第一章 記憶がない少年      

3


 僕は夢を見ていた。記憶にない景色が頭の中に入って来るようだ。

「なんだ……お前は!」

 目の前に現れたのは、仮面を着け、フードに身を包んだ得体の知れない者だった。


「この世は平和であってはならない。闇は……今、動き出す」

 その者は腕を前に出し、僕に向けた。

 そして、風が吹き荒れた。


「うわっ!」

 

 旅介は風力で吹き飛んだ。一体何が起きたのか分からないでいた。

 その者は旅介を指差した。

「次期に戦争が始まる。その者に、死を見せてやる」

 仮面の男は旅介に近付き、殺気の風を出すように構えた。


 旅介は「死ぬ」と思った。


 そして、旅介は目を覚ました。

「はっ! はぁ・・はぁ・・・はぁ……ユメか?」

 目を覚ますと、僕はベッドで寝ていた。

 全身汗びっしょりだ。

 僕は一体何を見てしまったのか?

 それに、不吉な夢だった。

 昨日は余りにも長い話を聞いたから、あんな夢を見たのか。話の内容は全然覚えていない。

 どうしてかと言うと、僕には記憶がないからだ。

「僕の名前は……確か、時森……りょ、旅介だったかな」

 この名前は時森家の次女である静が付けてくれた。苗字は礼司様が使いなさいと言ってくれた。

 だんだんと思い出した。昨日の事を。

 時森家の領主であるから、偉い方である。

「さっきの、夢は……一体!?」

 僕は考え込んでいると、二度寝はしてはいかんと思いベッドから立ち上がり、背伸びをした。

「ぐわーっ!」

 欠伸をしながら、真ん中に置かれてあるテーブルに近付く。

 この部屋は四畳から五畳ある部屋。だから、余り物がない。周りにはベッドと机、テーブルがあるだけ。

 普段は客を泊める為の部屋なのだろうか。

「なんだ……これ?」

 ふとテーブルの上に二着の服があった。一着の服を手に取ると羊みたいにふわふわとした服だった。

「これ、羊の服なのかな……それとも……」

 新手の悪戯か。

 しかし、昨日こんな服があったのか。

 すると、コンコンっとドアのノックがした。

「はい」

「おはようございます。今、良いでしょうか?」

 聞き覚えのない声だ。僕は誰だろうと思った。

「はい。開いていますので入って下さい」

「はい。では失礼します」

 カチャっと、ドアのノブを回す音がし、ゆっくりとドアが開いた。

 僕の目の前に居たのは、和風なメイド服を着た女の人だった。

「…………」

 僕はその人の美しい輝きに見とれてしまった。髪は銀色の髪が腰まであり、ロングで色白な肌で銀色な瞳が僕を見据えていた。

「おはようございます。えっと、どちら様ですか?」

「申し遅れました。私は、時森家でメイド長をしています。名を香と申します。以後お見知り置きを」

 ご丁寧に頭を下げて、挨拶をしてくれた。

 どうしよう、自分の名前は旅介で良いのかな。本当の名は未だに分からない。

「存じ上げています。礼司様から新しく入る男の子の面倒を見てやってくれと言われたので。旅介様で良かったですか?」

 メイドさんは微笑みながら問い掛けて来た。

「はい。時森旅介です。宜しくお願いします」

