第9話 アソブドウグ、アキタラステル

休日、いつものカレーの匂いがしないから下へ降りると、妻鹿似さんは居なかった。

「どこいったんだろ..?」

代わりに前にあった機械いじりの知り合いが居間に横たわり、何故か窓ガラスが割られていた。

「お散歩かな」

ありえない、朝食を作らず家を出るなんて、絶対に今まで無かった。

いつもと違う朝の風景、かといって出来る事は余り無いので男を起こし、コーヒーを入れた。

「スパナさん、何があったか覚えてますか?」

気を失って倒れていた故記憶が無いと断定しつつ、情報を集める。

「..コーヒーなんていつぶりだ?

コイツの家に来た事なんざ創設以来だな」

「創設以来..この家の建設に携わっていたんですか?」

「携わってたも何も建てたのは俺だ。

正確には建てさせられただけどな」

知り合いだとは言っていたが家を建てさせる程とは、築年は分からないが深く長い関係性があった。

「大工じゃねぇのに聞かなくてよ、囲炉裏まで付けろといいやがって」

半ば強引に仕上げさせたようだ。道理で所々切り上げ方が雑な訳だ。ディテールの微調整を施す前に、終わりの合図が出たのだろう。

「窓ガラス、割れちゃいましたね..」

「..あぁ、そうだな。」

「気を失う前の事は覚えてますか?」

家の話の流れから、本題に差し掛かる辺りを書き出してみる。

「誰かの声が聞こえたな..。

あのブリキ野郎を探しているようだった、だけど部屋にはいねぇから、多分外に出ていったんだな。」

大きくモヤがかかってはいるが事態の状況は把握した、その上でもう一つ疑問が残る。


「スパナさんは何故ここに?」

工場に篭り機械修理に勤しみ続ける男が、何故我が家にて倒れていたのか。

「..とある男が、部品を寄越せと云って来た。身体の修理をしたいんだとよ。」

「身体の修理..ですか」

「俺に頼む訳でなく唯部品を貰っててめぇで直すつもりだったかは知らねぇが分けて欲しいってな」

「誰だったんですか?」

「さぁな、暗がりだったから顔はわかんねぇ」

正体不明の謎の男。

行動も不明だが、それが何故ここに来る理由へと繋がったのか。

「転がってる部品の山ははたから見ればガラクタだが俺にとっては貴重な遊び道具だ、お前に渡す部品はねぇと突き返したら激昂してな、俺に襲いかかって来た。」

己の事を知っているのは妻鹿似、その紹介で訪れた美禄のみなので男の正体を確認すべく家へと逃げてきたのだが、妻鹿似の姿は無い。その上で妻鹿似を探す声が聞こえた為、男の正体が妻鹿似でない事だけは判っている。

「そこからは見た通りだ。気を失って、お前に起こされた。」

結局妻鹿似の居場所はわからず、男の正体も謎のまま。しかし美禄にはその事よりも、意外に感じた事がある。


「スパナさんって、無愛想な印象だったけど思ったよりも明るいんですね」

「なっ、馬鹿いうんじゃねぇ。

聞かれたから答えただけだっ..!」

「物の修理が好きなんですよねぇ?」

「だったなんだよ」

「今までで直せなかったモノって何かあるんですか?」

「ナメてんのかクソガキ..」

冗談の、一話題のつもりで問いかけた。だがそれに反しスパナは神妙な面持ちでその答えを口にする。

「俺ァよ、人付き合いってのがどうも嫌いだ。うざってぇし、邪魔だしな。だから一人で工房を設けて、機械いじりをしてる」

一人という時間を愛し、街人よりもガラクタと関わり生きてきた。それは心からの本意であり幸福、彼の形としては何の不満もない快楽だった。

「色々なものを修理した。ゴミの山から拾ってきた家電、使わなくなったテレビ、ならないラジオ。依頼を受けて直したりもした。機械以外も良くやらされた、まぁその殆どは妻鹿似の野郎のこき使いだが」

家など専門外だが妻鹿似が他人にNOという逃げ道を作る筈もない。言葉としては、正に〝やらされた〟の五文字

「で、直せなかったのは..?」

遠回りに遠回りを重ね、未だ答えに辿り着いていない。そろそろ聞かせてほしいものだ。

「あの野郎包帯巻いてるだろ。

あの下、見たことあるか?」

「包帯の下?

いや無いです、一度も..」

「そうか、やっぱ見せねぇよな」

何かがあるという想像をしていなかった。普通ならば顔があり、それを何がしかの意味合いで隠している。それ以外の何かがあるのか?それとも...。

「作る直すは何ら苦じゃねぇが、アレだけは治せなかった。力不足もあるとは思うがそれ以前に、部品でどうにか

なるもんじゃねぇんだ。」

「妻鹿似さん..」

〝某はガラクタだ〟何かあると良く口にしていた。軽い冗談を言うタイプでは無いし、かといって己を深く攻めるタイプでも無い彼が、一体どういった意味合いで口にしていたかは分からない。だがそれは、もしかしたら己の抑制の為かもしれないと思っていた。


「元々は小さい子に遊ばれる存在だったんですよね。形を変えた今ももしかしたら、おもちゃとしての働きをしたいのかもしれませんね。」

「さぁな、考えてる事迄はわからん」

干渉する気が無い物とするべきでは無いと思っている者、そして決してされたくはないモノ。三者三様だが、皆似て非なるもの。


「美禄さんは無事ですかね?

怪我が無ければいいのですが」

街の物陰から光を見通す。いつもならば家にいる美禄の身を安じる事は無いのだが今回は勝手が違う。人間すらも、平然と狙う可能性のある連中だからだ。

「まさか〝あの方々〟が顔を見せるとは、思ってもみない事でした」

買い物へも向かわず、朝食すらもこしらえず、光の下すら歩かない肩身の狭い朝は当然寝起きも悪く幸先も悪い事だろう。それを免れるには最早..。

「奴等共から逃げてどうにか諦めて貰うしかありませんね」

しかし悲劇というものは、しつこく後をついてくるものだ。


「誰から逃げるって?なぁ?」

「まさかもう近くに..!」

「後ろだよ、よく見とけな」

指で何かを弾く。それは速度のはやい弾となり、妻鹿似の肩を掠める。

「ちっ、避けたのか生意気め。」

白髪を逆立たせバンダナで額を巻いた男が白と黒の丸いチップを上下させつつ文句をぼやく。

「何故貴方がこの街に?」

「オレ様だけじゃねぇぜ、ほかの〝三人〟も一緒だ。場所まではわかんねぇけどな」

「全員集合ですか、物騒な事ですね」

「そうか?悪りぃな。

焦ってんだよオレ達も、ツクモガミにならねぇとってよ」

「..相変わらず、真意を隠す方ですね貴方は。」

知り合いのような口振り、以前から男とは見知った関係性があるようだ。

「お前みたいなのがいるからなぁ、組織を抜ける裏切りものがよ。」

「TOy'S《トイズ》の事ですか..元々迎合したつもりはありませんよ?」

「ガラクタがよく言うなぁ!

