第150話 母親


アシュリーが俺の部屋から帰って、それからしばらくすると、ゾランがやって来た。



「リドディルク様、ご報告があります。」


「なんだ?」


「聖女が見つかりました。」


「見つかったのか!」


「はい、明日にでも帝都に到着するとの事です。」


「そうか……」


「これでリドディルク様は、帝位継承はせずとも良くなりそうですね!」


「………」


「どうされましたか?」


「いや…どんな人が聖女になったのか…連れて来られるのにどんな思いをしたのか……その気持ちを考えるとな…」


「また貴方は……ハァ…まぁ、それがリドディルク様なんでしょうけど…」


「なんだそれは。」


「優し過ぎるんです!もっとご自分を労ってあげて下さい!」


「今は労っているぞ?」


「あと数日はそのままですからね!外出は禁止ですよ!分かりましたか?!」


「分かった分かった。」


「2回続けて言ってはいけません!」


「分かった。」



ゾランがプンプン怒った感じで部屋から出ていった。



聖女が見つかった。


それは俺にとっても、この国にとっても良いことだ。


しかし…


聖女の事を考えると気が重い。


殆どの聖女は、強制的に捕らわれる様に連れて来られる。

いくら帝都で良い暮らしが出来るとは言え、籠の中の鳥と一緒なのだ。

好んで聖女になっている者等、ほぼいないだろう。


明日、聖女がやって来る。


一度会いに行こうか…


少しでもその不安を取り除いてやらねば。


その前に姉上に会わないといけないな。

まだ聞きたい事は何も聞けていない。

姉上はじっとしていられない人だから、機会を逃すと、またすぐどこかに行ってしまうだろう。




翌日の朝、俺はゾランに内緒で姉上に会いに向かった。


この後宮には、現在7人の王妃が暮らしている。


第一夫人のシュティーナ王妃は、帝城で皇子と共に暮らしている。


他の王妃達の皇子は、基本的には帝城で暮らし、内政に関わる仕事を幼い頃から勉強し、将来に備えて働きもする。


皇女は後宮に残り、嫁ぐまでは淑女としての教育を受ける。

そして、政治的に決まった婚姻に従い、後宮を出て行くのが殆どだ。


その中で、俺は一人後宮に暮らしているし、姉上は騎士になるしで、第10夫人のベアトリーチェは教育がなっていないと、他の王妃達や皇子、皇女からもよく言われたものだ。


そうは言われても、俺は母の事は全く覚えていない。

物心つく前に亡くなっているので、母の記憶と言うものが全くないのだ。


しかし、帝城で俺がよく倒れているのを知っていた父上は、俺が後宮で暮らす事に関して何も言わなかった。

そんな事から、帝位に継がす事など考えている訳もないと思っていたのが、いきなりの指名とあって、今回の帝位継承の事は本当に驚いた。



歪みを抜けて、姉上の住む屋敷に着いた。


入って行くと、執事が慌ててやって来た。


「リドディルク様!おはようございます!本日はいかがなされましたか?!」


「姉上に会いに来た。取り次いで貰えるか。」


「はい、畏まりました!」


執事は急いで屋敷の中に消えて行った。


俺が帝位継承に指名されてから、周りの態度が急変した。

しかし、他の皇子が継承するとなったら、また態度が変わるんだろうな。

俺にはそんな事は、何の意味もないのだが。


少しして、執事とメイドがやって来た。


「只今アンネローゼ様は、お庭で朝食を召し上がられておられます。良ければご一緒にいかがでしょうか?」


「では、そうさせて貰おう。」



案内されて、姉上の元に行く。


姉上は庭で、優雅に朝食をとっていた。


メイド達が、俺の前にも食事を持ってくる。



「おはようございます。姉上。」


「こんな朝早くから何の連絡も無しに、失礼じゃないかしら?」


「申し訳ありません。姉上はすぐに何処かへ行かれてしまうので、なるべく早くにお会いしたかったんです。」


「そう?では昨日でも来れば良かったじゃない?お前はいつも、人の事なんて考えないのね。」


「……お聞きしたい事があります。」


「……何かしら?」


「母の事です。」


「………」


「俺には母の記憶がありません。今まで姉上とは離れて暮らしていたので、母の事を知ることもありませんでした。聞かせて貰っても良いですか?」


「……………」


そう言った途端、姉から嫉妬や後悔、悲愴と言った感情が流れてきた。


「姉上が俺を嫌っている事は知っています。話すのは、これが最後にします。」


「………お前に………」


「え?」


「お前に何が分かるのっ!お母様の愛を一身に受けておいてっ!なのにっ!お前はお母様の最後の時に何処にもいなかったっ!」


「姉上?」


「私の事も何も分からない癖に知った風な口をきいて!嫌いよ!お前の事なんか大っ嫌いよ!」


涙を流して俺を睨み、大きな声で俺を否定する。


「姉上……」


「お前は!私の弟なんかじゃない!二度と私を姉上なんて呼ばないでっ!!」


「アンネローゼ様!」


そのまま姉上はその場から去って行った。

その後をメイドが走ってついて行く。




そうか




やはり俺は 弟じゃなかったんだな………





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