「はい、此方こそです」

 香さんは御辞儀をした。僕の緊張感が。

「あの、服は如何でしょうか?」

「えっ?」

 ふと自分が持っている羊の着物に目を向けた。

「あの、服って……これですか。なんで羊なのですか?」

 僕は疑問をぶつけてみた。

「だって、羊になるのでしょう」

 香の言葉に驚いた。

「なんでそうなるのですか。こんなん着たら恥ずかしいですよ!」

 変な事を言われて、動揺と困惑した。この人は冗談を言う人なのだろうか。

「っふふ! ごめんなさい。旅介様、冗談ですよ」

 ふと笑いの仕草をした。僕は、やはりかと苦笑した。

「でっ、これはなんの冗談ですか? 香さん」

「はい……怖いですよ。そんなに睨まないで下さい。これはサプライズですから。執事服も置いてあった筈ですが……」

 香さんは指を立てて言った。

「確かに、もう一着ありました。まさかと思いますけど……シャレですか。羊と執事をかけた」

「そうです~……ほんの冗談です、気を悪くしないで下さい。ただのサプライズですから」

「はは、サプライズって……」

 この人は楽しんでいるのか、それとも。

「それと、すいませんでした。昨日は所用に出ていて、ご挨拶が出来なくて。改めてお詫びします」

 香は頭を下げた。

「止めて下さい。かっ、香さん」

「さて、旅介様。早速ですが、仕事を教えますから執事服に着替えて下さい」

「はい」

 香は御辞儀をして、部屋を出てドアを閉めた。

 なんなのかな、あの人は。僕から見たら優しそうで、冗談が好きな人に見える。

 それに、昨日は見ていない気がする。

 そして、執事服に着替えて、部屋を出た。


「お待たせしました」

「旅介様。あらっ、良く似合ってますよ。良かった、サイズはピッタリみたいで。歓迎しますわ」

 香は御辞儀をした。

 似合うかな。僕自身には分からないが。

 執事服は、グレーのブレザーと白いワイシャツ。後、黒のズボン。

「本当に良かった。作った甲斐があります」

「作ったって……香さんが、ですか?」

「そうですよ。昨日、作りました。旅介様の執事用の服を用意するようにと、礼司様に言われたので。礼司様から聞きました。記憶がないから、色々教えてやってくれと」

 礼司様がそんな事を言ってくれたのか。しかし、昨日来たばかりなのに手が早いな、香さんは。

「どうしましたか、旅介様。お気に……なりませんか?」

「いえ、そんな事は。後……僕の事を様付けで呼ぶのを止めて貰えないでしょうか。何故か、違和感が……」

「なりません! 貴方様は時期執事長候補なのですから、様付けをしなければなりませんから」

 香は指を立てて言った。

 胸を張っているのを見て、旅介は苦笑した。

 いつから、執事長になる事になったの?

 大体、記憶がないのにいきなり執事長なんて務まる筈がない。

 そして香は説明するように言った。

「礼司様から頼まれた以上、私の方針に従って貰います」

「っぐ。それは分かりました。しかし、僕は記憶がない身分です。ですから……様付けで呼ばれるのは。しかも、此処では香さんが先輩なのでしょう。ですからお願いします。呼び慣れている『君』付けで呼んで下さい」