昔っから気に入らなかったぜその態度がよ!」

「某も同義ですよ」

物陰の暴力が喚き吠える。


「トイズ?」

「野郎が前に身を置いていた組織の名前だ。可能性があるとすりゃそこだろうな」

「どんな組織なんですか?」

「..詳しくはわからねぇが、遊ばれなくなった玩具の集団らしい。何が目的で何をする連中かも知らねぇが、それがわからねぇからアイツも抜けたんだと思うぞ」

元来協調性が無く、集団が嫌いな上に共存理念がわからないとなれば、属する意味合いも無くなる。一人で動く事を選択するのは自然といえるかもしれない。

「ずっと一人じゃなかったんだ..。」

「変わった奴だからなアイツは、だがおかしいな。あの連中は街から姿を消した筈、なんで今頃街に来た?」

ある時期から顔を見なくなり、街からは完全に退いたトイズ。何か目的があるのだろうか。


「他の連中も街にはいるぜ?」

「そうですか..」

「関心ありませんってか。

それぞれの力はわかってるよなぁ?」

トイズは文字通り玩具や娯楽の力を用い、使用する。

「お前はガラクタ、オレ様はオセロよ

..あぁそうそう、チェスなんて奴もいたっけなぁ!?」

神出鬼没、街に蔓延る遊びの悪魔。しかし目的は皆同じ、妻鹿似を壊し、強きツクモノを壊してカミになる事。

「..スパナさん、あれ!」

「なんだ、こりゃあ...」

居間の中心、スパナと美禄の周囲をチェスの駒が丸く囲み立ち塞がる。

「主君の椅子は既に、王の領域だ」

「何モノだ、お前..?」

囲む円の向こう柄に立つ小柄な男。少年のような出で立ちにいわゆるな王様の赤いコートを羽織る。髭もあるが明らかにつけヒゲだ。

「君たちはこのキングの手によって完封されるのだ、チェック..メイトだ」

「厄介な奴にからまれちまった。」


カナモノ町

妻鹿似邸から数えて真逆の方角南西付近の砂利道にて。

「随分遠くまで来たな、ここなら流石に誰も来ないか..」

日常が逃亡犯の彼は常に人目を気に留め行動する。

「今日はこの辺りで宿を探すか。」

「悪いがそんな暇は無いのだよ」

「..誰だてめぇは?

ケーサツの連中じゃなさそうだな」

「あんな犬共と一緒にしないでくれ給え。音域のガディウスよ、悪いが君を破壊させて貰う」

「結局発想は同じか。

オレの元に集るのは、みんなみんな汚ねぇ犬っころばっかりだ」

「話が早くて何よりだ、愉しいゲームにしよう。退屈させるなよ?

このトランプウェポンジョーカーを」

「海外の花札のツクモノか、紙をきる音なんざ役に立たねぇだろうな」

「どうだかな、安心しろ。

気づかぬ間に無音で殺してやる」

「アンティは命といこうぜ..。」

絶望の賭け事が幕を開ける。


カナモノ町南・ゴミ廃棄地区

通称 最終地点

「不潔な場所だねぇ..強いいろを感じたから来てみれば、なんだいここは。モノの死骸ばかりじゃないか」

高い一本下駄でゴミの隙間を縫い歩く浴衣姿のかんざしを刺した花魁の様な風貌の女。いかにも高貴で高飛車な様子が伺える。

「おやぁ..?

随分と違和感のある色が一つあるね、わっちが視たのは彼奴かねぇ。」

特殊な視界で見る色は、モノの価値を示す測定機の役割を果たす程に眼力が長けている。その目で見たものは確かに、強者の色を示していた。

「あら旦那、アンタが強い強〜いツクモノさんですかい?

ちょいとわっちと遊んでおくれよ。」

「……」

「無視かい?

つれないねぇ、せめてこっち向いてくれないかねぇ..」

背中で封をするように声を打ち消し、座禅を組んで顔をそらす。

「..客人か、連日とは珍しい。」

「お前さんがここの墓守かい?

なんだってこんな不潔な場所に」

「余の名前はイラハム、崩壊する世界の未来を創造するモノなり。」

「崩壊する世界だって?

なんだい、墓守だと思ったら宗教家かい。つくづく不気味だね」

「信じずともいい、強力なのはいつの刻も現在いまの力だ。生まれ変わる迄の過程を励めばそれでよい」

「いまの力か、悪いねぇ。

わっちは昔の遊びしか知らないのさ」「..残念だ。

過去の概念に捉われ流れる今を垣間見れないとは、お主も又、拒み否定するものという訳か...」

理解者はまるで現れず、道理に反すものばかり。最早今は存在しないのか。

「そんなに現実が好きかい?

なら勝負といこうじゃないか..!

