第4話 ハジマルセイカツ

「なかなか綺麗ですね。」

水槽で泳ぐ広晶魚を眺め優美に佇む家の主、妻鹿似。

「よく水槽入りましたね、それ。

ていうか何食べるの?」

ヒレこそあるが、魚かどうかも微妙な生き物の主食は何なのだろう。単純な疑問だ。

「鉱物を食べるようですよ?

どうやら食する鉱物によって体の質を変化させるようなので、近くの宝石商に売り物にならない宝石を貰ってきました。突然岩になられても驚きますからね」

魚が宝石、贅沢なものだ。豚も真珠を好む時代だ、おかしくは無いが。

「これが宝石を粉にした餌です」

「うわぁ、勿体ない。」

「所詮売り物にはなりませんよ。そんな事よりいいんですか、遅れてしまいますよ?」

「あ、そうだった。」

今日は月曜日、誰しもに憂鬱が宿る日だ。彼女にとってもそれは例外では無く、不満を抱え、制服を正式に着て出掛ける用事がある。それも急かされ走らされ。

「いって来ます!」「お気をつけて」

荷物を持ち、慌てて家を出て行った。パンでも口に咥えていればおてんばの雰囲気も出るのだが。

「さて、僕も向かうとしましょうか。

〝性能〟を試しに..」

魚に餌をあげ、戸締りをして家を出る。基本的にはこうして留守にするのが日常となるだろう。

「この調子だと間に合うかな?」

学校は家から直ぐ、角を幾つか曲がれば辿り着く。急がなくても着くのだが今回ばかりは気が急いだ。

「今日からって事は私転校生だよね?

この時期ってどうなんだろ。」

夏に差し掛かる梅雨の時期、余り多くはないかもしれない。


「妻鹿似さんが段取りをしてくれたっていうけど、あの人携帯持ってないんだよな。どうやって連絡取り合ってるんだろ他の人と」

〝磁場が痛いから〟という理由で通信機器を携帯していない彼が、学校と連絡を取り合い速やかに生活を送れるようにしたらしいのだが、いかんせん不安が募る。興味のある事以外はおざなりな関心の男だ、己の事をちゃんと考えているのか。不安定な信頼が脳裏を彷徨う。

「着いた、近っ!

きいてはいたけど。」

白い塀の角を曲がればすぐ校門、立地は申し分無い。あとは中身だ。

「この後はええっと..職員室に行けっていってたっけ。」

朝、不快なペットの餌を作りながら言っていた事を思い出しながらウロウロと廊下を歩く。

「どこだろ、全然わかんないや。」

校内の通路を彷徨いながら首をキョロキョロと振り続けていると、急いで廊下を架ける長い髪の女を見つける。


「あ、ちょっとすみません。」

此方は向かって走る女に一声掛けるが相手は前を向いておらず、思い切り美禄の肩にぶつかり尻餅をついた。

「痛ったい!」「大丈夫ですか?」

「いやそっちこそ大丈夫か..て誰?」

「へ?」

手を差し伸べたら礼の前に聞かれる始末、こちらの台詞だと言う話だ。

「見慣れない顔だな、だがウチの制服だ。ワタシはここの学校の教師で全てのクラス、学年の生徒の顔と名前を把握しているが君のような顔は見た事が無い、何者だ?」

理詰めの言葉責め。

自分の記憶力と能力に自信を持ち、正面から問い掛けてくる。こちらが間違っているのかと錯覚してしまいそうな勢いだがやましい事は何も無い。冷静に、丁寧に答える。

「今日から、この学校に来ました!

..職員室はどこですか?」

「今日から..あ、君が聞いてた転校生か。いいよ職員室行かなくて、ワタシ担任だし。」

「担任の先生?」「そうだ。」

行く手間は省けたが目の前の女が担任だというのか受け入れ難い。嫌な奴では無いとはっきりわかるが何やら、面倒な匂いがしてならない。


「改めて担任の掘志智 陽子だ。」

「ボルシチ..」

予感は的中した。基本的に学園内で冷静沈着、頭脳明晰な長髪はヤバイ奴だ。その上特徴的な名前、確定だ。

「この季節に転校生など珍しいな!

