第6話 コワレテクダケテ

「あ〜っ!」

「どうされました?

鬱憤が弾けての行き場の無いシャウトでしょうか。」

週も後半になり、土曜の朝。学生にとってのフリーダムデイの柔らかなその日に朝ご飯を嗜みながら大声を発するギリギリの精神の女が一人、限界を迎えようとしていた。

「携帯壊れた..」

「何かと思えばそんな事柄ですか、取るに足りませんね。」

聞いて損をしたと軽い溜息を吐きながら、自分のぶんの米を茶碗に盛る。

「大変な事です!

妻鹿似さん携帯持ってないからわからないんですよー!!」

「残念ながらその通りですね。

態々距離を取ってまで対話を図るなど変態の所業ですよ?」

趣味に生き、部品を探す事を意味として活動している彼にとって、他人と通信を取るという行為は無駄としか言いようの無いほど要らないものらしい。

携帯が破損し打ちひしがれる理由など

、理解できる筈も無い。


「どうしよ〜修理いくらかかるかなぁ

お金全然無いよ..。」

引っ越す以前に金を蓄えておこうと財布を膨らませておいたが、狂三郎が幾度も〝金は必要ない〟と唱える為、前の土地で全て散財してしまっていた。


「腕の良い修理者を知っていますよ」

「え、いくらかかるの?」

「無料です」「うそ」

タダで携帯が直るなら苦労はしない。勿論それに越した事は無いのだが、にわかに信じ難い話だ。

「本当ですよ、機械物の修理を娯楽的に趣味でやっている知り合いがいるんです。腕は相当なものですよ?」

「ホント!?

今すぐいって直してもらいたいな!」

無償でかつ高性能と聞いて直ぐに飛び付いた。同時に妻鹿似に知り合いが居たのだという驚きを覚えた。

「そうですか、ならば今すぐ地図を書きましょう。..但し気をつけて下さい彼は酷く取っ付き難く、尚且つ理屈っぽい、癖のある男なので」


「ああ..うん、わかった。」

成る程合致した。

要するに〝類は友を呼ぶ〟という事だ

「どうぞ、地図です」

特別な紙では無く、隅に落ちていたA4用紙に軽く道筋が描かれていた。本人曰く見て進めば先ず迷う事は無いらしい。

「ありがと、それじゃあ直ぐ出掛けるね。ご飯食べたら」

目の前の朝食を急いで掻き込み、部屋で準備を整えたのち玄関へ。

「じゃあ、いってきます。」

「お気をつけて」

外出する姿を見送り再び居間へ。

「行ってしまわれましたね..ショー吉くん、またも君と二人きりだよ。」

硬い身体を水槽に打ち付け、嬉しそうにクラッピングしている。相手としてはまんざらでも無い様子だ。

「先ずどこに向かえばいいんだ?」

地図によれば街お決まりの中心に位置するごった返しスポットを使わず控えめな道筋から辿り着く事が可能らしい

「へぇ、〝例の男が人混みを好まない故の道なりだ〟そうなんだ。ていうかなんでそんな事書き込むのよ」

探せばちらほらと、一口メモ的な文字が隅に記されている。無駄な知識だ。

「信憑性はあるのかな。

〝地図を見て歩けば自覚なく着く〟ホントなの?」

指で地図の道をなぞり、今いる場所と照らし合わせた。

「うん、ん?

うそ、もしかして..うそ」

都合が良いと言われても文句よ言えない偶然が生じた。一応は必然と言っておきたいが。


「着いてる..」

目的地と定められていた場所に、人に無駄に出会う事なく、感覚で捉えられないほど無意識的に早く到着してしまった。見覚え無い古びた建物の前だ。

「でもなんだろここ、工場?

いや、昔工場だったのかな。」

金属の重厚な扉が平然と開いている為中が筒抜けているのだが、厳つい機械に太い金属のパイプ、何かを製造する施設のようだが機械のどれも稼働している様子は見られないためそこは廃工場、または工場跡地と断定した。

「お邪魔します..。」

おそるおそる中へ入るとやはり現役の様子は無く、機械も止まっていた。鉄っぽい古びた臭いの他には僅かにゴウンゴウンと鈍い音が鳴るくらいだろうか。

「何処から鳴ってる音なのこれ?」

小ぶりな建物の割に以外に中は広く、車の整備が余裕で行える程の面積を誇っていた。

「薄暗..これから昼になる筈よね?」

朝を夜に変える程の道を警戒しつつ歩いていくと、奥の方で音が聞こえる。

常に聞こえ続けているものとは違い、何かを削り、刃物が鋭くチリチリと擦れる音。音源と見られる場所に近付いていくと、人型の後ろ姿が手元を隠し何やら作業を行なっていた。


「作業員..さん?」「.......」

返事が無い。暗さで服装を把握出来ないが、普通の者が居るのも不自然だ。

「あの〜すいません。」「……」

作業に夢中で気付いていない。

「すいません、聞いてますか?」

丸ノコの振動音で遮られ、声が届かない。ならばと思い切り声を上げ

「あのっ!

聞いてますでしょうかぁ〜!!」

捻り出した。


「..あん!?

何か用か、てか誰だいつからいた!」

迷惑そうにこちらを振り向き声を上げる。その間も腕は休まずにノコを動かし続けている。

「妻鹿似さんの、紹介で来ました!

