第5話 オモイツキノミセカケ

祭りが開催している訳でも無しに、声高らかに吠えたけ密集し犇めく町の中心街。住人は慣れている為か文句ひとつ付けないが、中には不満を炸裂し、いかる輩もいるものだ。

「はぁ、暑っ!

なんでこんな人多いワケ、つーか今日平日っしょ?」

褐色の肌に霞んだ金色の髪を巻いた女が学校の制服を着て街に難癖を付けている、平日の太陽の下で。

「みんなして外歩いてんのマジウケんだけど、なんかしろし!」

謎の抱腹絶倒スイッチをオンにして街行く人々を見定める。ただ歩いてる訳ではなく、なんかしていたのだ。


「中心街なら腕の立つヤツがいるとか思ったけど大した事ないじゃん。しらみつぶしに潰していくしかねぇの?」

すれ違う顔を確認しては落胆し、肩を落としては足を動かす。照りつける太陽に睨まれながら品を物色し続ける。

「100人組手なんてゴメンだからさ、

強めのヤツ何人かで済ましたいんだよねー!」


「おい、お前さっきからベラベラ何言ってる?」

「え、何急に怖っ」

派手な装いの女が街の真ん中ではしゃいでいればそれは当然目に留まる。

「オッさんナンパ?

人求めてんのはコッチなんだけど」

「何故求めてる?

制服着てるって事は学生だろう、学校には行かないのか」

「根掘り葉掘り聞くなよキモいな。

だから若もんに嫌われんだよジジイ」

一人称乱雑に変わった事で、大人を嫌った事が分かる。また一人味方が減った瞬間だ。

「私は何者かと聞いているだけだ、ふかく探るつもりは無い。」

何者かと問いている時点で探り尽くしている事に気付いていない男が必死に弁明しているが、根本からのいやしい感覚なので拭いようが無い。そういったときは不本意だが、いつも若者側が折れ、場を収束させる。


「何者かって、決まってんじゃん。

未来の、ツクモガミちゃんでーす♪」


「..正気かお前?」

街人達の顔が一変し、警戒、敵対といった感情だけが表へ突出する。

「冗談で言う訳ねぇっしょ。

マジもいいとこ所沢だわ和田工業」

ギャル語にしてはオヤジ臭がするが彼等はニュアンスで生きている。言葉の意味など気にするべきではない糸口水産がんもどき。

「覚悟しろ派手女、知らないようだがこの街でそれは全員を敵を回す言葉だ。浅はかだったな」

「うそマジー!

どっち、所沢? 和田工業?」

「ふざけてるのか、常識も知らねぇままくたばっちまえよ!」

ツクモノと化した街人が新参者を追い出す勢いで飛び掛かる。

「うん、まぁ足しにはなっかな?」

不本意ではあるが、ここから多少のツクモノ映えに耽る。


息する場所が違えば振る舞いも変わり

「妻鹿似さん、何してるんですか?」

テレビにがっぷり齧り付き、まるで声を耳に通さない。

「妻鹿似さーん、ご飯冷めちゃいますよー。って作ったの私じゃないんだけどね」

『今日の運勢第一位は、水瓶座のあなた。素敵な絵を眺めると更に運気が高まるでしょう。』

「うお、一位ですか!」

「うそ占い?

そういうの信じるタチですか。」

「ええ、つい境遇から神秘的なものを感じてしまうんですよね..。」

子供の玩具として自らが金属を加工し、音声などのギミックを搭載された人工物の為、根拠の無い予言的な屁理屈に思いを馳せて信じ込んでしまう傾向にあるようだ。

「ていうか星座とかあるんですね。」

「ええ、某の製造された日から算出しました。」

「..悲しい事言わないでくれますか?