だがワタシは仲間が増えて嬉しいぞ」


「なにこの人のメインキャラ感..」

「ん、何か言ったか?」

「いや、別に何も!」

下手に慣れた初対面の個性派教師に圧倒され、気を抜けばペースに陥り呑まれる勢いだ。このままではひょんなことからバレー部のエース、もしくは生徒会に招かれてしまう。

「ただでさえおかしな街なのに、特殊な学校生活なんて送りたくない!」

紫色の巻き髪女子と、わんぱく食いしん坊ショートカットと親友になる前に軌道修正を施す必要がある。

「私が一人で出来る事は..!」

せめて、印象に残らない簡素な自己紹介を行うこと。意識して普通をする事は何よりも難しいが、やるしか無い。


「さ、着いたぞ」教室の扉が開く。

「よし、やるぞ!」心で唱えた。


「皆んな席につけ、今日から皆の仲間になる子を紹介する。」

普通、普通の女子だ、それを心がける

「ん?

ちょっと待て、誰だ黒板焦がしたの」

「え..」黒板の一部が黒く燃えている

「へへへ!

悪りぃ先生、それ俺だ。」

「爆田 烈太か!

またなのか、教室で火は吐くなといった筈だぞ。」

「それがクシャミしちゃってよ、唾が黒板にかかっちまったんだよな!」

「え、え!?」

「いい加減にしろ、次は無いからな」

嫌な予感、いや最悪の予感。

「嘘つくなよ烈太。

面白そうだって自分からやったくせにさ?」

「あ、長首!

お前ズリィぞ、チクリやがったな!!

お前こそ頭伸ばしすぎなんだよ」

「頭じゃねぇ伸ばしてんのは首だ!」

「もういい!

治春、黒板キレイにしてくれ。」


「..はい...。」

静かで控えめな小柄な女の子が黒板の燃えた箇所に息を吹きかけると、焦げが消え、元の黒板の表面に戻った。

「有難う。

悪いな、騒がしくて。」

「いえ..」

それどころじゃ無かった。五月蝿い事などどうだっていい、他におかしな点は山ほど見受けられる。

「では改めて、新しい仲間を紹介する。転校生だ」

「転校生?

一体どんな子かしら」

「鼻のある奴ならいいんだが。」

「ふーん..面白いじゃん」

「かわいいな。」「..ふん。」

期待値高めの雰囲気、だが関係は無い。どれだけ印象に残らないか、それが勝負だ。目立つ必要性は無い。


「はじめまして、橘 美禄です!

よろしくお願いします。」

名前を言ったあと頭を下げる。凄く簡素だ、確実に印象には残らない。

「よし、それじゃあ橘は奥の空いてる席に...」

「ちょっと待ってくれよ」

「なんだ片桐?」

厳ついクラスの御意見番的ポジションが食ってかかる。成功だと思われた矢先に邪魔が入った。


「何してんのよアイツ..!」

迷惑極まりない事態だ。

「座れ片桐、何が不満だ?」

「気付かねぇのか先公よぉ、アイツはまだ大事なことを言ってねぇだろ?」

「大事なこと?

何のことだよ、それは。」

片桐は、教師ボルシチを素通りし、美禄に直接言葉を紡ぐ。

「なぁ転校生..お前一体何に憑いてんだよ?」

理解が出来なかった。後から考えれば、ここでの判断を見誤ったのは一目瞭然だったのだが、咄嗟では無理だったようだ。もう少し、頭を使えばわかった筈なのだ。


「何にも憑いてないよ?

私人間だもん!」

「今何て言った?」

「えっ、人間!?」「嘘だろ〜..?」

「そうか転校生、お前は人間だったのだな。道理で利口な訳だ」

「なん..だと!?

