第7話 ニゲミチ、オウミチ、トマルミチ

「いたか?」「いません。」

「もっとよく探せ、必ずこの街の中に奴はいる」

「はい、もう一度回ってみます!」

ファンファンとサイレンが街に鳴り響き、物騒な気を掻き立てる。

カナモノ町に勤務する警官達は、多少の事では動かない。住人のほぼがツクモノで構成されているこの街では、毎日のように何かしらの暴動が起きるが事を終えるとどちらかの勢力が粉々に消えてしまう為捜査のしようがないのだ。

「奴め、何処に消えた?」

彼等が動くとすれば目に余る程の大きな事件が起きたときかはたまた、指名手配犯を追いかけるときくらいだ。


「ちぃ、また追って来やがった。

そんなに好きか、この俺が」

派手に駆けるパトカーに睨まれるのを避け、建物の陰に身を潜める紫の長髪の男。口振りや振る舞いから追いかけられるのは慣れているようだ。

「他にやる事はないのか?」

「お父ーさーん!」

慎重に外の様子を伺う彼に声をかける少女が一人。

「またあのガキか!

でかい声で呼ぶなって言ったろ!」

「こっちこっち!」「..ちぃ!」

手招きし建物の間の目立たぬ細い道へと誘う。奥に進んでいくと広い道へ出てその先に大きな家がある。少女はそこに男を歓迎するのだ。


「えい!

鍵はちゃんと閉めたよ!とう!」

大きな扉の鍵を内側から閉め、高さ合わせに乗った椅子から飛び降りる。

「紅茶でいいよね?

お父さん好きだもんね!」

いそいそと今へ走りお茶の準備を施す至れり尽くせりの接客サービスだ。

「..一言も好きだって言ってねぇよ」

ぶっきらぼうに文句を言いつつも素直に居間に向かい紅茶を待つ。

「はいどうぞ!」

薄く茶色い紅茶の入ったカップから湯気が立ち込める。街中を駆け疲労したカラカラの喉にあてがわれるのがまさかホットだとも思うまい。

「だから飲みたくねぇんだよ、これ」

カップを傾け、僅かに唇に紅茶を触れさせ飲んだ形跡を残す。

「美味しいでしょー!」「まぁな。」

何度もこのやり方で難を逃れて来た。

「いつまでここにいるのー?」

「いつまでってお前が連れてきたんだろが。..朝には出てくよ」

文句を言う割には滞在が長いが宿が無いのであれば仕方がない。少女も然程の不満は無さそうだ。

「そっかー、じゃあその後また探せばいいんだね?」

「探すな!放っとけよ。」「えー!」

彼女を巻き込みたくないからでは無い単純に邪魔だからだ。

「冷蔵庫のもん、勝手に貰うぞ?」

「お腹空いたの?

ならわたしが作ったげる!」

エプロンを腰に巻き、台所へ

頑なに客をもてなし安らぎを与える。

「はぁ、なんなんだアイツは...」

警察はこの場所をまだ知らない。


「ただいま」

「おや、早退ですか。覚えてきましたね?」

「違いますよ、覚えたって何をよ。

外が物騒だからって休校になったの」

「警察の方が忙しいようですね。

普段は居眠りしているというのに」

「何かあったの?」

「知らないのですか、これですよ。」

妻鹿似はリモコンを手に取りテレビのスイッチを入れる。画面には街をパトカーが走る風景と、〝指名手配犯捜索〟の文字が。

「指名手配犯?

そんなのが出たんだ。」

「お一人居るようですよ、強盗殺人でしたかね。..この街でなら正式は〝殺モノ〟になるのでしょうが」


「やっぱりそれも、ツクモガミになる為なのかな?」

「さぁ、どうでしょう。」

高みを登る為ならば、平然と均衡を崩す。そんなモノがこの街にいてもおかしくは無い。

「だとしたらツクモガミってやつはさ、絶対にいらないものだよ。」

「そうですね、ですが..街では言わないで下さい。それこそ殺められてしまいますから」

一人間には、それになる意味も価値も見出せなかった。小さな宗教の、触れざらばるべきの理に過ぎないのだ。

「気にしなくていいのですよ。

人間には人間の、私達には私達の幸福が有るのですから。」

「..もしさ、わたしが街でツクモノに襲われたら助けてくれるかな?」

「言わずもがなですよ。その為に狂三郎さんに頼まれたのですからね。困り事があればお申し付け下さい、万能とはいきませんが某が力となりますよ」

「そう、有難うね妻鹿似さん。」

「いえいえ」

そういえば誰かが言ってたな。

身近なモノでさえ信頼はするな、警戒し続けろと。

「そんな事ある?」

聞落とさなかった。ツクモノと人間の幸福の在り方を語ったときは〝私〟だったのが、救いを請うにあたりの答えのときは〝某〟に変わっていた。深い意味は無いかもしれない、あったとしてもわからない。だがなにか、無関心でいてはならない事に思った。


「妻鹿似さん、わたしも約束するね」

「..はい?」

「わたしは妻鹿似さんにお世話になる代わりに、ずっと味方でいます。助ける事は出来なくても、裏切りません」

「ふふ、なんですかそれは。」

「一方的な約束です、迷惑ですか?」

「いえ、嬉しい限りです..」

表情がない上に右側を包帯で隠している為反応が凄く分かりにくいのだが関係は余り無い、何せ一方的な約束だ。


「それにしても物騒ですねぇ、学校が休校になる程の手配犯だとは」

「他にも危険なものいっぱいあるけどね、この街は。」

だが暫く一先ずは、報道にある強盗犯が有力だろう。


「豆鉄砲に弾が四発か、どうしようもねぇな」

さっきまで紅茶を啜っていた座卓の上で、ショットガンの中身を確認し頭を抱えている。

「あのガキは何でか風呂の支度をしてやがる、頼んでもいねぇのにな。..その隙に地下に潜って粗方〝撮って〟おかねぇとな。」

大きな屋敷の奥の隠し部屋には地下へと続く武器庫がある。何故あるかは不明だが、そこでなら新たな武器を調達でき、逃亡に備える事が可能だ。

「場所は、二階の書斎だったよな?」

風呂の湯が沸騰する前に階段を伝い、部屋へ急ぐ。足音を消して歩く程の気遣いをしない故直ぐに気付かれてしまうのだが気には留めずに我道を行く。


「あれ?

