第8話 センセイ、モノノスポーツシップ

「いってきます!」

街には、お陰様で慣れてきた。物騒なのも野蛮なのも愛嬌なのだと思えてきた。というより思わされてきた。そこに至っては、長い洗脳に近い錯覚なのだと思う。

「今日は一体何をするんだろ?」

私は学生だ、おかしな街に住んでいても本分であるそこは決して変わらない

今日もそれを全うするために学校へ向かっている。当然授業はあるが、その日教室で何をするかは、粗方担任が決める。生徒に決定権は無い。

「何でも来なさい、見事にこなしてやるんだから!」

気合を充分に高め教師のテリトリーへ入ると、早速大きな声でその日〝やる事〟を言い渡された。


「一番ツクモガミに近付けるのは誰だ

学校対抗、サバイバル体育祭〜!!」

パフパフといったお囃子がふんいきの底上げを担う。

「体育祭..?」

「さっ私達は..とある学校のグラウンドに来てます!」

「ボルシチ先生、我が校のグラウンドではないんですね?」

「誰あれ」

ボルシチ陽子の横でアシスタントを気取る丸メガネの縦長で極細の謎の男性、まるで見たことの無い顔だ。

「そうなんですよ教頭」

「あ、教頭先生なのその人?」

ここはカナモノ町で我が校以外に唯一残る謂わばライバル校の戦さ場です」


「そうですよね、毎年行うこの体育祭で他の学校は消滅してしまいましたこらね、ここは生き残りの巣窟という訳ですか。」

「ちゃんと説明しないでよ教頭」

学校の中から代表となるクラスをランダムで決め、他校の代表と対決を行う

今年美禄のクラスである2-Bが選ばれ戦う事となった。と教頭はその後にしっかりと説明してくれた。

「しかし今回はいかがでしょう。相手は三年、年上の強豪達です。」

選出された他校のクラスとの一騎打ちに望む。体育祭というよりは練習試合のノリだ。負ければ塵と化すが。

「お、来たみたいだ。

ゾロゾロと列をなして禍々しくな」

迫るいくつもの人影、皆ツクモガミを目指すツクモノばかり。この日の為に腕を鳴らし、鍛錬に励んで来た。

たかが体育祭とは思わなかったのか。

「皆さん、準備は宜しいですか?」

気を引き締め、士気を高める2-B諸君


「おーおー集まってるねぇ、生き残りのラッキーチルドレン達が。」

「久し振りだな峰須戸みねすと

「ガラにも無く挨拶かよボルシチ、らしくねぇことするもんじゃねぇぜ」

「ワタシは常にしているぞ、お前以外にはな。」

「ちっ、相変わらず腹立つ女だな」

相手校の担任 峰須戸 ロビン。

英語の講師なのだが見た目は確実な体育教師、常に服装はランニングと短パン。性格はそれにともなわず陰険だ。

「先生、言われてますよ?

早くやっちゃいましょうよ、あの格下共をさぁ!」

「何か言ったか、野次馬ぁ?」

「片桐、相手にするな。」

三年の煽りリーダーに二年の番長片桐が物申す。水と油、不死鳥とゾンビだ

「あったまって来たようだな、早速一戦おっ始めるか!」

ルールは簡単だ、一対一の力比べをして倒れた方の負け。最早体育祭の原型は無いが対決に変わりは無い。

「もう帰りたい..」

「おっとそうはいかねぇぜ?」

「聞いてたし..妻鹿似さんのカレーが食べたい。」

舌は家庭の味を求めている。身体が平穏を欲している。


「だ、そうだ。

誰からいくのだ?」

「僕が参りましょう、先程から首を長〜くして待っていたのですよ?」

「そうか、頼んだー。」

「ったく下らねぇ、もういいよそういう特色にちなんだ事言う奴とか。それにお前そんなキャラじゃねぇだろ」

「うるせぇぞ烈太!

僕は常にこれが素だ、お前だけが繕ろわせてるんだっ!」


「いいから行けよ。」

「言われなくてもだっ!」

キザな振る舞いから一変声を荒げて前に出る長首のツクモノ。対するは..

「ふん、堀口!

相手をしてやれぃ。」

「いいんですか〜?

ワレっちが任しちゃっても?」

トンボメガネにヘルメットをかぶった歯の出た男が軟派に前進し、敬礼をする。

「ちっス!

ワレっち堀口 バルトっす!

おわかりっスか?了っスか?」

「夢贄 彪だ、覚えなくていい。

虫唾が走るのでね」

「了っス!

ムニヒョウさんっスね?」

「略すな!」

チャラ付きとスケコマシ、似て非なるモノの腰の折り合いが始まった。

「戦闘開始!」

力比べの始動が宣言される。

「教頭が言うのかよ。」


照りつける太陽が背中を押すのは学生だけでは無い。外へと出れば、誰しもが恩恵を受ける事が出来る。

「よい、しょ..っと。

やれやれ、本当にこの街は奥行きがありますねぇ。知り得ない箇所が未だ山積みです」

足の踏み場に目を凝らし、転ばぬ様に歪な盛り上がりを進んでいく。

「住めば都と言いますが、こんな処でも楽園なのでしょうか?」

つんざくような鋭い異臭、汚れ切った空気、打ち捨てられたゴミが山となり脅威のテリトリーを形成している。

「まぁ趣向はそれぞれですからね、指摘するだけ野暮というものです」

その城の奥地、悟るように座禅を組み放棄された物々を護るかの様に眼を閉じるモノが一人。

「何者だ..」

「何モノなのでしょうかねぇ。

刻の旅人と言ったところでしょうか」

「刻の旅人..ふん、預言者と比べれば取るに足らんか。して..何用か?」

未来の預言者と対を成すモノ、崩壊した世界の創造者。終わりの救済人。

「探し物をしていましてね、ここにあるのでは無いかと思ったのですよ」

「お主も破壊の未来を超越しようと試みると申すか。」


「噂は本当のようですね」

「如何にも、余は崩壊の創造者

名を要羅喰イラハム。」

ある者は未来の崩壊を嘆き拉がれる。またある者は絶望を受け入れ、その先の未来を想像し今を憂う。

形あるものは消え、また形を成す。

消滅を悲観するか形成を願うか、それによって思想は極端に道を分ける。

「先を見据える事のなんと愚かな事よ役目を終えたものにこそ意味があるというもの、それを奴は知らんのだ」

「..申し訳ありませんが、宗教の話は苦手でしてね」

「耳を傾けずして事を成すか、それも良かろう。探し物が有るといったな?

