第24話 体育祭(5)
大玉転がしはあっという間に終わった。ちなみに勝利したのは赤組。我らが青組はタッチの差で二位となってしまった。しかしながら、二位でも得点は入る。だから、全力を尽くすことには何ら不思議ではないのだ。間違いではない、と言えば良いだろう。
「……いやあ、それにしても二位で終わるとは思わなかったね」
ひかりの言葉に僕は頷く。
それにしても、ひかりが全力を尽くしているのが見て分かったのがまた可哀想ではあった。
ほんとうなら、もっと頑張っておきたいところだったのだろうけれど。いや、僕は頑張らなかった訳ではないぞ。きちんと頑張った上で失敗してしまったんだ。
「それにしても、ちゃんと頑張ったのに失敗するなんて思いもしなかったよ……」
「そうだな。頑張ったんだけれどな」
「ほんとうに? ほんとうに頑張ったんだよね」
「ほんとうだよ。嘘なんて吐いたことないだろ」
「……うーん。まあ、そうかな」
何か、疑われている感じがする。
けれど、これ以上は言えない。僕にとっては、それ以上言えることは何一つないのだ。
「これにて午前中の全競技が終了になります。再開は十三時からを予定しています。……それでは皆さん、休憩してください」
時計を見ると、もう十二時を回っていた。
早いな、もうそんな時間なのか。
「お姉ちゃん、隼人くん。日陰の涼しい席を取っておきましたよ」
のぞみがいきなり出てきて、しかも、良い席を取っておいてくれていた。
いったい何処にそのような時間が?
「のぞみさん!! 良い席、取っておきましたよ!!」
「ふふ、ありがとうございます。佳久くん」
お前かい!
流石に予想外過ぎたわ!
「佳久……。お前は、ここで食べないのか?」
「ああ、隼人か。俺は別に何処で食っても良い。用意したのは『三人分』だからな」
「佳久……。お前って奴は……」
「分かっているよ。二人がお前のこと好きだってことを」
二人が聞いていないタイミングで何を言い出すんだお前は!?
「大丈夫、二人は聞いてねえよ。……で、実際どうなんだ? やっぱりお前は二人のことが好きなのか?」
好きか嫌いかと言われると――。
「そりゃ、好きだけれど……」
「じゃあ、どちらを選ぶのかも決まっているのか? それとも二人とも選ぶなんて言う強欲な壺状態か?」
強欲な壺状態なんて今日日誰も言いやしねえよ……。
いや、そもそも強欲な壺って言って通じるのか?
「……ま、俺はどっちでも良いけれどよ。俺はのぞみさんのことが好きだ。けれど、お前も好きだと言うなら、俺はすんなり受け入れる。俺はそのまま引き下がる。それがのぞみさんのためだと言うならば」
「……良いのか?」
「良いさ。それが世界のためならば」
「世界のため?」
「……ごほん! とにかく、お前はどちらを選ぶのか知らないけれど、俺はどっちでも良いんだぜ。世界がどうなろうと、お前がどうなろうと、彼女達がどうなろうと。……いや、最後は困るな。普通に彼女達が生きていく世界なら俺はどうだって構わないけれど」
「お前、さっきから何を言っている……?」
「だから、お前は前を向いて歩け。そうして願った世界を進むんだ」
「お前、まさか――」
――あちら側、か?
と言おうとした矢先。
「何してんのさ、二人とも。さっさと飯食おうぜー!」
言ってきたのは、ひかりだった。
「行けよ、二人が待っているだろ。お前がどう望もうと、二人はずっと一緒に居るんだぜ」
「佳久……、お前やっぱり……」
「それは追々話させて貰おうか。いずれにせよ、今はそういう話をしている場合じゃない。そうだろ?」
それもそうだ。
今は二人を待たせちゃいけない。
そう思いながら――僕は踵を返した。
手を振る佳久を見ながら、僕は二人の元に戻っていった。
「何の話していたの?」
「うん? いや、ダンスでどの子が可愛かったか、とか話してきてさ……」
「ふうん、あいつらしいっちゃらしいけれど」
適当に話をつけておいた。済まんな、佳久。これもお前と僕のためだ。
そう思いながら、僕は鞄から弁当を取り出すのだった。
※
佳久は歩き出す。
そして、あるところで立ち止まった。
そこは校舎裏だった。
校舎裏に立った佳久は、鼻で笑いながら、そのまま踵を返した。
「なあ、あんたたち。そろそろ出てきたらどうだ?」
声を聞いて、何処からともなく出てきたのは――臥煙美耶子と都はるかの二人だった。
「まさか、あなたがずっと傍に居るとは思わなかったわ。堕天使サリエル」
それを聞いて、また鼻で笑う佳久――いや、堕天使サリエル。
「まさか、その名前をまた聞くことになるとはね。……いやはや、人の世を長く生きるのも面白いものだなあ」
「
「そうだね。確かに俺は単独で行動している」
「ならば……我らにつかないか?」
言ったのは美耶子だった。
「ミカエル様……!?」
「堕天使、とは言われているものの、お前も元は大天使だ。力がないとは言えないだろう。それに、我々につけば色々とメリットがある」
「ふうん。例えば?」
「お前の欲する物を何でも一つ与えてやろう」
「ミカエル様!?」
「案ずるな、エリザ。今はこれしか道がない」
「ひゃはっ」
口火を切るように。
彼の言葉は紡がれていく。
「ひゃはははははははははははははははははははははははははははははは!!」
一息。
「お前達が! 俺の、好きな物を一つでも与える!? 何処まで墜ちた、ミカエル! お前はそこまでしないと『この世界』を滅ぼしたいと願っているのか!?」
もはや、言語すら違う。
いいや、正確に言えば、言語能力すら割いていたのかもしれない。
何に?
「……お前達は、万死に値する」
「やってみろ。あの頃の私達とは違うぞ、今は」
ブン!! と。
ミカエルの首元に、一筋の太刀が入ろうとしていた。
その場所で、首の手前で、寸止めされていた。
「ミカエル様!!」
「案ずるな、エリザ。それより……サリエル。お前の回答はこれで良いのか?」
「何だと?」
「お前の回答はこれで良いのか、と聞いている」
ミシッ。
世界が、空間が、空気が、みしり、と音を立てた。
そして、異変を感じ取った佳久――サリエルは一気に後方へと移動する。
「逃がすか……!」
その刹那、サリエルの足下に大きな穴が開く。
空間をも、時間をも切り裂いたその穴の先には――ただの暗黒が広がっていた。
「何……!?」
「お前を手に入れれば、我々の戦力としてはこの上ないパワーアップだったのだが……、ほんとうに、ほんとうに残念だよ、サリエル」
そして。
ぽかんと開いたその穴が、サリエルをそのまま飲み込んでいった。
「終わ……った?」
ただ見ているだけだったエリザは、全てを見終えた後、一言ぽつりと呟いた。
ミカエルは踵を返すと、エリザに近づく。
エリザは怖かった。サリエルをも飲み込む『穴』を生み出すことの出来る彼女に、もはや逆らうことなど出来る訳がない――そう思っていた。
そして、エリザは無意識に縮こまっていた。
「……案ずることはない、エリザ」
それを見たミカエルは、エリザの頭を撫でた。
何が起きているのか分からないエリザは、ただただ困惑しているだけだった。
「ただ一言だけ言える」
一息、息を吐いた。
「――もう、ここから逃げることは、誰一人として許されないということを」
その言葉に、エリザはただ恐怖を覚えることしか出来なかった。
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