どこいったのお父さん、お風呂そろそろ沸くのに..」

心配する娘を尻目に二階の右端にある扉を開き部屋に入る。

中には黒い机と椅子、壁際には分厚い本棚が置かれ、ギッシリと本が敷き詰められている。

「えぇっと確か..三段目の、左から二番目。生物学の本だよな」

棚の並びを確認しそのなかの一冊の本を規則的に取り、戻す。棚は音を立て動き横にスライドし、そこに扉が現れる。

「よし、上手くいった」

扉を抜けた先の階段を下り、更にその先の扉を開ける事で武器の保管庫へたどり着く。

「はっ、健在じゃねぇか。

早速、撮らせてもらうぜ?」

秘密は全て、彼のものに。


逃げるものが落ち着いた頃、追うもの達は。

「くそっ、見失った!」

部下達を車で旋回させ一人街を己の足で探すのは捜査班の筆頭、逃亡犯を追い続け余年未だ逮捕に至らず奮闘している。

「如月、奴はいたか?」

無線で部下と通信を取る。

『見当たりません、取り逃がしたようです。』

「またもや駄目か、あの男め。

この宮地 透流トオル相手に逃げ切れると思うなよ、次はないぞ!」

カナモノ町勤務の刑事、宮地 透流。

警察機関がそもそも少ない街の為扱いとしては駐在に近いが少しの事柄では動かず捜査も行わない。最近は専ら連続強盗犯の追跡にのみ体力を使っている。最早それ専門の捜査官である。

「また怒鳴ってるぜトオルさん」

「仕方ねぇよ、捜査班っていっても部下は四人。このでかい街をそれだけの人数で回れるかって話だろ?」

「無理があるよなぁ、いくら丸くできていて〝いつかは同じところに還る〟って言われてる街でも範囲が異常だもんな。」


「オマケにあの人免許持ってねぇし」

「お前も無いだろ?」「そうだった」

決して人望の厚い信頼される男では無いようで、部下達からの印象はせいぜい〝無茶をする横暴な人〟といったところだ。

危険を取り締まる筈の警察も、同じく危険という事だ。水と油ならば交わらずまだ後腐れないが、油と油で肌が合わぬと言われてしまったら手の施しようが無い。部下達も従うフリをして衝突してお互いが爆ぜるのを待つしか無い状態を保ってしまっている。


しかしそんなものは所詮組織と他人のいざこざ、関与しないものには意味をなさない。

「さて、それでは買い物に行ってきますね。」

「え?

やめときなよ、外は学校が休みになるほど危険な状態で..」

「だからなんです?

それが障害にはなっても買い物にいかない理由にはならないのですよ。」

「そんな理屈ですかね..?」「はい」

己の趣味、そして今夜の献立を阻害されるいわれはない。

「では、行ってきますね」

ツクモノが外に出れば、ツクモノが襲い来る。何度も外出した事で被害を被っている筈だが学習しない。来るなら来いた言うことか、目的以外に興味は無い。持つつもりも無い。


「さて、行くか」

「もう行くの。

まだ夜にもなってないよ?」

「動く時間はこっちで決める、空と相談してる暇はねぇよ。」

二杯目の紅茶を飲み干し入って来た扉のある玄関へ

「じゃあな、もう話掛けんなよ?」

大きな扉を両手で開き、外へとかり出した。忙しい逃走劇の再演だ。

「また来てね、お父さん..」

少女は静かに後背中に手を振った。

「番犬はいねぇみたいだな、ゴロツキ共にも気をつけていかねぇと..休まる気が無ぇな、これじゃあ。」

本来守られるものにすら追われる立場であれば街を歩くのは自ら命を晒すようなもの、それこそ隠れ家に潜み気を紛らせた方が良い。

「何が起こるかわからねぇ、対策のしようもねぇがせめて、スピードを上げとくか。」

手のひらを足首辺りに這わせ、滑らせると、触れた足首からエンジン音が鳴り響く。

「〝バイクの音〟ちと速さに欠けるが

人ゴミにでも紛れりゃ大丈夫だろ」

クラウチングを挟み、勢いをつける。

「いくぜ..!」

危機に備え、物理的なスピードを昇げたのだが景色の速さは何も変わらない

人混みに紛れる事が無くとも、悲劇は生まれる。

「よっと!」

草木の生えた塀を飛び越えると細く白い逃げる為に作られたかのような抜け道がある。そこを超えると更に人気の少ない道、逃亡者が愛した道なのか、頑なに中心街を避けている。

「便利な道だぜ本当によ、目立ちはしねぇし人もまったく通らな..」

油断した、素面でこの道を好む変わり者の存在を把握しきれていなかった。

「いっ..?」 「はい?」

バイク並みの速さを誇る脚は急には止まらず通行する男に正面から打ち当たる。体格は然程変わらぬ筈なのだが相手は微動だにせず、こちらのみが衝撃を受けている。


「痛ってぇ..。」

「大丈夫ですか?

突然飛び出せば怪我をするのは当然ですが、案の定被ったようですね」

丁寧な口調で身を安ずる素振りを見せてはいるが感情は篭っておらず、寧ろ下に見ている様が伺える。

「てめぇ、ツクモノか?

こんなところに何の用だ!」

「某は買い物への道中です

この道は通行者が少ないので丁度良いのですよ。」

「はっ、どうだかな!

