第36話 運命の日(4)
そういう訳で僕達は空き教室にやって来たのですが。
というか、はるか――この場合、エリザと呼べば良いか? まあ、どちらでも良いのだろうけれど――と二人きりで居ること自体が僕にとっては嫌なことなのだけれど。普通に考えてくれ。この世界をラブコメ世界にしたくない天使と一緒に居るんだ。普通なら、天使が居れば喜ぶのかもしれないけれど、僕が居るか居ないかでラブコメ世界になるかどうかが決まってしまうという状態――なら、どうすれば良いのか、分かっているんじゃないか?
「良く普通に来てくれたわね。まあ、その方がこちらとしては楽だったのだけれど」
「……あそこで断ったら、それはそれで面倒なことになると思ったのでね。で? 急に僕を呼び出して何がしたいんだ?」
「無論、ラブコメ世界の滅亡よ」
恐ろしいこと言いやがって。
「それじゃ、どうするつもりだ? まさか僕をここで殺すか?」
「あなたが無視し続けるならその選択肢もあったけれど……。でもまあ、無益な殺生はしたくないの」
「言ってくれるねえ。で? 僕はどうすれば良い訳?」
「……あなたがやることはたった一つよ。この世界をラブコメ世界にすることを諦めて貰う。ただそれだけ。それが出来なければあなたはここで……死んで貰う」
「……そりゃ物騒な話だ」
「いずれにせよ、もうあなたは何も出来ない。これ以上ラブコメ世界を構築させる訳にはいかない」
「……ずっと前から聞きたかったんだが」
「何?」
「どうして、お前達ってラブコメ世界にさせたくないんだ? 何か理由でもあるんだろうな?」
「……世界にはそれぞれ役割があるのよ。ファンタジーな世界、ラブコメな世界、ヒューマンドラマな世界……数は限りなく存在している。そしてそれを『構築』しているのが作家と呼ばれる存在。その存在は絶対不可侵であり、絶対服従が必須なの。そして、この世界はラブコメでもファンタジーでもなく、とある世界のバックアップとして生まれた。バックアップが使われるまでは別の世界として生きて良いのだけれど、バックアップがバックアップとしての役割を果たす時が来たら、……その時はバックアップはバックアップとして動かなくてはならない。意味が分かるかしら?」
「……分からねえよ。分からねえよ、そんなの」
それってつまり。
神の気まぐれによるもの、ってことじゃねえかよ……。
「あ、一応言っておくけれど、神ガラムドと作家の価値観は一致していないわ。というか、神と作家は別人格と捉えた方が良いと思うわよ。……何故そう言い切れるのか、って? 何故なら、神ガラムドは管理業務を若干放棄している節があるからよ」
「管理業務を……放棄? それって、神として成立しているのか?」
「しているからお困りなの。上が無能だと下に居る天使も大変って訳。分かる?」
いや、分かるとか分からないとかの話じゃないんだが。
「……物語には『山場』ってものが必要な訳。そして、その山場というのが、一番大事なポイントなの。普通に進んでいく日常だけじゃつまらないでしょう? 例えばあなた達の世界にあるドラマとかアニメとか、或いは小説とか? 小説が一番良い例かもしれないわね。二百ページぐらい書いたら山場がやって来る感じ。分かる?」
「いや、書いたことないから分からないけれど。読んだことぐらいかな」
「ちなみに何を?」
「『涼宮ハルヒの憂鬱』」
「……それはもう少し時間のかかりそうなお話しね」
「……でも憂鬱は面白いんだよ。未だに台詞をそらで言えるからな。ちなみに僕は持っていない。佳久がライトノベル好きでな、本を貸して貰うんだ。ちなみに貸して貰った本はその他に『お・り・が・み』とか」
「……絶妙に古いチョイスね」
「だろ?」
「……話を戻すのだけれど、あなたはやっぱりラブコメな世界を望むという訳?」
「うーん、望むというか望まないというか……。やっぱり僕としては僕の生き方を望むというか」
「どういうこと?」
「つまり、君達の命令には従わないということだ」
「良く言えるわね。私が目の前に居るというのに」
ヴン、と音が響き渡った。
刹那、エリザの右手には何か小刻みに振動している刀のようなものが握られていた。
「これぞ神界の技術、ハイパーブレード。これによって刻まれた断面は波打ち、回復を遅くさせる。これであなたを完膚なきまでに叩き潰す。……神が味方に居れば、『データの削除』で一発なのだけれど、どうにもそうはいかないようだからね。安心して、なるべく苦しまないように殺してあげる」
「そ、そういう問題じゃねえよ……!」
「安心して。安心すれば救われるわ。それに魂も還元される。別の世界で生きていくことが出来るの。この世界で生きていくことが出来なくても、別の世界で生きていけば良いのよ。あなただけじゃない。それ以外の存在だって、そう。この世界で生きていくことは出来ない。だけれど……」
「いいや、それは『必然』でも『偶然』でもない! この世界で生きていくことが大事なんだよ!!」
「それを量子コンピュータに言ってご覧なさい? どうせ『ただの一欠片の可能性』と言われるのがオチよ。チャンスは与えないけれど。というか、あなたはここでお終いな訳だし」
そして、僕の肩にブレードが振り翳された。
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