今の力と、昔の力、どっちが強いか」

「..愚かな。過去の遺物など、進行する未来には敵わぬ」

「古きよきって言葉を知らないみたいだね、今教えてやるよっ..!」

正に新旧の対決が物理的に開始する。


「ちきしょうが!」

囲炉裏の周りを忙しくチェスの駒から牽制を繰り返す。

「どうした、まだポーンしか動かしていない。」

歩兵であるポーンの剣をただ避ける。囲まれている為逃げ場は無く、刃を振られる度に身体を低く下げる。ただそれの繰り返しだ。

「寄って集って殴ってきやがって、だから集団は嫌いなんだよ!」

「それは逆に一人では何も出来ないという事ではないか?」

「一人で生きた事の無いやつは知らねぇだろうな、孤独の素晴らしさが」

「悲惨な男だな、讃えてくれる者すら周囲に存在しないのか、哀れだ!」

「何とでも言え、屁でもねぇ..。」

「我が領域で生意気な口を聞くのか、良い度胸だ。逃げ場を完全に塞いでやる。

「ここはお前の家じゃねぇよ」

駒がガタガタと振動し、ポーン以外の戦略に移行しようとしている。

「スパナさん、これ以上アレが動いたら..」

「静かにしてろ、離れんなよ?」

と言いつつもポーンのみでも手一杯であり、他の箇所にまで腕を振るう余裕は無い。

「どうすりゃいい?」

「万事休すなのか、早すぎる!」

言われた通り、チェックメイトだと思った。

「つまらないゲームだ、ま当然か。

潰れてきえるがいいぞ」

「ドタドタ..」「ん?」

駒が動き、勝負を決めると思われたその時、家の扉が開き、部屋を目指す足音が聞こえた。それは徐々にこちらに近付いて来る。

「やっほー!元気〜?」

「ギャル!?」

騒がしく踏み入ったのは美禄と同じクラスのギャル。

「春風さん!」

「よっす〜、強そうな奴の雰囲気感じると思ったらみろピヨの家だったんだまじウケる!ケルビム海域っしょ〜」

「なんなんだこいつは?」

智天使の海域など聞いた事が無いがマジならば仕方ない。単純な強さを求め探っていたら偶然此処に着いた。ギャルの割には経緯が武闘家のようだがそれもまた仕方ない。何せマジなのだ。

「この女の同級生なのか?」

「そうだよ〜、ところでオジさんさー

..もしかして今、バイヤーな感じ?」

状況を察して問いかける。基本的に人を信じず個人行動を好むスパナだが、今回ばかりは素直に頷く。何せバイヤーだからだ。

「やっぱし?

じゃあ助けてあげよっかな〜、カナリア大帝国!」

「どこの国だ..!

俺よりもこのガキどうにかしてくれ、邪魔で仕方ねぇ」

「邪っ..やっぱりそうだよね。」

「わかりま!

んじゃあーみろピヨ連れて外行くわ!

これ、置いてくわ!」

チェス円陣の内側に、使い古された大学ノートを放る。衝撃でめくれたページから、ワラワラと獣が召還される。


「なんだこれ?」

「ウチの書いたラクガキのワンちゃん達だよ、殴り書きしたから狂暴なんだけどねー」

「お前とツクモノか。」

「そ!

それより早くみろピヨこっち!」

「あ、うん。」

獣の猛威により出来た隙間から円陣を抜け出し、出口の入り口に立つ春風の元へと駆け寄る。

「汚らわしいイヌが!

我が領域を荒らしまわるな!」

「ちょっと酷くねー?

一生懸命書いたんですけどー!」

「いいから外出ろパツキン、文句言ってる場合じゃねぇんだよ」

「あ、そだった〜!

じゃ後頼むわオジサン!」

「逃すか、下品な庶民よ」

ダメ押し的に幾つかのチェスの駒を二人へ投げる。

「逃せよ成金坊主。」

ふと目を離した隙に、円陣の駒が一つバラバラになる。

「あぁビショップ!お前何をした!」

「思ったより簡単な構造だな、楽に解体できた。」

指先の工具で表面を捌き、分解してみせたのだ。

「これならたいした時間もかからなそうだな」

「貴様ァ解体屋!

我が兵力をナメるなよぉ!?」

「悪いな、こっちも趣味でやってんだ

お互い娯楽同士テキトーにやろうや」

「宣戦布告か!

いいだろう、早々にチェックメイトしてやろう..‼︎」

趣味と趣味が睨みをきかす、インドアの強者が火花を散らす。..室内で。


「申し遅れたねぇ、無礼だね。

わっちはあやめというのさ、周りからはQueen《クイーン》と呼ばれてる」

「クイーン..王女か、大層な称賛を得ているようだな。」

ゴミ山での自己紹介、意外な呼び名、不気味な雰囲気がより際立つ。面接会場ならば確実なマイナスイメージだ。

「勝手に呼んでいるだけさね。

わっちらは組織で活動していてね、筆頭を気取っている男がキングと言うんだ。だからそのまま下がっていって、クイーン、ジャック、そしてジョーカー。くだらないだろう?」

「滑稽だ、笑みが零れる。」

「嘘を言うものじゃない、クスリとも笑っていないじゃないか」

「過敏な女よ、気まぐれの余暇を卑下するとはな。」

「卑下なんかしちゃいないよ、寧ろ大歓迎さ。何せわっちは娯楽そのもの、昔の遊びの成れの果てだからね..」


「過去は未来へと昇華する」

「そうかい?

なら楽しみだねぇ、わっちの友達はどう変わっていくのかね!」

紐のついたベーゴマが回転しながら空間を斬る。

「懐かしいものだな、しかしその過去は知っている」

画面の割れたテレビが大きな腕と化しベーゴマの回転を握り締める。

「おや、何の番組だい?

面白いじゃあないか」

「資源は手となり脚となる。

テレビも未来では、余の右腕同然という事だ」

「これなどうだい?」

手の平で木の棒を回して飛ばす。空に舞った木の棒は先を二つに広げ、複数の浮遊物となる。

「竹蜻蛉(たけとんぼ)の群れだよ。

普通のものより少し変化を加えてあるけど、それもご愛嬌というやつさ」

「迎え撃つがいい、空戦部隊よ」

その辺に転がる幾つもの液の漏れた電池が翼を持った飛行隊に変わり、竹とんぼ軍を迎撃する。

「戦かい、物騒だねぇ。」

「安心するがいい、彼等は平和主義だ武器は一切持たん。身体一つで突撃するのみだ」

「潔いね、飛行機で特攻かい?

敬意を評するよ、だが甘い。」

飛行機と衝突した竹とんぼは誘爆し、飛行機を破壊する。

「...爆撃。

もれなく撃ち落とすつもりなのか?」

「偶々そうなったのさ、わっちは爆弾を設置しただけだよ。物を飛ばしたのはアンタの方さ!」

「偶然で起こるのが戦争か、皮肉なものだ。」

「悔いたってもう遅いのさ」

要らないものほど、よく作られる。


「白か黒かで決めようってのがシンプルでよ、そこがまたソソるのよ!」

オセロのジャックは少ないルールで大いに遊ぶ事を好む。深い読み合いは苦手なタチだ。

「突然話さないでいただけますか?

