第163話 アデルの恐怖


アデルに触った瞬間、今までのアデルの置かれた状況が一度に頭に流れ込んできた。



「アシュレイ…?」


「あ……あ……っ……うっ………」


「アシュレイ?!」



そのまま、私はアデルの記憶に飲まれて、気を失ってしまった……





私は幼い頃は、裕福な家庭で育てられた。


お母さんは、「アデルって名前は、高貴な人って意味があるのよ。」って、私の名前の由来を、微笑みながらよく口にしていた。

お父さんも優しくて、私達はとても幸せだった。


8歳の時、家に強盗が入り、お父さんもお母さんも私を庇って殺された。


私を拐った強盗は馬車でどこかに向かっているようだったけど、止まっている間に何とか逃げ出せて、近くの街にあった教会まで助けを求めに行った。


それがいけなかった。


そこは教会が運営する孤児院で、私と同じ位の子供達がいっぱいいた。


それからは、孤児院の皆で鉱山に行って、朝から晩まで働かされた。


孤児院に帰ると、教徒に理由もなく殴られて蹴られる。

それをいつも庇ってくれたのがエリアスだった。


「アデルは可愛いからすぐに娼館に売られちまうから、いつも顔を汚していろ。」と言って、私の顔をいつも土で汚した。


そんな優しいエリアスの事が好きになった。

「大きくなったらエリアスのお嫁さんになる。」って伝えたらエリアスは、恥ずかしそうに頷いた。


そんな毎日が続いたある日、最年長のエゴールが、ここから逃げようって言い出した。


毎月報告会だかで、この教会に教徒が誰もいなくなる日がある。

その日を狙って、5歳未満の子達は置いて、逃げようって事になった。

残りたい奴は残れば良い、との問いに、誰も賛同しなかった。


決行の日、皆で裏口から、街の外へ走りながら向かった。


しかし、その逃亡はすぐに見抜かれて、瞬く間に追手がやって来た。


息も絶え絶えに走っていると、後ろから首が飛んできた。


それは妹の様に可愛がっていた、ルイジアだった。


声も出せずに立ち竦んでいると、エリアスが私の手を取って走り出した。


まさか殺されるとまでは思ってなかった私達は、恐怖に駆られながら、森の中を走り続けた。


時々、叫び声が聞こえる。


怖くて動けそうになくなった時も、エリアスがずっと引っ張って行ってくれた。


追手の男は、切り落とした子達の首を、わざと私達に投げてきた。

それも笑いながら。


2人で、ただ夢中で走った。


暫くして、追手が来なくなった。


やっと教徒達の手から逃れる事が出来た。


エリアスと私は、殺された仲間達を思って、抱き合って泣いた。


それから夜通し歩いて、近くの川で水を飲んで、木の実を拾って食べながら、ひたすら歩いて2日後、盗賊に襲われた。


私とエリアスは捕まって、奴隷として売られる事になった。


エリアスが先に買われて行った。


泣きながら、何度もエリアスの名前を呼んだが、その声は届かなかった。


それからすぐに私も買われたが、私を買ったのはあの教会の教徒だった。


マルティノア教国まで連れ戻され、それからは人として扱われなくなった。


首輪を付けられ、手で物を食べる事を禁止された。


それから、私は教徒達の慰み者となった。


毎日代わる代わる、男達が私を凌辱していった。


14歳になった頃、首輪が合わなくなったからと、交換するべく外した瞬間を狙って、その場から逃げ出した。


今まで逃げた時は、必ず逃げられていた。


そんな記憶が私をそうさせたのだけど、私は街中で監視の対象だった様で、すぐに見つかって連れ戻された。


教徒の男は、もう二度と逃げ出さない様にと、私の脚を膝上から切断した。


あまりの激痛に、その場で気絶した。


死んでもおかしくない状況にも関わらず、私は生きていた。


何日も眠り、目が覚めた時には、私の手足が無くなっていた。


あまりの事に気が狂いそうになり、大声で泣きわめいていると、そんな私を見て教徒達は笑い続けていた。


全身を襲う激痛に耐え、何度も殺して欲しいと懇願し、それでも男達は私を生かす事を喜んでいた。


それからは見世物として、テントの中の檻に入れられ、時々私を買った男に凌辱される。


私は自分の心を捨てた。


思い出すのは優しかった父と母の事。


母の言った、私の名前の由来が高貴な人だと言う事。


それから、私がお嫁さんになると言った時、エリアスが恥ずかしそうに頷いた事。


そんな僅かな幸せを思い出し、目の前の事から意識を無くした。



私は………何なのだろう……



何をされているんだろう………



なぜ生きているんだろう………



助けて………



誰か助けて………



エリアス………



助けて………



助けて………



お願い………



助けて………



……エリアス……






「アシュレイっ!」


「……エリアス?」


「アシュレイ、どうした?凄くうなされていた。」


気づくと、ベッドに寝かされていて、エリアスが心配そうに私を見詰めていた。


体を起こすが、すぐにアデルの記憶が全身を襲うように、私を恐怖に打ちのめす。



「いやぁぁぁぁぁっっっ!」


「アシュレイっ!どうした!アシュレイっ!」



エリアスが私を抱き締めた。


知らずに涙が溢れだし、ガタガタと体が震えだす。


「エリアスっ!助けて!エリアスっ!」


「大丈夫だ、アシュレイ!大丈夫だからっ!」


エリアスは私の背中を撫でながら、落ち着かす様にずっと「もう大丈夫だ。」と言い続けていた。


暫くして、少しずつ現実が理解出来てきて、落ち着きを取り戻してきた。


自分の手足があるのを確認して、それから安心した様に、また涙を流した。



「アシュレイ、落ち着いてきたか?どうしたんだ?」


「……エリアス……」


ずっとアデルの感情が残る。


こんなに焦がれて、やっと助けにきてくれたのに、自分はあんな姿で……


涙が溢れて止まらない……


「右手で……アデルを触って……アデルに今までに起きた事が分かって……」


まだ涙が止まらなくて、口を覆いながら震えていた。


「右手……そうか…そうだったな……」


「……アデルは…?」


「今はシスターがついてくれている。」


エリアスが私の隣に腰かけて、私の頭を自分の胸にあてた。


「そんなに酷かったか……」


「怖かった……痛かった……ずっと…ずっと助けを待っていた……」


まだ震える体を、エリアスが優しく撫でる。


「酷すぎる……こんなこと……人間のする事じゃない……」


「アイツ等……許せねぇっ……!」



暫くして、ようやく落ち着いてきた。



「エリアス……アデルを治してあげたい……」


「アシュレイ……ありがとう……」



それから2人で、アデルの元まで戻る事にした。






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