何かは存じぬが、この破壊の宝物(ほうぶつ)からただ一つを手にする事が出来るかどうか..」


「破壊の宝物とは、貴方の周囲に転がるのは只のゴミ屑ですよ?」

「一括りに纏めてしまっていいのか?

後の姿を知らない愚者よ。」

役に立たない屑では無く、進化の過程の資源の姿だ。正月に同じ事を言っている先駆者をよく見かける。

「ふふふ」

「何がおかしい無知な男よ。」

鼻を臭いに刺激され、笑みが綻ぶ。

「貴方も同じく、未来を浮かべて生きているのですね。でなければモノの後の姿を知る筈がありませんよ」

現状が仮に大きな変化を遂げようと、待ち受ける未来という受け皿を避ける事は出来ない。今は後に繋がるのだ。

「..そこまで余を愚弄するとは。

いいだろう、掛かって来るが良い。

現在(いま)の力を見せてやる..!」

「やれやれ、某は落ちているものを拾いに来ただけなのですがね」

人より先に、世界の終焉を拝む。


「掘ーりオッコシ、掘りオッコシー♪

シャベルで掘ったら向かって投げロ」

スコップで掘ったグラウンドの土を、飛び道具にして投げぶつける。

「まったく華の無い打撃だね、美しくないよ、仕方のない事だけど。」

首を伸ばす本来土のかかる範囲のスペースにある己の身体を微量に動かしぎりぎりの間隔でしなやかに躱す。

「アッハッハッハ!

お言葉っスけど、首ずんだら延ばしてる人に言われたくねぇっスよ!」

「やはり見えていないよね君は。

僕がいつずんだら伸ばした?」


「さっきっからビロビロのばしてるじゃないっスかぁ!」

深くスコップを床に突き刺し、土を飛ばす。

「..18センチといった所かな?」

飛沫する土の破片の散布範囲を計算し、ベストな長さを設定する。土片は見事に身体をすり抜け、グラウンドへ落ち仲間の元へ還る。

「へぇ〜、やるっスね」

「褒め言葉なら、素直に受け取っておこうかな」

「長さを調節して伸ばすとは、なんと無駄の無い動きを。」

「夢贄は巻尺のツクモノだ、長さを測る事には人一倍長けている。首と同じくな」

「なかなか面白い生徒を抱えているじゃないかボルシチよ、見直したぞ!」

勝手に湧くギャラリー。言う程のカリスマ感があるようにも思えないが、集団のツボなど他人から見ればわからないものだ。

「なんか盛り上がって来たわね、この隙に家に帰ろう..」

組織の圧力が苦手な者は、歓喜に準じて身を引こうと赴くがそこが集団心理の怖い所。輪の中での是を非とするとたちまち悪人と揶揄される。

「あれー!?

面白そうな事やってんじゃん!

これミロぴよも参加してんのー?」

フェス狂いの鬼ギャルが、逃げる狼を羽交い締めて離さない。


「み、みろピヨ!?」

「そうだよ、ミロクだからミロぴよ。

カッコかわいいっしょ!」

ギャルの奇抜な発想には耳を疑う、何故こういった奴等が流行を発信するのか。マジわからなイントゥザブルーだ

「春風、今頃登校か?

今までどこにいってたのだ」

「はぁ?

どこでもいいっしょ、つか誘えよ。

こんなオモロスティックな事やってるんならさ」

「まぁいい、どちらにしても今はお前の番じゃない。夢贄が戦っている最中だからな」

「またあの長首野郎かよ、良いとこばっか持ってってマジイミフー!」

「イミフって久し振りに聞いたよ」

適度なダサさが安堵をもたらす。私服は専らジーンズ生地のショートパンツに引っ掛けサンダルだ。

「待つのめんどくせぇ、終わったら教えて。あたしタピオカ買ってくる」

「行くな春風、誰もお前の連絡先を知らんから!」

「マジ家帰りたいヒィア..」

夢見るは妻鹿似とインディゲームフェスだ。


「ショットギア・タイプガトリング」

迫る銅の塊を音を立て撃ち抜く。望まぬハチの巣とされ、ゴミ山の一部へ。

「道が空きましたね、次は貴方を狙いますよ」

「ほう..」

「ショットギア・タイプグレネード」

「擲弾発射機か、野蛮な事を..」

「申し訳ありませんね、邪魔をされたくないもので。」

グレネード弾が正面を穿つ。創造主を刈り取らんと、鋭く睨み牙を剥く。

「..知っているか?