携帯が壊れちゃって、直してくれる人を探していたら地図を描いてくれて」

「妻鹿似が地図を描いたぁ?」

「はい、これ!」

道筋の記された紙を顔の前へ広げる。

男は目を細めながら暫く眺め、面倒そうに息を吐いた。

「嘘じゃねぇみたいだな、今電気を点けてやるよ。..ったく、あの野郎勝手なことしやがって」

妻鹿似を存じているような口調で態度を少し変えながら話す。知り合いというのは正しいようだ、男はゆっくりと身体を上げ壁から生え白いレバーを下ろした。真っ暗だった場所は明るく照らされ、辺りを見渡せる程になった。


「で、何して欲しいんだよ?」

「え..あ、これです。」

ポケットから破損したスマホを取り出し、手渡す。

「携帯か、画面は割れてねぇみたいだが問題は中身ってワケか」

幾度かスマホを弄り動作を確認し、破損を明確に把握する。

「ちょいと中イジってみるか」

直前まで動かし続けていた足元の丸ノコを蹴り飛ばしスペースを作る。空いたスペースに薄い布を敷き、その上に預かったスマホを置く。

「こういうときに使えんのは..ピンセットか?」

両手の人差し指がピンセットに変わる

対象に合った形状を模しているのだ。

「ひっ!」

「なに今更声あげてんだよ。初めてじゃねぇだろこういうの?

この街にいるんならしょっ中だろが」

指先が道具に変わる事が普通だと認識しろという一喝を受けた。ここに来て己の常識を大きく捻じ曲げるとは思わなかったが、一先ずそれを受け入れ気を紛らす為辺りを見渡した。

「……」

一応は工場らしき施設、彼よりおかしなものがあれば均一が取れるのだが。

「ん?」

建物の角隅、男が作業する箇所の少し横端に画面が割られ、打ち捨てられたテレビが転がっていた。


「あの、おじさん」

「おじさんじゃねぇ軼波凪スパナだ。でも気安く呼ぶなよ」

「あのテレビは何ですか?」

「なんだ無視かよ、テレビ..?

あの割れてる奴か。オレが期待はせてみてた素人の出る番組があってよ、初めはまだ良かったんだが最近路線変更なのか出てる素人どもがくだらねぇユニット組み出して、いつのまにか三流アイドル番組になってやがったからぶん投げてやったんだよ。」

素人と銘打っておきながら出てくるのはセミプロばかりで見え見えの野心を剥き出しに無垢な振りをして画面に映る、嘘の踊り子のダンスは何よりも下手だ、見るに耐えない。

「まぁだいぶ初めから白々しかったんだけどな」

「八つ当たりじゃん。」

妻鹿似ならどうしていただろうか、恐らく彼なら〝見ない〟という選択肢を取るだろう。情報として認識しなければ存在していないのと同義だという事を知っている筈なのだ。

「ほら、できたぞ」「はやっ!」

「バッテリーに以上は無ぇ、中の部品を少し触ったら元通りだ。」

動作を確認すると以前の活気が戻り、

スラスラと画面が動くようになっていた。

「解決したんなら帰れ、他人がいると落ち着かねぇんだよ」

「はい..」 「なんだよまだあんのか」

本分は解決したが、まだ重要な問題が残っていた。


「その、お金は..?」

機械物の修理は予想以上に踏んくられる、腕が良いと特に高い印象が強い。

美容師と同じで値段を高めに設定して己の腕も高く見えるように錯覚させているのだ。

「いらねぇよ!」「えっ!?」

「オレは趣味で機械イジってんだ商売じゃねぇんだよ。それともあれか?

私のスマホは値段を払う程の価値が有ると思ってんのか?」

やはりハッタリでは無いようで金銭を要求しては来ない。代わりに陳腐な屁理屈を吐いてきた。

「わかったらとっとと帰れ、もう余り来んなよ。知り合いになりたくねぇから」

用も済み最早残る意味は無いので帰るのみなのだが、念の為彼女には聞いてみたい事があった。


「あの..」

「なんだよ、多いなお前用が。」

「直接的にはあんまり関係無いんですけど、貴方は何のツクモノですか?」

「聞いてどうするんだんな事」

「いえ、嫌なら別に..」

「どうせ言わなかったらまた聞きにくんだろ、めんどくせぇよ。答えてやるよ、工具だ工具。オレは工具のツクモノだよ!」

ペンチやスパナ、ハンマーなど総てを集約してのツクモノだと言う。ツクモガミへの執着は無く、趣味を愉しむ為だけに力を使っている。そういったところが妻鹿似の目に止まったのだろう

「工具ですか。」

「そうだよ、満足かこれで」

「..ピンセットって、実験器具ですよね?」

「うるせぇ細けぇこと言うな!

さっさと帰ってアイツのまじぃ飯でも食ってろ!!」

「はい、すいませんっ!

携帯治してくれてありがとう御座いました!」

深く頭を下げて礼を言い、そそくさと去っていった。

「ったく、生意気な女だぜ!

あの野郎厄介なもん家に招き入れたな。..オレはひっそりとこの工房で機械と遊んでてぇのによ」

そもそも暗いところに篭っているのは外に出ると喧嘩を売られるからであり、隠れ家で他者と会うなどあってはならない事と考えている。しかし妻鹿似がそれを無視して人を平気で寄越す事も知っている為逃げ場が無いことも把握はしている。

「ホントに迷惑な野郎だよな、あいつぁよ!」

文句を言いつつ再び男は機械を弄る。

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