第20話 体育祭(1)
「うう……、何でこんな暑い時期に体育祭なんてやるんだろうなあ……」
「そりゃ学校の都合じゃないの? 十月に文化祭があるし、なるべく近くにしたくなかったんでしょう。だからといって、冬にやるのもどうかと思うし」
「……うう、でも私もやりたくない……」
僕と、ひかり、そしてのぞみはそれぞれ会話を交わした。
体育祭当日。
文化祭と違って、体育祭は生徒以外が出てくることはない。一般に公開されることはないので、いわゆる運動会とは違うことになる訳だ。しかしまあ、確かにひかりの言う通り、学校の都合という点が大きいのかもしれない。文化祭は秋にやるし、冬にやるのも寒くて嫌だし、じゃあ、夏にやるか、っていう感じか。……いやいや。
「さあ! こういうときはちゃんとやるもんだよ。準備体操から、何から忘れずにね!」
「体育祭って、紅組と白組が競い合うことだから、ただの紅白戦みたいなもんだろ? それに僕達全員紅組だから争うこともない訳だし」
「そやなあ、確かに暑いのは困りますわあ」
そう言ったのは、はるかだった。
「はるか。……体育祭の実行委員はどうしたの?」
「もうやることがないって言われたからに、私は取り敢えず戻ってきたということなんよ。まあ、何かあったら直ぐに戻ると思うんよ」
「そうなんだ……。なら良いけれど。ところで、臥煙先輩はどうだった?」
「臥煙先輩? ……忙しそうやったで、相変わらず。ちゅうよりあの人仕事しいひんとやってられへんみたいな感じがあるさかい。ほら、何て言うの、ワーカーホリック?」
「そうなんだ。大変だね……あの人も」
「まあ、好きにやらせてやればええんちゃうん? 私は特に気にしたことはあらへんけどなぁ」
そういうもんだろうか。
とはいえ、天使の言うことなんてあまり気にしない方が良いのかもしれないけれど。
あれから、何かあったかと言われたら特に進展はなかった。二人との付き合い方を変えたという訳でもなければ、二人との話し方を変えた訳でもない。結局のところ、僕にとって、二人がどういう立ち位置にあるかということを少し見定めなくてはならない、という結論に至るまでかなりの時間を要した。……まあ、その間ガラムドに何回か相談したんだけれど。ガラムドは煎餅をぼりぼり食べながら笑っていたっけ。あの神様、ほんとうに承知しねえからな。
さて。
世界がどう変わろうったって、元々この世界に住んでいる僕達にとってみれば、そんなこと些末なことでしかなかった。だからこそ、というか、どうしようもない、というか。いずれにせよ、僕は人生の岐路に立たされた訳だ。この年齢にして。てか、それで良いのか、世界。
「……どうしたん?」
はるかが僕に問いかける。
普通に見れば、はるかがただ僕を心配している――というだけにしかならないのだろう。
しかし、僕は彼女の正体を知っている。世界をラブコメ世界に変えないようにして、この世界にわざわざやって来た存在、天使エリザ。
その存在がどうしてこうして僕に接触しているのか。
いや、それぐらいは分かっているのだけれど――実際には結論を導きたくない。
「いや、何でもないよ」
「……あら、そう。好きなときに辞めて貰ってええんよ。何せ、あんたはこの世界の救世主でも何でもない、ただの人間なんやから」
彼女は、僕に対しては京言葉を辞める。
というか、そもそも京言葉を話す文化すらないのだろう。にもかかわらず、彼女は京言葉を話している。その意味が理解できない訳だけれど、それについては僕が聞いたところで彼女が答えてくれるとは思えないだろう。
だとしたら。
だとしたら、僕はどうすれば良いだろうか。
ガラムドの言うことを聞いて、すんなりとこの世界をラブコメ世界にしていくか。
それとも天使エリザの言うことを聞いて、この世界をバックアップの世界に留めておくか。
いや、後者は違う。どう考えたって、違う。バックアップの世界にするなんて有り得ない。してたまるか。そんな世界で生きていくために、僕は生きてきた訳じゃないんだ。僕はやるべきことがある。だからこうやって生きている。
……では、何のため?
「……いいや、僕は辞めないよ。絶対に。最後まで抗い続けるから」
「さよか。なら良いんやけれどねえ」
「お前こそ、適当に京言葉を使うんじゃねえよ。僕に正体がばれているからって、適当に言葉を紡いでいたら、いつかボロが出るぞ?」
「……ご忠告ありがとう。けれど、大丈夫だから」
そう言って。
はるかは何処かへ去って行った。いったい全体、何のためにやって来たのだろうか。まさか、僕を嘲笑うために?
「……そろそろ、準備体操が始まるわね。急いで準備しないと!」
「そんなこと言っても、別にアナウンスがあるまで待てばええがな」
「何で関西弁?」
「いや、何でだろうね?」
タイミングと時期によるんじゃないかな。
いや、タイミングと時期って言葉被っていないか?
そんなことを考えたところで何も生まれやしなかった。
そんなことを考えたところで、何も生まれるはずがなかった。
無価値な会話。
無価値な行動。
無価値な価値観。
全てが無価値。
その世界の存在が、その世界の在り方が、その世界の信じ方が――全て無価値。
「……何なんだろうな、この世界って」
「うわっ。急に隼人が哲学語り出したよ。いったい全体どうしたって言うのさ? 暑さにやられて頭がおかしくなったとか?」
「そんなこと言うな。周りの人が近寄らなくなるだろうが!」
「……でも、たまに隼人くん、変なこと言い出すよね」
のぞみまで!
僕は地団駄踏みそうになったが、それ以上は何も言わないでおいた。
僕は頭が良いからな。
『これから、開会式を始めます。生徒はクラスごとに一列に並んでグラウンドまで向かってください』
ちなみに。
何処にどう並ぶかは前日、或いは前々日までの準備で決まっている。簡単に開会式が行えるようにするための配慮、とでも言えば良いだろうか。
「始まったね。ほら、しゃきっとしないと。そろそろ先生に叱られる頃合いだよ」
「そんなしゃきっとしなくても問題ないだろ……。まあ、ここはちゃんとやるけれどさ」
ちなみに僕が出るのは必要最低限の回数だけだ。五十メートル走とパン食い競争だけ。必要最低限、って感じがするだろう?
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