捨てられ役目を終えた冷凍貯蔵庫は、その後盾となって破壊を防ぐのだ」

左の掌を弾くと、傍に横たわる廃棄済み冷蔵庫が身を起こし、イラハムの前で身体を覆う程の盾の姿となりグレネードを相殺させた。

「有難う、死して尚変化をもたらし利を生み出す宝物の一欠片よ。」

「ですから只のゴミですってば」

「頑なに曲げぬか、それがお主の正義ならば否定はせぬ。貫き通すが良い」

軽く尋ねたこの場所が、凄まじく大きな世界へと変わっていく気がした。

「壮大な事には興味ありませんしね、小手先の事情で終わらせたいものですよね」


陽の光が味方をするのは一度に一人、しかしそれは様々な場所に行使される

「ぐっはぁい!」「勝負あったな」

「勝者、夢贄 彪!」

もはや一端のレフェリーと化した教頭が勝者の名前を高らかに宣言する。

「何をやっている堀口ぃ!」

「..くっそ、やられちまったっス。」

「当然の事だ、違いなく」

首を軽く手刀で叩き、伸びた首を縮ませる。さながら巻尺の回収時の様だ。


「トドメは刺さないんスね」

「....」 「なんでスか?」

「そんな土まみれの身体の破片を取り込むなんて考えられないからだ。」

地面に打ち捨てられ汚れた姿を糧にするのは美学に反する、スカした奴だ。

「試合には勝った。

得るものはそれだけでいいだろう?」

「ヘッ、いつかその顔、泥まみれにしてやりてぇっス。」

「やってみろ負け犬」

凄まじき勝者の風格、周囲には不評だが。得意げな態度というのは殆どが自意識の暴発だ。

「よくやったな夢贄」

「当然の事ですよ、他愛も無く日常の一コマです」

僕は只首を少し長く伸ばしているだけだという自覚なき野心、確かな自信。

「頼もしい限りだな、やはりワタシの生徒..」


「終わったの〜?

やりぃ、次アタシの番ね。てか長ぇし、首だけじゃないんだねアンタ、なんかもう全部がダラダラだわ」

比較的決着は早かったのだが〝待つ〟

という控え目な態度を知らないギャルは多少のストロークで既に暇を持て余す。歯医者の順番待ちで途中帰宅をする程だ。

「お前はいいかげん謙虚という振る舞いを覚えろ。」

「謙虚〜なにそれ〜?

アタシわかんない、すっごい合理主義者だかんね!」

「全くだぜ、お前は無駄が多過ぎんだよ首長」

言葉に割って入るのは火吹きのツクモノ、爆田 烈太。

「は?誰アンタ、つか何?」

「遠くで見てたら黙っていられなくてよ、コイツは嘘が多過ぎる。」

「黙ってろ烈太!

悪口言いてぇだけだろお前は!」

相手校と2-Bの違いは個々の自由度だ、三年の連中は担任が話し始めるまでは口を開けず、まるで従っているかのよう。戦う為の組織といったイメージだが、2-Bは担任のボルシチに関係無く各々が勝手に話している。正に教室のクラスのイメージだ。

「外暑っ、早く帰りたい」

そんな事など関係無く帰りたがる者もいるが、仕方ない。ランダムに選ばれた個人達だ、彼等に選択肢は無い。

「つー事で次が俺が行くぜ!」

「ちょっと勝手に決めないでくれる?

ウチがやる番なんだけどー」

「誰が相手してくれるんだ?」

「聞けよおい」

クラスの人気者は動き出すと止まらない。例え相手がギャルであろうとノンストップ気取りではしゃぎ倒す。

「威勢のいい奴だ、いいだろう!

相手をしてやれ盗理多!」

「..もういいや、ミロぴよ。

一緒にどっか涼みに行こうや」

「え、いやっ、ちょっ!」

惰性で気ままに手を引かれ、半ば強引に同行を迫られる。遠慮を願いたいが正直ここに残るよりは断然マシなので、軽めの抵抗をしつつ付いていく。


「ヌスリタ〜?

お前が俺の相手すんのか」

奥からぬうっと現れ中心に立つ青白い顔の頼りない男。キョロキョロと辺りを見回し落ち着きが無い。

「いや、確かに先生に言われたならするしかないけど、だけど思う程強くないし勝てるかどうか分からないし万一勝てたとしても他の人達に恨まれて、周りがすごく怒って一斉に殴りかかって来たりしたらどうしよう..。」


「気にするな、お前ならやれる!」

「はぁ..だけどやれなかったらどうしよう、全然敵わなくて期待に応えられなくして皆から信頼されなくなったら、きっと陰で悪口とか言われて..」

「なんだあいつネガティブか?」

「だな。」

つらつらとマイナスな想定を語る彼は常に物事を悲観的に考えしまう性格の様だ。

「ウジウジすんなよ、気合い入れて前向こうぜ!」

「...ああいう根性論で走る奴が人を不幸にさせるんだ。そのくせ自分達は得をして」

「なんだよアリャ」

オマケに卑屈でもある。

「あんまり好かれてねぇみたいだけど容赦しないぜ?」

「容赦しないって事はしても勝てるって事だ、やっぱりだ。馬鹿にされてるんだね。」

「してねぇよ!

だけど勝ちは貰う、覚えとけ!

オレは火器のツクモノ爆田烈太だ!」

口から火炎を放射する。焔はたちまち燃え拡がり、大きな力となってヌスリタを覆い掴む。


「うわぁっ!」

「へっへへ、悪りぃな。」

「下品な攻め方だ」「何とでも言え」

炎は烈太意思で消すまで燃え続ける。温度も灼度も彼次第だ。

「なんだよ、もう終わりなのか?」

「他愛も無いとはこの事だな。」

「甘いな」「..やはりか」

相手選手を巻き込んでグラウンドを焼く炎は、丁度標的に当たるポイントの空間のみが削ぐ様に消えていた。

「危なかった〜..でも燃えたほうが良かったかな、ボクなんか誰にも必要とされてないし」

「なんであそこだけ消えてんだ?」

火が断面を残し、取り外されたようにヌスリタのみを避けている。

「切り取られているのか?」

「ハッハッハ、その通りよ!

盗理田はカッターのツクモノ、あらゆる物を切って取り除く。直接攻撃する事も出来るが臆病故にしなくてな、その分遮る力は凄まじく高い!」

物理的な衝撃を切り取って回避する。そんな事をいくらしたところで精神的な圧力は軽減しない。

「熱っ、熱っ..!

もうちょっと切らなきゃ...あっ!

..刃を出し過ぎた...。」

他を傷つけぬ錆びた刃先で威嚇する火を細やかに刻む。

「何だよアレ、おどおどしやがって。

つまんねー奴だな」

「お前にはわからんだろ爆田。」

「あんだよ先生よー!

