第164話 アデルの思い
アデルの元へ2人でやって来ると、シスターがアデルの涙を拭いていた。
「アシュレイさん、大丈夫ですか?突然倒れられて……」
「すみません、シスター。迷惑をかけました。」
「いえ、迷惑だなんてそんな……」
「3人にしてもらって良いですか?」
「えぇ。何か食べられそうな物を用意してきますね。」
そう言うとシスターは部屋から出ていった。
私はそっとアデルに近づいて、まず光魔法で浄化させて、身体中の汚れを取り除いた。
それから、回復魔法で、全身を淡い光で覆い尽くした。
暫くしてその光が消えて、アデルの頬に赤みがさした。
アデルは金の髪がよく似合う、とても美しい女性だった。
「え……なに……?」
この現状に驚いて、アデルが体を起こそうとして
「っ!ウソ……」
自分の手を目の前にかざして見て、それから体を起こし、自分の脚を確認する。
アデルは涙を流して
「私の腕が…脚が……ある………っ」
「アデル……」
「エリアス……!」
エリアスがアデルを優しく抱き締めた。
アデルはエリアスの胸で、泣き崩れていた。
私はそっと、部屋から出ていった……
キッチンで、シスターが食事の用意をしていた。
「シスター、手伝いましょうか?」
「あ、アシュレイさん、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。」
「そうですか……なにか足らない物等ありますか?」
「そうですね…食器類が足らなくて……人数がいきなり多くなったものですから……。」
「分かりました。」
外に出て、土魔法で皿やコップ等を幾つも作り出し、それを高温の火魔法で焼き、それから風魔法に少しずつ氷魔法を加えていき、ゆっくり冷やして、食器類を完成させた。
それを持ってシスターに渡す。
「えぇっ!どこでこれを?!こんなにすぐに?!」
「魔法で作り出しました。他には何か必要ですか?」
「凄いですね……他には……椅子と、テーブルが少し小さいです。」
「分かりました。」
シスターの前なので、詠唱して土魔法でテーブルと椅子を作り出した。
「凄い!こんなに簡単に魔法でテーブルと椅子を作り出せるなんて!」
「あと必要な物とかは……」
「今の所は大丈夫です!ありがとうございます!」
それからシスターと一緒に食事の用意をして、子供達を呼んだ。
マーニ達が、やって来た子供達を外で行水させて洗ってあげていた様で、呼ばれると体を拭きながら戻ってきた。
マーニが皆に、帰ってきたら手を洗うんだよ、と言ってから、それから皆で椅子に座ってお祈りをし、食事が始まった。
この少しの間で打ち解けたのか、皆嬉しそうに、喋りながら食事を進めていた。
ここに連れて来て良かった。
シスターの懐の大きさに感謝しなければ。
シスターが、アデルの分の食事をトレーに乗せていたので、それを持ってアデルの元へ行った。
ノックをして、返事を待ってから中へ入る。
アデルは落ち着いた様で、ベッドで体を起こしていた。
その側で、エリアスはアデルの手を握っていた。
「エリアス、アデルの食事を持ってきた。食べられそうかな?」
ベッドの脇にあるテーブルに、食事が乗ったトレーを置く。
「ありがとな、アシュレイ。アデル、食べれるか?」
「うん…ありがとう……エリアス……それから……アシュレイさん?私を治療して下さって、ありがとうございます……」
「いえ……」
アデルを見たら、またアデルの記憶が襲って来そうになって、自分の体が震えて来た。
「アシュレイ?」
「あ、何でもないっ!ちょっとシスターを手伝ってくるっ!」
それからすぐに部屋を出て、さっき寝かされていた部屋へ入り、一人その場でしゃがみこんだ。
この恐怖に耐えてきたのはアデルだ。
自分に起こった事ではない。
自分に何かされた訳ではない。
なのに、怖くて体が震えて止まらない!
こんな事を、ずっとアデルは耐えてきたのか?!
彼女の恐怖に飲まれそうになる。
「アシュレイ?」
エリアスが私を探してやって来た様だった。
その場に座り込んでいる私に驚いて
「大丈夫か?また怖くなったのか?」
「エリアス……だい、じょう……ぶ…」
「アシュレイ、ゆっくり息をしろ、過呼吸になっている!」
エリアスが私の口を手で覆う。
なるべく息をし過ぎない様に、少しずつ呼吸を整えると、かなり落ち着いてきた。
エリアスが私を抱き抱えて、ベッドまで連れて行った。
「ごめん、エリアス、もう大丈夫だから……」
「俺……アシュレイの右手の事、なめてたかも知んねぇ……」
「普段はここまでは…それに、手袋をしているから、これでも素手で触るよりはマシなんだ……」
「それでいつも手袋してたのか……」
「エリアス、私は大丈夫だから、アデルの側にいてあげて?彼女はずっと酷い目にあってきてて、それを一人で耐えてきたんだ……」
「けど……」
「私も少しここで休ませて貰う。だから……」
「分かった。でも、何かあったらすぐ呼べよ?」
「うん…分かった……」
エリアスが去って、私は一人で考えていた。
こんな事を平気な顔をして……いや、笑いながら出来るあの国の教徒達……
あの街自体も普通の感覚ではない。
その国によって奴隷制度があるのは、仕方がない事なのかもしれないけれど、逃亡したからと言って戒めにあんなことが出来るなんて……
しかもそれを笑いながら見世物にして、その姿を平気で見に来る客がいて……
考えれば考えるほど、異常なあの国には嫌悪感しか持てない。
暫くそんな事を考えていたら
「アデル!!」
エリアスの叫ぶような声が聞こえてきた。
何かあったのかと、急いでアデルの元へと向かう。
部屋へ入ると、エリアスが倒れたアデルを抱き抱えていた。
見ると、アデルの胸には短剣が刺さっていた。
「アデル!何故だ?!アデルっ!!」
「エリアスっ!これは?!どうなっている?!」
「アシュレイっ!アデルがっ!自分でっ……!」
「………っ!」
急いでアデルの元まで行って、回復魔法をかけた。
しかし、アデルは目を覚まさない。
「……っ!なんでっ……!?」
何度も何度も、回復魔法をアデルに施すが、アデルは目を覚ます事はなかった……
「アデルっ!なんでだよっ!やっとっ!やっと自由になれたのにっ……!!」
エリアスはずっとアデルを抱き締めながら、アデルの意識を取り戻そうとしていた。
回復魔法が効かない……
それは……アデルはもう息絶えている……と言うことだった……
レクスのことを思い出す……
何度も何度も、回復魔法をかけても、レクスが目覚めなかったあの時……
また自分の無力さを思い知らされる……
「何事ですか?!」
シスターと子供達が部屋へ入ろうとしたのをとめて、シスター達には暫くこの部屋に入らない様に言うと、ゆっくり頷いてキッチンへと戻ってくれた。
それから暫く………
エリアスはアデルを離す事が出来ずに、ずっと名前を呼び続けていた。
私はそれを、ただ側で見ている事しか出来なかった。
アデルは幸せそうな顔をして眠っている様だった。
部屋の中には、エリアスの悲痛な声だけが響いていた……
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