切り替えが難しくなるので」

「何の切り替えだよ!?」

「わからないのならばいいですよ」

碁盤の様なフィールドで石を弾く。黒い丸石は白く反転し、列を同じ色に変える。

「ひとまず足場は出来ましたね」

「良かったなガラクタ、笑えよ。」

娯楽フィールドへと妻鹿似を誘い、足場には黒く敷き詰められたオセロの石が。それは衝撃を与えると白く反転し、角の石をどちらも白く反転させれば一列全てが白く変化する。

「早く足場を増やしていかねぇとお前の体力はドンドコ減っていくぜ?」

「昔から思っていた事ですが、遊び方を間違えていますよ?」

「うるせぇ、俺様がルールなんだよ。

既存のもんなんか知るか!」

妻鹿似の足が触れている箇所が黒くなる様に、斜めに二つ、石を黒くする。

「二枚抜きだ!」

「ホントに何でも有りですね、ならばこちらも。タイプ・マシンガン」

ショットギアの左腕で複数の足場を白く塗り変える。形勢を大幅に有利なものに安定させた。

「これで一先ずは、自由ですね」

「どうかな?」

身体が硬直し、動かない。

「何事ですかこれは?」

「足元をよく見てみな、おい!」

「これは..!」

白く塗った床の己の足が触れている箇所が、左右を取られ、黒く反転していた。

「先手を打たれていましたか、周到な事です」

「隙だらけなんだよ、策に溺れたか?

みっともねぇなぁ!」

「貴方のテリトリーですからね、もがいて耐える程度しか攻めようがないのです」

「そうかよ、なら踠き続けろ。

一先ず電撃の刑だ」

黒い足場から、ゆるゆると太い縄が延び、妻鹿似を捕え、電流を流す。

「くっ..!」

「痛いか、まだまだはじめの罰ゲームだぜ。意識を保てよ?」

罰が終わると足場の黒は反転し、白へと変わる。

「お前が刑を受けた餞別に、色を戻してやる。そういう仕組みだ」

殴れば白に、殴られれば黒に。

至って簡単なルールだ。

「..命をかけた遊びなど、馬鹿げていますね。」

「綺麗事か?

らしくねぇなぁ、それに知ってるだろ

俺らは皆そうしてる。他の奴もな」

「存じてます、だから抜けたのですよ貴方がたの元からね」

己でできる自由な娯楽を一人選んだ。


しかしそれは、未だに蔓延り..

「どうした?

早く一枚引いてくれ。」

「..舐めてやがんのか?

さっきからやってんだろうが」

ジョーカーと名乗るシルクハットの男の前に二枚、ガディウスの前に一枚の大きなカードが並び、どうやらそれらを引き合っている模様。息を切らしているところを見るとガディウスの劣勢か。

「くそ、二枚しか無ぇのに何故引けん

引いてさえしまえば勝てんだよ。」

「早く引け」「うるせぇ!」

ガディウスの持ち札は♢の3、同じ絵柄のカードを引けば終わるのだが何度やっても傍のジョーカーを引いてしまう。

「イカサマしてんのか?

するには枚数が少なすぎるがな」

「いつまで待たせる?」

「黙って待ってろこの野郎!」

「これ以上ヘマする訳にはいかねぇ。たがやりようがねぇ、結局は勘だ」

長考の末、左のカードを選択した。

「こっちだ!」脚でカードを蹴飛ばす

「選択完了、そのカードは..」

反転したカードの裏には、怪しく笑う木偶人形の絵が描かれている。

「ジョーカー!」

「くそったれがっ..!」

ガディウスは

破裂音に包まれ衝撃を受ける。上がる事が出来ずに、ジョーカーを引いたからだ。

「くあっ..」

「身体はもつか?

これで四回目の失敗だ。」

ジョーカーを引くたびにダメージは蓄積し、与える衝撃も増えていく。ゲームが終わるか身体が尽きるかどちらかのデスゲームだ。

「あっ..はぁっ...!」

「モノから煙か、ユニークだな。」

「煙じゃねぇ..汗だっ、間違えるな」

「未だ余裕がありそうだな、次のゲームだ」

ジョーカーが再び振り返り、シャッフルし、並ぶ。

「さぁ選べ、ジョーカーはどれだ」

「休み無しかよ..。」

「ジョーカーといってもワタシじゃないぞ、カードの事だ」

「理解してねぇと思うのか?」

「ああ」 「殺ス..!」

人を食った様な態度に殺意すら覚えながらゲームを続行するも上手くはいかず、二度、三度と失敗を繰り返し、遂にガディウスの膝は床へと崩れ落ちてしまう。

「がはっ...」

「七度目だ、最早限界か?

ここまで耐えるのも珍しいがな」

「驚きかよ..悪いが娯楽には慣れててな、トランプなんてしょっ中ガキにやらされてんだ。」

「ほう、子供がいるのか。

それは幸せ者だな」

「勘違いなんだけどな、〝音〟に騙されてんだ。」

「音にだと?

お前は音のツクモノなのか」

「..どうだかな、だがまぁよくある事だ。みんな騙されちまうのさ!」

嫌われ者の雑音が尚も命知らずなカードを殴る。助走を付けていくら勢いを増そうと結果は同じだと言うのに。

「愚か者が、どれだけ運が悪いのだ。

選んだのは右、カードは..」

「終わりだ、遊び人。」

絶対の自信が伺える不敵な笑み、勝負の結果は...

「ジョーカー、残念だな」

「ちっ..」

意識が飛ぶ程の衝撃、全身を隈なく弾けさせ痛めつける。声を上げる事すらもままならない。

「勝ったと思ったのか?」

「ぐあっ..次だ、次のゲームをやれ」

フラつく身体を何とか起こし、痛みきった脚で無理矢理に支え立つ。

「どうして立っている?

構造が酷く気になるが望むなら始めてやろう。」

ジョーカーを混ぜ並べ直し、広げる。


「さぁ選べ!」

言葉を聞くと脚を前へ動かし、虫の息の身体を引きずりながらカードの前へ

「これだ..」

表面を軽く拳で叩き、選択。

「なんだ、即決か?

潔いな、結末を受け入れたようだ」

「..もう一度聞く、イカサマはしてないんだな?」

「ああ、当たり前だ。」

イカサマはしていない、だがしかし有利な運び方で勝負を動かしている。絶妙な読み、集中力の削がれた相手を言葉で茶化し、選択を鈍らせる。長引けば長引く程深みにハマり、思うツボの結果を生み出す。

「だからこそ決まっている、絵柄を見ずともわかる。

お前の選んだカードはジョーカーだ」

しかしそれは刻に、現実を見誤る結果となる。

「..よく見ろポーカーフェイス、不正は認めねぇぞ。」

「ジョーカーが、こっちを向いている

..という事は、お前が引いたのは♢の

3...?」

初めて不快な木偶人形と、こんなにも長く見つめ合っている。8度目の正直いや、1度目の真実だ。

「外れた事が無ぇから受けた事ねぇんだろ、食らってみろよ、結構痛ぇぞ。身体はもつか?」

「あっ..ああっ...!」

敗北のエネルギーが、大きな勝利となって返還される。ガディウスとは異なり、彼は痛みに耐性が無い。正に死ぬ思いである。

「うああぁぁあぁあぁあっ..!!」

悲劇のシャウト、笑う衝撃。敵も味方も区別せず、悪戯に喰らい噛み千切る

「どうだ?