オレが悪いってのかぁ?」

「ああいう子は後に、誰よりも輝く逸材になり得る。気休めではなく」

イケてるグループの連中はまるで、世界を取ったという程の支配顔を教室内ぇ見せつけるが、隅の勢力は常にそれとは比べ物にならぬ程に己の世界を広げ拳を掲げている。

「試してみるがいい、どちらが苦悩に耐える強い力があるか」


「..上等だ、やってやんよ!」

熱を昇げ、焔を拡げる。それは再び衝撃となり臆病なあの男の元へ。

「ふぅっ、やっと切れた。

これで安全だ..って、嘘...また?」

灼熱の掛け布団が卑屈の身体を温める


「影跳び」

ゴミ山を蹴り上げステップを利かせて撹乱的に移動する。

「ちょこまかと落ち着きの無い事よ、目を騙したとて無意味と知るがよい」

「騙すつもりはありませんよ。

忍にとっては普通の歩法なのです、これは価値観の相違ですよ」

「古き良きという奴か、愚かな..」

時代錯誤の古懐だと今を語るモノは言う。

「申し訳ありませんね、某自身が古き玩具なのでギミックも流行らない仕様が多いのですよ」

「そう悲観するな、廃れたモノも生まれ変わる刻が来る。今は堪えの時だ」

「有難い話ですね、それはっ..」

分身を生み出し、五手に別れ進む。

「尚も撹乱か、無芸の極みよ」

「良く言われますよ、貴方はつまらない男だと。..多彩に腕を振るっているつもりなのですがね。」

座禅を組むイラハムの背後の空を、四つの影が取る。

「ショット・ギア タイプバルカン」

「ガトリング」「マシンガン」

「オールマイトランチャー」

無数の銃弾が猛威を振るう。腐臭と共に煙が舞い散り座るイラハムを覆う。

「確かに陳腐な芸当ですよね。

..ショットギア・タイプグレネード」

煙の向こうに、暴威を叩き込む。着弾は成功したようで、爆音と共に衝撃を真上に打ち上げる。

「終わりましたね..さて、ここからが難しいところです」

五人かがりといっても相手は幾千のゴミの群れ。日が暮れる事など当然で、何度日を超えるかという話だ。

「あるかどうかも定かではありませんし、骨が折れそうだ」


「案ずるな、折れる間も無く壊してやろう。」

「ぐあっ」「うおっ」

「がっ」「はっ!」

「..なに?」

空に舞う分身達が、一斉に何かに穿たれ、落ちる。

「この程度の木屑に不意を突かれるとは、軟弱な影武者だ」

銃弾をしこたま受けた筈のイラハムの声が、此方を諭し否定する。

「邪魔な煙だ、いつまで立ち込める」

壊れた扇風機を大きな送風機に替え、煙を晴らす。そこには以前と変わらず座禅を組み座る姿が有った。

「傷一つ無いとは驚きですね、確かに手応えがあったのですが..」

「余は未来の予言者ではない、創造主だ。モノの未来の姿など容易に変革できる。」

「世界は我が手に..ですか。

結局無いものと同じですね」

「悲観するか、これで何人目だ?

これでは今も危ういぞ。」

「知らないようですね、この世は既に終わりを迎えているのですよ」

天国というのは、抗えぬ地獄のみの世界を受け入れたくないと逃げ道として作った概念だ。悲観している訳では無い、紛れもなくの真実なのだ。


「..終いだ、受け取るがいい。」

掌に握りしめた何かを、妻鹿似に投げ渡す。受け取るとそれは、紛れも無い探し物。

「これは..貴方が持っていたのですか」

「偶々手元に入ったのだ、お主が埃を巻き上げたときにな。」

「いいのですか?

容易に手渡してしまっても」

「見くびるな、気まぐれでは無い。

未来の光を見ただけの事」

可能性を創るのは己だけではなく、生きる総てに見出される。

「殺生などするだけ無意味だ」

「..受け取ります、有り難く」

空いた右腕に失った力が還り宿る。ゴミが未来を創った瞬間だ。

「得るものは得られる、失ったものは無くしたままですけどね」

「行くが良い未来を創る者よ、街の腐敗を武器とするのだ!」

「..申し訳ありませんが、某も古いガラクタなのですよ。」

やんわりと期待をへし折り、男はゆるりと歩み出す。


「涼しいね、ここ。

もうちょい温度下げちまうべか」

校内の廊下、体育館へと続く白いロビーのような処に、いい涼み場所を見つけた。金髪の遊女は容赦なく、備え付きのクーラーで冷房を焚く。

「なんか飲む?」

「い、いや自分で買うから..」

「遠慮すんなって何飲むよ」

「えっとじゃあ、カフェオレ..。」

「かわいいじゃん」

自販機の前に立ち、ボタンを二つ押す

「ほれ。」「ありがとう」

ギャルと向かい合わせで茶を交わす事があるとは思ってもいなかった。見た目の派手さから忌み嫌い、避けていたからだ。

「ミロぴよさぁ、ウチみたいなタイプすこぶる嫌いっしょ?」

「え?」

それに勘が凄まじく鋭い。発信力も相まって逃げ場を完全に封鎖する力がある。

「隠さなくてもいいよ、人間に手上げるつもりないしー」

「そうなんだ..」

口調から察するに彼女もまたツクモノの一人なのだと理解した。解ってはいた事だが感じた人間味がハリボテだという事も同時に知る事になる。

「まぁツクモノ相手なら容赦しないけどね、この前も変な奴に会ってさぁ」

「変な奴?」

「そう、妙に身長高くてさ?

ムシ暑そうな黒のスーツ着て顔の半分に包帯巻いてんの!」

「黒のスーツに包帯かぁ..」

完全な心当たりがあった。

「両手にパンパンのレジ袋持ってさ、買い物帰りだったのかね?」

予想が確定に変わった。紛う事なく奴の事だ。

「そろそろ..戻る?」

もう行くの?