なんか嫌だよ、その感じ。」

彼の母親は工場で、ゴツめの機械が介助して誕生した。お陰で感情や表情の薄い、強い子に育ちました。

「学校は如何ですか?」

「本気で聞いてます、それ?」

言わずもがなレビューは低評価、星など付ける訳が無い。

「仕方ありませんよ、この街は圧倒的にツクモノ達の人口が多い。否が応にも関わるのは必然です。某もツクモノですしね。」

「まぁそうだけど..。」

味噌汁を啜りながら不満げにぼやく。

「見かけによらないなどとも言いますし、中にはいるかもしれませんよ。良心のある物も」

「いるかなぁ?」

「どうでしょう、ですが一見近寄りがたいものほど頼りになるかもしれません。某は無視しますがね」

「近い人が一番冷徹だ。」

外見を取り繕うものは脆く剥がれやすい。纏ったものが無くなった後の内側の部分は硬いがその分傷つきやすい。

見かけで判断するという事は、鎧を壊し、内側を見る必要性がそもそも無いという事だ。


中には内側を覗く前に、力を無くしてしまうものもいる。

「話にならねぇっ!」

ツクモノの山に腰をかけあぐらをかいた今どきギャルが退屈そうに溜息を吐いて顔をしかめる。

「こんなもん取り込む気にもならねぇし、バカにしてんの!?」

「調子に..乗るなぁっ...!」

「乗ってねぇし、てか本気出してねぇし、調子乗んなよ?」

虚勢を張ると男は女の尻の下で気を失った。

「あぁ〜もうムカついた、ガッコ行くべ。あそこの方がまだ逸材いってしょ〜、つってもシケてんだけどね」

悪口とイラ立ちが止まらない不機嫌に巻き込まれる周囲もなかなか酷ではあるが、ギャルはゴキブリ並みに生命力が高い。湧くとなかなか倒れぬ厄介なものなのだ。

「さて行きますか!

春風 キララ、参ります!

..ってやっぱこのアイドルみてぇな名前、しんどいわ。変えてぇ〜。」

キララの母親の名前は春風 ふわりだ

文字通りキラキラしている。

「学校嫌い!」

声を大に学校嫌いを公言するややキラキラの美禄も嫌々学校にへと足を運ぶ

「誰か行かなくていいよって言ってくれないかな。」

ランダムに割り当てられたクラスに入り、仲を深める。謂わばポジティブな刑務所のような場所でどうやって笑えというのだろうか。それもよりによって化け物ばかりのモンスターハウスだ、気の合うものなど見当たる筈も無い。


「せめて人間がいて欲しいな。まだ言葉に慣れないけど、ツクモノ..?

なら別に妻鹿似さんだけでいいし。」

心を完全に開いている訳ではないが、

見ず知らずの連中よりは味方という意識が強い。安心感として取り敢えず、一目置いている。

「でも逃げ場なんかないんだよなぁ、家近いんだもん。すぐ校門の前だよ」

ギリギリに家を出ても軽く到着する立地ゆえ小回りも効かない。真っ直ぐ歩けば即ゴール、隙が無さすぎる。

「仕方ない、登校しよう..」

門をくぐろうとしたその直後、甲高い声が鼓膜を震わせ動きを止めた。


「あっれギリセーフ〜?

やっりー遅刻免れピースじゃん!」

「うっ、ギャル!?」

「おっすーアンタもギリ着地?

間に合って良かったじゃん、バイ!」

「あ、バイ..。」

大の苦手の筈のギャルだが街で会った誰よりも人間味があった。焦燥しきった身体に少しだけ暖かい熱が戻り、安心を肌で感じた。

「あんな子いたんだ..」

〝教室に行ってみよう〟と素直に足を動かしてみる。まともなものがいるかもしれないと信じ。

「...よし!」

数分後、思いは砕かれた。


「みんな、おはよう..」

教室の扉を開けてすぐ目に飛び込んできたのは火吹きのツクモノ小僧がバットの両の先端に火を点け上半身裸でそれを振り回して踊っている姿。それを誰も止めようとせず、バックを固めるように何人かが共に踊り、教室中は何故か花吹雪まみれ。残る生徒は談笑するなり騒ぐなり自由に振舞っている。

