第11話時を越えて
書物の整理をと思い、あれやこれやと気になる書物を開いて見ておれば不思議な書物が紛れておった。
読もうにも、知らぬ文字ばかり。
「忍、読めぬか?」
天井に声を投げれば、影忍がすとんと降りてきた。
書物を手渡す。
つつつ、と指で文字をなぞり静かに読み進めてゆくそれは、難しい顔をしておった。
もしかすると、報告書を書くにもそのような顔を浮かべておるのだろうか。
眉間にしわを寄せて、目は文字を追うばかり。
少しして顔を上げた。
「わかったか?」
「…内容を、知りたいのですか?」
ということは、あまり良いとは言えぬ内容なのかもしれぬ。
「読まぬ方が良いものか?」
「…どうでしょうね。良いも悪しもありませぬ。」
再び書物に目を落とす。
捲って、読み進めてゆく。
微妙な反応だった。
悪くはないが、良いとも言えぬ書物とはなんだ。
「…知りたいと仰るのであれば、これを読めるものへ書き直し致しましょう。」
「それは、お主の仕事が増えるだけではないか。」
「…本望ですが?」
小首を傾げて、そう言うたこやつは書物を閉じる。
今でも恐ろしく忙しい身であるのに、さらに仕事を望むのか。
過労で倒れたのを忘れたわけではあるまい。
こやつが過労で倒れたことによって仕事を見直せば、いくら伝説といえど倒れるのも当然と言うべき状況だったのだぞ。
ひとつやふたつ、変わらぬとは言ってられぬ。
「よい。また倒れられては困るからな!」
「…そうですか。」
何処か残念そうな声だった。
働きたいという意思は何処の忍にも勝るらしい。
気を付けてやらぬと、危ういな。
「…して、何だこれは。」
「…以前、読めぬ書物が、」
「それはわかっておる。そのような暇、何処にあった。」
途端に遠い目になりおった。
休めという小言を聞き流す気しかないようだ。
大方、寝や食の少しを取って書き直したのであろう。
「で、何故あの文字が読めるのだ。忍いろはならば某にも読めるが、あれは違う。」
「…このお武家様の先祖は陰陽師なのでしょうか。」
それとこれとに、何の関係があると言うのであろうか。
「確か…倉にそのような道具も残っておったな。」
「…で、あれば辻褄が合います。」
「文字と、か?」
「…では、これにて。」
待て、と声が出る前に消えおった。
試しに、他の忍に読ませてみたがわからぬばかり。
あやつが書き直した書物を読む他あるまいに。
これ以降、あやつに聞けども何の話もなかった。
武雷家はその昔、妖と共に生きる陰陽師の家だった。
武雷家の者は必ず五つの歳になると、妖を従えることが決まりであったそうな。
武雷家で最も優れた陰陽師が従えておった妖は、九つの尾を持つ狐の妖。
それの毛色は雪のように真っ白だという。
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