まだよくねー。」

話を晒そうと、外へと促すも自由奔放なギャルの行動は上手く操れない。

「もうちょい涼んでからにしようよ、そしたらもう行くべ」

「うん、そうだねぇ..。」

舵をきるのはいつも目立つ方、進んだ先は間違いなく嵐に荒れる海域だと言うのに。

「にしても暑いよねー外ー。」

「そうだね〜..」

カフェオレが、彼女らの渇きを癒す。


「ダメだ、キリがねぇっ!」

光を照らすものがいれば消えかけの灯火を守るモノもいる。

「こっちのセリフだよ、あ..また燃えた。僕は燃えカスになるべきかな?」

自己愛故にギリギリの範囲のみを切り取るので焔の量を視野に入れて緻密な調整を毎回強いる。

「まぁでも嫌いじゃないんだよね。

一人でコソコソ作業するの」

「もうヤメだヤメだ!」

「えっ?」

「火ぃ出しても消されちまう、待っても攻撃してこねぇ。これ以上やる意味ねぇよ」

「そっか、やっぱりつまらないよね。

僕なんかと戦ったってさ..。」

「落ち込むなよっ..!

俺の負けって事でいいからよ」

「やっぱりだ、ホントは勝てるのに。

手加減してるんだ..」

「はぁ..ありがとな、またやろうぜ」

根明特攻野郎がネガティブカタルシスに白旗を上げた。粘り勝ちというよりは、精神疲労による棄権に近い。

「仕方ないよ、だって僕だもんね..鼻で笑う対象だもんね...」

相手は勝者にも関わらず最後まで己を卑下し悲観しながら一同の列に戻っていった。

「なんだもう終わりか!?

根気の無い生徒達だなボルシチよ!」

「さっきと言ってる事が違うぞ、言葉には責任を持って発言しろ峰須戸。」

「そんなもの、ゴミの様に言い捨てればいいのだ。生ゴミの様に言葉を使えば己のものではなくなるだろう?」

「意味がわからん!」

担任同士でメンチを切り合っていると、勢いに乗じて狂犬が顔を出す。


「ならさっさとゴミ箱にぶち込んじまえ、くだらねぇ言葉とやらをな!」

「誰だ貴様?

威勢の良い奴が現れたな!」

ヤンキーの片桐。

沸点は常に最低の位置、歯を軋ませては吠え猛る獣。いやケダモノだ。

「落ち着け片桐、ダサいぞ。

オラオラ系は最早過去の遺物だ、絶対に流行らんぞ?」

わざと剃り込みを入れ制服を着崩し、やんわり遅れて登校する。演出はバッチリのブランディングだ。更にそれを否定する事で完全に仕上がる。

「ナメてんのか!?

オレは好き勝手やってるだけだ、テメェらに何て思われようと関係ねぇんだよ先公共!」

ほらこの通りだ。こういう奴が後に更生し、何故か普通に生きている奴より立派な感じで人生を語りやがる。クラスの誰よりも卒業式で泣く。涙で後ろめたさをチャラにしようと引くほど泣きじゃくる。

「無駄だぞ、そんな事やっても忘れないからな、お前にやられた全ての事を生徒諸君は。」

「担任がそれを言うんじゃねぇ!」

「誰にも慕われて無いのに直ぐ仲間とか言うな、気持ち悪いぞ。」

「味方誰もいねぇのかオイっ!」

硬派を気取るな、奴豆腐。


「もういいかなぁ..?」

「あん?」

「野良犬の遠吠えなんて聞かせないでくれよ、耳障りだからさ。」

「誰だテメェ‼︎」

挑発的な態度で現れたのは体育祭にも関わらず学ラン姿な黒髪の青年。

髪は黒く、頭を覆う短髪。

身長は170cm程度で体型は平均的、色白で丸顔の静かな男だ。

「名前くらい穏やかに聞けないかなぁ

僕は田中一郎、君の相手をする者だ」

「田中一郎..」

怪しく笑う青年。口角を歪ませ、混沌のイメージを膨らませる。

「さぁ、始めようか..!」

「なんかお前よ..」「おや何かな?」

片桐は彼と相対して、敢えて言わずにおいた事を口に出す。

「さっきっから普通だよな」

「なっ!?」

「奇をてらいたいんだろうけどよ、滲んでんだよ、普通が。」

「そっ..なぁっ...えぇっ..!?」

あからさまな動揺、予想に反したのだろう。相手に余程の衝撃を与えると信じて疑わなかったのだろう。

「それで動揺を誘っているつもりか?

みくびるな、ヤンキー如きの挑発などこの僕には..」

「探ってんじゃねぇーよ、思ってる事をそのまま言ってんだ。」

「..じゃあなんだ、僕が普通だって言うのか?」

「あぁ、だからそう言ってんだろ」

「特徴が余り無いって事か!」

「何遍も言わせんな、そうだよ!

お前は特徴の薄い普通の奴だ!」


「普通って言うなぁっ..‼︎」

目頭に涙を浮かべ、ギリギリの精神で己を守る為に叫び鳴く。

「片桐もうやめてやれ、演出したかったんだ、特別な自分を。」

「ちゃんと言うな..ちゃんと言うなってその辺をさぁ..。」

気遣いが毒となり、更に痛みを広げていく。やっている側は決して気付かない。

「安心しろ田中、お前は面白い奴だ。

それに普通でいるという事は何よりも難しい事だ。一番凄い事なんだぞ?」

「先生っぽい事言うなよ..。

どうにかならないからな、普通でいられる事は素晴らしい事だみたいに諭しても..特徴は無いままだからさっ!」

何をしても抉れる心。

誰かが創った〝個性至上主義〟のこの世界では、特徴の無い普通の奴は淘汰される。最早クラス一の嫌われ者のみしか生き残る事は出来ないのだ。

「許さねぇよヤンキーがよぉ..!

