第2話

 がらりと扉を開ける。構造は同じだ。後ろの黒板に、自分たちの学年がマーカーで書いた日直表があの時のまま残されている。

「まさか20年以上も残るなんてなぁ」

 床はちょっと傾いている。こんな所も昔と同じ。

 まばらに置かれた机の一つに手を当てる。

 確か、このへんに座っていた。


『どうしたの』


 声が。

 月長石の鈴を振るよな声が、20年の歳月を消し去った。

 黒に近い濃紺に、スミレ色のスカーフ。襟の白線は三本、プリーツスカートは上着と同じ色。

 今の子たちじゃない。服が違う。

 これは、私の制服だ。

 長いつやつやの黒髪を二つに分けて、それぞれ耳の下で結んでる。切れ長の目、ぱっつんとまっすぐに切った前髪は眉のすぐ上。

 桜貝のような唇から、白い歯がのぞく。


『どうしたの?』


 少女の私が答える。

「スカーフが、上手く結べないの。どんなにきれいにたたんでも、結ぶとだらーんとなっちゃう」

「教えてあげる」

 指が重なる。ほっそりした白い指は、日に焼けた私の手とは別世界。

「こうやってね、真ん中で一回結ぶと短くなるんだよ」

 当時は短く、小さく結ぶのが流行っていたのだ。リボンのようにふんわりと。胸元にとまるスミレ色の蝶。

 

 たかだか人生の3年間。忘れられない3年間。同じ場所に戻っても、もはや二度とは還らない。

 だって、ほら。

 彼女はあまりに透明で、背後に黒板が透けて見える。

 言葉を交わすより早く。

 まばたきよりも早く、消えてしまった。


 見知らぬ町の見知らぬ母校でただ一人、迎えてくれたあなた。


(スミレ色の蝶/了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スミレ色の蝶 十海 @toumi_t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