第178話 迷い
聖女……ラリサ王妃の話を聞いて……
俺は暫くその場から動けなかった……
自分の左手首にある腕輪の効果が、能力制御だったとは……
しかし、これがなければ、俺はもしかすると、何人もの命を奪っていたのかも知れないんだ。
「アシュリーは……」
「はい?」
「アシュリーにはどんな能力が……?」
「あの子には……右手で触れると、触れた者の過去や未来が分かります。左手で触れると、触れた者にあったアシュリーの記憶が全て無くなります。」
「だから……」
だからアシュリーは、私に触れてはいけないと言っていたのか……
今まで誰にも触れる事が出来ずに、どんなに淋しい思いをしていたのか……
そして、どんなに仲良くなれたとしても、触れた途端に忘れられて行く……
アシュリーを想うと、胸が締め付けられる様に苦しくなる……
「私を忘れないで……」
幼いアシュリーが俺にそう訴えていた事が、今になってようやく理解できるとは……
「貴方を連れて行けなかった事は、今でも悔やまれてなりません……出来ることなら……一緒に……アシュリーと兄妹として育ててあげたかった……ごめんなさい……」
「いえ……母であるベアトリーチェ王妃には、よくして貰っていたと聞いています。物心つく前に亡くなってしまって、俺にはなんの記憶もありませんが……」
「ベアトリーチェは……貴方を愛してくれていたのね……」
「姉のアンネローゼからは、それで妬かれていましたよ。」
フフフ…と笑うも、ラリサ王妃の目から涙が零れ落ちた。
「アシュリーは、突然いなくなった貴女を探して旅を続けています。それから、村の宝である石を集めています。」
「やっぱり…あの子には、それが出来る能力があったのね……私にはあの短剣に石を嵌める事は出来なかった……」
「銀髪の村にも行きました。場所は変わっていると思いますが、貴女の故郷となる村です。」
「見つけたんですか?!私も探して……探して……でもたどり着けなかった……」
「貴女が求めるのであれば、そこまで案内します。」
「……いえ……今は……私にはやることがあります。」
「両親を助け出す事ですか?」
「……ええ……。」
「どこに囚われているか、ご存知ですか?」
「場所が変わっていなければ……でも私はここから動けなくて……」
「分かりました。それは此方で調べます。俺も助け出す事に力を貸します。」
「……ありがとう……」
ゾラン達に目配せをすると、ジルドが動き出した。
「リディは……アシュリーとはどうするつもりなの……?」
「…………」
「リディ?」
「……今更……アシュリーを妹だと……そんな風に思えない……」
「でもっ!貴方とアシュリーは紛れもなく…!」
「分かっています!………分かっています……」
「貴方とアシュリーがそんな事になったら……ベルンバルトの思う壺です……っ!」
「それは……っ!……父上は……関係ありません……!」
「それでも……!」
「待って下さい!……今はまだ……気持ちの整理がつきません……」
「……そうね……ごめんなさい……」
「俺には……アシュリーしか……」
「リディ……」
ラリサ王妃が俺に近づき触れようとする。
それを察して、すぐに後ろに下がる。
「心配しないで……もう貴方の記憶を弄ったりしません。生まれてすぐに手放して……それから貴方に触れられなかったから……」
ラリサ王妃は、そっと俺を抱き締めた。
俺もラリサ王妃の背中に手をやり、頭に手をやって、闇魔法で一日の記憶を消した。
気を失ったラリサ王妃を抱え、ベッドに寝かすと、俺達は部屋を後にした。
帝城でいつも使う部屋へ行き、ソファーに座り一人考え事をする……
俺は……アシュリーを妹だと思う事ができるのか……
妹だと分かっても……俺の気持ちは今もなお、アシュリーを求めてしまうんだ……
他の女性からは……特に此処に来る様な皇女や貴族の娘からは、表面からは想像出来ない位の、受け入れる事が出来そうにない感情が読み取れる。
どんなに美しくても、俺には醜い魔物にしか見えないのだ。
初めてなんだ……
あんなに清んだ心に触れられたのは……
あんなに暖かい感情に触れられたのは……
あんなに愛しく思えたのは……
アシュリー以外にいないんだ……
心がアシュリーを求めて止まないんだ……
俺は……どうすれば良い……?
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