第31話 体育祭(12)

 結局。

 僕はただ、決断することは出来ても、それについての理由は、ただの適当に出来ないのだった。

 しかしながら。

 嘉神ひかりは、違う。

 彼女は彼女なりの生き方をし、彼女なりの選択を取り、彼女なりの道を示した。その道が何か、って? そんなの、言わずもがな、というやつだろう。

 では、実際問題。

 僕はどう生きてきたのだろうか?

 神ガラムドは何も言っていない。僕の『選択』については。

 ならば、一体どうして。


「あ、あ、あーっ! ゴール、ゴールしましたっ! 青組のアンカーである嘉神ひかり選手が今倒れ込みながらゴールしました!」


 ドッ、と歓声が沸き上がる。

 それを聞いた僕は我に返り、その光景を目の当たりにした。

 ひかりが誰かに肩を借りながら歩いている。そして、その手には一位を示す金色の旗があった。


「……はは、はは。ほんとうに、ほんとうにやっちゃったよ、お姉ちゃん」


 のぞみも、これについては感無量といった感じだった。

 実際のところ、他のチームがアンカーに三年生を起用する中、我が青組(というと仰々しいのだが)はひかりを選出していた。選出したのは、主に陸上部の顧問である榊原先生。ならば、どうして彼女を選出したのだろう。やはり『勝ち』のビジョンが見えていたのだろうか。

 選出した先生も先生だが、それを信用した僕たちチームメイトもチームメイトである。何故なら彼女は一年生。どんな実績があろうと、アンカーは三年生に譲り渡すべき、というのが常としてあったのだろうから。

 ひかりが戻ってくる。僕達はそれを笑顔で出迎えた。おめでとう、お疲れ様、といった称賛の声が鳴り止まない。そしてそれを受けた彼女は一種の高揚感に包まれているためか、ずっと笑顔を見せている。


「のぞみ、隼人! ……えへへ、私、一位取っちゃった。凄くない? かなり頑張った方なんじゃない?」

「ああ、凄い……凄かったよ、ひかり」

「ほんと、ほんと! ラストスパートの走りなんか凄かったんだから!」

「えへへ。二人ともありがとう。実はここまでやれるとは思ってなかったんだ。でも期待には応えないと、と思って……。だから、そう言われると、ほんとうに嬉しい」


 ああ。そうなんだ。ひかりは、ずっと頑張ってきたじゃないか。それを『代償』として今回の成果を手に入れたんじゃないか。

 運も実力のうち、なんていう言葉があるけれど、やはりこういうのは、努力しないと何も始まらない。努力する者は報われ、努力しない者はいくら言ったところで報われるはずがないのだ。

 では。

 では、僕は?

 僕はどちら側に立っている?


「……分からない」


 ぽつり、呟いてしまった。

 ぽつり、そう答えてしまった。

 僕は、僕がとても……恥ずかしい。

 僕が僕であるために、僕が僕で有り続けるために。

 行動しなくてはならないのだ。生き続けなくてはならないのだ。

 で、あるならば。


「……隼人くん?」


 声をかけられ、立ち止まる。

 僕は、どうすれば良いのだろうか?

 僕は、どうあるべきなのだろうか?

 分からない。

 答えは……見えてこない。

 この時、もしガラムドが監視していて、連絡出来る状態にあるのならば、ガラムドからの有難いアドバイスを聞くことが出来たはずだ、と思う。

 でも、今はガラムドからアドバイスを受けることが出来ない。別にLINEをすれば良い話なのだけれど、今はその機会ではない。


「……ねえ、隼人くん? どうしたの?」


 再び、のぞみからの声。

 僕はそれに応えなくてはならない。

 そう思って、僕は口を開いた。


「……別に何でもないよ、どうかしたのかい、のぞみ?」

「う、ううん」


 少し言葉を噤んだような気がしたが、彼女の話は続けられる。


「お、お姉ちゃんが無事に完走して、しかも一位、ってなったのに、全然隼人くんは反応しないから。私気になっちゃって! あ、でも気にしていないのかな? 分からないや。私としては、お姉ちゃんの勇姿を称えて欲しいところなのだけれど!」


 お姉ちゃんの勇姿、か。

 確かにひかりは頑張った。その勇姿だけは称えてやらねばならないところがあるのだと、思う。

 しかし。

 しかし。

 しかし、だ。

 僕の考えている『価値観』と、彼女の考えている『価値観』とでは大きく違うのではないのだろうか?

 僕は考える。その価値観が正しいのか否か、考えなくてはならない、その可能性について。

 僕は考える。やがて訪れる終焉、そのために僕はどう動くのが正解なのか、ということについて。

 難しい。

 一言で語ることは、難しい、と思う。実際問題、それが正しいかどうかなんて言い切ることが出来る人は数少ないのだ。であるならば、やはりその考えは難しい価値観であると考えるに至ることが容易だろう。

 いや、しかし。

 考えたところで、何かが終わる訳でも始まる訳でもない。全ては理路整然。ただ単純に起こることの重ね合わせに過ぎないのだ、と。


「……隼人くん!」


 のぞみからの声を聞いて、我に返る。

 僕は……僕は、何をしていた?


「隼人くん、何処かに行っちゃうような気がして……凄く、凄く、心配したのに」


 僕を?

 心配したって?

 いや、のぞみの言葉を見放すつもりはない。しかしながら、その言葉に何の意味があるのか、ということを考える。それについては、何の意味も見出せていない。


「……私は、寂しいよ」


 のぞみが、僕の肩に触れる。

 それだけで、僕はとてつもない安心感に包まれる。

 僕は、僕は、僕は……どうすれば良い?

 その答えを、のぞみが、ひかりが、彼女達が、持っているような気がして。

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