絵柄だけじゃわかんねぇだろ。

..って聞こえねぇか」

広い場所では接戦が生まれる、たが狭い場所ではなかなか煮え切らず、地の利を超越するのは困難なものだ。


「ど〜うした工場長、詰んだか?

チェックメイトも目の前か」

「うるせぇガキ王子、解体しても意味ねぇじゃねぇか!

際限なく駒増やしやがって!」

解体しては増え解体しては増え、依頼がいくらこなしても募るばかりだ。

「いいではないか、好きなんだろ?

モノをイジるのが。」

「限度があんだよバカ野郎」

作業量は既に、趣味の要領を超越し、ストレス過多となっている。

「初めはイケると思ったがてんでつまらねぇじゃねぇか。それになんだこのノートの中身、四足歩行の小動物ばっかり描いてあるじゃねぇか!」

アシストとして置いていった落書きノートには、とてもじゃないが先頭兵士と相対する事の出来そうにないキュートな小動物が棲み付いていた。

「工房出るんじゃ無かったぜ、外にゃロクな事がねぇ」

「わかるぞ、チェスを打つには室内に限るよな。」

「お前のせいで頭抱えてんだよ..!」

スパナはしばし、悩みに苛まれる。

「ちょっといつまで追ってくるんだしこれ!」

「外にまで動かせるんですか!?」

円陣を囲んでいたものと同じ種類のチェスの駒が、街にまで駆り出しマウントを取る。自己顕示欲が高いのだろうか?

「ダメだ、ラチ開かないよこんなの!

ここいらでぶっ壊すべしだね」

迫り来るナイトとポーンにあてがうように、指で絵を描く。

ぬえ、河童!

残らず噛み砕いちゃって〜!」

「ヌエに河童..禍々し。」

日本妖怪という独特なチョイス、前述の阿修羅などの彫像シリーズといいギャルにしては選択が渋めだ。

「さっきまではワンちゃんだったのにね..。」

「あぁアレ?

ウチが小さい頃に書いたヤツだよ、今はこんなんばっか。強そうっしょ?」

強さの象徴が和テイストとは、ドラゴンや巨人などポピュラーなものを敢えて選ばない感じが凄く粋だ。

「おっ、押してんじゃん!

いけるよコレ〜!このまま全部パッカーンと行きましょうやー♪」

「でもなんか..心強い。」


つるむものが居れば一人を好むモノもいる。しかしそれらも場合によっては集団に紛れる。

「右上、左上、下、下..角は一通り取れますね」

「させるかよ、黒隈取り」

忍者を捉え離さず檻で拘束、空で動きを封じれば、独断では脱出不可能。

..独断では。

「左上危険です、右上の私、援護を」

「分かっていますよ、本人といえど指示をしないで頂けますか?」

「したくてしている訳ではありませんよ、不本意です」

「そうですか..タイプ・ライフル」

身体に巻き付く紐状の黒い檻を拳銃で撃ち抜く。

「有難う御座います、左の城は取りました」

左上角に着地し、白く足場を塗り替える。

「ちっ、やられたか。

だが他はやれねぇぜ!?」

「余計な真似をしないで下さい」

オリジナルの妻鹿似が中心でガトリングを放つ。着弾地を軽くずらす事で絶妙な足止めとなり、動きを阻害する。

「邪魔なんだよてめぇっ!」

「口が少々過ぎますよ?

..怒鳴る内に二つ先取です」

隙を突き、右上、右下の角を一気に奪取。残すは左下の牙城のみ。

「万事休すというところでしょうか」

テリトリーを有利にすげ替え形成を覆す。あと一歩というトドメの段階まで追いつめた、だがしかしジャックと名乗るその男には余裕が垣間見え焦りという感情が見られない。

「余裕ですね、煽っているつもりは決して無いので揺るぎないのは当然ですがね」

「..そりゃあそうだろう、これは俺のゲームだぜ?

遊び方も俺次第ってことだろ!?」

角を取る三つの点から棘が延び、分身を貫く。伸びきった棘は床に馴染み、黒く色を染めてゆく。

「何事ですか」

「これで形成逆転だ。いや、元に戻っただけか?」

戦術を練り、取った城が相手の元に戻り、再びテリトリーを返還する事に。

オセロの自由度を侮っていた。

「困りましたねぇ..」

「もう一度取り返してみるか?

無駄だと思うぜ、もう〝学習済み〟だからよ..!」

同じ手は使えない、下手な動きをすれば捕らえられ、最後の一手に踏み込まれる。失敗は打てないのだが..

「仕方ありません。

一か八か、右腕コレを使ってみるとしましょうかね..」

「何するってんだよ?」

隠していた奥の手を引き抜かんと右腕を起動する。強力なアシストとして残していたのでは無い。ここぞというときに使うには、明らかに〝不安定〟なのだ。

「ドリーム・ギア。

ここからは正直のところ、某も判断の仕様がありません」

「そうかよ..!」

未知との遭遇、夢の如し。


「おら、囲炉裏くらえ!」

「うおっ..何をするのだ野蛮人め!」

執拗に責められ作業を強いられ遣る瀬無くなり、子供のように囲炉裏に火を焼べ噴き上げた。

「それ以上近付いてみろ、香ばしく火炙りにすんぞ!」

「愚直な、そんな文句で怯むと思っているだな。そうはいくか!」

駒達を戦闘体勢へ、構わず猛威で圧し攻める。

「..ったく、これだからガキは。

俺は忠告したんだがな」

指先を工具に変化、囲炉裏の鉄を少し弄り、回転式の火炎放射機へと改造する。

「他所じゃ炎舞をリンボーと呼ぶらしいぞ。」

取手に手を掛け時計回りに囲炉裏を廻し、円状に炎を放射する。

「下がれ駒達ぃ!!」「遅せぇよ」

群がるチェス兵は身体を焦がし、黒く灰同然の姿と化す。

「何をしてくれる愚者がぁ!」

「なんで怒ってんだよ?