「なにコレ?」


「驚いたか。」「うわっ!」

振り返ると立っていたのは担任の女。

「奴等は少々やんちゃでな、ワタシも手をそこそこ焼いている。」

「注意しないんですか?」「するよ」

まるで中身の無い会話をした後お互いに教室の中へ。

「席につけお前ら、おかしなダンスを繰り広げるなハロウィンの馬鹿か?」

「あんなのと一緒にしないで下さい」

「殆ど同じだぞお前、面白くないし」

「面白くはあるだろ!」

「いや、ないぞ。

箱庭的おふざけは外では機能せん」

クラスの人気者は教室を出たら嫌われ者、味方が他にいないのだから。

「ちぇーやっぱ面白くねぇのかコレ、将来芸人になろうと思ってたのによ」

「一番危険だぞ、やめとけ。

恥ずかしい事になるぞ」

クラスの一軍の〝お前面白いから芸人になれよ〟というやり取り程寒気を帯びるものは無い。

「静まったな、よしそれじゃあ..」


「ちーす!

悪りぃちょい遅れた〜」

悪びれる素振りなく金髪ギャルがご挨拶。やはりギャル語が少し古い。

「春風..お前学校に来たのか!?」

「そりゃ来るっしょ、学生だよウチ、何に見えてんの?」

漸く静まった教室は再び騒めいた。

〝ギャルが学校に来た〟という理由で

「なんなのこのクラス。」

「まさかお前が来るとな、驚きだ」

「は、誰アンタ?

いたっけこんなモブフェイス」

「モ..なんだと」

そこそこに威厳のある生徒をモブ呼ばわり、イケメン以外はゴミに見えているのだろう。かといって度の過ぎたイケメンは浮気するなどとくだらん事を言うので特定の対象など彼女らには存在しないのだろうが。

「これも人間がもたらした事か..」

「人間?

何いってんのアイツ」

「おおそうだ、忘れていた。

春風、新しい仲間、人間の美禄だ」

「人間って言わなくてもいいのに..」

正義感の強いものほど余計な事を言う。恐ろしいのは本人に自覚が無い事だ、タチが悪い。

「へぇ〜アンタ人間なんだ。

珍しいじゃん..って朝門の前にいたコじゃん、マジかよ!」

面と向かって始めて気付いた。つくづく人間っぽい彼女の振る舞いに、ほっこりと身体が温まる。

「どーりでトゲが無いと思ったわ。この学校ヤバめの変態ばっかだから気をつけなよ、ってももう遅いか!」

「えっ?

あ、うん、気をつけます..。」

この街に来て、妻鹿似以外のものに始めて心配というものをされた。言葉は大したものではないが、何だか新鮮で有り難かった。

「何、素直に聞くワケ?

かわいいじゃん。」

「人間にまで手を出すつもりか?」

「うるせぇなが首スケコマシ、お前と一緒にすんじゃねぇよ。」

投げ込むヤジに文句を返す。首を伸ばすツクモノとは仲が悪いようだ。

それにしても人間に〝まで〟とは..?

「只のギャルならいいんだけどな。」


カナモノ町 中心街

「なんですかこれは?」

町のど真ん中に、人で出来た三角の建造物が聳え、道を塞いでいる。

「これではスーパーに行けませんね」

すっかり主夫化したようで、毎日のようにスーパーに行き、美禄の夕食を作るようになっている。一人で暮らしていた時も自炊はしていたが、今やもう在り方が完全に親だ。

「見たところ、全員ツクモノですね。

また誰かが暴れ回ったのですか」

「うう..」「どうされました?」

ピラミッドの一部となったツクモノのひとつが必死にか細く声を上げ、こちらを見ている。妻鹿似がじっとそれを見つめると、一人でに話し始めた。

「..助けてくれ、俺たち動けねぇんだ。挟まっちまってよ、抜いてくれ」


「助けてくれですか。

ふむ..難しい話ですね、その状態で抜け出せないとなると隙間無く組み込まれていると思うのです。となると脱出は困難です。それによく見ると何人かの肩が欠片ほど破損している、がっちりと固定する為でしょうか?」

叩きのめした末に偶然できたものではなく、意図的に健立された痕跡がある

「だったらなんだ!

