第28話 体育祭(9)

『その世界を構築しているのは、他ならない、量子コンピュータなのですよ。空気の流れすら把握し、それをプログラムでコントロールする。しかしながら、世界の仕組みはその世界の人間に任せるシステムを取っている。非常に画期的な量子コンピュータなのですけれど』

「……えーと、つまり?」

『あまりにその量子コンピュータは高性能すぎて、我々管理者の手を離れている、という点があります。管理は出来ます。ですが、自治が進んでいるんです、そのコンピュータは。だから、コンピュータを管理する必要がなくなった、と言えば良いのかもしれないですけれど』

「何だそれって。まるで今の世界を再現しているようじゃないか」

『いいえ、逆です。としているんです、その世界は。だから、コンピュータがラブコメな世界だと認定すれば崩壊するのを防げるかもしれない』

「……だから、どうしてそこに繋がるのかが分からないのだが」

『……流石にそれは分かりません。ってか、分かったら苦労しませんよね。それって』

「何だよ、それ」


 

 僕は思わず口火を切って神相手に討論を始めようとする勢いだった。

 しかしながら、今は体育祭である。

 自由気ままに遊べる時間帯は、もうとっくに過ぎ去ってしまっているのだ。


「……とにかく、今は話している時間じゃない。僕だってまともに体育祭を終わらせたいんだ。それぐらい分かってくれるだろう?」

『ええ、分かっていますよ。ちなみに今の場合なら、八十五パーセントの確率で青組……つまりあなたの組が勝つでしょうね』


 そんなこと聞きたくなかった。

 勝つか負けるかなんて、一先ず神の話を聞きたくはなかった。

 神の相手などしている暇などなかった。

 神の相手をしている暇なんて、ありはしなかった。


「……とにかく、もう電話を切るぞ。いずれにせよ、バッテリーも切れちまう。こんなに長話をしていたら通信費もかかっちまう。こちらにとっては悪いことばかりだ。良いことなんて一つもありやしないんだよ。……分かって言っているのか?」

『ああ、そうでしたね。人間の世界ってかくも面倒臭い……。いいえ、どちらかといえば、私達の世界にそっくりに変化していった、とも言えますけれど』

「だからさっきから――」


 何が言いたいんだ、と言おうとした矢先に、電話を切られた。

 せめて最後まで話を聞いてから電話を切りやがれ。

 仕方なく、僕は青組の席へと戻っていく。

 すると、のぞみとはるかが話をしているのが目に入った。


「おや、隼人はん。何をしとったんどすか? もう競技始まっているっちゅうに、悠長なこっとすなぁ」


 はるかの京都弁は、今では鼻につく。

 何故だろうか。こいつが天使だと分かっているからか?

 まあ、どうでも良い。そんなことはひかりとのぞみには関係のない話なのだ。


「そうだよ、隼人くん! お姉ちゃんが頑張っているのに、応援してあげないと! 私、頑張って応援の団扇作ってきたんだから! ほら、これ」


 そう言って手渡されたのが、ピンク色の団扇に、青文字で『頑張れ、お姉ちゃん(ハート)』と書いてある物だった。何というか……これを振るのか? のぞみは。


「のぞみ……、ほんとうにこれを振るのか? 応援で? 恥ずかしくない?」

「恥ずかしいとか恥ずかしくないとかの問題じゃないんです!」


 そういう問題じゃないのか。

 良く分からないけれど。


「いずれにせよ、私は青組を応援するの! 応援するということは、お姉ちゃんを応援しないといけないの! だから、お姉ちゃんを応援するための団扇を作ってきた、という訳。自明の理、そうでしょう?」


 そうだろうか。

 そのまま、はいそうです、とは言えないような気がしてならない。

 僕はそのまま笑みを浮かべて、取り敢えず椅子に腰掛けることにした。

 ちなみに椅子は指定席だ。指定席、というのは、本人が椅子を指定の位置に運んできて、鞄などをその背中にかける、といったシステムである。まあ、良くあるシステムだよな。僕は小中高全部こうだった記憶しかないけれど。


「流石に、お姉ちゃん団扇を隼人くんに振って貰う訳にはいかないから……」

「いや、当たり前だろ。僕はひかりの弟じゃない」


 いや……、のぞみを選んだら最終的にひかりの義弟になるのか?

 そういうことを考えている暇はないけれど。


「ほな、うちは失礼するなぁ」

「うん。またね。はるかちゃん」


 そう言って、はるかは何処かへふらふらと立ち去っていった。

 天使とかいう怪しい奴じゃなければなあ、と思いながら僕はその姿を見送るのだった。



   ※



 パン食い競争。

 一言で言えばそれで解決する、そのレースには多くの人間が熱狂した。

 否、正確に言えば安全パイを狙った人間の浅ましい努力の結果、と言えるだろうか。

 走って、パンを食って、ゴールに走って行く。

 そんな単純な競争だが、意外と速い人間はこのレースには参加しない。

 否、参加する必要性がないのだ。

 何故なら、これに参加することで、参加枠が一つ減ってしまう。それによって、勝ちたいと思っているクラスにとって、得点が多い競技に速い人間を割り当てることが出来なくなるのだ。

 とどのつまり。

 パン食い競争の得点も下がる一方だし、それに参加する人間も所詮二流か三流の人間ということだ。まあ、その二流とか三流というのは、走る速さ、という意味になるのだが。

 

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