言ったろ近付くなって、そうだろ。」

激昂極まりない状態。品性を削ぎ、理性を狭め、声を上げる。

「許さん..許さん、詰め殺してやるぞ愚民風情が!」

「まぁそう怒るな、他人ってのは余計な事するんだよ。だから俺はつるまねぇんだけどな、ほらっ」

金属でできた丸い玉を放り、キングに渡す。

「なんだコレは..?」

「俺からの贈りモンだ、余り強く握るなよ?

..まぁお前は人の言う事を聞かねぇから、無駄なんだろうがな」

衝撃を受けた金属玉から、炎が噴射する。キングの身体はチェス駒同様、炙られ黒く焦がされる。

「おのれぇ..!

何をする..駒では飽き足らず僕までも

許さんっ、絶対に..ゆる...さん.....」

最後には皆灰となる。身分も地位も、跡形も無くだ。

「..呆気ねぇな、消えるときはよ。

やる事無くしたな、囲炉裏の修理でもするか」


「未だだよ。」「あん、誰だお前?」

窓の陰から現れた小さな少女。見覚えは無く、心当たりも無い。

「いつからそこにいたんだよ」

「初めから、ずっと見てた。」

「はぁ?んだと?」

「そんな事よりこれ見てよ」

少女はキングの消し炭に駆け寄り、燃え残りの欠片を手に取る。

「ほらこれ」「..それがなんだよ?」

「わからないのかよ、コレが男のモノ。これがチェスの駒のモノ」

両手に一つずつ亡骸を持ち、見比べる

すると、様々な異変が目に留まる。

「ん、おかしいな、野郎とおもちゃの消し炭が、同じものだ。」

「そう、残り方も素材も、同じ木製のモノなんだよ」

ツクモノが、力と同じ素材同じ形。それは、同じ種類の物質だと言う事。

「ツクモノなんだから、同じ消え方でも違和感ねぇだろ」

「大アリだよ。

ツクモノの消え方には個人差は無く、皆一律して粉々に砕け、塵のように散っていく。こんな消え方は絶対にしないんだよ」

「..て事は、偽物掴まされたって事か?」

「あぁ、本物のキングは別に居る。」

相手をしたのはチェスで作ったキングのクローン、もしくは分身体のようはものだ。

「ところでお前だれだよ?」

「アタシは麦子、刻を司るモノだよ」

「...誰だよっ!」「………。」

ご存知前提の話はつまらないのだ。

「とにかく外行くぞ!」

「行かねぇよ」「なんでだよ!?」

「俺には囲炉裏の修理があんだよ。」

「でも行く末気になるだろ!」

「興味ねぇ。」「………………。」

外には行かねぇ、行くのはマイウェイ進むぜゲートウェイ、己だけアウェイ

...特に意味はない。


「あっれおかしくね?

弱まるどこらか強くなってんだけど」

戦力減少の為の戦いが、逆に力を与えている。駒の配置に規則性は無く、寧ろ疎らであるのだが、物理的な力や技能といった破壊能力が数と共に増している。

「どゆことこれ?

キリないどころか押されてんじゃん」

ランダムに出す落書き獣達の動きを学習し、制圧する。まるで知識を得るようにすんなりと飲み込み、いなし倒して来るのだ。

「一つ一つ意志でもあるの!?

どんどん通用しなくなっている..。」

「木の置物が考えて動くの〜?

マジキモいんだけどー」

動く落書きを描くモノとは思えない他人事の感想、だが正常ではないのも確か。街の異常に気付く貴重なギャルだ

「でもどうするの?

このままじゃ圧し負けちゃうよ..」

「どうすっかねー、ぶっちゃけ押せ押せしか考えてなかったんだよね!」

八方塞がり行き止まり、いよいよ終わりかと諦めかけたそのとき、総てを諭したモノの声が、一瞬だけその場の刻を止めた。

「崩壊の景色を垣間見るか、やはり終焉からは逃れられぬのだな..」

「誰ー、急に?」

幻想的な雰囲気を漂わす座禅の男。

そこに突然現れたというよりは、下界へ降りてきたという浮世離れた印象。

「揺るぎない脅威、乏しき我が力程度で抑える事が出来るだろうか。」

「..神、様...?」

思わず呟く救済概念。彼は味方だ、強くそう感じた。


「..む?」

「なんだい、余所見とは余裕だねぇ」

「奴め..街に降りたか、愚かな。」

相対するべきでは無いモノが、中心を司る風景が浮かび上がる。騒ぎが仮に広がれば、こちらにまでも被害が及ぶイラハムはそれを危惧していた。

「カリムの奴め、あくまでも頑なに世界を悲観的に捉えるというのか..」

「一人で勝手に頭抱えないでくれるかい、気が散るんだよ。アンタが考えてる事なんて知る由も無いがわっちにはそのカリムとやらは関係無い、待てよ..カリム?」

聞き覚えのある名を聞いた。

その名は広く知れ渡り、人ならざる神のモノ、そう伝えられた異形の名だ。


「どこかで聞いたと思ったんだ、聞き間違いじゃなかったんだね。

イラハム、カリムと共に肩を並べるツクモガミの名だよ。アンタ、ツクモガミだったんだねぇっ!」

「神などと一緒にするな、カリムともな、余は神の資格を拒絶する。権威だけでは未来は創れん」

ツクモガミに最も近く、後継的にその力を持つ者の事を副神フクガミと呼ぶ。カリム、並びにイラハムは、各々の強い思想から素質を持つにも関わらずツクモガミになる事を避け、フクガミの証すらも拒み続けている。

終わる世界に神など要らぬ

神などに支配される世界は創らぬ

同じ否定の理屈だが、異なる在り方を持つ両者の思惑は、決して交わる事は無く、神ですらも介入は不可能。


「〝ツクモガミに最も近いモノ〟なんて最高じゃないか、アンタを壊せばわっちもツクモガミかねぇ!?」

「やめろ、悪戯な事柄で可能性を閉ざすな。」

「何言ってんだよ、可能性だらけじゃないか!