俺たちを見捨てるってのかよ!」

「見捨てるのではありませんよ。

構造上不可能なのです」

建て方を知るものでなければ、解体する事は出来ない。建設の経験が有ればまたやり様もあるだろうが妻鹿似はずぶの素人、手立てが無い。

「薄情もんが!

どうなってもいいってのかよ!」

「今初めて会った貴方がたに揺れる情などありませんよ。..とは言っても放っておく訳にもいきませんね、夕飯の支度が出来ない。」

昼前にスーパーに行き、食材を買い込んで夕飯に備える。今日も早めに家を出たのだがこのままでは店に着く前に日が暮れてしまう。


「仕方ない、手を貸しましょう」

「本当か!?

何をしてくれんだ!」

「言葉の通りです。

手を、貸すのですよ?」

右の掌を、左腕の突起にスライドさせる。突起は強く光り、腕を包み形状を変化させる。

「ショット・ギア」

ヤンキーの親玉から取り戻した一つ目のパーツ、銃型のアイテムを解放した

「ショ、ショットガン!?

何するつもりだよそんなもんで!!」

「..あぁ、申し訳御座いません。

これじゃありませんね、よっと...

〝タイプ・ガトリング〟!」

腕はスマートなショットガンから更に、回転式のガトリング砲へと形状を変えた。

「では行きますよ?」

「馬鹿、そういうことじゃ..!」

装填された銃弾が言葉を待たずに放たれる。ピラミッドは無残に崩れ、ツクモノ達な粉々に砕け散る。漸くこれで未来への一歩が開かれる事になる。

「ふぅっ..。

誰の仕業かは知りませんが、後片付けまでこなして欲しいものです。けれどもこれで先へ進めます。良しとしましょうか、今回くらいはね。」

道さえ開けてしまったならば、あとはもう献立で頭がいっぱいだ。今夜の飯は一層腕を振るった仕上がりとなるだろう。


とは言っても世界は昼時、一度休息を取り後半戦に備えるインターバル期間

学校という場ではこの間、昼休みという長く無駄な時間が流れ続けている。

「お弁当の時間か」

小さい包を軽く持ち、机に乗せる。

「妻鹿似さんが作ってくれてるんだよな、これ。あの人いつ寝てるんだろ」

布を広げて箱を開けると、日常の昼食にも関わらず、運動会レベルのクオリティに仕上げたおかずが姿を現した。

「友達いなくて良かった、豪華過ぎて注目浴びるもん。文句付けるつもりは無いけど」

学生の弁当だと甘い視点では決して作らない。ウインナー一つとっても必ずなんらかのカスタムを施す。今日はタコだが昨日はカニの形を模していた。

「普通のタコか、安心だ。

タラバガニじゃないね、タカアシガニって言うんだっけ?」

〝弁当は己の世界〟いかに想像を創造できるか試される未知なる箱だ。妻鹿似は良くそう言っていた。

「想像を創造って..ダジャレじゃん」

意図して言ったとしても彼は偶然だと言い張るだろう。

「まぁいいや、いただきます」


「へぇ、人間は一人で飯を頂くものなのか。」

「うわっ!」

突如現れしモブフェイス、知らぬ間に眼前に座っていた。

「さっき啖呵を切っていたヤンキー..ていうか私のときも突っかかってきたわよね。」

〝俺はどこにも属さない〟と教室中を徘徊し、属せそうな場所を探している見せかけ一匹狼が、敢えてつるまない孤高の獅子に牙を剥いている。集団は苦手だけど相手してほしい感じはどちらかというと猫のそれに近い。