お前それ本気で言ってんのかよ!」

「うん、そうだよ?」

意識して普通をするのは難しい。

何故ならマトモな奴なんてどこを探していないからだ。一つも、一人も。


「話聞かせてくれよ、人間。

俺たち〝ツクモノ〟連中によ」

「え..あぁ、うん...。」

成功が全てでは無い、信じ難いが。


一方その頃

「ふむ、鉄板が粉々ですか。

中々ですね」

街の何処とも分からない野原で男は、鉄の板を虐めていた。

「さて、帰るとしましょうか。

..美禄さんは、きちんと馴染めているでしょうか?」

一応の身は案じている、あとはおざなりだ。果てしなく。

「今日は何を開拓しましょうかね。餃子でも作りましょうか。焼き..いや水か、スーパーに寄った方が良さそうですね。」

釣りという娯楽を破壊された故、以前から得意としていた料理を趣味に昇華させた。和のみであった展開も徐々に視野を広げている。

「ショー吉のエサもつくらないといけませんね、忙しそうです。」

広晶魚こうしょうぎょのショー吉、割と安易なネーミングだ。親しみを込めての命名だが、愛はそれ程深くない。これも娯楽の一つに過ぎない。


カナモノ学園・職員室

昼休みが訪れた学校の職員室に呼び出され担任と話をしているが、図ったかのように他の教師がいない。

「するってーとあれか?

お前には力も道具も無いって事だな」

「はい、人間なので。」

顔をしかめ、困難な表情を浮かべながら手帳らしきものに何やら書き記す。

「正直、ツクモノじゃない生徒はお前が初めてだ。区別するつもりは断じて無いが、勝手がわからん。余りワガママを言ってくれるなよ?」

他所とウチは違う。差別は無いが、遠慮もしない。割り切った態度をとるという意思表示だ。

「まぁいい、悪いのはお前では無い。歓迎しようではないか。参考までにワタシはこれだ」

そう言って先程何かを記した紙の束を一枚契り、指に挟んで揺らして見せた

「紙..ですか?」「見えてるかー」

視界にチラチラとそれが入っている事を確認すると、紙切れを小さく丸めて口の中へ放り投げた。

「あっ!」「案ずるな、わざとだ」

含んだ紙を何度か噛むと、ごくりと飲み込む。

「これでお前の情報は把握した、メモに書き起こせば一瞬だ。」

彼女はメモ帳のツクモノ、紙に書き起こした情報ならば取り込む事で全て暗記が出来る。メモでは無くとも雑誌の記事、写真など紙の媒体を保っていれば暗記可能だ。


「雑誌は写真は印刷ですけど..」

「自分じゃなくても、第三者が書いたり記録した物ならば問題は無い。さすがに動画や電子は無理だけどな。」

半ばパフォーマンスの要領で見せたものの校内ではほとんど全ての者が自然と無意識的に出すクセに近い行為のために酷く違和感と辱めを受ける。

「まぁこんな光景が日常的に見れるんだ、退屈はしないと思うぞ?

あとは慣れだな。人である事を受け入れ、理解しろ。じゃあな」

言うだけ言って用は済んだと部屋を出ていく。そもそも呼び出したのは相手の方なのだが。

「本来は私が普通の筈なんだけど..」

際立った特徴は無いはずなのに、ここに来て〝変わってる〟と言われるようになった。特に奇をてらいたい訳では無いので迷惑極まりないが、一度非凡と言われた者は凡人の世界へ戻る事は決して無い。安定したのどかな居場所を失うのだ。

「授業よりも場所についていけない」

正式に着用した制服を、脱ぎたくて仕方がなかった。

「取り敢えず放課後まで我慢ね」

不満や怒りを押し殺し、開放される刻を待ち、教室へ向かった。


「うん、美味しい。

水でもにんにくは良い仕事をしてくれますね。」

悩んだ末に水属性の餃子を選んだ。調理はすこぶる上手くいった様で、左手に米の入った茶碗を充てがう程だ。

「夕飯は何にしましょうか?

唐揚げ..うん、鶏の唐揚げにしましょう。生姜、残ってましたかね?」

鳥の在庫ではなく生姜の有無を気にする辺り、上級者の出で立ちを感じる。

「まぁ無いなら無いで、にんにくで賄うとしましょう。」

代替の策まで考えている。抜け目の無い調理者だ。味に隙が無い。

「ただいま!」 「おや?」

己の飯を自賛していると家の扉が聞き慣れた声と共に開く音がする。

「もうお帰りですか?」

「当たり前、これでも耐えたほう!」

「ほう?」

粗方検討は付いているがすっとぼけ、知らないフリで聞き返す。

「何あの学校なにあのクラス!!