迷惑ばっかかけてるクセに少し良い事すると親切みたいになりやがって!」

「んな事知るかよ..。」

「そんなもん普段から優しい人と比べたら小指の爪程度の善意だからな!」

片桐の元に正面目掛けて四角く硬い箱が飛ばされる。


「んだこれ..電子レンジか!」

野生の電子レンジが、温めてやらんと口を開けて抱擁を求める。

「らあっ!」

すかさず拳で打ち落とし、事なきを得る。

「痛ってぇなぁ。

何てもん飛ばして来やがるテメェ?」

「飛ぶ鉄の塊を素手で吹き飛ばすか、描写まで目立つとは、流石はキャラクターが濃いね。」

彼は家電のツクモノ。

様々な家電を使用し、利用する事が出来る。唯一無二の力っぽいが、周りはより強めの者共が多い。家電程度じゃ目立つ事は出来ない。

「だけどいつまで地味だと馬鹿にできるかな!?」

掌で生成した炊飯器を電子レンジと同じ要領で飛び道具に変換する。

「ちっ..またか、メリケン!」

指にはめた金属製の武器で、ジャーを粉砕する。

「テメェ、本気でやるつもりだな?」

「当たり前だよ。

僕の普通じゃない力を見せてやる。」

普通じゃない威圧感、だが家電を操るというせっかくのトリッキーな力をただ投げて使うのは酷くシンプルだ。


「あ、そうでした。

本日は美禄さん体育祭にご参加してるのですよね」

悠々自適にクーラーの効いた部屋で紅茶を啜りながら他人事の様に思い出す

「体育会系の方に言われているんですかね、参加することに意義が有るなんて。ないのですがね、意義など」

強制参加のガッツに苦言を呈し、乾いた喉は再び紅茶を求める。

「どうにか隅で頑張って頂きたいものです」

観覧にこそ行かないものの、心中で密かに三三、七のエールを送った。


「そらそらー!」

「クソ、雑にやりやがってよ!」

次々と投げやすい形状の家電を片桐に放って迷惑をかける。基本的にはレンジの様な四角い形状だ。それを当の片桐は丁寧に破壊して捌く。

「投げるしかねぇのかよ?

他に使い道あんだろ!」

「うるさい!冷蔵庫食らえ!」

暴走する列車の如く、床を引きずり冷蔵庫が猛進する。

「はっはっはっはっ〜!!」

「下手すりゃ拳が砕けちまうなぁ。

..クソッタレが!」

拳を包む武器をナイフに変換し、低い位置から斬りあげる。冷蔵庫は道を譲るように両断され、左右で爆散する。

「冷蔵庫まで壊せるのか..!?」

「無駄だ没個性、俺は武器のツクモノ

お前がいくら物投げてもなぁ..ぶっ壊すだけなんだよ!!」

「ひっ!」

シャウトするタイミングが良く分からない。犬は従順だと聞くが、飼い主がいなければ突発的なオートサウンド形式のようだ。

「そうかよ、なら近くに来いよ」

「いくかよバカが、テメェで来いや」

「いや、お前が来るんだ。

エアーコンディショナー!」

田中一郎の背後に、冷蔵庫を軽く凌駕する大きさの夏の救世主が出現する。

「なんだよ?

冷やしてくれるってか」

「エアコンは風を吹かすだろ?

僕ならその向きを自在に変えられる」

「何の意味がある?」

「あるんだよ、こんな風にね!」

風を送り、清涼感を与える筈のエアコンから逆風が吹き込み、片桐の身体を吸い寄せる。

「くっ、何してやがる..!

ぶっ壊れてんなら買い替えやがれ!」

「従来の仕様ばかりだと思わないでくれ、家電は日々進化している。いいからこっちに早く来い!」

「ちっ!

優位に立ちやがってモブが、不覚にもキャラ有るっぽくなってやがる」

立場が人を変えた。目立たなかったアイツが、強キャラっぽい言葉の数々を口にしている。

「ダメだ、身体がっ..クソッ!」

地面から脚が離れ、完全に風に自由を奪われた。

「ハハハハハハ‼︎

遂に来たな、ヤンキーがよぉ!」

充分なキャラ立ち、しかし錯覚している。立場が変わり目立つのは本人が変わる訳ではなく、変化したのは周囲の見え方。確実にいつか..

「地から脚が離れちゃやれる事はねぇ、あの野郎、あとで見とけよ」

「何かいったかヤンキー?

拳を出さないのならこっちが出すぞ、生憎武器は無いけどなぁ!」

風に乗り宙を浮き立つ正面から近付く片桐に衝撃をセットする。

「吹き飛べヤンキー!!」

土手っ腹をハンドクリーナーでかっ飛ばし、逆風により威力を高める。重みのある一撃はモロに打撃を与え、悶える痛みを伴う脅威となった。

「ぐおっ..」

「いいぞ田中一郎!

普通ではない威力だ!」

「いちいち言わなくていい!」

「あっちの方がヤンキーみたいな戦い方するな」

「独自のキャラクターでは無いという事ですか。」

知らぬ間に強い印象のものに影響を受けていた、よくある話だ。周りの面白い奴が普通を引き立たせ、面白い奴という印象を与えてやったら、それを己の力だと誤認し下手な自信を持つ。

「あいつ、そろそろ髪染めるぞ多分」

「ロン毛にして洋楽聴き始めるかもな。いや、ミスコン出るかも」

様々な憶測が飛び交い恐らく一通り経験するだろうが彼が近いうちにいち早くやる事は文化祭でバンドを組む事だろう。


「どうだ、最早僕には敵うまい」

「やかましいんだよ、没個性が!」

「嫉妬かい?

見苦しいなぁ、やめてくれよ。」

完全に調子づいている、自我がフェスを開催している。

「嫉妬する程のキャラ性はねぇ。」

「まだ見栄を張るか、見るに耐えないぞ、元個性派」

「んだとコラ..?」

てっぺんまで山を登りきってしまった者は降りる他ない。誰しもがそれをしたくないので三合目辺りで敢えて登るのを止めお茶を啜っているのだが、耐性を持たぬものは歯止めがきかない。

「やってやんよ、どっからでも手ェ出せコラァ!」

「熱いねぇ、もっと温めてやろうか」

片桐の背後に、大学生が一人暮らしを出来るサイズの電子レンジが出現する

「何のつもりだオイ?」

「言ったろ、温めるんだよ」

蓋が開き、中に片桐を閉じ込める。

「出せオラ!