「それはお前が人間だからだ、只のツクモノならば相手はしねぇよ。」

「へぇ..」

余程人間が珍しいのか、そちらが希少なのだということは敢えて言わずに受け流し留めた。

「そういえばさっき、気になる事言ってたよね?」

「何の話だ」「人に手を出すとかさ」

〝人間〟というワードから記憶を辿り、彼が言っていた意味深な言葉の意味を問いかけた。

「あのギャル女の事か」「そうそれ」

「アイツはツクモノを見かけたら、誰かれ構わず喧嘩を売りやがる。」

「そうなんだ」

柔和であまり物騒な雰囲気は見られなかった為に武闘派のイメージは見られなかったが、思ったよりも中身はギャル仕様なのだと理解した。

「なんで喧嘩なんてするの?」

「お前もこの街にいるなら知っているだろ、アイツはツクモガミを目指しているんだよ」

「ツクモガミ..」

妻鹿似から聞かされた。

100年月日を重ねるか、多くのツクモノを破壊して吸収し、100年分の力を蓄えて成り上がる事でなる事の出来る存在。

「基本的にツクモノってのはそういうものだ、俺も喧嘩を売る事はある。だがアイツはそれを急ぎ過ぎてる。今じゃそこらのザコは相手にせず無視する始末だ。」

「私そんなに強くないよ?」

「ツクモノでは無いから当たり前だ。

強くなくてもアイツなら、飽き足らずに人間にまで手を出す可能性があるって事だ。」

誰かれ構わず根絶やしにという発想が暴走してもおかしくないという意味合いらしい。

「そんなに乱暴な感じには見えないんだけど」

「甘く見るなよ!!」 「ひっ!」

机を強く叩き怒声を上げる。

乱暴な振る舞いを間近で今、体現している。

「ツクモノに心優しい奴などいねぇ、この街の連中はみんなそうだ!

たとえ身近で親しくても信頼なんてするな、常に警戒して疑い続けろ!!」

俺たちは人とは違うと強い主張、言っても人間というのも大した生き物ではないのだが。

「なんなのよ..?」

男は言うだけいうと去っていった。残された女は剥き出しの弁当を眺め、思いに耽る。


「そりゃ愛情は無いかもしれないけど、これだけ美味しいんだよ?」

人物像は掴めなくとも飯の味に嘘は無い。絶品の二文字に違いない。

「そういえばあのギャルどこいったんだろ、悪い人に見えないんだよなぁ」

酸っぱくいくらいわれても彼女への印象は変わらず、話もにわかに信じ難かった。むしろ好きだった。


またもやカナモノ町中心街

「ダリー..結局エスケープだわ。

やっぱ向かねぇわガッコ、つまんね」

座って授業より踊りにクラブに行く事に慣れている彼女にとっておじさんの話を静かに聞くなど拷問にしかならず、終わりを待たずに切り上げて町へ繰り出し自由を得た。

「何にも収穫なかったわ〜、こんなんでホントにツクモガミになんてなれんかウチは。」

学生鞄をグルグルと振り回し人気の無い街道を堂々と闊歩する。

「やっぱ歩きやすいわー、人少ないと楽だよねマジで。

結構ブッ倒してやったからな、暫く外なんて出ないっしょ〜!

今頃アイツら苦しみながらみんなして..あれ?」

ご機嫌で今朝の場所へ向かうと、そこは大きな変化が伴っていた。


「ピラミッドないじゃん、マジ!?」

建てた自慢の建造物が、更地と化していたのだ。

「ウッソ誰崩したの!

こだわって作ったのにさぁ!」

殆どのものは恐れて家に閉じこもり出てこない。となればしらみ潰しに家を回るしかない。

「覚悟して貰うよ?

