第37話 運命の日(5)
「……まさか、あなたがここで出てくるとは思いもしませんでしたよ」
ブレードがいつまで経ってもやってこない。いや、来たらそれはそれで困るのだが。どうしてだろう――と思っていたら、エリザがそんなことを言い出した。
恐る恐る目を開ける。すると目の前に広がっていたのは――。
「よし……ひさ?」
天使だった。
白い翼の生えた天使が――正確に言えば、佳久の顔をした天使が、僕の目の前に立っていた。
いや、もっと言ってしまえばそれは――やはり、佳久としか言い様がなかった。
「佳久! どうしてこんなところに? というか、お前、どうして学校に来なかったんだ? というか、その姿は……」
「あー、もう、色々質問されても答えるのは一回ずつしか出来ねえっての」
佳久は持っていた槍を、ぐるぐると振り回し、やがてそれを床に突き刺した。
ブレードを跳ね返されたエリザは、明らかに動揺していた。
「ちいっ! どうして、あなたがこんなところに居るんですか、サリエル!」
「サリエル……?」
「とどのつまりが、俺も天使って訳さ」
「天使ではない、堕天使だろうが!!」
「手厳しいねえ。ま、そりゃ、その通りなんだけれど、さ!」
ヴン!! と。
槍を振り回す佳久。
ブレードを構えて、佳久――ええと、どちらで呼べば良いのか分からないけれど、取り敢えず統一しておくべきか? だとしたら、佳久じゃなくてサリエル? になるのだけれど――めがけて構えるエリザ。
二人の動きは、一進一退だった。
どちらも譲ることはない。
どちらも譲るはずがない。
はっきり言って、この勝負――体力勝負になるのだろう、と勝手にイメージしていた。
それは僕の予想であり、それは僕の想定であり、それは僕の勝手であった。
しかしながら。
「うおおおおおおっ!!」
エリザはブレードをサリエルに突き立てようとする。
しかし、すんでの所でサリエルはブレードを槍で突き返した。
「無駄だ!」
サリエルは涼しい顔をしている。
対して、エリザはかなり汗をかいている様子だった。
はっきり言って、余裕があるのがどちらかというのは――言わずとも分かることだろう。
「サリエル……サリエルサリエルサリエル! あなたさえ、あなたさえ居なければ、全て計画は上手く行ったんですよ! あなたさえ、あなたさえ居なければ!!」
「果たしてどうかな?」
サリエルは、エリザをおちょくるように話を続ける。
「君達の計画ははっきり言って節穴だらけだ。そんな計画が人間に通用するとでも? かつて知恵の木の実を奪われ、生命の木の実すら奪われそうになった、神に対抗出来る唯一の存在、人間に」
「……黙れ」
一言。
それは口火を切る合図だったのかもしれない。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
怨嗟の如く、響き渡る『黙れ』の一言。それを聞いていた僕達は、ただ立ち止まることしか出来なかった。
「何が言いたい? 所詮、堕天使であるあなたが! 何をしようというの! 所詮、あなたは神に裏切られた存在だというのに!?」
「裏切ったか裏切られたかの問題じゃない」
しかし、そんな戯言をサリエルはたった一言で切り裂いた。
「……黙れ」
「そうやって否定していくのが間違いなんじゃないかな? 分からないと思っているのかもしれない。間違っているということが認識出来ないのかもしれない。でも、だとしても、君達はいつか考える時がやって来るはずだ。人間とはどういう存在なのか、ただのデータである人間に何が出来るのか、ということについて」
「黙れ、黙れ、黙れぇええええっ!!」
「もう思考も出来なくなったか? 天使」
サリエルは槍を構える。
それを見てエリザもブレードを構えた。
数瞬、二人の間に沈黙が生まれた。
そして。
そして。
そして、だ。
刹那、二人が切り込んだ。
それはあっという間の出来事だった。
それはとっても簡単な出来事だった。
それはゆっくりとした出来事だった。
でも。
だとしても。
目の前に広がっている光景は決して嘘偽りなく存在している世界だということを、僕は認識しなくてはならないだろう。
エリザの身体を、サリエルの持つ槍が貫いていた。
「か……はっ」
血を吐くエリザ。その血はサリエルの背中にぽたりと落ちる。
「終わりだよ……何もかも」
エリザがぐったりと倒れ込む。
サリエルはそれを受け取ると、そのまま彼女から槍を引き抜き、床に横たわらせた。
「……さてと、色々と話があるんだ。隼人」
踵を返し、僕の方を向いたサリエル――いや、今は佳久と呼ぶべきだろう。
「何を語るんだ?」
僕は佳久に問いかけていた。
佳久は笑みを浮かべて、僕のポケットを指さした。
「先ずは一緒に話すべき相手を呼び出そう。何、簡単なことさ。LINEで呼び出せるお手軽な相手が居るだろう?」
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