 香は少し考えていた。眉間に皺を寄せながら旅介を見た。そして……

「分かりました。礼司様には、私から言っておきます。旅介君を立派にして見せますと」

「あはは。お手柔らかにお願いします」

 香さんは嬉しそうだった。僕は執事としての生活が始まった。

 僕の記憶は果たして戻るのだろうか……

「どうしました、旅介君?」

「いえ、なんでもないです。これから頑張ります!」

 やはり記憶がないのは不安になる。次々と新しい人が出て来ると、どう言えば良いのか分からないから。

「では、屋敷内の掃除をして貰います。良いですね」

 香さんの手には掃除用具が握られていた。いつの間に持っていたのだろう……

「屋敷内って、結構広いですよ」

 中は広いし天井が高い。僕達が居る二階には複数の部屋と隠し通路もあるかもしれない。

 しかも、一階は奥行きが広い。

「私は、毎日掃除しています。大丈夫ですよ、慣れれば、楽しいですよ」

 慣れれば……って。

 香は掃除用具を旅介に持たせて、一階に下りて行く。

「旅介君が来てくれて嬉しいですよ。一人じゃ淋しいですから。これから宜しくお願いしますね」

 香は振り向きながらニッコリと笑って、下りて行った。


「ふう、良かった。優しい人で」

 しかも二階は複数の部屋がある。それらを全部掃除しろと言うのか。

「はぁ~気が重い。最初は自分の部屋から掃除をするか」

 僕は部屋のドアのノブに手を掛ける。


 その時、ドアが開いた。


「ふわ~また寝てしまったよ! ……どうしよう、ちっとも進んでいないよ!」

 叫びながら、頭を抱えていた。

 その人は金色の髪が腰まであり、白衣を着ていた。その下にはピンク色のブレザーと黒のスカートを穿いていた。

「おはよう、静」

「うん? 旅介……あーっ! 旅介、服新しくなったの!」

「うん、似合うかな?」

 静は目を見開いて、嬉しそうに「似合っているよ」と言った。

 僕にとっては、静の言葉の方が安心出来る。

「ありがとう。……静、顔に黒いのが付いているよ」

「えっ?」

 良く見たら白衣にも黒い炭で汚れていた。

 静は自分の身体を見るなり、みるみる顔が赤くなった。

「ごめんね……ちょっと」

 静は早走りで部屋に戻った。

「本当に元気だな……はは」

 僕は自室のドアを開けた。

「さて、掃除をしますかな!」

 香さんに渡された掃除用具を置き、確かめるように見る。

 別に記憶がないからだと言って、やり方が分からない訳でもなければ、名前も忘れた訳でもないのだ。

「まずは、埃からかな。しかし、綺麗にされているな」

 旅介は掃除用具からはたきを取り出し、埃を取る。

「ごっほ、ごっほ!」

 はたくと埃が落ち、咳き込んだ。

 僕は夢の事を思い出す。あれは、なんだったのか。仮面を着けていたな。

「やはり分からない。知り合いとは違うか。はぁ~何事もなければ良いが……」

 順調に埃を落として行く。

「結構、埃があるな。見えない所まで、こんなにも……げっほ、げっほ!」

 埃を吸い込んでしまい、せてしまった。

 これは、つらいな……


「旅介。旅介、何処!」


 部屋の掃除をしていると、外から声が聞こえた。どうやら静らしい。

 掃除の途中だったが、呼んでいるからな。

「さてと」

 はたきを置き、部屋のドアを開けた。

「どうしたの、静。大きな声を出して」

「居た! 言い忘れていた事があって……」

 静は顔を赤くしていた。先程の汚れは取れていた。どうやら着替えたらしい。

「でっ、何かな? 僕、これから二階の掃除をしないといけないから」

「良く、眠れたかなーって。……昨日、色々とあったから。うなされていないかと」

 心配そうに言う。

 ぐっ、鋭い。

 夢の事は言わない方が良いかな。逆に心配をさせたくない。

「はは、そんな事か。確かに、昨日のあれは痛い程だったけど……今は大丈夫だよ。でっ、さっきはどうしたの? 服とかにも汚れがあったけど?」

「うっ! それは……昨日余り寝付けなくて。夜中に起きて……それで……発明をしていたの」

 だからか。

 昨日ぐっすりと眠っていたような気がしたけど。

「そう、なんだ。昨日言っていたね。父様を捜すって、もう出来たの?」

「ううん、まだ。部品を買わなきゃいけないから。今から行くから、旅介も行こう」

「部品? 静、気になっていたけど。何故、制服を着ているの?」

 その質問に静はふと笑った。何言っているのよと言う表情で僕を見ていた。

「ふっふふ! 私は学生だよ。今日も学校があるから、買い物が終わったらそのまま学校に行くから。制服を着ているのだよ!」

 と人差し指を立てて、ウインクし言った。

「そうだよね……はは。何を言っているのだろう僕。見ていて子供なのに」

「それ、どう言う意味?」

 静は僕の所まで近付き、怒鳴った。

 僕は別にと、手を横に振った。

「まぁ、良いけど。旅介もどう……かな?」

「どう、とは?」

「だから、街に買い物に行こう、って話だよ!」

 と拳を作り、上下に振った。

「分かったから、興奮しないで」

 静は嬉しそうだった。


「朝っぱらから、騒動しい!」


 怒鳴り声が背後からした。

 振り向くと、眼鏡を掛け、黒いスーツを着ていた青年が二人を睨んでいた。何故か怒っていた。

「すっ、すいません!」

「うん、みねぇー顔だな」

 青年はそう呟いた。

「御兄様!」

 静はビックリするように言った。

「御兄様? 静の」

「あっ、お前は……昨日の。はぁ~厄介な事になりそうだな」

 青年は眼鏡を持ち上げると、フンっと鼻を鳴らした。

 そう言えば喫茶店に居たな。仕事帰りなのか。

「俺は、時森蓮時。って……お前は?」

 蓮時は旅介を睨んだ。

「えっ!」

「……御兄様、私が紹介するよ。今日から執事をする旅介だよ。昨日会ってから、家に連れて来たの」

 静は蓮時様に説明をした。こうなった経緯を。勿論、僕の記憶がないと言う事も含めて。

「そうか。まぁ、俺の知った事ではないが……だがな、誰も見ていないからと言って、部屋に連れ込むなよ。兄さんが知ると……お前、命ないぞ。兄さんは誰だろうと容赦しないからな」