出てこないなら叩きに行くかんね!」

喝を入れ端から尋ねて行こうと腕を回して気合いを入れる。さて行くかと一歩踏み出したその矢先、前方から人影がこちらに向かって迫るのが見えた。

「なんだあれ..誰?」

黒い暑苦しい服装で両脇にパンパンのレジ袋を抱える男。何やら愉しげに薄く鼻歌を歌っている。


「もしかしてあいつ、買い物帰り?」

「まさかここまで野菜が安いとは、破格も破格、驚嘆致しますね。鍋にもサラダにも使えます、文字通りスーパーといったところでしょうか?」

野菜の豊作に胸を高ぶらせ意気揚々とかつてピラミッドのあった場所、そして金髪ギャルの脇を通り過ぎる。

「美禄さんは何がお好みでしょうね。

やはりサラダでしょうか?」


「ちょっと待てっ!!」 「..はい?」

完全なるアウトオブ眼中、街を歩いて無視どころか見向きもされなかった事など今まで一度として無かった。

「何外歩いてんの?」

「何でと言われましてもね、買い物の帰りなのですよ。」

外の脅威より己の都合、袋から飛び出すネギがそれを物語っている。

「もうラチがあかねぇし!

関係ねぇとは思うけどさ、聞いてみるわ。ウチが朝ここにピラミッド作ったんだけど三角のやつ、それが無くなっててさぁ、アンタ知らないよね?」

「あぁ、あの良くできた建造物ですか。そういえばありましたねぇ..。」


「え、ウソ!

アンタ何か知ってんの?」

「知っていますよ、道を塞いでいた大きな三角の建物ですよね?」

「そうそう、あの大きな奴!」

「酷く目障りだったので某が直々に破壊しました。」

「...は?」 「破壊しました。」

攻撃性の高い即答レスポンス、沸点の低い春風キララには耐え難い屈辱の返答と態度。

「それでは、夕飯の支度がありますのでこれにて..」

「待てよコラっ!」

立ち去ろうとする男の元に怒声と共に、不出来な四足歩行が飛び掛かる。

「なんです?」

四本足の獣は雄叫びを上げ、牙を剥く

「ウチが描いた犬っころだけど!」

喚く獣を犬と言い張るも判断が難しい、一目見て犬と呼ぶにはそれは、なんというか〝いびつ〟なフォルムをしていた。

「描いた?

生き物を描けるのですか、これが犬」

「何か悪いの、どうせアンタも人じゃないんしょ?

だったら先に教えてやるよ。ウチはね〝らくがき〟のツクモノ、描いたもんを具現化できて生み出せる。」

「ピラミッドもそうして描き出せば良かったではないですか」

「マジで言ってんの?

そしたらあれだけの数ブッ倒した意味ないじゃん!」

あくまでも力の誇示は怠らないと、嫌な奴を殴った理由わけが無くなってしまう、そんな理屈だ。


「すみませんこの獣噛んで来るのですが、不快でなりません。」

「当たり前っしょ?

だって犬だもん、そりゃ噛むわ!」

絵が絵なら、在り方もそのままだ。

「只の雑な絵だと思わないでね♪

ダーティー・ペイント!!」

おかしな片仮名を叫んだかと思うと人差し指を小刻みに動かし床や周りの空間に絵を描き始めた。

「ゾウに、コンドル、ライオン行くか

アニマル大行進っしょ!」

犬同様いびつなフォルムの動物達が一斉に猛進する。勿論力は実物再現だ。


「厄介ですねぇ..最近は動物虐待などと特にうるさいというのに。」

気の進まぬ顔で左腕の突起に触れる。

「ショット・ギア タイプスリープ」

銃型ウェポンを使用し、左腕を強化。

パイプの様なボディに銃口の広いタイプに変形する。

「アッハッハ!