ツクモノ狙って這い回ってたら、ここに行き着いたとかじゃねぇのか?」

「致しませんよそんな事。

とてもじゃ無い限り殺生なんて避けたいですし、飢えてもいません。皆が貴方と同じ感覚ではないのですよ?」

「..あぁ?」

「思い付きで云ったのですが、図星を突いてしまいましたか」

ムカつく捻くれ者を打ちのめしたい男と、買い物に早く行きたい男の視線が火花を散らし合う。

「わかった、お前死にたいんだな?

いいぜ、さっきたらふく銃火器の音溜めたからよ。お前に全部ブッ放してやるよ!」

「..いいんですか?

人気が少ないといえど街の中で銃など撃てば、窮地となるのは貴方のほうですが。連続、強盗犯さん」


「てめぇ、気付いてたのか。」

「..またもや思い付きが当たったようです」

警察は、退いたといっても一時的なもので直ぐに後を追ってくるだろう。馬鹿な生き物は大きな音に寄って来る。その習性を妻鹿似は判っている。

「逃げるなら今ですよ、それとも犬様の奴隷を好みますか?」

「どうにかしようと思わねぇんだな、仮にも逃亡犯だぜ?」

「先程言った筈ですが、某は買い物の道中です。貴方に興味がないんですよ

。但し家には侵入はいって欲しくはありませんがね」

捕まえるのは他の役割と割り切り、献立の調達に徹する。使命ではなく只の趣味だが。

「へっ、変わってんなお前..。

後悔するぜ、オレを逃した事を!」

ストップした足に再びエンジンを掛け、颯爽と消えていく。バイクの速度で疾る男を野放しにしておくとは思えないが、問題はないのだろう。

「..おかしな方でしたね」

漸くスーパーへまっしぐらだ。


カナモノ町警察署内部

「今から定例会議を始める!」

小さな一室に無理をして長机を置き、五人分が敷き詰め座っている。

「定例っていつ定めたんですか、覚えがないんですけど?」

「どうせ内容判ってるしな、追ってる事件なんて一つだけだし。」

「まぁ一応聞こうぜ」「だな」

議題は分かりきっていた、署が唯一追っている。といっても筆頭の男だけだが街をおびやかす存在は満に一つである。

「話に上げたいのはカナモノ町を襲う連続強盗犯の事だ。」

「やっぱり」「またかよ」「はぁ..」

「もういい加減良くないですか?」

しつこい、飽きたなどと言った怠惰な態度を最早包み隠さず表に現してしまっている。それ程に関心薄く、お座なりとする案件なのだ。

「お前たちそれでも警官か?

人々の平和が脅かされるんだぞ!」

「言うほどされてないと思いますよ?

週で数えてもせいぜい1、2回。それが強盗犯の仕業とも限りませんし」

「可能性から消していくんだ、いつ何時巻き起こるかわからんぞ!」

「..はいはいわかりましたよ。

で、僕たちは何をすれば?」

何を言ってもまともに聞かず、いつものように途中で部下が折れ命令という名の要望を聞くと、いつも同じ答え。

「外を隈なく見廻りだ!」

「..またか」

賽を振るたび降り出しへ。


「......大丈夫だよね?」

塀の陰から景色を覗き安否を確認する女、この街には物珍しき人間の美禄。

「はぁ〜、よりによってタイミング悪いなぁ..。前に学校の帰りに借りたDVD返却の期限今日までだったぁ」

美禄には密かな趣味が有り、個人的にやるせない気分になると、決してメジャーでは無い、素直に面白いとは言えない荒削りの映画作品を拝む事で、感覚をより歪ませ精神的な調和をはかる

のだ。

「レンタルのお店がそもそもある事に驚きだけど、一番嫌なのが店の場所」

常に大きな賑わいを見せる中心街の飲み屋〝peaceful《ピースフル》〟中はクラブ会場のように広く騒がしく、昼間から酔潰れる客もいる。美禄が目的のレンタルビデオ店は、何故かその横にある。

「中心街行くだけでも大変なのに、なんであんなガラの悪い店の前通らないといけないのよ?」

それも強盗犯がウロついているという日に。危険なダブルパンチを自ら受けにいくのだ。

「妻鹿似さんに頼めば良かったよ..」

外も中も鉄で出来た彼ならばブレる事無く返却が可能だろう。

「でも来る訳ないか

〝DVDなど過去の遺物ですよ〟とか言ってたしね、携帯持ってないのに」

待っていても期限は延びない。というより延びた結果限界を失った、最早覚悟を決める他無い。

「行きますか!

借りた子を返しに、茨の道へ。」

よく分からずに言葉を使う、それらしく、形のみ。


人が違えば動きもちがう。

逃げるモノ、それを追うモノ、趣味をやりにいくもの終えるもの。

これらが同時に発生し、空間に生じた矛盾の数々を〝人生〟と呼び、在り方の違いを〝個性〟と呼んでいる。しかしそれは偶然起きた事柄で、元々存在するものでは無い。故に生きる意味などは、明確に表す事はされていない。


しかし世界は思っている程広くは無い

同時に出来事が起こっているという事は、些細な事でその一つ一つは交わり、重なり合い、一つの出来事に変わりつつあるという事だ。

「あそこを通り過ぎれば..終わりだ」

意を決し、ピースフルの門の前を通る

(息をしたら殺される...!)

「はぁ、死ぬかと思った。」

なんとか通り過ぎ、事無きを得た。と、思ったのもつかの間

「あれ、若い子発見〜。

どうしたの?今暇?一緒に遊ばね?」

「いっ..!」

店から出来上がった呑んだくれが出現し、強めに襲い来る。

「ナンパされてるぅっ..!

どうしよ、逃げ方がわからないぃ‼︎」

恋人はおろか告白すらされた事の無い美禄にとっては、足の震える恐怖体験となっていた。

「どうすればいい?」

妻鹿似はいない、父親もいない。知らないのんべぇの言いなりになるしかぬいのか。

「照れてんの?かわいいじゃん!