「はい……」

「そ、そそ……そんな事、してない! へっ、変な事言わないでよ、兄様。旅介とは、そんなんじゃないよ!」

「はいはい、ほんと、落ち着きのない奴」

 静は顔を赤くし、蓮時は大広間と書いてある部屋に向かった。

 大広間は二階にもある。

「おっと! 忘れる所だった」

 蓮時は立ち止まり言った。旅介を睨みながら言った。

「余り、調子に乗るなよ。寝られる場所があるだけ、有り難く思えよ。此処では、お前が一番下だからな」

「はい、分かりました」

 蓮時はポケットに手を突っ込んで、大広間の部屋に入って行った。

 無言のままで。


「はぁ~気が持たない」

 僕は疲れて階段に座った。静もつられるように隣に座った。

「大丈夫だよ。二人の御兄様は根は優しいよ。口は悪いけど……旅介も慣れるよ。きっと」

「はは、慣れるのかな……」

 つうか慣れたくない。怖いし、何されるか分かったもんじゃないし。

「さて、静。掃除の続きをしないといけないから」

 と言って立ち上がる。

 静は不安そうに旅介を見ていた。

「どうしたの?」

「まっ、街に……行こう……」

 元気なく言う静。

「……掃除の途中だしな。……香さんに言えば、許可してくれるだろう。行くか」

「うん、良かった! 待ってるね!」

 嬉しそうに階段を下りて行った。

 手には鞄を持っていた。いつの間に持っていたのだろうと思った。

「まぁ良いか。香さんに報告しに行くか。初日だし、構わないだろう」

 静のお世話も執事の仕事だし。

 記憶がないってのは、本当に不安だな。

 そして、旅介は報告をしに階段を下りた。


 十年前の戦争か……

 あれには、謎だらけだ。

 階段を下り終わると、礼司様が部屋に戻る所だった。

「礼司様、おはようございます」

「旅介君か。おはよう、ほう~この様子だと執事服が出来たようじゃのう。良かった」

 礼司は旅介の服装をチェックするように見ていた。

「似合っている! これで正式に執事をして貰おう。先程、静が嬉しそうに外に行ったが……どうしたのじゃ」

「それは、ですね。……僕も、街に行くからかな。だから、静は嬉しそうにしていたかと」

「そうか、街に。まぁ、旅介君も頑張りなさい。後、帰ったら話があるから、部屋に来なさい」

 そう言って、礼司様は部屋に戻った。

 僕は帰ったら、行きますと返事を返した。

「さて、香さんを捜しますか」

 と周りを見回す。

 そして、見付けられた。

 壁側で掃除をしていた。何故かご機嫌に鼻歌を歌っていた。

 僕は香さんの所に歩み寄った。


「香さん」


「うっ、ぐっ?」


 うぐっ、って。そんなに恥ずかしかったのか。一人で歌を歌っていた事が。

「りょっ、旅介……君。居たのですか?」

「はっ、はい。今来た所です。あの……僕は気にしませんから。そんなに、動揺しないで下さい」

「今の、を聞いていましたか……はーっ!」

 香さんは顔を赤くした。

「べっ、……別に、歌が好きな訳ではありませんから、あしからず」

 なんで逆ギレみたく言われるのだろう。そして、箒を上下に振っていた。

「香さん、落ち着いて下さい。別に、気にする事はないですよ。少なくとも僕は……良いと思いますよ。香さんの歌、とても綺麗ですよ」

 僕は励ますように言う。

 香さんは小さく息を吐いて、僕を見る。

「でっ、私に用があるのかしら。あるのなら、早く言って下さい」

 香はメイド長としての威厳を取り戻したかのようだった。

「えっと、静と街に行きます。だから、掃除の方は帰ってからちゃんとやりますから。行って来ても良いですかと言う、報告です」

 香は呆れたように、肩を竦めた。

「またですか……はぁ~良いですよ。お嬢様をお願いしますね、旅介君」

「はい、では。行って来ますね」

 香さんに御辞儀をして、静の元へ急ぐ。


「旅介君」


「はい!」


 ふいに声を掛けられ、振り向いた。

「色々と大変になると思いますから、頑張って下さいね。くれぐれも、迷惑にならないようにして下さいね」

 香さんは優しげに微笑んだ。


「はい! では、行って来ます」

 静が待っているから急ごう。

「はい、行ってらっしゃい。旅介君、帰りをお待ちしていますね」

 香さんはニコヤカに言って、送り出してくれた。


 外で待っている静と街へと出掛ける事になった。

 待っている静は何やら不機嫌だった。

「ごめん、待った?」

「遅いよ、十分に待ったよ! 私のワクワク感が少し減ったよ……」

 プンプンと頬を膨らませる静。

 つうか、夜中に発明をしていたのに、なんで元気なのかと言いたい。

 しかも、朝の七時前なのに、えらく早い。

「ごめん、ちょっと……礼司様と話をした後に香さんに報告をしていたから。別に行きたくなくて遅れた訳じゃないから。信じて」

 拝みながら頭を下げる僕。

「そう……なんだ。なら仕方ない、許します。さぁ、行こうか。もう六時か……彼処の仕入れが始まる時間だから、行こう!」

 と言って、静は僕の手を取り走り出した。

 夜が朝に変わる瞬間だ。

 十月十一日、土曜日。


 僕達は坂道を走り抜けて商店街に着いていた。

 周りは開店の準備で人々が動き出していた。朝なのに賑やかだ。

「凄い……こんなに人が、こんな早い時間に準備するの?」

「うん。でも……遅かった。もう出ているよ。……仕方がない、行こう!」

 街の人々は「おはよう、静ちゃん」と声を掛けられる。その声に反応して挨拶をした。

「静、街の人達と親しいの?」

「そうだよ。だからこの時間が好き。勿論、街全体も、だよ」

「……そうか。っと、静……何処に行くの?」

 僕は街に行こうと言われたけれど、具体的に何処に行くのかは聞いていないのだ。

 静はワクワクしながら歩いている。

 商店街を。

「掘り出し物、探しだよ! 言わなかったっけ、発明を作る為の部品を買うと。ほらっ、あの店だよ」

 静は指を指した。

 流石は商店街だ。こうも広いと店が多い。八百屋に、魚屋、雑貨屋などある。

 静が指を指したのは、物貨屋と書いてある店だ。

「ブッカヤ……って、読むのかな?」

「うん、そうだよ。私は掘り出し物屋って、呼んでいるの。店員さんはお姉さんなんだ!」

「そう。……って、お姉さん? 静には……お姉さんまで居るの?」

「居るけど。旅介、違うよ。店に居るのは、私の友達のお姉さんだよ。昨日、話をしたと思うけど……」

「あっ、そうだっけ? ごめん、色々と話を聞いていて、頭に入り切れなかったかも」

「もう……行くよ」

 そして、歩き出す。

 僕は思った。静の姉弟が何人居るのだろうと。

 そして、僕達は物貨屋に辿り着いたのだ。

 店は一軒家でさほど大きくはない。店内には長机が置いてあり、その上に商品が置いてあった。其処に箱のような物があり、その中に商品が入っているのだろう。

 静は目をキラキラと輝かせていた。


「あらっ、静ちゃん! おはよう。今日も来たの?」


 すると、店の中から声がした。

 そして、姿が見え、静はプンプンとしていた。

「お姉さん、それ……どう言う意味なの!」

「ふっふふ。別に深い意味はないよ。それにしても、毎日早いね」

「う~。今日の掘り出し物は?」

 静は沈みながら問い掛けた。お姉さんは呆れたような表情で見ていた。

 服装は腰に付けるエプロンと長袖の服とロングスカート。そして、カーディガンを羽織っている。

 水色の髪をポニーテールに結び、腰に手を当てていた。

「そうね。……うん~静ちゃん、この男の子は? 見た事がないけど、静ちゃんの知り合いなのかな。何処かで……見たような気がするけど」

 お姉さんは僕の方を凝視した。

「忘れてた! お姉さん、この人は時森家の執事だよ。名前は旅介」

「どうも、初めまして。時森旅介です。宜しくお願いします。すいません、いきなり失礼な事を訊いて」

 僕は頭を下げた。お姉さんもご丁寧にと頭を下げた。

「失礼な事って、どう言う、意味かな……旅介君?」

 静は僕の手を強く握り締めた。明らかに怒っている。

「くん? ……静、手が痛い。どうしたの」

「フン、知らない。旅介のバカ……」

 旅介は手を摩っていた。お姉さんはあらあらと言うように笑っていた。

「優しそうな男の子じゃない。静ちゃんのこれかな」

 お姉さんは小指を立てた。


「違うよ!」


 即答された。ちと、ショックだ。