とか言って撃ち殺す訳?ウケる‼︎」

「それなら簡単なのですが..」

先陣を切って飛び掛かるライオンに砲撃をかます。銃口から飛び出した黒く大きな弾はライオンの顔の先端に着弾すると音を立てて破裂し、白い霧を噴射する。それをモロに受けたライオンはその場に落ち、大きく鼻を鳴らす。

「イビキかいてんの!?

麻酔銃じゃんアンタいいヤツかよ!」

「都合の良いものですよね。

..お子さんはどうやってこれで遊ぶのでしょうかね。」

ライオンに続きコンドル、ゾウ、犬にも忘れずにスリープ弾を放つ。街でほぼアフリカの一部が完成している、周りに人がいなくて何よりである。

「さて、もう宜しいですか?

某は家に帰らなければなりません。」

しっかりと後の戦闘を見越して隅に避けていたスーパーの袋を再度両手に持ち、家の方向へと身体を向ける。


「それでは、さようなら」

「..別にいいけどさ、後ろ気をつけなよ。ゾウが雄叫び上げてるよ?」

「..なに?」

麻酔銃で眠った筈のゾウが、妻鹿似の背後で大きくシャウトして起き上がる

「もしかすっと寝たとか思った?

これだけデカイんだからさ、同じ量で寝る訳ないトーテムポールじゃね?」

寝る訳ナイトプールでいい筈だがやはり表現が独特だ。ギャルに慣れていないのかもしれない。


「注射の針が通らないと聞きますしね、直接的には関係ありませんが」

「ドジったね、アンタ!

踏み潰されるよねぇ、どうすんの?」

巨躯を支える前足の一本が、頭上から降り落ちようしている。妻鹿似は諦めたのか微動だにしない。

「ということは寝たフリをしていたということでしょうか、器用ですね。」

「関心してる場合かよ!

もういいよ、踏まれて砕けちまえ!」

ゾウの脚が完全に妻鹿似を踏みつける。鈍い重低音が、地面に響いた。


「………何だよ、ホントに死んでんじゃん。あっけな!てかつまんな!」

煽りに煽って期待を込めたが抵抗するやもなくゾウに一撃されたサマに冷めた目を向け心より蔑む。

「なんだよ〜!

学校早退しても収穫なしってありえないっしょ、マジでつまんねこの世界」

場所を移して娯楽を求めたようだがそれがそもそもの間違いだ。世界は元々つまらないものなのだ。

「学校に通っているのですか?

という事は、美禄さんの知り合いか」

「あん?」

脚で栓をされためり込む地面から微かに声がする。

「何か言ったー?」「言いましたよ」

返事が聞こえると、ゾウの身体が揺れ傾き、前脚が僅かに宙に浮く。よく目を凝らすとゾウの脚は、小さな一本の腕によって下から持ち上げられていた

「うっそ、潰れてないじゃん!」

「..私は子供の玩具でしてね、当時の商品の触れ込みをご存知ですか?

〝象に踏まれても壊れない〟ですよ」

当時はまだ、表記に誤りが一切無かった時代だ。素晴らしき技術社会。

「なんだよ、元気じゃん♪」

「おかげさまで。」


「ならもうソイツいらんくね?」

妻鹿似を足蹴にしていたゾウが水のように弾けて消える。所詮は落書きという事か。

「ビックリしたっしょ、指を鳴らすと勝手に消える。そういうシステムになってんだわ、キモくね?」

「..まぁともかく、食材が無事で何よりですよ。」

何とも言えないので、適度に話をスライドさせてごまかしを利かす。

「ていうかアンタ強いよね、気に入ったわ。今のとこ武器っていえば、その腕にくっついた鉄砲だよね。」

「気に入られても迷惑なのですが、家に帰らせていただけませんか?」


「ちょっと待って!」

「ですから家に...困りましたね」

聞く耳を持たず腕を組み何やら熟孝し始める。

「あっ、ならさ!

撃ち合いしようよウチとさ!」

「イヤです」「決まり、待ってて!」

提案を思い付くと、返事を待たずに絵の作成に入る。

「よし出来た!