一緒にどっか行くべ、な?ほらさ!」

「ちょっと助けて欲しいなぁ..」


「邪魔だドレッドヘア、失せろ」

「あん?」 「……。」

紫の長髪、黒のぴったりとしたライダースーツの目つきの悪い男がナンパ男に威嚇を強いる。

「なんだおめぇ、彼氏か?」

「..勘違いしてんなよ、邪魔だからどけって言ってんだわからねぇか?」

「助けてくれた..」

守ってくれているようにも見える。今のところ判断が付かないが、彼に言われて漸く男の髪型がドレッドだという事に気が付いた。

「ナメんじゃねぇぞ、俺はこれでも元ボクサーなんだ。てめぇみてぇなモヤシになんざ負けねぇからよ!」

「〝元〟って事は今は違うのか。

破門されたか、もしくはこうして、勝てそうな奴に拳を振ってたかだな」


「良い気になんじゃねぇぞてめぇ!」

世界を目指していた拳が再び振るわれる。しかし渾身のストレートは一町人に軽々と躱され、代わりに返しのアッパーをアゴに食らう。

「うぐぉっ..。」「うわスゴっ」

「そんなもんかよ?

力使うまでもねぇよ大ザコが!」

ドレッドナンパ男の身体は崩れ、粉々となり空に流れる。

「なんだよ、結局コイツもツクモノじゃねぇか。やっぱり人にはなれねぇな、高尚だと思った事はねぇが..」

「ひっ!」

男を壊した長髪が美禄をじっと見る。

「なん、でしょうか?」

「...気をつけた方がいいぞ、下手にウロつくと命はねぇぞ。お前は特にそうだろ、人間」

「えっ?」

そう言うと、何もせずその場を去って行った。どこで気付いたのだろうか。

「..YOU WIN!」

只そう呟いた。特に意味はない。


カナモノ町・外れ道

「ちょっといいか?」

通りかかった警官に呼び止められる。

「はい、なんです?」

「聞きたい事がある、コイツをどこかで見なかったか?」

出された写真に映っていたのは紫色の長髪の男。

「見ましたよ」「本当かどこでだ?」

「テレビでです。」「なんだと」

「貴様、馬鹿にしているのか!」

食った態度の回答、しかし見解の程は

「馬鹿になどしていませんよ、只質問に答えただけです。嘘はいっていませんよ、お気に召さないようですがね」

だそうだ。

「もういい

揶揄うのもいい加減にしろ!」

「からかっていません事実です。」

「だからもういいんだよ!」

本当の事を言えば違うと言う、その割に情報を聞きたがる。勝手な連中だ。

「もういいでしょうか?

行きますよ、時間の無駄なので」

「待て、お前何かを隠してるな?

様子が変だ。」

「何故そう思うのでしょうか、憶測がお好きなのですね。」

「話すつもりはないか、なら手荒に行かせて貰う。」

「ですから何故そういった発想に..」

「警棒のツクモノ」 「はぁ..。」

人の話をロクに聞かず、自分の都合に相手を巻き込む。それが警察のお仕事だ。職務質問のその一種。

「トンファーレベルは4といったところか」

警棒の持ち手に付いた丸い目盛りの様なものを回し、強度を上げる。

「悪は成敗致す!」

「横暴な方ですね、鬼のようです。」

「避けるな!

それに私は鬼ではない、この街を守る警官の筆頭、宮地トオルだ!」

「聞いてもいないのに親切ですね」

振りかぶる警棒を躱し聞きたくもない名を鼓膜に入れる集中砲火。やってられないも良いところであろう。

「ふんっ!」「忙しいなぁ」

「何故避ける?」

「危害を与えたらまた五月蝿いのが警察です、関わりたくないのですよ。」


「貴様、やはり何かを隠しているな?

絶対に逃がさん、警察帽のツクモノ」

トオルの被る警察帽の大門が輝き、複数の警官を生み出す。

「..正気ですか?」

「驚いたか、これがこの街の兵力だ。

そしてこれは皆私だ、分身だ!」

「見れば分かりますよ?」

殴られても、壊されはしないだろうがこちらから害を加える事は出来ない、そうなれば必然的に、逃げる他無い。

「夕飯を買った帰りなのですが、仕方ありませんね。どこかに身を隠すとしましょう」

両手いっぱいの荷物を腕にかけ直し、逃走を図る。

「逃すか、追え!」

すかさず勘違い警官も後を追う。

「すみません美禄さん。夕飯の支度、少しだけ遅くなりそうです」

主夫と化したツクモノ街を駆ける。


「嘘でしょ〜..」

レンタルビデオ店に返却をして尚、店内に留まる美禄。直ぐにでも帰りたいのだが、只ならぬ事情を抱えていた。

「なんで外にいっぱいドレッドヘアがいるのよ?」

長髪の男が打ちのめしたボクサーもどきに酷似したツクモノが、複数ピースフルの周りをウロついている。

「やられた後粉々になって消えた筈なのに、なんで増えてるのよ〜」

注目するべきは首にかけたヘッドホンだ。彼等はヘッドホンのツクモノ、集団で動き同じ音を聞く。群れの数が減る度に、音符が一つ消えるので痕跡を辿れば誰がどこで何をされたか直ぐに解る。しかしそれ以上の情報は辿れない為男や美禄の現在地は把握出来ない。故に入り口を固めている。

「分からないけど多分、外出たら終わりよね?そうよね!?」

己の立場を偶然にも察し、ウインドウ

の内側から様子を伺う。

「どうすればいいのよ〜..?」

暫しの持久戦となりそうだ。


此方はこちらで身を隠す。

「あれが警官のやり方ですか?