わっちの全部を奮ってやるよ!」

ゴミ山が大きな神輿の祀る祭り場に変わり、提灯太鼓の祭囃子の鳴り響く夏の宴が出迎える。

「言っても聞かぬか、言葉は何の為にあるのやら..」

「騒ぐも踊るも己の好きさ、娯楽の上では何でもね。野蛮な事すら遊びになんのさ、おもちゃは充分。存分に遊んでいってくんなましっ!」

ベーゴマ、ヨーヨー水風船などといった遊びの匠が纏めて誘いを掛けて来る

どれで遊ぶかは好みによるが、選ぶ時間は無さそうだ。

「くだらん、緩慢な矜持であろう。」

娯楽の山が地に伏し土塗れのゴミとなる。


「へっ?」

「神輿など、娯楽にもならぬぞ」

大きく聳えた神輿も同様腐食し崩れ、ゴミの一部に。気付けば賑やかな場所は消え、以前の集積地へと戻っていた

「祭りは、おもちゃは、一体何処に消えたのさ?」

「昔の遊びが好きだと云ったな。」

「..だったら何さ?」

「〝古き良き〟という在り方を卑下するつもりは無い、だが余は未来を創造するモノ。現在いまは未来の過程物、ならば過去は現在の残留思念。未来にはより程遠く、不必要な概念だ」

新たにつのったゴミ群が、一つの大きな形を成していく。

「なんだい、こりゃあ...」

「己の娯楽の後の姿だ、その身で総て貰い受けるがいい。」

「う、うあぁぁぁ!!

..嘘だろ、ねぇ...?」

巨人と化した娯楽の匠は、かつて主であったモノに剛拳を振り下ろす。

「さらばだ、過去の化身よ。

未来の姿でまた会おう..」

拳は体軀と共にゴミの一部と帰還し消滅。クイーンの姿は無くなっていた。

「余は少し眠る、奴が街にて点在するならば尚の事意識を起こしていたくは無いのでのな。」

異臭に包まれながら、イラハムは暫しの休息へ。


一方注視されていた預言のモノは

「おじさんチェスなんてやんの?」

「おじさんはやめとこうよ春風さん」

見ず知らずの神に近い存在をおじさん呼ばわり。しかしそこはやはり神、怒る事も無ければ咎める事もない。

「騙されぬ、真実を暴こう、全てな。

〝自視転〟」

駒を一つずつ丸く隔離し、回転させる

そこには隠された真の世界が、露わに映し出されていく。

「木々で造られる駒の中、中心奥の黒い馬。..お主は何者だ?」

ナイトと呼ばれる馬を模した駒に、素材の異なる物質が紛れ込んでいる。

「派手な娘よ狙ってみよ、愚かな偽者がひょっこりと姿を現わすだろうぞ」

「えぇ〜..マジィ...?」

言われるがまま槍の落書きを施し、指示通りの的に投げる。

「うおぉっ!」

声を上げ転がり落ち、元の姿を示したそれはさっきまで見ていたシルエットに近付いた。

「アンタ、さっきのー!」

「喚くな装飾娘!

どうしてくれる、危うく突き刺さるところだったぞ!」

「キングさん..隠れてたのね。」

「名を覚えているのか、見た目は地味だが中々関心深いな。」

戦場の良心である美禄、ただし味方では無い。

「賑やかな処致し方無いが、平和の礎の如く静かにして頂こう。」

「ほう、老人。

僕と一戦交えるというのか?」

不足した分のナイトを出して構える。

これで準備は整った。

「何処まで先を読めるかな!?」

戦術に沿って駒を動かすポーンを一歩前に、ナイトを上に、ルークを盾の如く我が前に。

「..読み合いか、困ったものだ。」

術式は完璧だった。寸分の狂いも無く、抜け目は一切見られない。たがそれは今の動き。

「..済まんな」

左の手首をくるりと回転させると、駒の配置が逆になる。一歩踏み込んだポーンは左を向き、ナイトは真逆の空を跳んでいる。キングを護っていたルークはカリムの盾となり、皆が敵として主を睨んでいる。

「なんっだ、これは...?」

「狂いが生じたのか。

ならば余が先を読めたという事か」

「そんな筈はない!

僕が我が領域で、手を間違える筈は」

「..未来の預言者はその向こう側を察する、違う事は決して無い。そして」

「うわぁっ!」

ポーンの剣先で浅くキングの腕を裂く

「脅威は抑えて無に留める」

「ひえぇっ!傷、傷が出来たぁ‼︎」

「喚き過ぎっしょ」

「でも剣が刺さってるんだよ?」

「身体の破損が意味するものは、お主も解っているな?」

配置された駒が消えていく。

「力が、使えない..。」

弱々しく呟くと、独りでに何処かへ歩いていってしまった。

「行っちゃったし!何アレ!」

「お主らも帰るといい、外にいてはまた災難に見舞われる。」

「そっかだよねー、ウチ帰るわ!

お母さんもご飯多く作るっていってたしさー、みろピヨも早く帰んな?」

ケロッとした態度で帰宅をする運び平気で取る。素直なのか馬鹿なのか、おそらく後者だろうが。

「ちょっと待って」「んー何ー?」

「春風さんって、お母さんいるの。

..ツクモノだよね?」

何故かここでこの質問、余程気になるポイントなのだろう。

「いるよー、お母さんもツクモノだよ

なんかね〜子供が欲しい、と思って壁に絵描いたら私が出来たんだって!」

思いが通じ形となる、これを人は奇跡と呼ぶ。

「廃れた世の、細やかな幸福だ。」

「いい事言うじゃん、おじさん」

「..うん、そうだね。

私も帰るよ、自分の家に!」

ギャルのぶっ飛んだ出生も、話し方次第で心に刺さるドキュメントに変わる

人を選びはするが。

「余も帰ろう、絶望の世界を想像しながら...」

役目を終えたモノはあるべき場所へ還る人と変わらぬ道理だが、中には止まり戻らぬモノもいる。


「..いいなここ、ホントに誰も来やしねぇ。寝床にもってこいだ」

砂利道の隅、陽の光を浴びる大岩で、

逃亡犯が束の間の休息。あぐらをかき横になる。

「それにしても妙だな、これだけおかしな連中が街ではしゃぎ倒してるのに住んでる奴らは騒ぎもしねぇ。」

特殊な事態も街は平穏。時間軸が違うのだ、実際の時系列に違和感が生じない程度に、麦子とカリムが刻を操作している。

「まぁいいけどな、オレには関係ねぇ邪魔なもんは勝手に消えたしな」

「そうか、何処に消えた?」

不敵な声質、耳障りな神経を掻きむしる戦慄。

「お前、まだいたのか。

自爆して壊れたと思ったけどな」

「トランプでやれるのはゲームのみでは無い、イリュージョンも然りだ」

消えるカードマジックで身体を移動させ、難を逃れていた。タネも仕掛けもありません。

「イカサマで生き延びたワケか、どうだっていいが消え失せろ。オレの寝床に近付くな..。」

「ああ直ぐに消えるさ、お前を燃やし尽くしてからな!」

ガディウスの左腕から発火し、燃え上がる。

「やり方が古りぃんだよ、でけぇ声出して戦闘に入るなんざ」

「文句をつけている場合か?

