第29話 体育祭(10)

 じゃあ、結局。

 パン食い競争に参加した人間は、ただの二流か三流の人間なのだろうか?

 否、否、否。断じて否。絶対にそんなことは有り得ないし、有り得る訳がない。

 僕は、二流にも三流にも引き下がるつもりは毛頭ない。

 僕は、ただの人間に成り下がるつもりも、神にこうべを垂れるつもりも毛頭ない。

 では、どうすれば良いのだろうか?

 では、どう動けば良いのだろうか?

 見えているはずだろう、十文字隼人。

 分かっているはずだろう、十文字隼人!

 お前は、ラブコメな世界を作り出すのでも、それ以外の世界を望むのでもない。

 だからといって、どうすれば良いのか悩んでいく訳でもない。それはあまりにも時間がなさすぎる。

 では、どうすれば良いのか?

 第三の選択肢を見つければ良いんじゃないのか?

 ラブコメな世界にするために、ひかりを選ぶルートじゃなく、のぞみを選ぶルートじゃなく。

 二人を選ぶルートだって、あるんじゃないか?

 僕が決めるルートだって、あるんじゃないか?

 神に決められたルートを選ぶ意味なんて、ないんじゃないか?

 ……後半は話が逸れてしまったけれど、要するに、このまま進めて良いのか――ということ。

 答えは間違っていない。

 答えは正しいはずだ。

 その先にあるものが何なのか――今の僕には、何も分からないのだけれど。



   ※



「これから、パン食い競争を開始します」


 アナウンスが聞こえて、僕達は入場を開始する。見ると確かにスポーツで優秀そうな人間は居なさそうだった。まあ、当然だよな。点数的に低い競技だし、実際に走るというよりかは上手くパンを取れるかどうか、ってところに話が行く訳だし。

 でもまあ、そこをサボるとどうなるか、って話でもある。それが上手くいかなかったら、何一つ進まないのだ。たとえ一つの競技を捨ててしまったとしても、それが最終的に積み重なってしまうだろう。それだけは避けなくてはならないのだ。それだけは、防がなくてはいけないのだ。

 僕は四番目。少しだけ時間に余裕がある。だからといって、スマートフォンを操作する訳にもいかないのだけれど。

 四番目だからといって、何かするのかというとそうでもない。

 ただ、前を走る選手にエールを送るだけしか出来ない。

 それをしたところで何が変わるのか――言われてしまったら、何も答えられないのだけれど。

 そして、やって来た僕の番。

 僕はスタートラインに立ち、クラウチングスタートの姿勢を取る。

 そういえば、クラウチングスタートってどういう意味だったっけ? 僕は脳内の辞書に照らし合わせた。

 クラウチングスタート……ええと、どういう意味だったかな? 確か、『屈む』って意味だったような気がする。使われるのは、四百メートル以内の競争について。

 じゃあ、パン食い競争にそんな仰々しいスタート形式を使う必要ないんじゃないか、って? 確かにその通りかもしれない。でも、こういうのは形から入っていくのが大事なのだ。形から入る、これ大事。

 では、どうすれば良いのか、って?

 答えは単純明快。長いものには巻かれろ、という精神だ。


「位置について、」


 一斉に、クラウチングスタートの姿勢を取る。


「用意」


 立ち上がる。ただし姿勢は最後まで立ち上がらない。


「どん!」


 銃声。

 一斉に、僕達はスタートラインを切った。

 それだけのことだったのに。

 それだけのことなのに。

 僕は、競争という言葉の意味を思い知らされることになるのだった。

 速い。競争とはここまで『変わることの出来る』ものなのか。

 僕には分からない。僕は分からない。僕が、僕が、僕が――!

 走れ。走れ。走れ――!

 動け、動け、動け――!

 走ったところで、何が生まれる?

 走ったところで、何が出来る?

 分かったところで、分からないところで、分かり合えるところで――!

 僕は走る。走る。走る。

 そして、パンをターゲットする。

 パンを目にして――動きを獣にする人間が増えた。

 僕は動くことが出来ない。動こうとすることが出来ない。動くということが許されない。


「行けっ……!」


 僕は、パンを食う。

 そして、後は走るだけだ。

 行け、行け、行け――!


「僕は前に出るんだ。急いで前に出るって……、」



 ――決めたんだ!



 そして、僕は前に一歩踏み出した。



   ※



「……二番、だったか」


 僕は銀色のフラッグを受け取って、元の席に戻ってきた。


「おう、隼人。二位だったな? でもまあ、殊勝殊勝。良かったじゃないか」


 言ってきたのはひかりだった。のぞみもおどおどした様子で僕を眺めている。

 いったい全体、どうしているのだろうか?


「あ、あの、隼人くん。おめでとう。私も応援していたよ!」

「おう。そうか。ありがとうな」


 二人からそう言われて、僕は天にも昇る心地だった。……いや、昇天したら死んでしまうのでは?

 僕はそんなことを思いながら、席に座るのだった。


「……これから、後はリレーだけか。頑張れよ、ひかり」

「青組の勝利を祝う準備をしておいてね!」


 そう言われたら、準備をしておかねばなるまいて!

 そう思って、僕はグーサインを出すのだった。

 さあ、最終競技。

 勝負はこれで決まる。体育祭恒例のクラス対抗リレー対決と相成った。

 

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