人が一人もいないじゃない!

あそこで何を学べっていうの!?」


「..担任の方は国語の担当ですよね」

「その教師も人じゃないのよ!」

四面楚歌の八方塞がり、逃げ場も味方もいやしない。座学などしようものなら取って食われる、鬼の学び舎だ。


「それほど危険では無いと思いますよ?」

「どこが危険じゃないのよ、おかしな奴ばっかりなのよ?

口から火を吹いたり首伸ばしたり、ヤンキーだっているのよ!?」

「最後の方は普通じゃないですか。」

学校にヤンキー、相性の良すぎる組み合わせだ。限りなく日常に近い。

「ともかく危険なのよ!

奴らと違って私は普通の人間よ?」

〝彼等と私は違う〟

差別的な表現だが、身を安じての警戒を強めた意味合いの言葉だ。仕方ない

「具体的に何かされたのですか?」

「いや、されてはいないけど」

「なら大丈夫です。」

即決ドライ対応、感情を控えめに設定しております。妻鹿似は食事の後を片付けつつ言葉を続けた。

「クラスの者が皆ツクモノならば心配はいりません。基本的に彼等は人間を襲いませんからね。かえって身の危険ほ薄いでしょう」

ツクモノはツクモガミになるべく他のツクモノを壊して徳を得る。人に危害を加える事には一切のメリットを持たぬ為、行う必要がないのだ。稀に確認刺しのようなアクシデントもあるが殆ど被害に遭う事は無い。

「人間ばかりの場所にいるより安全だと思われます。餃子食べますか?」

作りすぎて余っていた餃子を勧めながら話を止める。残ると勿体ないので処理してくれれば幸いという思いが強い


「学校の事は知ってたの?」

「ええ、まぁ..狂三郎さんの意向でしたので。」

「またお父さん!?

言いなりなのね、お父さんの!」

「頼まれたのは事実ですしね。

そうでなければ初めて遭う人を家には入れないと思いますよ?」

「.....ううっ..!」

『もういい!』と家を出て行きたいが本気で行き場所が無い為踏み出す事が出来ない。よく聞けば間違いを言っている訳でも無い。

「私は寝ます、御飯が出来たら起こして下さい..。」

「まだ昼ですが、了解致しました。」

この頃にはもう〝人〟という字の成り立ちを覚えてはいなかった。

「びっくりするくらい眠いわ」

何故なら支え合う程の人数が居ないからだ。

「あの親父め、あいつも人間じゃないんじゃないのか?」

実の父親すら疑う始末。


カナモノ町・雑居ビル屋上

「嘆いている、世界が今にも崩れそうだ。慈悲を、慈悲を与えなければ!」

座禅を組み空を崇め、祈りを捧げる浅黒い男。肩に軽く布を羽織り首にはかつて獣だったものの骨を下げている。

「うらの力のみでは駄目だ。

みなの祈りを捧げなければ、この街は、この国は、この世界は..千切れるように滅びゆくであろう。」

肩を落として項垂れる、事の顛末を想像してはいつもこうしている。


そして其の後はだいたいいつも..

「なぁに言ってんだよカリム!

毎度毎度ワケわかんねぇ事言ってさ」

傍の勢いの良い女に頭をはたかれる。

「お主には分からんのだ麦子。

この世の結末の姿など」

「んなもん知らねぇよ!

世界が無くなんならアタシらだってくたばるじゃんか、関係ねぇよ!」

「ガサツな..もう少し丁寧に生きるべきだ、麦子よ。」

「いちいち名前呼ぶな!」

未来の預言者 雁璃夢カリム

側近の麦子むぎこ

小さくも大きいこの街で、後の世界を見守る者共。時代が覆るのを密かに願っている。

「神の御慈悲あらん事を..。」

「無ぇよそんなもんは!」

未来は誰も想像できぬ、同情の余地はまるで無い。

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