間を開けてしまった。
「旅介君、お疲れですね。少し休憩しませんか。美味しい和菓子もありますから、頂きましょうか」
香さんは和菓子をお盆に載せていた。
砂糖菓子で確か……かりんとうだっけ。
「はい、丁度終わったので。はぁ……本当に大変ですね」
「ふふ。さぁ行きましょうか。掃除道具の片付ける場所を教えますから」
「はい」
僕は香さんの後に付いて行く。
階段を下り一階に用具入れがある。
其処に掃除道具を片付けた。
そして、香さんの所に向かう。
「部屋で話しましょうか、旅介君」
「良い……ですけど、僕。ちょっと……」
「どうしました?」
香さんは首を傾げて言った。
僕は礼司様と約束した事を思い出した。正確にはお願いされた事を。
それを、香さんに話した。
「そうですか、だったら尚更行かなければなりません。礼司様が待ち惚けをしているかもです」
香さんに礼司様の部屋に案内して貰った。
香さんは「では、頑張ってね」と言い、下がって行った。
どうやら、自室に戻ったみたいだ。
僕は礼司様の部屋に着き、ノックした。
「旅介です。遅くなりました」
「開いておるから、入りなさい」
僕は静かにドアを開けた。「失礼します」と言い、入った。
「礼司様、すいません……でした。帰ったら、行きますと言っていたのに、遅れてしまい、申し訳ありません」
「そんなに畏まらなくて良い。さぁ、掛け給え」
礼司は微笑みながら言った。
僕は「はい」と言い、ソファーに座った。
礼司は着物姿で待っていた。
「ふむ、茶を用意したから、飲み給え」
礼司はコップに湯を淹れる。
良い香りが漂って来た。
「はい、頂きます」
僕はテーブルに置かれたコップを手に取り、一口飲む。
「どうかね」
「美味しいです! まろやかで、とても甘くて……逆に、僕が豪華なお茶を飲んでも良いのかと思うぐらいに。これ……お高いのでは」
「はっははは! そうか。心配せんで良い。好きでご馳走している。遠慮は無用じゃ!」
礼司は笑いながら言った。
少し安心感に思い、旅介はお茶を飲んだ。
「少しは、落ち着いたか」
「はい、すいません。記憶がないのに……此処までして貰って」
「気にするな、ワシは旅介君を信じておるし、何より家族が増えるのなら歓迎もする。さて、話をしようか。今なら、あの煩いのが居ないしな」
「……はい」
その煩いのと言うのは、恐らく成治様の事だろう。
そういや、朝から見ていないが、どうしたのだろう。
「まぁ。彼奴の事は気にするな」
「はい」
礼司は「ふむ」と言い、旅介と向き合うようにソファーに座った。
「旅介君、波動と言うのは知っているかな?」
「ハドウ? ……なんですか、それ?」
僕は即答し、真剣に聞くようにしていた。
そして、礼司様は昨日の話の続きを始める。
「波動とは、人の心に宿る力だ。この街では貴重で謎な力だと言われている」
礼司様は言った。十年前の事を。
波動には五つの力がある。一つは、風の波動。風を自由に操る力。
次に火の波動、火を自由に操る力。
次に水の波動、水を自由に操る力。
次に雷の波動、雷を自由に操る力。
そして、最後は無の波動。様々な力を操る力。
それらの力が人の中に宿っている。だが誰しも、使える訳ではない。
この事を解明したのは時森龍之介である。
当時、領主だった人。静の父親でもある。
十年前、静の父親である時森龍之介が波動について研究をしていたが、矢先に戦争が起こり、其れ処ではなかった。
そして、戦争後に行方不明になった。
結局、波動が何なのかは解明には至ってはいないのが現況である。
この時森家の領地で戦争が起きた事実は変えられない。街の人は波動については忘れたい程嫌っている。だから、戦争後は禁句となった。
だが、波動の研究は密かに龍之介の弟子が引き継いでやっている。
今は平和な一時。波動を使って何かをするのはないだろう。
「旅介君、波動は許可されていないと使えないから、気を付けると良い。この街には、掟を取り締まる一族も居るから。後、悪意と言うのもあるが……またの機会にしよう」
「は、はい」
悪意……この街には分からない事だらけだ。
礼司様から聞いた戦争の話しにも謎が多いし、調べるか。自分で。
「礼司様、これから長い付き合いになると思います。今後共、宜しくお願いします」
「此方こそじゃ。君は大変な目に遭うかもしれんが、頼むぞ」
「はい。でも、痛い目には……ちょっと」
礼司は「はは」と笑い、立ち上がった。そして、窓の方へと歩いた。
「もう十年じゃ。街の皆は、それを今でも覚えているだろう。今、話した事も他言無用で頼むぞ、旅介君」
「分かりました」
礼司は過去を思い出し、淋しげに空を見上げていた。
波動か……僕にも宿っているのだろうか。
「ふう~美味しい。お茶、ありがとうございました」
僕はお茶を飲み終え、お礼を言う。
「良いのだよ。ワシも楽しかった。一緒に飲めて、良かった。此方こそ、ありがとう」
ニッコリと笑顔で言った。
「ふう、長話をしてしまったから、もう夕暮れじゃ。そろそろ、帰って来る頃合いじゃな」
礼司は背を向けて言う。
その時、声が響いた。
「旅介!」
その声に礼司は笑った。
「礼司様、僕。これで、失礼しても?」
「ふむ、行きなさい。静も淋しがるからのう。静の事も頼むぞ」
「はい、では行って来ます!」
僕は御辞儀をし、部屋を出た。
部屋を出て、直ぐに静が僕を見付けてくれた。そして、駆け着ける。
「旅介、帰ったよ! ただいま!」
「お帰り、静。どうしたの、大声で呼んで」
学校に行って、帰ったばかりなのに何故か元気な静。
「旅介、叔父様の部屋から出て来たけど、叔父様と話をしていたの?」
「うん、先程までね」
静には言う訳にはいかないよね。十年前の戦争の話を聞いていたとは。
「分かった~旅介、叔父様の長い話を聞かされたんでしょう! 私もそうだったから……長いと眠たくなるから」
「そうなんだ……」
「旅介、仕事が終わったのなら、街に行こう。……街を案内するよ」
静は僕の手を握り締め走り出そうとする。朝に出たのに、どんだけ、街の散歩が好きなのか言いたい。
「ちょっと……僕にも休息を」
静に強引に連れて行かれた。
しかも、服装は白衣の下に制服を着たままである。
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