前に遭遇したやさぐれ連中と変わらない手口ですが」

四方八方隈なく首を動かし妻鹿似の姿を捜索するツクモノ警官隊に酷く手を焼き手間を取らされる。

「何故ですかね、買い物帰りに危険が伴うのは、ここの所連日ですよ?」

焦燥し、頭を悩ませているとこちらに手を振り語りかける声を僅かに感じる

「なんですかあれは」

遠くの方で手を大きく振り口を動かす少女の姿が見える。

「おーい、こっちこっち〜!」

ゆらゆらとした動きで、どうやら私について来いと言いたいらしい。

「信じると思いましたか?」

ひねくれ者の警戒眼。見ず知らずの小娘が幸福を届ける訳が無い。只でさえ突然手招きされれば、信じ難いものであるが少女となれば尚更不自然だ。

「おーい!」 「騙されませんよ」

頑なに無視をする。態度を遠くで見ていた少女は挙げ句の果て自ら赴き手を引きに来る。


「お兄さん、こっち来て。

安全なおうちがあるよ」

「距離を取る事すらやめましたか、なんたる姑息でしょうか。」

「何言ってるかわかんないや

このままじゃ捕まっちゃうよ?」

「..仕方ありませんね。

そこまで言うのであれば同行致しましょう。」

手を離してくれる事が無さそうな少女に渋々ついていく事にした。正直の所、逃げ場も行き場も無かった為都合は良かったのだが。

「こっち」 「窮屈な道ですね」

鼠レベルに入り組んだ細い道を辿り、例の大きな屋敷へ。見つからないのが不思議なものである。

「今開けるねー」

両手でギギギと扉を開ける。

「はいどうぞ、お客さん♪」

「失礼致します」

己の家も相当大きな自信があったが軽く三倍はある。外観は然程変わらないのだが、度肝を抜かれた。口は小さいのに中身が広い感じだ。

「余り人の家やパーソナルな部分に感想を持つのはモラルに欠けるので申し上げたくないのですが、凄まじく豪勢な館ですね。貴方の自宅は」

「えへへ、そうかなー?

一人で住んでるんだ〜。」

その返答には反応を示す事無く、新たに言葉を投げかける。


「何故助けて下さったのです?

見ず知らずの筈ですが」

「んーなんでだろー?

でも慣れてるんだー、追われている人を見るの。」

「……」

変わった人だ、心の中でそう呟いた。

「あー!

お兄さんならアレを使えるかもしれないね!」

突然思いついた様に声を上げ、勝手な納得を遂げる少女。

「アレとは?」「ちょっと待って!」

勢い良く大きな棚に駆け寄り無造作に引き出しを開け始めた。

「乱暴ですね」 「あったー!」

取り出しのは小さな金属の部品の様なもの。

「はいこれ。

他の人に渡したらいらないって言われちゃったんだけど、お兄さんならどうかなぁ?」

「これは..何故こんなところに?」

「散歩しているときにね、道に落ちてたんだぁ。」

「道にですか..大事なパーツを拾っていただいたのですね。感謝します」

少女が手渡したのは、無くしたパーツの一つであった。道端に捨ててあるとは、世間の印象はゴミ同然だ。

「有難う御座います、良いものを頂きました。これで無事家に帰宅する事が出来そうです。」

「そっか、良かったぁ。」

招かれた家を後にして、警官の待つ外へ。立ち向かうのでは無く、謂れもない逃亡から退く為の挑発に出る。


「漸く姿を見せたな、堪忍したか?」

「残念ですが、違いますよ。

覚えがありませんので、シノビギア」

取り戻したフットパーツ、シノビギアを起動する。速度は格段に向上し、撹乱スキルで牽制する。

「足が速くなったからなんだと言う?

スタミナを多く浪費するだけだ!」

「そうですか、ならば数を増やしましょうか。..ニンっ!」

軽く煙を立ち込め複数の分身体を生成する。

「貴方に危害は加えません。只逃げ惑います、覚えの無い罪から..」

四方に分かれ、街を駆ける。反射的に警官もそれの一つを追う。

「行きましたね、某も帰るとします」

陽動作戦は成功のようだ。これから晩飯の支度へと励む。


「さて、今夜の根城を決めるとするか。」

逃亡の身の男は、寝る場所も含めて自給自足。物の増えた時代には珍しいスタイルの生活水準だ。

「ともかく安全を確保しねぇとな。

..まぁ今日はいつもと比べると一段と平和だが...」

「待てぇーい!!」「あん?」

皮肉にも聞き慣れた不快な警官の声が迫るのがわかっだ。しかし狙われているのは自分ではなく

「ニンッ!」 「逃げるな!」

「なんだ、忍者?」

顔の上右半分を包帯で隠した燕尾服の忍など聞いたことは無いが、追われる程奇怪なのは理解出来る。

「静かだと思えばアイツの仕業か。」

「誰の仕業だ?」

「だからアイツだって..げっ!?」

妻鹿似を追うのは警官、つまりそれは直接的な敵意の塊。

「見つけたぞ、連続強盗犯。

音域のガディウス!」

「なんでこうなんだよ、てか名前を呼ぶな気持ち悪りぃ。」

「どうとでも言え、次こそ逃がさん」

「また追いかけっこかよ。

ハーレーの音、無駄遣いさせんな!」

先程とは異なるバイクの音を足に入れ、逃走を開始する。


一方一切動きの無い者も居る。

「ねぇ、どう言う事..?」

置物と化して眺めている内に、外をウロつく男達に大きく変化が生じていた。

「なんか増えてるんですけど」

ドレッドヘアの黒パーカーと向かい合わせに、白髪ドレッド白パーカーがメンチを聞かせ群れを率いている。

「よう、ボクサー共。

いや、元ボクサーだったか?」

「てめぇ..ホワイティか、邪魔だ。

今それどころじゃねぇんだよ」

ピースフルを拠点とする二代パリピ勢力ホワイティとブラッカー、何かと因縁をつけ合い抗争を始める犬猿の組織

「それどころじゃねぇ?

