第32話 体育祭(13)
「それでは閉会式を始めます」
長かった体育祭もこれにてお終い。
後は各クラスによっては交流会に似た宴会が開かれることもあるのだろうけれど、我がクラスにはそれがない。交流がない、といえばそれまでだけれど、しかしながら、僕にとっては寧ろそれが有難いような気がした。今、僕は二人に会ったところで話が出来るとも思えなかったから――。
電話が鳴り、僕は出る。
「……何だ、お前か」
『お前か、とは何ですか、お前か、とは! 私は気になって仕方がないから、心配してかけたというのに!』
「……心配されたところで何も変わらねえよ。で? いったい何の用事?」
『えーと……体育祭優勝おめでとうございます?』
「……そのためだけに連絡したなら、ほんとうに電話を切るぞ。こちとら疲れているし、それに、あまり体育祭に貢献出来たとも思えないしな」
『あら、謙虚ですね。素直で謙虚な人間は、悪くないですよ。嫌いじゃない、と言っておきます』
「お前……」
『それはそれとして! ……どうですか? そろそろ二人のうちどちらかを選ぶ準備が出来てきましたか?』
「……そんなの」
出来る筈がないだろう。
出来る訳がないだろう。
僕は独りごちった。
「……言える訳ないだろ」
『…………そうですか。そう言われたら、仕方ないですね。私としても、何も言えません。けれど、私としてはさっさと道を決めて欲しい気持ちもあるのですけれどね……。でもまあ、「もう一つの可能性」にかけているのかな? だとしたら、それはそれで良いことですが。でも、それって、特異点になるようなことなので、非常に可能性が低いことですよ?』
「……何を言っているんだよ」
『だーかーらー、言ったじゃないですか、私。世界を滅ぼしたくなければ、二人のうちどちらかを選べ、って。選ばないなら選ばないってルートもありますけれど、この世界を管理しているコンピュータが「滅ぼせ」ってなったら滅ぼさざるを得ない。そのように管理されていますからね』
「……そうだ」
確かに、ガラムドはそんなことを言っていた。
でも、だからといって、それを。
今持ち込むことなんてないんじゃないか――。
『言いたくないなら言いたくない、でも良いですけれど、時間だけは守ってくださいよ? 時間は、七月末。……学校のやることなんてもう殆ど残っていないんじゃないんですか? ……あー、学力テストが残っているけれど、正直それは大したイベントじゃないしなー』
「……いや、」
いやいやいや。
学力テストは立派なイベントの一つだろ!?
僕達がこの学校でやっていけるかどうか、そして次の学年に上がれるかどうかを決める、大事な大事なテストだっていうのに、それを『大したイベントじゃない』だって? そんなの、お前の尺度で物事を推し量っただけに過ぎないじゃないか。何を言っているんだよ。
『だって、学力テストは必要ないでしょう? ラブコメを続けて行くにあたって』
……ああ。もしかして……。
ガラムドがラブコメにするか否か、全てを決めているのではないか?
ラブコメかラブコメでないかということについて、それを決めているのはガラムドなのではないか?
だとすれば――そう。だとすれば、様々な事由にについても納得出来る節がある。
ここまでラブコメな世界を後押ししてきたガラムド。
そして、それを否だと認定した天使達。
どちらが正しいのか、今までは言わずもがなのことだったのだが、ここに来て全てが分からなくなってきた。
いったい僕は、何を信じれば良い?
僕は何を信じてやれば良いんだ?
分からない。分からない。――分からない。
「……なあ、ガラムド」
『何でしょう?』
「僕は――僕は、お前のことを信頼して良いんだよな?」
それを聞いて、口を噤むガラムド。
恐らく僕の度量を見極めているのかもしれない。
見捨てられる可能性だってあった。
見放される可能性だって、あった。
無視される可能性だって、あった。
だけれど、僕はそう言った。
『信頼して良いに決まっているでしょう。何せ私は神様ですよ? どんなことだってやってのける最強の存在ですよ? そんなあなたが、認められないというのなら、私という存在はどうなってしまうんですか。分かった物じゃありませんよ』
そう、言ったところで。
何が変わるとも思えなかった。
何かが変わるとは思えなかった。
何も変わらないと思っていた。
そう、あるべきだったのだ。
僕と、彼女の考え方は。
そういう道を進んでいくべきだったのだ。
寧ろ、人それぞれ、歩いていく道があるのだ。
それを遮られたり、阻まれたり、拒まれたりする筋合いなど何一つ存在しないのだ。
『何を考えているのか分かりませんけれど』
ガラムドは、言った。
僕に叩き付けるように、言った。
『私のことを信用出来ないなら、どうしてあなたは今私と話しているんですか?』
それは――。
何も言えなかった。
何も言い出せなかった。
何も答えられなかった。
僕は――何と言えば良かったのだろう?
そう思いながら、体育祭は幕を下ろす。
七月末まで――残りあと僅か。
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