スミレ色の蝶

十海

第1話

「うわっ、マジか」

 母校で教えることになった。春の辞令。教師になって20年めにして地元に里帰り。

 実家はとうに引っ越した。知る人とて既にいない。当時覚えていた店は軒並みシャッターを下ろし、道一つずれた場所に新しい店が並ぶ。

 ただ母校だけは、ほぼ記憶の中の姿を保っていた。

「マジか」

 何よりびっくりしたのは、北の旧校舎がまだ現役だったことだ。

 30年前っから既に旧校舎扱いで「来年は取り壊す」「来年こそ取り壊す」と言われ続けて結局、在学中はそのままだった。自分が入学した年にできたはずの新校舎は既に建て替えられていると言うのに。

「さすが昭和の遺産は丈夫だな」

 いや、まだ現役か。


 二重の窓、分厚い壁。建設された当時、頭上をひっきりなしに飛び交っていた戦闘機の音を遮断するために作られた。

 今もなお、外の音を遮断し、放課後は恐ろしいほどの静寂に包まれる。

「先生さようならー」

「はい、お気を付けてー」

 あかね色の夕陽を浴びて、生徒を見送り校内を回る。

 生徒の数もめっきり減った今、さすがに北の旧校舎は教室としては使われてはいない。

 その防音性と暗さをフルに活かして、演劇部やダンス部の練習に威力を発揮している。

 あと、YouTu部。(誰だ、このだじゃれ考えた奴)カーテンと窓を閉め切れば配信にうってつけだそうな。

 人は変わる。文化も変わる。

 変わってないのは建物だけ。


 変わっていて当然。私はたかだか人生の3年を、この建物に預けていただけなのだから。

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