第5話 青が好きな君と、赤が好きな僕
あれから約2時間経ち、4時間目がやっと終わった。
「あのハゲの授業マジ退屈だったわ。さ、中庭行こうぜ」
「天才はええなぁ……」
鼻歌を歌いながら立ち、椅子をしまう瞬の顔は、憎たらしい程純粋な笑みを浮かべていた。
彼を授業中にチラッと見た時、確かに集中してなさそうだった。
けれど、先生に当てられると答えをすぐに答えていた。しかも合ってる。
生まれつき地頭が良いのだろう。神様から三物どころか何百物も与えられている気がする。
……まぁ、『ハゲ』は言っちゃ駄目だけど。
そんな事を思いながら、赤一色の弁当箱を持ち、瞬の後に続いた。
「森田ー、こっちー」
「おー」
中庭に出ると、すぐ瞬が呼ばれた。
その方向を見ると、見るからに身長が高い(おまけに顔面偏差値も高い)女子が可愛く手を振っていた。
彼女の隣にいるのは……ベンチに腰かけている渡辺さん。
「早く来てよ、時間なくなっちゃうじゃーん」
「ごめんって。じゃあとっとと食べるか」
あれ、なんか僕置いていかれてる?
ただのカップルがふたりきりで弁当食べるみたいなノリになってるけど、僕と渡辺さんが……
え、これ僕どうすれば? 渡辺さんと話せば良いの?
思考力があまりない僕がなんとなくキョロキョロしてみると、渡辺さんと目が合ってしまった。
肘の少し上まである、触らなくてもサラッサラだと分かる黒髪。顔の大きさに対して少し大きめな目。勿論綺麗。
めちゃくちゃ長いまつ毛、高めの鼻、小さな口、整った輪郭……って、何観察してるんだ僕。
じっと見てしまっていた。気付いた時には、渡辺さんが首をかしげていた。
うわー、変な人だって思われたかな。恥ずかしい……。
「……うー、叶ー?」
「へ!?」
「大丈夫かお前。渡辺の真ん前で赤面してたけど」
「だ、大丈夫……のはず?」
「いやなんで疑問系」
女々しい声が出てしまった。しかも赤面とか。
ヤバい、恥ずか死ぬ。
あぁ、できる事なら今すぐこの場から立ち去りたい。そして一生此処に行きたくない。
「おい叶、赤面して昼休み潰す気か。お前も早く座れ」
んで、俺の彼女の
中津……中庭……赤面……はぁ、中津さんと絡める気が全くしない。というか、今後彼女の顔を見ただけで発狂しそうだ。
「おい、あと25分だぞ、おい叶?」
「あっ、うん!!」
もうどうにでもなれ。勢いよく、渡辺さんの隣に座った。
「渡辺さん」
「なんですか?」
名前位は名乗らないと、と思い声をかけると、渡辺さんの美しい顔が視界の正面に映った。
心臓の鼓動がうるさい。止まってくれと願っても、言う事を聞いてくれない。
「あの、OKしてくれてありがとな。えっと、あっと、明石叶です」
やっとの思いで言い切り、顔を別方向に向けると、すぐに左隣から「こちらこそ」という声が聞こえた。
慌てて頭を動かすと、彼女の無邪気で純粋な笑みが見えた。
「誘ってくれてありがとうございます。今日もぼっち学食になりそうだったので……。名前は渡辺葵です」
はにかみながら返答をする姿に耐えきれなくなった。バッと目線を外してしまう。
また赤面してたかな、恥ずかしい。
ぼっちという言葉を知っている。返事が早い。
……分かってはいたけれど、コミュ力高いな。くそう。
「食べないんですか?」
「え? あ、はい、食べます」
校舎の壁に時計を見ると、5時間目開始まで約20分だった。
慌てて弁当箱を取り出し蓋を開けると、もやし1本が勢いよく跳んだ。
そいつは近くの花壇の土に直撃。……養分になれ。僕はもう知らない。
左には、口を開けず、上品にもぐもぐしている渡辺さん。彼女の弁当箱に目をやると、半分近く食べ終わっている。
対して僕は、まだもやし一本しかなくなっていない。しかも食べた訳でもない。
このままもじもじしていたら食べきれないかもしれない。そう悟った僕は、自分でも人が変わったようだと分かる程ガツガツ食べ始めた。
15分程経っただろうか。もやしの豆一つまでもを無事完食し、箸を置いた。
「……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
え、奇跡か。
まさかの同じタイミング。
発せられた、可愛く、少し小さめな声に反応して、思わず左を向いてしまった。
渡辺さんが僕の方を向いていて、目があった。
彼女を挟んだ先には、瞬中津カップルが楽しそうに会話をしているだろう。
でも、それすらも聞こえない程、再び心臓がバクバク鳴り始めた。
ヤバい。この状況から抜け出さないと。何か話さないと。
そう思った理由は分からない。でも、そうしないといけない気がした。
その時、ふと渡辺さんの弁当箱に目が行った。
外側が藍色、中が青色の弁当箱。水色の手ぬぐいが、箱の下に敷かれている。
……青が好きなのかな。これは話のネタになりそうだ。
「あの、あ、青。好きなん?」
「はい。なんか落ち着くので」
ガチガチに緊張しながら紡いだ言葉にも、彼女は笑顔で返答してくれた。
青は落ち着く。それは色のイメージで何処にでも書かれている。
けれど、もう2つか3つくらい意味があった筈だ。
確か、寂しいとか。マイナスな感情。黒が少し混ざったような青……つまり藍色とか紺色を見ていると、ブルーになるという記事を見た事がある。
現に、彼女の弁当箱の外側は藍色。
そんなこんな思っていると、渡辺さんの声が発せられた。
「明石くんこそ、赤好きなんですか?」
「え、あ、うん。明るい色、好きやから」
そう。僕も、橙色と赤の弁当箱。筆箱も赤だ。
なんかあったかいし、記事で見た時に僕にぴったりだと思ったから。
「明石くん、赤には血とか怒りっていう意味もあるらしいけど、殺したいくらい憎んでる人でもいるんですか?」
「へ!? いやいや、おらんよ!!」
「そうですか。じゃあ暖かいからですか?」
「お、うん……」
突然名前を呼ばれたので何事かと思ったけれど、色の事だった。
何か悪い事したかなと思ったのでほっとしたけれど、一つ疑問に思った。
渡辺さんは赤の意味を知っている。
じゃあ、青の意味も知っているのではないか? 寂しい、冷静とかそんな感じの。
「私の目に目やにでも付いてます?」
「え、いや、付いてないよ」
くりくりした目の奥に何かありそうだと思い、ついまじまじと見てしまった。
なんか僕、引かれるような事を短時間で沢山してしまった気がする。
その時。
5時間目が始まるチャイムが鳴り響いた。
「あ、やべ。ていうか次の授業って……」
「……古典。先生厳しいで」
その後、4人共約5分遅れで教室に入り、教壇に居た先生に説教を受けたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます