第202話 惑乱


その男の顔を見た私は、あまりにエリアスに似ていたので、暫く凝視してしまった。


黒髪に白髪混じりで、黒い瞳も眉の形も目元も口元も、全部がエリアスと同じに見えて、暫く動けなかった。


それは、エリアスも、宿屋の男もそうだった。



「あ……あの、部屋は空いてますか…?」



沈黙が続く中、私はハッとして男に聞いてみた。


しかし、男はエリアスを見続けて、何も言えない状態のままだった。



「あ、そうだな、部屋が空いてたら二部屋借りてぇんだけど……?」



エリアスもそう言うが、男はエリアスを見詰めたままで、一言呟いた。



「……エリアス……か……?」


「え……?そう、だけど……なんで俺の名前知ってんだよ……?」


「………っ!」



またみるみるうちに表情が変わりだした。



「何故だっ!どうやって生きて来れた?!お前が何故!!」


「え?何言ってんだ……?何……?」



近くにいた宿泊客が、何事かと近づいて来る。


それを見た男は慌てた様に



「コイツに近づくな!決して触るなっ!」



まるでエリアスを化物みたいに恐れて、大声で宿泊客達に注意を促す。

客達も、何が何だか分からないが、言われた通りに遠ざかる。


その様子を、ただエリアスは呆然と見ている事しか出来なかったようだった。



「エリアス、ひとまずここを離れよう。」



エリアスの左肘を掴んで去ろうとすると



「アンタ!エリアスに触っちゃダメだ!!失明してしまうぞ!!」


「えっ?!」


「それとも既に操られてるのか?!何て事を……っ!!」


「ちょっと待ってっ!エリアスは何もしていないし、触れても何も起こらない!!」


「そんな筈はないっ!コイツは……っ!エリアスは禍の子なんだっ!!コイツがいると禍がっ!!」


「なっ……!そんな事ないっ!エリアスがそんな訳っ!!」


「アシュレイ、ここを離れよう。このままじゃおさまらねぇ。」


「エリアスっ!でもっ!」



エリアスが私の手首を掴んで、宿屋から出て行こうとする。


その後ろから、男がまだ叫ぶ様に声をかけ続ける。



「そいつを離してやれ!エリアスっ!もう誰も犠牲にするんじゃないっ!エリアスっ!!」



宿屋から出て暫く、足早に歩くエリアスに手首を掴まれたまま、連れて行かれる様に歩いて行く。



「待って、エリアス!ちょっと待ってっ!」


「え……?あ、悪い、アシュレイ……」



やっとエリアスが私の手を離してくれた。



「エリアス……何なんだろう……?酷い言いがかりだ。あ、さっきのは気にしなくて言いと思う。変な奴だったんだ、きっと!」


「……あれは多分……俺の父親じゃねぇかな……」


「え……?」


「俺に似てたし……俺の事、知ってるみてぇだったろ?それに、ここはエルニカの街から遠くねぇ。」


「いや……でも、可笑しな事を言ってたっ!全然っ!違う事を言ってたっ!!」


「あぁ、俺を禍の子っつってたな……だから捨てたんじゃねぇか?」


「エリアスっ!……違うっ!エリアスは禍の子とか、そんなんじゃないっ!」


「俺は大丈夫だから落ち着いてくれ、アシュレイ。……ここじゃ泊まれねぇかな……すまねぇな、俺のせいで。村を出てまた野宿すっか?」


「エリアス……」



なんでエリアスがこんな事言われなきゃいけないんだ?!


エリアスは何もしていないし、触れても何も起こらないのにっ!!



