タナバタノソラ - 02
☆★☆
部屋に戻ると、そこにはオレがいた。
哲学の話でも始めるのかって? そうじゃない。それじゃあドッペルゲンガーかなにかか。そういうわけでもない。
じゃあどういうことかって訊かれたら、クソ生意気な面をしたガキが一人、人様の部屋を占拠していただけのことだ。ただし、やけに見覚えのある顔立ちで、我が物顔をして。
「え、ボク?
誰に許可取ったのか知らないが封を開けたポテチを食ったその手でマンガのページをめくりオレの名を語ったこのガキが、マジで"我"だとは誰が想像できるだろう。え、なに、タイムスリップ? んなバカな。もしそうなら伊達に我が物顔してねえな。じゃあなにか、ドッキリか。オレはテレビの芸能人になった覚えはねえぞ?
なにかの間違いかと思い卒業アルバムを引っ張り出してきたら、写っている幼いオレとまんま同じ顔をしてやがった。冷や汗が垂れた。
「すげーなこれ! このマンガもこのマンガも、まだ連載中のはずじゃん。なんで最終巻まであんの? にーちゃんなんでか知ってる?」
訳の分からないことを口にして、またポテチをひとかじり。「面白くって止まらねー」と言い残してまたマンガに没頭し始めやがった。ボクは正真正銘過去からやって来ましたよーってか? このおしぼりを顔面にお見舞いしてやろうか。
「――あっ、てめガキ、よりによって期間限定の高い方食いやがったな!」
「は? いいじゃん別に。ボクの勝手だろ」
「んなわけあるか! ……こいつ、エアコンまで勝手に付けてやがる」
「それは最初から付けっぱだったっつーの!」
「ああ……すまん」
オレの萎縮している隙にさらに追いポテチ。あまりの神経の図太さにめまいがしてきた。
「クソ、好き勝手しやがってこのクソガキめ。つまみ出してやる」
「文句あんのかよにーちゃん! よく分かんねーけどここボクの部屋なんだろ、なにがダメなんだよ」
「はあ? なに言って――」
「だってほら。この部屋の郵便物、全部ボクの名前じゃん。てか、にーちゃんこそ誰だよ」
「こいつ……」
逆にオレをよそ者扱いしやがったこのガキ、子供時代の七部実に、六畳一間を乗っ取られたオレは。
その嘘のないあまりに自然な態度に、少し時期外れな、ある日の出来事を思い出していた。
"人生やり直したい"
くだらねえ戯言だと思った。気休めにもなりゃしねえ。こんな薄っぺらな言葉に価値なんて見出せない。そう感じた。
けれど書いたヤツがいる。意味なんてないのに、こんなところまで足を運んで、筆を手に取り、短冊の上を滑らせ、くだらねえ風習に則って、笹飾りの一番目立たない奥の方に結び付けたヤツがいる。
お前、バカなんじゃねえの。そんなもの、誰の目にだって届きゃしねえよ。ただの一人だって胸を打たれやしねえ。
ああそういや、どこの誰だか知らないが、得意げにこんなことを言ってたっけな。
『どうせ未来のお前は今の自分を思い出して後悔するんだろうな。なら今やり直せよその過去を。何十年後かの未来から今、戻ってきたんだよ』
お前もバカなんじゃねえのか。端から端までバカげていやがる。それができねえから言うんだろうが。ああ、やり直してえなぁ、って。なにをするでもなく、バカの一つ覚えにさ。そうしてやり直したい過去を余計に量産していくだけだ。残念なことにそのありがたいお言葉は、一番聞かせてやりたいクズどもには響かねえんだよ。
でさ、そんなことも分からずに本気でやり直せたらなんて夢を見るヤツはやっぱ、始末に負えねえよな。口にした言葉以上に、無価値な存在だ。
チャンスさえあればさもどうにかなるかのように言うが、仮に戻れたところでお前はお前のままなんだよ。お前はただ、目を背けたいだけだろうが。惨めで目も当てられないその姿が他でもない自分のものだと認めたくなくて、現実逃避しちゃったんだろ?
