第27話 体育祭(8)

「世界が滅亡してしまうなら、あなたはどうする? 私達の味方をしないで、ずっと平行線を辿っていく? それでも良いかもしれない。ラブコメな世界にならなければ良いのだから」

「どうして。……どうしてそこまでラブコメな世界を否定するんだ? 何故、お前達は否定するんだ……?」

「さあ、どうしてでしょう?」


 両手を広げて、臥煙先輩は言った。

 それだけだったのに。

 それだけのことだったのに。

 とても神秘的に見えたその光景を、誰にも共有出来ないのがとても悲しく思えた。その光景を誰かに共有出来るなら共有したいと思う程だったのに。


「……答えは教えてくれそうにないな」

「ここで戦ったら、教えてあげても良いけれど?」

「……辞めておく。天使と戦う人間なんて、居るはずがないだろうからな。それこそ、人間じゃない別の存在になってしまいそうだ」

「あら。そういうところに関してはちゃんと配慮出来るのね」


 配慮とかそういう問題じゃないだろ。

 僕はそう思いながら、臥煙先輩の話を聞いていた。


「いずれにせよ、期限は迫っている。いつまでだったか、知っているかしら?」

「……確か、七月末だろ。夏休みに入るか入らないかのタイミングでのことだったはずだ」

「そう。夏休み……。学生に与えられる幸福の時間……。その時間を迎えることなく終焉を迎えるなんて、可哀想と言えば可哀想だけれど」

「そう思っているなら、世界を崩壊させるのを辞めてくれないか?」

「だったらあなたは二人のうちどちらかを選べるの?」

「……、」


 答えられなかった。

 答えられる訳がなかった。

 臥煙先輩は、ふふ、と笑みを浮かべて。


「別にあなたのことを嫌っている訳じゃないのよ? 結果的にそうなってしまっただけの話で。別にあなたのことを申し訳ないとも思っているし。何なら被害についてこちらが弁済しても良いと思っているぐらい。……でも、それが出来ないのがほんとうに残念ね」

「ほんとうに、そう思っているのか?」

「ええ、思っているわよ。魂を賭けてもいいぐらい」


 魂って。

 それは言い過ぎのような気がしてならないけれど。

 さらに話を続ける臥煙先輩。

 もういつまでも話を続けてきそうな、そんな感じすら見受けられた。


「……あなたがどう動こうと、私達は構わないと思っている。それは、あの子もそう思っているはず。というか、あの子は私の意思があって動くものだから」

「あの子、って……」

「エリザ……えーと、こっちの名前でははるかね。どっちの方が良い?」

「別にどちらでも」

「じゃあ、エリザって呼ぶわ。私のことも、ミカエルと呼びなさい。あ、でも呼び捨てで呼ぶとエリザが怒るからそこら辺はちゃんと気にしておいてよ」

「……じゃあ、さん付け?」

「及第点ね」


 何だったら良いんだよ。様呼びとか?

 でも、それって敵って感じしないだろ。


「いずれにせよ、あなたがどう動こうと関係ない。私達はやるべきことをやるだけ。それは分かっているわね?」

「……つまり?」

「あなたがどう動こうと、私達は七月末のタイムリミットめがけて行動しているということよ」


 そう言って。

 臥煙先輩は立ち上がった。

 僕も立ち上がり、視線が同じになる。


「……これから、体育祭の後半戦が始まるわね」


 その言葉は、大天使ミカエルとして言ったのか、それとも体育祭実行委員長の臥煙美耶子として言ったのかは、その真意は分からなかった。

 でも、これだけは言える。

 その言葉は、敵である僕に投げかけたのではなく、単なる生徒である僕に投げかけたのだと。


「楽しみなさい。楽しんで、楽しんで……。そして、最後を迎えなさい。それがあなたが目指す人生最後の試みよ」

「……人生の終わりって」

「何?」

「その先って、何があるんですか?」

「……それは死んでからのお楽しみ、って奴よ」


 そう言って、臥煙先輩は今度こそ立ち去っていった。

 スマートフォンを耳元に当てる。


『……言われっぱなしじゃないですか、あなた』


 ガラムドからの言葉は、その言葉から始まった。


「……お前、別にスマートフォンで電話しなくても、映像で見ることが出来たんだろう? だったら」

『だったら、あなたが電話を切れば良かった話では? 確かに私は見ることは出来る。けれど、そのズームには限界ってものがあるんですよ。別に私が電話を切れば良かった話かもしれない。けれど、そうしたら私には話の内容が分からないまま進んでしまう。それだけは避けないといけなかった。だから、私は敢えて――』

「敢えて――通話状態にした、って訳か」


 僕の言葉を聞いて、ええ、と頷くガラムド。

 いや、頷いたのかどうかは分からないけれど。

 ガラムドの話は続く。


『いずれにせよ、タイムリミットは提示されました。いつまでだか、覚えていますか?』

「覚えているよ。馬鹿にするのも大概にしろ。……えーと、七月末までだろ。夏休みが始まるか始まらないかのちょうどそのタイミング」

『ええ、そうです。そのタイミングで、あなたは決めなくてはいけません。どちらを選ぶのか』


 どちら、というのは最早言わずもがな、と言ったところだろう。

 ひかりを選ぶか、のぞみを選ぶか。

 どちらを選ぶかは――僕の手にかけられている。


「どちらかを選ばないと行けないんだよな……」

『ええ。どちらかを選ばないと、つまり、「ラブコメな世界」にしないと、この世界は消滅します。良いですね? ですから、どちらかを選ばないといけません。まあ、可能性の問題ですけれど……もう一つ可能性があります』

「何だよ、その可能性って」

『それは……あなたがどちらも選ばず、この世界を「ラブコメな世界」だと量子コンピュータが認識することです』

「……何ですと?」

『この世界は0と1で構築された世界である、という話はしたかと思いますが』


 ああ、確かに何処かでやったような気がする。

 それを聞いて、ガラムドの話は、どのように展開していくのだろう?

 僕はガラムドの話に、とにかく耳を傾けることにした。

 

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