捕まえたつもりかこんなんで!」

強く蓋を叩き抵抗するもそれは耐久が売りのモデル、蓄電装置が付いておりキャンプにも持っていけるという最新の代物故拳程度の衝撃は小鳥のさえずり程の衝撃も受けない。

「ではでは、こんがり焼かれてくれ給え。」

「おいちょっと待て、おいっ!」

フィールドが熱を帯びる。脚から炙られ、身体は回転され抜け目なく全身に火を通す。

「ハッハッハッハ〜!!

滑稽、滑稽だよヤンキー君!」

「おい、あれはやり過ぎではないか?

いくら丈夫な片桐といえども流石に」

「腰が抜けたかボルシチ!

..だがまぁ確かにアイツがここまでやるとは思っていなかった。」

灼熱に焼かれ、根性や気合いの概念を焦がさせる理不尽な火力の中で、片桐は踠き続ける。


「ぐうおぉぉっ...!!」

「もう限界かなぁ?

火力上げてみよっか!」

「ふざっ、けんなぁ..!」

安全圏で煽り倒す最近変わった事を覚えた奴に振り絞る怒号、しかしそれはか細く弱い。

「まずい、このままじゃ本気で危ない状況だ。焼かれる前にやっちまうか」

「何が出来るのさ?

黒コゲ寸前の君にさ!」

「..言っただろ、何遍も。

調子に乗るなってよ、Wメリケン!」

両の拳に鉄拳を嵌め気合いを入れて打ち鳴らす。

「行くぞコラァ!」「何するのぉ?」

「オラオラオラオラオラァッ!!」

力任せに暴威の如く鉄の両拳を蓋にぶつける。

「こいつ、自分の脚で踏み止まって、身体がかいてんしないように固定しながら殴っている。」

「テメェには出来ねぇだろモブ公。」

軋む蓋、端々から破損気味の音が響いて来た。

「舐めるなって言ったよね?

僕はもうモブじゃない、普通じゃないんだよぉ!」

熱量を最大に上げる。空気は蒸発し、肌は爆裂に燃え上がる。

「ぐおぁぁぁっ!!」

「ははははは!

やはり不可能だ、君は僕には勝てないんだよぉ!」

「馬鹿にすんじゃねぇ..俺がテメェに敵わねぇなんて事はなぁ...」

見誤っていた。根本の素材が己と片桐では、確実に異なっているのだ。

「あるわけねぇんだオラァッ!!」

重なった渾身の両の拳が、レンジの蓋を撃ち壊す。破損を受け取り起動は終了し、業火の如く熱は徐々に温度を下げて冷えていく。

「ふうっ」「嘘だろ!?」

「目で見てるものが本物だ。」

カイザーナックルはドロドロに溶け形を無くし、鉄屑と化していた。

「あれ程の劣勢から復帰を果たすとは、大した輩だ!」

「見たか、これが私の兵力だ。

..ヤンキーだからあんまり褒めたくはないのだが」

「褒めろよ..あと俺がいつお前の兵になったんだ?」

愚問に下るところを自我で免れ残った戦の決着を付ける。

「さて、覚悟はいいか?」

「えっいや、違う、違う..って!」

「何が違ぇんだ?」

蛇に睨まれた蛙、藪をつついて天敵を怒らせた。

「その調子乗ってたというか、ごめん

僕の負けです。ごめんなさい!」

ヤンキーに絡まれて平謝り、普通だ。


「ギブアップか?」

「そう、ギブですギブ!」

潔く降参を宣言する。ヒーローが嘘をついているのをバレた瞬間だ。

「聞いたか三年担任?

喧嘩を止めて白旗上げるってよ」

「なさけないわ!

だが仕方ない、お前の勝ちだ!」

「そうかよ。

なら戻らせて貰う」

「良かったな片桐、勝ったぞ!」

「当たり前だ、俺を誰だと思ってる?2年の番長、片桐だ..ぞ...」

言葉を途切らせ、力尽きる。

「片桐、片桐!?」

事切れたように動かず、グラウンドに身体を預けている。

「ギリギリだったんだな、試合が終わって気が抜けたんだ。」

張った精神が一気に弾け、身体を支えている事が出来なくなった。それ程に限界を強いる戦い方をしていたのだ。


「ここまで傷ついて破壊されないとは、頑強なガキよ!」

「ワタシの生徒だからな、ざっとこんなものだ。」

「先生の手柄ではないと思うが」

「ヤッホー元気ー?」

「タイミング悪いな、今帰ってくるのか」

「なんかあったのー?

知らないしそんなん、ウチのペースで生きてくし!」

「た、ただいまぁ..。」

ヤンキーがぶっ倒れてタフさを相手の教師が褒めてそれを間に受けこっちの教師が踏ん反り返ってギャル達が帰ってきた。目まぐるしく忙しく、休む事なく時間は巡る。その後も絶えず未来へと刻は進み続ける。


「帰って来たところ悪いが、もう決着はついたぞ。二体一でこちらの勝ちだ

。」

「えーうそー!

来た意味ないじゃんジャングルバナナ南国の果実〜ってカンジ!」

意味は分からないが落ち込み項垂れている事だけははっきりと分かる。

「気を落とすな金パツギャル。

勝負は互角、まだ一戦残っている」

「何?」

耳を疑う妄言を言ってのける相手校の担任教師に真白い眼を向ける周囲の物共。

「どういう事だミネスト、こちらの勝ちだろ。片桐の勝利を受け入れた筈だぞ」

「片桐ぃ?

知らんな、だれだそいつは。連れて来たくれるか」

「こいつ、分かって言っているな」

「卑怯な..」

「どうとでも言え!

