第12話陰陽の書物

 真っ白な九尾の狐は雪という。

 蒼い瞳で書物によれば、この家にとり憑いておったそうだ。

 雪は強く、家を害す者を殺し、その者の魂と頭蓋を操る妖力を持っておったそうだ。

 この書物は、その雪という妖が綴ったものだったらしく、文字が妖の力で理解できぬようにされておったせいであったのだ。

 それでも、聞いたことのない言葉ばかりだ。

 折角、文字を直してもわからぬのだ。

 影忍を呼んで問えば、造語だと答えた。

 この妖が造った言葉なのだから、わかるはずもない、と。

 そして、何故影忍がそれを理解できたのかと問う。

 すると、何故なのか思い出せないと唸った。

 言葉の意味や、妖の文字はわかる。

 それでも、何故なのかはどうしても思い出せない。

 それが嘘というわけでもないようで、暫く書物と睨み合っていた。

 そして絞り出した答えはこうだ。

 自分に妖の血でも流れていて、それが読ませているのかもしれない、と。

 生憎、親の顔も覚えておらぬ、というのだからどうとも言えぬが。

 自身の先祖なぞに興味を持ったこともないとまで言うのだから、わからぬのも当然か。

「お主は不思議な奴だな。とすると、人ではないのやもしれぬ。」

「…何を仰る。元より、人様ではありませぬ。」

 その言葉には、単に己が妖であるというのではなく…別の意味が込められておるように聞こえた。

 この違和感に口を開きかけたが、それをその人差し指が唇に乗って止められた。

「…たとえ妖であっても、貴方様の忍には変わりはありませぬ。そして、それがそうであることに何ら問題もありませぬ。」

 その言葉と指に、何か術でもあったのかもしれぬ。

 某の言葉は、指が退いても封じられたままだった。

 言おうと思うても、それだけを許さぬかのように声が出ぬ。

 ただただ、口を開閉させるだけ。

 それを面白がるでもなく、当然であるかのように何の反応もせぬのだから、きっとそうなのだ。

「…今更、この忍に鎖をかけたこと、後悔せぬよう御願い致します。」

「某が、後悔なぞすると思うてか。」

 すると目を細めて障子を開いた。

「…いいえ。一寸も。後悔させるつもりも御座いませぬ。」

 そう言うて外へと歩む。

 障子が閉まるそのあと少しを狙って、笑うてやった。

「お主も、某に仕えたことを後悔せぬようにな。」

 ぴたりと障子が止まった。

 影が、振り向く。

「……御冗談を。この忍が後悔なぞ、できるはずもありませぬ。」

 それからぱたんと障子は閉まった。

 もう、静けさばかりが残るのみ。

 揺らめく蝋燭の灯火が、失せた影を映し出す。

 これを、残し影…残影という。

 残影というのは、面影ともいうが影忍が残すこれはそれとはまた異なる。

 そこにおるように映るのだが、勿論おらぬ。

 火を消そうとも、そこに在り続けるのだ。

 闇夜の中、それよりも深い黒として。

 最初は某も恐れたが、害はない。

 影分身と似たようなものらしく、護衛をしておるとも言っておった。

 これ自体が意思を持っておるわけではないが、何かあれば直ぐ様これから姿を出せる通り道というわけだ。

 不気味なことには変わりないが…。

 客人が来たときには、妖か霊かと騒ぎにならぬようせねばならぬな。

「後悔……か…。寧ろ、放つ方が危うかろう。そう思わぬか?」

 天井に声を投げてやる。

「ええ。確かに。」

 落ち着いた声が落ちてくる。

 恐ろしい者を影にしてしまった。

 さて、あれの忠義は如何程か。

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