第4話 少年レクス1
よっぽど疲れていたのか、そのまま眠ってしまった様だった。
窓から外を見ると、もうすぐ日が落ちそうな時間になっていた。
母の情報を得るべく、再び肩当て、胸当て、革手袋をつけ、首飾りを服の中に仕舞い、布を首に巻きそれを口元まで上げて外套を羽織る。
支度が出来たら外に出る。
この街に着いたのは昼前だったので、大体の人が仕事中だったのだろう。
今は人が多いので、情報を得やすそうだ。
街の真ん中辺りに広場があり、その周りには様々な店がある。
ここが一番人が多く集う場所だろう。
何処か酒場にでも入って情報を得ようとして、目についた店に向かおうとした時、後ろから何かがぶつってきた。
振り返ると、少年がぶつかった拍子で尻餅をついていた。
「悪い、大丈夫か?」
私は声をかけると、少年はビックリしたような顔をしながら、一瞬顔が下を向き、それから勢いよく顔を上げた。
「わ、悪いと思ってるんなら手をかしてくれよ!」
と言って少年は手を差しのばして来た。
「大丈夫そうだな。」
そう言って私は酒場に向かおうとした。
「ちょっ、ちょっと!待ってくれよ!
足を挫いたかも知れない!」
ぶつかって尻餅をついただけなのに、何故足を挫くのか。
不信な目を少年に向ける。
悪いとは言ったが、ぶつかってきたのは少年の方だった。
しかしここは大人気ないので、仕方なくかがみ、少年と目を合わす。
「足が痛いのか?」
ちょっとビクついた感じになる少年だが、
「あ、手だったかな、手をついた時に痛みを感じたから。これでは仕事が出来なくなるかも知れない!」
そう言って伸ばした手とは逆の左の手首を撫でだした。
タカりだな。
私はじっと少年を見つめた。
少年はドキドキした様な感じで私の顔を伺う。
「少しこの街の事を知りたいと思っていたんだ。食事でもとりながら話しできるか?」
少年からしたら思っていた答えとは違うかも知れないが、明るく表情を変えて私を見ながら、
「あ、あぁ、それで良いぜ!飯はおごってくれるんだろうな!」
「もちろんだ。」
そう言って私は立ち上がる。
少年は右手を差し出して起こせと要求してきた。
私は右手で少年の手首をつかみ、引き上げる。
そうか、彼はそうやって生きてきたのか。
少年を見つめる私を、逆に少年もマジマジと見つめ返し、
「兄ちゃん、キレイな顔してるよな。こんなキレイな顔したヤツは初めて見たよ。」
「何処かいい店はあるか?」
「スルーかよっ!まぁ良いか。よし、俺が案内してやるぜ!」
そうして少年の後をついて歩き、店に入った。
「群青の牛亭」と言う店だ。
「おばちゃん!エール2つ持って来て!」
少年はおかみに席につく前に注文しだした。
「レクス、あんた酒を飲む金はあるのかい?!」
酒を飲む年齢はどうでも良いのか。
「今日は大丈夫さ!飯もいっぱい持って来てくれよ!兄ちゃん、こっちに座ろうぜ。」
そう言って、店の奥の方の席に着いた。
外套を脱ぎ、首に巻いた布を取った。
「………」
少年が私を見つめて黙りこむ。
「どうした?」
「いや、本当にキレイな顔だなって思ってさ……ずっと見ていたくなるよ。」
「顔だけで食っていける訳じゃないしな。」
「兄ちゃん程なら何とかなりそうだよ。貢いでくれたりする女位すぐ見つかるよ。」
「私は旅人だから、それは無理だな。」
「ずっと旅をしてるのか?」
「そうだよ。母親と一緒にね。今はいなくなった母親を探しながら旅を続けてる。」
「かぁちゃんなんていなくても生きていけるだろ?俺は産まれた時からいないぜ?」
「そうだな。」
「はい、エールお待ち!」
ドンっと置かれたエールを持ち、口にする。
「兄ちゃん、乾杯くらいしようぜ!」
「ん?あぁ。」
「カンパーイ!」
そう言ってジョッキを軽く交わす。
そうか、飲む前は乾杯をするものなのか。
一人で旅をしてから3年程になるが、誰かと一緒に食事をする事は無かった。
話しをする事はあっても、食事しながらは無かったな。
ただ会話するだけでも、一人になってからは慣れるまで時間がかかった。
今まで他人との交渉、交流は母が全てしていたのだ。
近くで見たり聞いたりしてきても、いざ実行するとなるとどうすれば良いのか戸惑ったものだ。
しかし、3年も経つと慣れるものだ。
それでも今まで必要な事しか話しをしてこなかったが。
雑談と言うモノは、他人とはしたことが無かった。
「兄ちゃん、この街には来たばかりだろ?」
「あぁ、そうだよ。よく分かるね。」
「顔見知りばかりだからな。ここは。それにこんなに男前なら、見たら絶対忘れないしな!」
「そんな事はないよ。」
「謙遜すんなよー!それにさ、なんか上品って言うか、ここら辺の奴らとは違うよな。」
「只の旅人なんだけどね。」
それから次々と運ばれる料理を、少年は凄い勢いで平らげていく。
全く遠慮がない。
少年の名はレクスと言って、孤児院で暮らしている様だ。
孤児院と言っても、あまり良い状態の施設ではなく、そこにいる5人の子供達はいつもお腹をすかせている。
何処の街でもある、ありきたりな事だ。
私が救える事など何もない。
何も出来ない。
だから何も聞かない。
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