「そうなの、ごめんなさいね。しかし、ビックリだよ。静ちゃんが男の子と居るから。つい、聞き入ってしまって」

「あはは……」

 一応フォローしてくれた。

「はっ! 旅介! 違うよ、別に嫌いって……意味じゃないよ」

 静は慌てて、説明する。手を左右に振りながら。

「お姉さん、旅介とは昨日会ったばかりで、まだ……そんな関係じゃないよ!」

 静は事の説明をした。

 蓮時様と同じように、僕の記憶がない事や、執事になった経緯を話した。

「そうだったのですか。……話を聞く前にも思ったけど、本当に似ていますね。あの方に」

 お姉さんは頷きながら言った。

「あの、お姉さんも会った事があるのですか」

「……あっ、うん。神森神介様にはお世話にもなったから。……私は、今も信じられないわ、あの方が戦争を起こすなんて」

「はっ、しまった! 静の前で」

 静は話に耳を傾けず、店にある商品を眺めていた。

「静ちゃん、なんか良いのがあったの?」

「うん、凄ーい! これは、掘り出し物だよ」

 っと言って、静は目をキラキラと輝かせていた。

 良かった、さっきの聞いていなかったか。

「はは、まただね」

「何が……ですか?」

「静ちゃん、物珍しいのを見ると、あーやって観察するの。周りの声が聴こえないぐらいに」

「そう、なんだ……」

「ごめんなさいね、失礼な事を言って。りょ、旅介君ね……うん。静ちゃんの前ではこの話は禁句だったね。忘れていた。旅介君、今後共、静ちゃんを宜しくね」

 お姉さんは僕の手を握って来た。

「あの……お姉さん」

「リエ」

 ふと、お姉さんは何かを言ったような気がした。

「えっと……」

「私の名前はリエ。これから、そう呼んで貰えないかしら」

「……お姉さん、ズルい! 私の時は『お姉さん』って言ったのに、私も呼ばせて」

「駄目です~静ちゃんは、私の妹みたいなものだから、『お姉さん』で定着です」

「む~意地悪……」

 静は頬を膨らませて商品に目を向けた。さっきの話、実は聞いていたのではと、訊きたくなる。

「はは、いきなり。名前で呼べと言われても……」

 この街の人は名前で呼ぶのが風習なのか。

「リエさんで、良いでしょうか?」

「うん、良いよ。これからも、静ちゃんをお願いね」

「はい!」

 礼司様にも言われたけど、そんなに心配なのかな。その静は未だに商品に夢中だった。

「うん、これこれ。お姉さん、これにするよ!」

 静は箱の中から一つ手に取り見せた。七色に光っている物のようだ。

「七色のペンダントだね!」

 静はそう言い、リエさんを手招きする。

「はい、はい」

 リエはニッコリと笑いながら、静のペンダントを袋に入れた。

 そして、時間を確認するように時計塔を見上げた。

「静ちゃん、学校は良いの?」

「はーっ! もうこんな時間! 行かなくちゃ!」

 静は袋を受け取ると、走り出した。

 そして、叫んだ。


「旅介ー帰ったら、街を案内するねー!」

 

 立ち止まって、また走り出した。商店街を。

 もう見えなくなった。

「流石、白衣の天使ですね」

「そうですね。本当に元気だな~」

 夜中に発明をしていたが、大丈夫なのだろうか。

「ふっふふ、そうね。旅介君、時間大丈夫? 大丈夫なら、お茶でも飲んで行く?」

 っと、微笑みながら問い掛けて来た。

「ありがとうございます。実は執事の仕事があるので、僕は帰ります」

「そうですか。じゃ、まただね」

「はい、失礼します」

 僕は御辞儀をし、踵を返す。

「はい、またね。……そうそう、夕方に、何かが起きるから気を付けてね」

 リエはそう言い、店の中に入って行く。

「リエさん、今のどう言う意味ですか……」

 そう言えば、香さんも同じような事を言っていたな。

「まぁ、良いか。深く追及すると、厄介な事になりそうだ。考えても仕方がない」

 何故なら、記憶がないのだから。

 しかし、起きるのか。嫌な予感がプンプンするな。


 静は学校とやらに行き、旅介は時森家の屋敷に戻るのだった。

 時刻は八時になっていた。

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