第6話 君の心の奥には何があるの?

「瞬、頑張ってな」

「おう。また明日」


 男子更衣室前。これから陸上部の練習がある瞬と放課後即帰宅主義の僕は、昇降口への道になっているそこで別れた。

 彼の放課後練習の無い水曜日は僕の最寄り駅まで一緒に帰るのだが、今日は火曜日だ。帰宅時間は約2時間違う。

 他の友達だって火曜は全員部活だ。ダンス部とか美術部とか、軽音楽部とか。

 まぁ、瞬以外は乗る路線が違うから、駅までしか一緒じゃないのだけれど。しかも自転車通学の奴だっているし。


 でも、週1回だけ最初から最後まで孤独というのは案外慣れないものだ。ほんの2ヶ月前までは、同じ団地の友達約5名と田舎の道を1キロ半程徒歩で帰っていたのだから(ちなみに僕もその5人もずっと帰宅部兼非リアだった。今はどうなのか分からないけど)。


 やっぱり部活が終わるまで待って一緒に帰ろうかな、そんな事を毎週のように思う。

 でもなんか女々しいし引かれそうだし、何より2時間もの膨大な時間を潰せる程勉強熱心な訳ではないし読書家な訳でもない。結局ぼっち帰宅というのが現実だ。


 でもやっぱり待とうかな、でも迷惑かな、そういえば軽音の陽向ひなたは火曜の練習1時間だけだよな、なんて思いながら通学靴を閉まっているロッカーをゆっくりと開ける。

 すると、足元から声が聞こえた。


「あの、明石くん」

「ほぁ!? あ、渡辺さんか」

「ちょっと動いてくれませんか? 私のロッカー真下なので……」

「え、ごめ」


 笑顔を絶やさない彼女に言われるがまま離れると、渡辺さんは律儀にお礼を言ってから靴を出した。

 ……待て。これは渡辺さんと帰れるチャンスなのでは?

 スクールバッグを肩にかけているので帰宅するのは確かだろう。自転車で帰るような感じでもないし、電車通学っぽい。

 でも、僕はこれまでに車内や駅のホームで彼女を見た事がない。つまり路線が違う。

 けれど、この辺りに駅はひとつしかない。乗車する駅は同じはずだ。

 短い時間でも隣に居たい。そう思った。

 僕の思い立ってからの行動は速いといつも言われる。既に歩いており、数メートル離れてしまっている渡辺さんに秒で追い付いた。


「渡辺さん!!」

「へ!? なにかありましたか?」


 ……よく唐突に大声を出すからめっちゃビビるとも言われる。僕は同性とか異性とか関係なく接し方が平等なんだなと実感した。

 でも、いまのはそんな事どうでもいい。接し方がああだこうだじゃなくて、結局は紡ぐ言葉で結果が左右される。……はずだ。


「今日、途中まででも一緒に帰りませんか……!!」


 思ったより大声が出てしまい。渡辺さんが再び驚く。

 すると、目を見開いて口を少し開けている彼女が、微笑みながら優しい声で返事をし始めた。


「良いですよ。電車ですか?」


 うん、電車と返し、彼女の少し後ろを歩き始めた。


 森田くんと一緒じゃないんですか。今日は部活だって。

 明石くんは何部ですか。帰宅部。

 渡辺さんは。手芸部です。


 最寄りの若枝わかえだ駅までは約1キロメートル。そこを談笑しながらおよそ20分かけて歩いた。


「明石くんはどこの駅で降りるんですか?」

東双葉ひがしふたば駅。渡辺さんは?」

「1つ先の西双葉です」


 意外近くに住んでいると分かり嬉しいが、それと同時に疑問点を見つけた。

 今まで通学中、一度も彼女を見た事がない。

 乗る車両が違うだけかもしれないが、それにしても2週間以上見かけないのは不思議だ。

 時間が違うのか? 思えば、僕は今の時刻の電車に乗り、さっき歩いてきた道をゆっくり進みすぎて遅刻した事が2回ある。けれど、渡辺さんが遅刻したという話を小耳にはさんだ事なんて一度もない。まぁ、1年生の4月なんて遅刻しない奴がほとんどだと思うけれど。


「渡辺さんってさ、何時のに乗っとる?」

「7時のです。明石くんは?」

「けっこう早くない?もう少し遅くてもええと思うけど。僕は45分の」

「……早起きを習慣づけといた方が良いかなって思いまして。」


 彼女は一瞬暗い顔をし、また笑顔になった直後、白米と揚げ物だけのお弁当は駄目ですよ、茶色ばっかりは風邪引きますと言い、僕は小さな声で返答してしまった。

 記憶力が良すぎる。それも優等生になるのに必要な条件なのだろうか。そうなんだとしたら、僕は一生優等生になれる気がしない。


 それにしても、すごく早い電車に乗っているんだな。東双葉から若枝までは約30分かかる。1駅だから、西双葉からもそれほど変わらないはずだ。

 そこから学校までは、分速80メートルで歩けば信号機で引っかかったとしても15分程。そう考えると彼女が到着しているのが8時になる前。始業が8時40分だ。手芸部にしては早すぎる。

 勉強でもしていれば40分なんてすぐに過ぎるのだろうか? けれど、ガリ勉とかそういう話なんて聞かない。宿題は出されて2日目で終わりそうなタイプだ。針と糸で何か作っているのだろうか。


 そう考えている間に電車が来た。笑顔を絶やさず、来ましたよと伝えてくれる渡辺さん。

 そのまま、彼女の足元付近だけを見て電車に乗った。


 笑顔を絶やさない。記憶力が良い。……なんか、どこぞのホームページで見た事ある気がする。

 微笑んでいる渡辺さん。さっきの暗い顔……


 そうだ。心に闇を抱えている人の特徴。

 過去に何かあったのだろうか。


 ……君の心の奥には、一体何があるんですか?




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