おれたち以外にも敵がいんのか、忙しいんだなぁお前ら」

「いっただろ

そんな暇はねぇってよ。」

「だったら出てけ、ここらおれたちの城だ。」

「..何言ってんだてめぇ。

ピースフルがいつお前らのものになった?」


「お、やるか?」「上等だぁ!!」

些細な出会いは殴り合いに発展し、店さながらの大騒ぎに。何もせず只見ていても時計の針は廻るようだ。

「どうすればいいのよこの状況..いや、チャンスかも。」

外では新たな暴動が起きている、とすれば以前の火種など大した事は無い。

逃走を図るタイミングではないか?

「よし、今しかないわ」

自動ドアを抜け、そろりそろりと忍んで進む。ドレッド達は殴り合いに夢中で気付く様子は無い。

「よし、成功かも〜..!」

しかし悲劇は繰り返される。


「待て、逃げるなぁ!」「クソが」

「何か来る、ってあれもしかして!」

悲劇の原点が、創生の地へ還って来る

「いつまで追って来るんだよ!?」

「地の果てまでだフハハハハ!」

正面には黒と白の戦その向こうには破壊神の侵攻、邪に次ぐ邪、体現するの道。

「お父さん、貴方を恨みます。」

「おい邪魔だどけクソ共!」

進むべき道に集るドレッドオセロをバイクの速度で跳ね飛ばす。しかしその量は余りにも多く、途中でブレーキを掛け立ち止まる事を強いられた。

「チッ、だから邪魔だって言ったろ」

転がるドレッド達。店の前は大惨事もいいところだ。

「イテテ..誰だ、オレの事をブッ飛ばした奴はよ!」

ヘッドホンにノイズ有り、探していた男と断定された。

「てめぇか、仲間を壊した野郎ってのはよ!」

「仲間?

仕方ねぇだろ殴ってきやがったんだから、叩き返しただけだ!」

「なんだとぉ〜?」

タイミングは全てを決める、悪ければ順次を狂わせる。


「また殺したか、悪党め。」

「だぁからよぉ..」

「そこの女も共犯か?」

「共犯なんかいね..お前。」「へ?」

「あ、テメェもいたか!

どこに隠れていやがったぁ!?」

止まれば衝撃動けば脅威、彼女の日常は酷くバイオレンスだ。

「確保するべき相手が増えたな、これで三人だ」

「協力するぜポリ公よぅ。」

「嘘でしょ..?」

「..ったく、お前もかよ。

一人でもしんどいのに、人が増えると肩凝るぜ。」

足に再びエンジンを掛ける。

「え、ちょっと何すんのよ?」

「..うるせぇなぁ、逃げんだよ!」

眼前のドレッドを飛び越え美禄を担ぐ

「へ、へ..へぇ!ちょっとぉ!!」

「捕まってろ女

死にたくなけりゃな!」

彼の罪状に誘拐が一つ増えた。


「ふむ、闇営業ですか。

物騒ですね、派手な業界は」

〝芸能界の闇が露呈し大騒ぎ〟というひねりの無い記事の見出しを読み冷めた目でぼやく。

「やはり大人の所有物になってしまうのですかね、若い方々は。

〝イケメン〟や〝美女〟と肩書きの入る俳優さんは皆ルートが同じですものね。」

大きなコンテストの審査員は基本的に極度の面食いか少女を磨いて光らせようとする危険な趣向の持ち主ばかりなので必然的に同タイプが量産される仕組みになるのだろう。

「素人の私でも映画が撮れてしまう。まず美女の場合はこうだ」

思いつきで監督デビュー、メガホンを取りカメラを回す。


『名門校のサッカー部のエースストライカー、野摘 祥吾。

将来有望と期待されていた彼を、突如悲劇が襲う。』

「試合に..出れない?」

「はい。歩く程には回復可能ですが、損傷が酷く」

不慮の交通事故、最後の試合への不参加。ボールは友達では無くなった。

「俺はもう..サッカーができない!」

絶望に打ちひしがれ、泣いている時、病院で出会ったのは一人の少女だった

「私、あと半年で死ぬんだぁ。」

「..え?」

『余命半年』


「その脚、まだ動くんでしょ?

だったら私の為に動かしてよ。」

夢を失ったサッカー部員と、夢を持つ事が出来なかった少女。

二人が出会ったとき、その先は一体、どんな未来が待っているのだろうか?

「確かに俺は試合に出れないかもしれない。だけどこの世界には、走りたくても走れない、動きたくても動けない人達がいっぱいいるんだっ..!」


『余命半年のストライカー』

「あいつは多分、俺に夢を与えてくれた。」

あなたは希望を追いかける事を、覚えていますか?

8.06全国ロードショー

「絶対、ゴール決めてやるからっ!」

「うん..楽しみにしてる..。」

夢を追う、全ての人へ。


「泣かないと悪人になる不思議な映画ですよね。イケメンの場合は、こうです」


『あの、余命半年のストライカーのスタッフが送るドタバタラブコメディ』

「見ろよ、あれが学園のアイドル

西園寺 遥香!」


「皆さま、ごきげんよう。」

「彼女にアタックした男は一人残らず玉砕、正に高嶺の華だ!」

金持ちの令嬢、皆の憧れの的

「へぇ〜..そうなんだ。」

「貴方、私の彼氏にならない?」

「へ?」

「今日から私と貴方は恋人同士です」

「......えぇ〜!!」

学園一の美女が選んだのは、冴えないオタク男子〜!?