「アシュレイ?何で泣いてんだよ?こんな事で泣くなよ。」



エリアスが申し訳なさそうに笑う。


私はエリアスの肘を掴んだまま、暫く涙が止まらなかった……


エリアスは私をあやすように、頭を優しく撫で続けていた。


それから二人で歩いて村を出ようとした時、高齢の男がまたエリアスを見て、シモンと言って近づいて来た。



「しかし、よくシモンに似ておる……」


「あぁ、もしかしたら、俺の父親かも知んねぇからな。」


「何っ!?アンタ、名前は……」


「……エリアスだ。」


「……やはりそうかっ!お前が……っ!」


「違うっ!エリアスは何もしてないし、触っても何も起こらないっ!きっと人違いなんだっ!」


「アシュレイ……」


「何でエリアスを怖がるんだっ!何があったって言うんだっ!!」


「アンタは操られてる訳じゃないのか……?!」


「エリアスにそんな力なんてないっ!」


「アンタは俺の何を知ってんだ?知ってる事があるなら、教えてくんねぇかな?」


「ワシが知ってるのは……シモンの子が変な力を持って生まれて来たって事じゃ……左手で人に触れると、触れられた者は光を失い、右手で触れられた者は操られる……」


「そんな……っ!エリアスは誰に触っても、そんな事にならないっ!」


「アシュレイ、良いから……で、俺はそんな力があるから捨てられたのか?」


「……宿泊客だった赤子と別れるのが嫌で怒ったお前は……幼いお前を抱き抱えていた母親を……怒りで焼き殺したんじゃ……」


「……っ!!」


「……そんな……ウソだ……」


「その時ワシは近くにいて、全部見ておったっ!全て本当の事じゃっ!」


「ウソだっ!そんな事、ある訳がないっ!」


「アシュレイ……」



詰め寄ろうとする私を止めて



「そうか……」



一言そう言って、私の手首を掴んでその場から離れる様に村を出た。


しばらく歩いて、日が落ちてきたのを見て、エリアスが野宿の用意をし出した。

それを見て、私も急いで用意をする。


終始エリアスは何も言わなくて、淡々と作業していた。


火を起こすと、エリアスはそこに立ち竦んだ。



「あ、お腹すいたな、何作ろうか……?」



エリアスが、料理をしようとする私の手を引き寄せて抱き締めてきた。



「エリアス……?」



エリアスは何も言わないけど……


でも酷く傷ついてる筈だ。


まだ幼くて、何も分からなかった頃の事なのに……


抱き締める力が強くって、思わず顔を上げてエリアスに訴える。



「エリアス、苦し……」



言い終わらないうちに、エリアスの顔が近づいて来て、私に口づけた。


ビックリして顔を反らすけど、頬を支えられてまた口づけされる……



「んっ!……っ!や………っ!ん……っ」



エリアスの強引な唇が、私に何も言わせようとしない……


不意に唇が離れたと思ったら、エリアスが私を抱き抱えてテントに連れて行く……



「エリアスっ!何?!どうしたの?エリアスっ!」



テントの中にあったシーツの上に寝かされ、それからまたエリアスが唇を重ねてきた。


そうしながら、私の胸当てと肩当てを、強引に外しだす。



「あっ……んっ!!待っ……!んっ!」



胸に巻いてある布を引きちぎって、エリアスの手が胸に……


私の首に口づけるエリアスに、やっと開放されて言葉を発する事ができる。



「エリアスっ!やめてっ!なんで?!どうしたの?!エリアスっ!」



見ると、エリアスの表情は無かった。

エリアスの、こんな何もない表情は今まで見たことがなかった……


それからまた、エリアスの唇が私の唇を塞ぐ……


傷ついたエリアスに、私はそれ以上何も言えなくなってしまった……



唇に……頬に……手に……首に……胸に……



エリアスの唇が身体中を優しく、でも強引に口づけていく……



エリアスの手が、身体中を愛しむように触れていく……



気づくと、私は涙が溢れていた……


それを見たエリアスが、何かに気付いた様に私から離れて



「……ごめん……アシュレイ……」



そう言って、テントから出て行った……



涙が溢れて、私は少しの間、その場から動けなかったんだ……




暫くして……




そっとテントから出た。


そこにエリアスの姿はなかった。


どこに行ったんだろう?



あんな事を知って



自分の母親を殺してしまった事を告げられて



エリアスが自暴自棄になっても仕方のない事だったのに



辺りを見渡して、エリアスの痕跡を探す。


耳を澄ませて、集中して音を確認していると、剣を振るう音が聞こえた。


その方向へ行ってみると、エリアスがエゾヒツジを仕留めていたところだった。



「エリアス……」


「あぁ、アシュレイ、晩飯見つけたからな、狩ってたんだ。」



普通にしているエリアスに堪らなくなって、私はエリアスに抱きついた。



「…アシュレイ……俺……さっきアシュレイに酷ぇ事したのに……」


「大丈夫だから……エリアス……勝手にどこにも行かないで……」


「アシュレイ……」



エリアスも私を抱き締める……



「ごめんな……アシュレイ……ごめん……」



それから暫くは、二人でそのままでいたんだ……








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