やり直せるわけがない。本来、願いの短冊の中に並んでいい言葉じゃないんだよ。
だからさ。
どうして吊るしたのか、オレ自身よく分からないんだ。
☆★☆
気が付けばオレは、酷くつまらない人間になってしまったもんだ。元から大した人間でもなかったが。マシだった時期はと問われれば、小学生時代くらいだろうか、ピンと来るのは。そこからのオレは、下り坂をずるずると情けなく滑り落ちるような人生を送ってきた。
どんなにバカでもどうとでもなったのが小学生時代。成長していく周りに取り残されたまま、ついに手遅れになった中学生時代。そして今、友達と呼べる友達を一人も作れないでいる高校生時代。
誰にも求められない人間の、存在は無価値だ。歯車から外れてなお生きる浮浪者を、誰が気にかけ必要とするだろう。オレは社会に属しながらも、限りなくそれに近かった。そのことがどうしようもなく、耐え難かった。オレの人生が無価値だなんて、そんな現実は。
オレは誰のためにもならない命を繋ぐために安アパートを借りて。その家賃すら学生のオレには重荷だから、したくもないコンビニのアルバイトで端金を稼ぐ。
そうまでして通っている高校も、全く楽しくない。友人がいないからな。
もう、こいつ、なんのために生きてんだろうな。惰性ってやつ。うだうだ言うなら変わればいいのに、自分を変えるほどの情熱も残っていないしな。カスみたいなプライドくらいか、持っているのは。ほんと笑えてくる。こんなクソみたいな人間が、オレ、七部実だなんて。
ごめんな、あの頃の純粋な七部実――。
「うわっなあウソだろ! だってうわ……ちんちくりんじゃん!」
オレの全身をまじまじ観察した自称過去のオレ改め実っこは、150後半の貧相なガリガリ体型を無慈悲にもそう評した。その童顔に本気で嫌そうな皺を浮かべながら。
「信じらんねえー! これが未来のボクとか最悪! うわー!」
なおもまくし立てる実っこ改めクソガキ、割とマジなトーンで絶望しているのが分かる。
「うわー! 死にてえーっ」
「はっ倒すぞ!?」
オレがクズだってことは散々自覚したあとだからいい加減追い討ちをやめろ。
過去のオレの無遠慮は天井知らずか。ここまでクソ生意気だったのオレ、嘘だろ?
つーかさ……。
「違うだろ!? こうじゃねーだろ! おい短冊お前ッ」
「うるっっさいなあー。うるさい」
「お前もなぁ!!」
ちくしょうっ、いい加減な仕事しやがって!
"やり直したい"をどう間違ったら"ガキの自分を連れて来い"になるんだよ!
安易にぶら下げた小っ恥ずかしい紙っぺらを今すぐにでも引きちぎりに行きたい気分だ。
だいたい未だに信じられない。非科学的にもほどがある。いや科学なんて全然分かんねえけども、これがありえない事象なことくらいはさすがに分かる。
同時に分かるのは、それでもこいつは限りなく"オレ自身"であるということだ。根拠なんてそんなもん、なんとなくだけれど、自分のことだから分かってしまうんだ。このガキは、どうしようもなくオレだ。
だからといって素直にそれを認められるかというと、そんなわけあるかという話で。オレこんなに生意気じゃなかったから。もう少し可愛げあったから。絶対にな。
実っこはなおもブツクサ文句を垂れている。腹立たしい。
「腹減った」
かと思えばおもむろに要求してきやがる。お前はポテチ食っただろうが!
「おい。腹減ったってば」
「やかましい! こちとら腹立ってんだよ!」
「……にーちゃん、それちょっと面白いな」
――こんなしょうもない言葉遊びに反応する辺り、嫌でも同じ血を感じてしまうのだった。
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