「なんで僕が、アニメと漫画が好きなのに、こんなに気持ち悪いのに!!」

地味な草食オタク男子、日暮 マモル


「やったな、どんな手使ったんだ?」

万年補欠野球部オタクの親友 矢吹 進


「気に入らねぇ遥香はオレのもんだ」

令嬢の幼馴染ドSヤンキー 烏丸 轟


「君、物語の主人公にしては華がなさすぎるよ?」

黒髪メガネ文学男子 須賀踏 智史


「西園寺さんに近付くな陰キャが!」

男気負けん気女子 一条 叶


「お嬢様を御守り致します。」

忠実執事 来斗クラリオス五朗


只地味に生きてきた、日陰で静かに暮らして来た。

「なのになんだってこんな事にぃ!」

襲い来るライバル、揺れ動く心。

「マモルさんは私の事、どう思っておいでですの?」

「え、そ、それはぁ..。」

初めは迷惑だった、突然起きた事故だと思った。

「だけどこれは運命なんだ、僕はそう思いたい。君が好きだ!」

告白ってもう少し甘酸っぱいものだと思ってた。

「好きなんて、初めて言われた..」

「それはお嬢様が決める事ですよ?」


「俺は、いつもお前の味方だから」

「君を主役に、物語を綴りたい。」

「お前はいつでも先にいい球打っていっちまうなー」

「西園寺さんが選んだ人が、きっと一番良い人なんスよ。」

単なる言葉で終わらなかった。

そうか。

この一言で、私の運命は変わるんだ。

「私は、貴方が好きっ!」


『三次元に恋してみました。

〜揺れ動く二次元と1クールの心〜』

「新作のマカダミアちゃん♪」

9.12 全国ロードショー

オタクにだって恋は出来る。


「冴えないオタク男子がイケメンは筈は無いのですがね。一体誰の理想なのでしょうか」

後にこれらの役をやった美女はモテない三十路女子、イケメンは彼女いない歴=年齢の非モテ童貞男子役をやる事になるが、当時と同等のヤジを飛ばされる悲惨な結果となる。

「そういえば美禄さんがいませんね。あれ程外に出るなと申していたのですが、ご自分でもお出になったようですね。勇敢な方です」

悠々と家にて寛ぐ彼は気付いていないだろう。外で彼女が、己と同じ境遇に立たされている事に。


「囲まれたな、こりゃ」

「ちょっと、何してんのよ!」

もはや身を隠すには定番の街の塀は今回も防御壁として役に立っていた。

「ていうか何で数増えてるの?」

「そういうやつなんだよあいつは、まったく厄介なもんだぜ」

「まったくその通りですね」

「ああ..ってお前なんでいんだよ。」

知らぬ間に傍に何故か妻鹿似の分身が寄り添い塀に潜んでいた。

「妻鹿似さん?

もしかして逃げて来たんですか。」

「..まぁそのようなところですかね」

多くは語らず、大体で察せといったところである。

「不気味な野郎だぜまったくよ、なんで関わっちまったかな。」

そしてタイミング良く、この声が聞こえる。最早テンプレートだ。

「あ、お父さーん!ん?

お兄さんもいる、そこのお姉ちゃんは初めてだねぇ!」


「あのガキっ!

もう呼ぶなって言ったろ」

「お父さん?」 「ほっとけ!」

「止むを得ませんが、再びご厄介になる他ありませんね。」

「..ちっ、結局かよ!」

三人はこぞって何故か特定されない大屋敷へと誘われる。

「何で平気で俺を呼びやがる?」

遠慮とは違う、望まない招待。何か不満があるのだろうか。

「いらっしゃいませ!」

心とは裏腹に家は大きく口を開けた。

歓迎しますと言わんばかりの無防備な接待で。

「うわ広っ!」「えへへー」

「何喜んだ顔してんだてめぇ。」

「今お茶を出します!」

「あ、私にも手伝わせて」

「ゆっくりしてていいよお姉ちゃん」

「駄目、手伝わせて。」「うん!」

気遣い根性が働き接客側へと回りお茶を準備する。人間故の振る舞いである

「早い返事ですね、休んでいろといっていたのに」

「手伝う素振りも見せて見せねぇ奴よりマシなんだろうよ。」

己の事を棚にあげる事にもなるが、もてなされる側という自覚を強く持った男達は頑なに席を立たない。気持ちはここを喫茶店だと認識している。


「それより、まぁ興味は薄いですがあの子と何か関係が?

呼び方に耳を疑ったのですが。」

「呼び方?

..あぁその事か、放っとけよ。お前には関係ねぇ」

「そうですね、個人の趣味に深入りするのは野暮というものです」

「ちげぇよ!

勘違いすんなっての!」

通常ならば、少女に「お父さん」など

呼ばせていれば疑いを持つものである

「お前こそ、右の頭どうしたよ?

普通そんなところ怪我するのかよ」

「……」

「紅茶できたよー」「どうぞ!」

美禄も聞かずに敢えて通り過ぎたポイントを、モラル度外視に遂に口にした

紅茶程度で気が休まるだろうか。

「私のヘマではありませんよ」

静かにそう言う。

「私の..か。」


オリジナルはそんな事をつゆ知らず。

「アイドルの方々は人にやらされているという自覚はあるのでしょうか?

洗脳されきった者がアイドル?」

くだらぬ仕組み想定を考え込んでいた

「ともかく夢が叶ったと思い先にやらされる事が悍ましいおじさまとの握手ならば違和感を感じないという事はないでしょう。..普通であればね」

破綻したシステム構造を今頃になって指摘している、既に遅いというのに。


「某はとても人のエゴで作られた船を漕ぎたいとは思えませんね。

さぁショー吉くん、ご飯ですよ」

宝石の屑で作ったエサ、通称ジュエルダストを魚に与える。ショー吉は一目散にそれを頬張り歓喜する。

「こうして見るとなんだか愛嬌を感じますね、気のせいでしょうが。」

醜いもの程愛おしいと聞くが、妻鹿似もその錯覚に陥ったようだ。

「外はまだ物騒ですかね?