嘆こうと腕は燃えるぞ」

「………。」

「どうした、だんまりとは」

「悪りぃ、考え事してた。でももう解決したぜ。そうだよな、燃えちまうんなら、こんな腕..いらねぇよな!」

小火の焚く左腕を、何の躊躇も無く根本から引き抜く。

「お前、正気か?」

「バリバリ正気だぜ、居るか?

オレの左腕、やるよ。」

ゴミの様に己の左腕を打ち捨て、床に転がす。放っておくとそれは消し炭同罪の原型の無い塵となり黒く吹き飛んだ。

「欠陥を体に作るとは、可能性を無駄にしたな。」

「気にすんな、そんなもんは直ぐに生えて..ふんっ! ..くるからよ。」

引き抜いた痛々しい左の根本から、新品同然の腕が生え延びる。

「再生しただと!?

どういう事だ、ありえないぞ!」

「なんだ、知らねぇのか?

こりゃイリュージョンって言うんだぜ

イカサマだけどな。」

「イリュージョン..?

何故お前がそれを、覚えたのか!」

鍛錬の末編み出す芸当、見様見真似で出来る筈は無い。..普通ならば。

「オレはボイスレコーダーのツクモノ

音を録音してその力を使える。」

類似では無くそのものを使用可能、鍛錬いらずの思い入れいらずだ。

「殆どの音は一度きりだからストックを作っておく必要があるんだが、いらねぇものは逆に、返還して渡す。」


「同じ事が出来るから何だという!?

小手先で喚くな!」

「..うるせぇな、もうお前の手品は種明かし済みらなんだよ。」

カードからカードの瞬間移動を体現し、ジョーカーの背後へ。

「ぐ、ぬぬ..!」

「ただ少し取り込みすぎた。だからお前に返還するぜ。当然、オレが出来るのは小手先だけどな」

背中を拳で軽く小突く、戻ってきたのは、あの音。勝負事に負けた、不敵な木偶の笑い声。

「や、やめろおぉぉぉっ!!」

「ゲームセットだ、トランプマン。」

疾る衝撃、弾ける身体。

「音に焼かれて掻き消えろ..」


「なんだよ。

ドリームなんてでかい事言うから期待してみれば、武器が増えただけか?」

手首を覆う長く太い刀身の剣が右手を包み切っ先を穿つ。

「必ずしも叶うものとは限らないのですよ、夢はね」

「何だソレ!

なら一人でもがいてろ、ずっとな」

黒いオセロの形状を変え、複数の飛び道具として放射する。すかさず剣を構えると、跡形も無く切り捨てた。

「刀としての役割は果たしやがる。」

「なかなか重たいのですがね、斬れ味はそこそこあるようです」

性能をある程度把握すると、足の忍のパーツを起動し始め、大将の首を狙いに参る。

「御免、頂き候」

「なっ、てめぇ..いつの間に!」

真上へ位置付け、剣の一撃。

両断したかと思いきや、ジャックに怪我は無く、刀身を受けた形跡も無い。

「何だ?

死んだと思ったら刀がカラダをスかしたぜ、生き物は斬れねぇって事か。」

「..おかしいですね、手応えはあった気がするのですが」

「そうとわかれば動きようがあるぜ!

〝黒の迎撃〟」

オセロ石が騎士の形を成し、動く駒として自由を付与された。

「剣なら剣で相手をしてやれ」

鎧と同じ色の黒い剣を持たせ、平等なパワーバランスで攻め入る。

「どうしたものか、やはり出すべきではなかったか..!」

光る黒刀を無謀にも刀で斬りつけると、予想に反してオセロ兵は崩れ散り、粉々になる。

「なんだ?」

「斬れている、動くものを斬れないワケでな無いのか、もしや..」

頭の中で、密かな仮説が生まれる。しかし確証が得られず、憶測でしかない考える時間など与えられずに、ジャックは容赦なく、次のステップへ踏み込んだ。

「ザコ兵士じゃダメか、なら束になれ一つの塊にな」

鎧は集まり渦を作り、ゆるりと蠢く黒い塔の様な形をとなり、徐々に妻鹿似に近付いていく。

「黒いバベル、触れれば八つ裂きだ」

「大きいですね、しかしそれは縦の話

横ならば..」

踏み込んで、横斬り。塔は見事に二つに割れ、霧となって消滅する。

「マジかよ..。」

「解ってきました、この剣の力。

自分より重たいモノは斬れない、それが面積の事なのかは分かりませんが」

「てめぇより重たいもの?

てことはオレ様はソイツより偉大って事だな、わかってやがる」

「今は..ね」 「どういう事だ?」

「強大な敵として見ているという意味です。でも実際は、小さな箱庭で惚けている遊び人ですよね」

挑発とも取れる言動、だが性格上嘘は付けない。思った事を言っただけだ。


「..悪いかよ、そうだよ。オレは小さな存在だ。こうして遊び場作ってよ、石を並べる板の上でしか威張れねぇ。

ガキ程度にしか、相手にされねぇ!」

「..有難う御座います、これで破壊する事が出来ます。貴方の世界を」

「何?」

足場に剣を突き立てる。刃は深く突き刺さり、床にヒビを走らせていく。

「..お前まさか!」

「はい、テリトリー程に大きな概念はありませんからね。不本意ですが、規模を縮小させていただきました」

絶対領域を否定させる事で、斬れるサイズになんとか仕上げた。

「やられたな。」

領域が壊れ、元の景色へと戻っていく

「..教えて下さい、ツクモガミを諦めた貴方がたが、何故再びこの街に?」

「のちに訪れる、脅威の為だ。」

「脅威?

何が起こるというのです」

遊び場が完全に壊れ、街の暗い物陰が再び再開を演出する。

「ジャックさん、答えてください。

これから何が起きようと..」

「じゃあなメカニ、楽しかったぜ。

安心しろ、その力がありゃどうにかなる。」

「どうにかって、ですから何が...」

「オレ達は、再び外に出る。ってもまぁ何人残ってるかは和からねぇがな」

頑なに会話をしない。バツが悪く隠しているというよりは、話す必要が無いといった素ぶりだ。

「じゃあな、妻鹿似!

..次は、神の領域ででも会おう」

幻想的な口約束をして、去っていく。一方的ではあるが、背中は強者を物語っていた。

「..さようなら。某は、これから少し辛めのカレーを作ります」

先ずはスーパーに足を向かわせた、スパイスの城を建立する為に。

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