マシンガンなんてこんなもんでしょ」

見様見真似で兵器を製作し、構える。本人は撃ち合いとやらをやる気満々だ

「ほら、行くよほら!」

「何を張り切っているんですか..。

仕方ありませんね、一度だけですよ?

ショット・ギア タイプガトリング」

渋々左腕を連射可能な形態に変化させ、ブレザーと機関銃に向ける。

「よっしゃ、せーの!でぃっ!」

同時に銃を撃ち鳴らす、日中の銃撃戦。よく街の警察が出動しないものだ

「おらおらおらおら〜!」「………」

激しく撃ち合い弾を落とし合う。どちらも偶像物の為上限は無いが、交戦は続く。この場合おそらく、単純な体力勝負に持ち込む形になるだろう。


「……。」 「.........」

徐々に口数が減っていく、消耗しているのか気力が薄れていく。それでも尚交戦は続き、撃ち合いも随分と立った頃、声を上げそれを止めたのは勝負を持ちかけたキララの方だった。

「ちょっと待て!」 「.....はい?」

「どうされました?」

「わかってんだろ、アンタさ!」

妻鹿似の白々しい態度に多少のイラつきを覚えながら、撃たれながらも感じ続けた違和感を吐露する。

「なんでウチを一回も撃たないんだよ、弾はじくばっかりでさ!」

「..さぁ?」「マジとぼけんなよ。」

互角などでは無かった。撃とうと思えばいくらでも撃てた的を敢えて避け続け、マシンガンの弾を落とす事に徹していた。

「どういうつもりだてめぇ!!」

情けをかけられた事が腹立たして堪らない。強いものとわかって挑んでいる手前より屈辱なのだ。

「声を荒げないでください。

簡単な事です、貴方は制服を着用している、そして学校に通っていると言った。ならば美禄さんの同級生、またはクラスメイトだ。」


「美禄?

..あぁ、あの人間の子か。」

「そうでもなくとも学校に居る方、美禄さんと少なくとも関係するかもしれない方、彼女を任せられている某にとっては傷付けるべきでは無い相手だと判断致しました。」

ここで、漸く妻鹿似が美禄の側近なのだと理解した。

「もとい当然の事ながら、貴方に思い入れなど一切ありませんが。役割として言っているだけですよ?」

「聞く感じがなんか腹立つんだけど」

確実に何らかの形で自分を卑下しているという事も理解した。

「お判り頂けたでしょうか?」

「だからその感じやめろっての腹立つからさぁ!」

嫌気を与えればもう合わなくて済むだろうという思いつきの愚行だったがそこそこ効いている模様。好都合だ。

「さ、そうと分かれば最早戦う意味などありませんよね。これで正式に、家に帰る事が出来るようになりました」

「……仕方、ないかも。」

強者の一人として破壊しておきたいが

、相手に戦闘の意志が無い以上それはかなわない。止める理由も見つかりにくい為悔しいが、奴の去る背中を見送って手を振るしかなかった。

「あいつツクモガミじゃないよね?」

振る舞いや出で立ちからそこまでの連想をするに至ってまでいるがそこは安心していい。神と謳われる者が、極限まで膨らんだスーパーの袋を両脇に抱えて街を歩く事など絶対に無い。


「ウチも帰ろっかな、ちょい速いけど大丈夫しょ。あの母親ブッ飛んでやがるし!」

ディスりの対象は母親にまで及ぶ。嫌っている訳ではないが、彼女は基本的に映えかバズりにしか関心は無い。

全てがその為の材料、そして糧になる


「でもよく騙されるよねみんなしてさー、ウチの落書きただの絵だから殴りゃバシャンと消えんのにさ?

やっぱいきなりゾウとか出たら身構えっか、なら無理もねぇっしょ!」

己で疑問を創り己で解決する、ギャルは馬鹿だが悩みは少ない。それはひとえに彼女らが、解決力が高いからなのかも知れない。

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