こっちにはまだ駒が残ってるんだよ」

己らがまだ戦える事をいい事に片桐の決死の勝ち星を無下に捨てた。結果的に直前の勝負は、ミネスト側3年生徒が勝利した事になってしまう。

牙棍杉がこんすぎ、お前の出番だ!」

「俺に任せるか先生!

..ってもいいのか?」

「気にするな、それよりも絶対に勝て

ここは絶対に抑えろ」

威勢の良い生徒の耳元で、ヒソヒソと告げ口する。

「それは分かっているけど、認めたくないが奴等結果強いぜ?

一体どうすればいいんだよ」

「任せておけ、どうにかする。

お前も気付いているだろ、奴を狙うんだよ奴を」

「...成る程な?」

怪しい会議は終了し、バトルフェーズへ。

「ボルシチよ、恐らくこれが最後の試合だが提案がある。」

「なんだ?」

姑息なモノの提案を一時的にでも受け止める度量のボルシチ、最早馬鹿の領域だ。

「お前達の生徒は強い、ランダムにこちらが相手をしても勝てる気がしない。故にこちらからの指名制で相手を見定めさせて貰いたい。」

「なっ!?」

「そんなもん、アンタらが有利過ぎるじゃんか!」

「そうでもしないと勝てんのだ」

「どこまでも卑劣な..」

不満の嵐、当然だが賛同するものは無し、この女を除いては。

「いいだろう、選ばせてやる」

「受け入れるのか?」「マジかよ..」

やはりバカだ、NOという選択肢を知らない。

「ふん、有り難い」

「どうせ断っても無駄なのだろ?」

長年ボルシチを知るミネストはここに漬け込んだ。強く己の力を過信しているボルシチはたとえ相手が有利な状況になろうと要望を受け入れる。良い言葉で表現すれば究極のお人好しだ。


「さぁ、ガコン。

生徒を指名するがいい」

「分かったぜ先生!

俺が指名するのは、お前だ..!」

人差し指が示したのは、物静かで、誰よりも小さく控えめにしていた的だった。

「へっ..?」

「ほほぉ〜!

なかなか目ざとい選択をしたな、お前は確か転校生だったな名前は確か..」

「ミネスト、貴様いくらなんでも見苦しいぞ。美禄を選ぶとは、知らん訳ではないのだろうが..」

「そうだそうだ、美禄だったな。

教えてくれて有難うボルシチよ!」

「こいつ..」

流石のボルシチも沸点が下がる愚行。しかしそれよりも早く爆発し、既に怒り狂っているモノがいた。

「アンタそれマジでいってんの?」

「なんだお前は?

先生に向かってその口の利き方は..」

「うっせぇよ犬っコロが、口挟むなって。犬のエサにすんぞ?」

「それは無理だよ..」

犬をエサでは無く、犬を犬のエサにするらしい。アバンギャルドな仕返しをする強いるものだ。

「どうした?

文句があるかギャル娘よ!」

「大アリっしょそりゃ。

アイツが人間だとわかって言ってんだよね?」

「ふん、だったらなんだ!

指名したのは本当だ、もう戦うしかないんだよ!」

「嘘は付かないんだ..。

そこは褒めてやっけどふざけんな、ウチと勝負しろよ」

不正や裏切りは許さない、口実で戦いを求めているだけやも知れないが、正しい事に変わりはない。


「無理を言うな、これはもう決まったことだ」

いや、いいよ先生。」

「何?」

イエスマンが自我を持つ。

「ここまで言うならやってやろうぜ、放っといても邪魔だしなぁ」

「..勝てるのか?」

「当たり前だろ、元々勝つ気で前に出たからな」

作りが謎の四角く大きな身体を揺らしギャルに視線を向ける。

「何睨んでる?」

「睨んでねーし、アンタだろ見てんのつーかウチはずっとキレてんだよ!」

「私の代わりに戦ってくれるんだ」

「試合開始か..」

「そういえば見ないけど教頭どこいった?」

「暑さにやられて帰ったよ。」

「頼りになんねぇなぁ」

特に開始を宣言する訳でもなく流れのままに戦闘を開始した。特異な威厳を放つ教頭はいち早く倒れ、保健室へと運ばれた。片桐ですら傍で眠っているというのに。


「先ずは自己紹介しようぜ。

おれは牙棍杉 流悟ブロックのツクモノで、このカラダも全部石の..」

「知らねぇよ、勝手に喋んな」

描いたラクガキが、男を砕く。一瞬で粉となり、跡形も無く空へと消ゆる。

「阿修羅・千手観音」

適当に描くには、少し絵が上手すぎた

「嘘だろ、一撃かよ..」

「やはり手がつけられないな。」

「すごい...」

称賛どころか引きつっている。ギャルの芯の強さは異常だ、敵う者など容易にはいない。敵に回した時点で負けなのだ。

「周りみたいに甘くないから、ちゃんとぶっ壊してやったわ」

「ふん、どうだミネスト。

まだ戦う意思はあるか?」

「……いや、帰らせて貰おう。

ネコが腹を空かせて待っているからな、うちのキャンディちゃんが」

「そうか、なら帰れ」

見苦しい幕引き。閉会式すら行わず、ただ場を濁してそそくさと帰っていった。

「さてと、ワタシらも帰るか!

面倒だから学校に戻らなくてもいいぞ、このまま家に帰れ各々な」

「お疲れしたー」「つまらんな」

「ウチも帰るわー、じゃねー」

現地解散を施し、徐々に皆が帰路についていく。

「気をつけて帰れよー」

「えっ?ええっ!?」

見た事の光景が平然と広がり、美禄はいよいよ普通という常識が判らなくなっていた。

「どうした転校生?

お前も早く家に帰れ、な。」

「あ、そうなんだ。

..もしかして、これで終わり?」

ここに来て初めての体育祭は、これにて幕を引いた。

「それじゃあ、さよならっ!」




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