ギアを止める事は出来るのですが、美禄さんが帰りませんからねぇ」

誕生した分身は速さを増し、自由に動き回るが思考までは操作できない。支障がある場合はギアをオフにし、制御する他ない。故に美禄が分身と共にあろうと安全とは限らないのだ。

「まぁ元々が某と同義です、行動範囲などたかが知れていますが。勿論思考回路もね」

狂三郎から預かっている、半ば仕える身なら危険な状況での振る舞いは把握出来る筈だ。

「気に留めても仕方ありませんね、帰ってくる間に某はインディーゲームを掘り進めるとしましょう」

組織に属する事のないフリーダムの境地を開拓し、極める。有料などどこ吹く風だ。


「ねぇねぇお風呂入るー?」

「..大丈夫よ、気を遣わないで。」

「結構です」「入る訳ねぇだろ」

少女の甘やかしという客人の心を抉る拷問は未だ続いていた。

「それにしても不思議ね、こんな大きな屋敷が何で外の連中に見つからないのかしら?」

シンプルな疑問を、平和な者は口に出来る。しかしその答えを知らないのは本人のみで、皆は既に知っている。

「はい?」 「そりゃお前..本気かよ」

何を言っているんだと凍える反応。

「え、え..!?」

「ツクモノさんには狙われないよ?

だってあたちは人間だもん!」

「そうなのー!?」

「何で知らねぇんだよ」

「一目見て解る事だと思いますが」

衝撃の告白、しかし周囲は冷たい眼差し。偶にいる自分達だけの常識を言わずもがなとするスカした感じだ。

「だからここ安全なんだ..」

「そうだよー、あたちあずきって言うんだ。名前言わないとわからないよねごめんね!」

「あ..うん、そうだね。」

一見親切な気遣いに感じるが、何故だかマウントを取った皮肉に聞こえた。

性根が捻くれているのだろうか?

「さてそれでは家に帰りましょうか」

紅茶の残りを飲み干し、腰を上げる。

「え、でも大丈夫なの?

外、危ないよ。」

「心配ありません、彼奴等に捕まる程の速さではありませんよ。日が暮れる前に帰りましょう」

「きゃつら..足元見て何となくわかってたけど、口振りも忍者っぽくなってるのね。

違和感の足は出口へと向かい、帰り支度へと勤しむ。

「帰るのー、そっか!

お父さんはどうするー?」

「..俺は残る、かっ騒ぎの街ではしゃぐのなんざ御免だからな。」

「ではさようなら」

軽快に別れを交わす両者であるが、ここが人の家だという事はおそらくすっかりと忘れている。図々しくも堂々とした態度だ。妻鹿似は美禄を連れ、その様子を保ちつつ家を出た。


「ばいばーい!

行っちゃったねお父さん。」

「だから何だよ」

「行かなくていいの?」

「なんで行くんだよ俺がよ」

「うふふ、まぁいーけど

お布団の用意してくるねー!」

あずきは偶に掴み所の無い事を言う。

人を食っているのか意図せずの天然なのか、ツクモノには判断が難しい振る舞いだ。

「..ったく、だから来たくなかったんだ。」

誰しも苦手分野というものがある。


カナモノ町 中心街

物事の発端は、いつもここから起こる

賑わう場所には邪神が宿る。

「世界が荒れている、やはり崩壊は進んでいるのか」

「ただチンピラが暴れ回ってるだけだろが、それにしちゃ警官多いな」

悟ったように空を見上げ太陽を手で覆い嘆く男は荒れ狂う街に慈悲を請う。

「ああ神よ、民を国を犠牲にしてまでも変革をもたらすというのか!」

「んな事言うなら外出て来なければ良かったろ」

「そういう訳にはいかぬよ麦子、大それた物言いだが神に刃向かう事も刻には必須。それが今なのだ」

「要するにこのウザったい騒ぎを止めたいってことね?」

「うむ。」「ならそう言えよ」

思想に準じて勿体ぶるカリムに苛つきを覚えつつも了承に近い寛容を見せる


「ダリぃなぁ、またあれやんのかー」

「世界の為だやむを得ん。」

「だから大袈裟なんだよ」

カリムが胸の前で掌をかざすと、小さな地球が現れる。それは真上へと直進し、人々を見下ろすしながら浮く。

「また目立つとこに投げたな。

もっと控えめに出来ねぇのっ?」

地球目掛けて何かを投げた。

時計の文字盤と針が地球の周囲に浮かび、カチカチと音を立てて起動する。

「刻を戻すのは忍びない。しかし残虐な時間というのは、この世にはいらぬ

もの。」

「偉そうに語んな。

時計回してんのはアタシだろ?

逆回りだけど」

正規の回転なら未来へ、逆なら過去へ

「しかし変わるのは現状のみ、人の思いまでは変わらぬ。いつまたこのような事が起きるともわからぬのだ」

「だから何だよ、また戻しゃいいだろ

今日が取り敢えず平和になってんだからさ」

街での事象の時間軸のみを過去の平和な瞬間に戻した。事実暴動や騒動は起きなかったものと処理をした。

「さて、帰るぞ麦子。

時間や自転を悪戯に改変する事は悪しき罪、神への侮辱だ。」

「いちいち名前呼ぶな!

..だったら何でやんだよんな事。」

騒ぎは嘘のように沈静化し、元の日常へ戻った。しかし結局は気休め、人がいる限り暴我は止まない。人ですらないならば尚更の事だ。

「延命は生きる事にあらず、終焉からは逃れられない。..帰ろう麦子」

「命令すんなよな、帰っけどさ。」

抗えぬ未来に絶望し、カリムと麦子は再び動き出す。次なる脅威に備えて。


「...そろそろですかね?」

外の事など内に入る者には関与せず、インディゲームの属さない猛者たちを既に大方開拓済みでテレビ画面と相対していた。

「指折り数えて5秒といったところでしょえかねぇ。..5...4..」

家の入り口から少し間隔を空けた所に立ち、カウントを取り始める。

「3...4..5..!」


「ただいま」 「やはりね」

「今御飯を温め直しますね。」

暴動から血相をかいて逃れて来た訳でなく、時間の改変により単純の帰宅として戻って来た。そこまでの把握はしていないだろうが自分なら、何食わぬ顔で扉を開けるだろうと知っていた。

「お疲れ様です我が分身殿。

そして美禄さん改めて、お帰りなさい。」

事態が変われど流れど態度は同じ、変わる意味すら存在しない

人はこれを、マイペースと呼ぶ。











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