第19話 体育祭準備(後編)

「何ですって?」


 ほら、乗ってきた。

 ならば、こちらがやる手段は――ただ一つだ。


「簡単なことじゃないか。この世界がどうなろうと、君達には関係ない。そうだろう? 管理者だろうが、神様だろうが、関係ない。この世界が崩壊しようが崩壊しまいが、結局は変わらない。……とどのつまりが、押しつけ問答みたいなものじゃないか」

「……言わせておけば、さっきから何をぺちゃらくちゃらと!」

「ねえ、何をしているの?」


 はるかの背後から、ひかりの声が聞こえた。

 そうだ。僕達は、ひかりとのぞみを待たせているんだ。


「……良いわね。私達のこと、忘れるんじゃないわよ。この世界をバックアップの世界にさせない、それでいて『ラブコメ世界』にもさせない。そのために私達は居るんだから」


 そう言って。

 彼女は表情をがらりと変える。


「かんにんな。ちょい話盛り上がってもうて」


 笑顔を見せたまま、ひかりの方へと歩いていく。


「そう? なら良いんだけれど。……急いで持って行かないと、臥煙先輩に怒られるんじゃないかな?」

「あら、そうやったねえ。なら、急いで持って行きましょか」


 そう言って――ひかりと一緒に歩いて行くはるか。


「あ。話が終わったなら早くのぞみのところに戻ってあげなよ。……ずっとひとりぼっちで居て、困っているんだから。ね? だから急いで戻ってあげなよ。分かったら、返事」

「……ああ。もう少し電話が長引きそうだから、それが終わったら向かうよ」

「ふうん。誰からの電話か知らないけれど、さっさと終わらせちゃいなよ」


 そう言って。

 ひかりははるかと一緒に廊下へと戻っていった。

 僕は再びスマートフォンを耳に当てる。


「……それで? これからどうすれば良い」

『天使がこちらに直ぐに接触してきたのは意外でしたね……。ただ、これを好機と捉えるのが一番でしょう』

「好機、だって?」

『ええ。天使があなた達の傍に居るというのなら、大天使も直ぐ傍に居るはず。大天使を見つければ、こっちのものです』

「見つけたら……って、どうするつもりだ? チェーンソー……は違うしな」

『それはその国独特の文化によるものでしょう? 私達神様や、管理者側の存在でやるべきことはたった一つですよ。……コードの入力です』

「コードの入力?」

『とどのつまりが、デバッグモードに移行させてしまうんです。そうすれば、天使もただの赤子。人間の攻撃でも通用することが出来るでしょう』

「通用する……って。ちょっと待ってくれよ。僕がなんとかしなくちゃいけないのか!?」

『だって、あなたの世界ですもの。あなたが主人公なんですから、あなたがなんとかしなくちゃなりません。……まあ、それも「ラブコメ世界」を成立させれば問題ないでしょうが』

「どうすれば成立するんだ?」

『そりゃ、勿論、あなたがあの姉妹のうちどちらかを選ぶか、ですよ』

「一応言うけれど、それってラブコメって意味になるのかなあ……?」

『何か言いました?』

「いえ、何も……。ただ、ラブコメって、いわゆるコメディの路線が強いような気がするんですよね。ラブラブさせていくなら二人を上手くやっていけば良いんじゃないかなって……。いや、この言い方どうかと思うんですけれどね」

『ええ、そう思います。その考えはどうかと思いますよ』

「でも、仕方ないと思うんですよ。僕の考えが正しいかどうかは別として、ラブコメな世界を実現させるというのなら、やっぱり、二人と上手く付き合っていくことが一番なんじゃないか、って思うんですけれど、どうなんでしょう?」

『どうなんでしょう、と言われましても……』

「ですよね……」

『とにかく! これ以上長々と話をしても意味がありません。私は、やっぱりお互いのことを考えて、二人のうちどちらかを選ぶべきだと思うんです! そうあるべきだと思うんですよ!』

「いや、そうかもしれないけれど……。うーん、やっぱりそうなっちゃうのかなあ……」

『そうですよ! それに間違いはありません。信じてください。何せ私は神様ですよ?』


 いや、神様だと言われましてもね!

 それぐらい知っていますけれどね!


「取り敢えず……。今はのぞみを待たせています。これ以上話すつもりはありませんから。僕は、とにかく二人のうちどちらかを選ばないといけないんですよね?」

『え、ええ。そうですよ。どちらかを選ばないとこの世界滅びるぞ☆』

「そんな、子どもの悪戯みたいな口調で言われても……困りますよ。僕が住む世界が滅ぶなんてこと、考えたくありませんから」

『まあ、そうでしょうね。けれど。これは仕方ないことなのですよ。天使達はそれをしたくないらしいですけれど……。でも、これをしなければ、この世界はただのバックアップの世界として存在するだけになってしまう。この世界の意味が著しく失われてしまう。それだけは避けなくてはなりません。分かりますね?』

「……分かっているよ。どうすれば良いのか、僕も選ばなくちゃいけない。それぐらいは、僕にだって、分かっている」

『だったら、良いのです。だったら、そのままで生きていけばそれで良いのです。良いですね? あなたがこの世界を生き続けていきたいというのなら、あなたはどちらかを選ばなくてはならないということに、気づかなくてはなりません。そして、気づいてしまったのなら、あなたはやはりそれをこなしていかなくてはならないということを……』

「分かった。分かったよ。それじゃ、また後でな。後で連絡すれば良いだろ。もし何かあったら連絡してくれ。僕からも、天使のことについては分かり次第連絡するから」

『あ、でも私はもっと話したいことがあるのですが――!』


 ぶつっ。

 もうこれ以上話していると尺とか色んな問題で困ってしまうので、僕は電話を切った。

 廊下に戻ると、のぞみが本を読んで待機していた。


「よう、のぞみ。済まなかったな、遅くなってしまって」

「……うん、大丈夫だよ。それより、電話、大丈夫だった?」

「ああ。家に帰ってから言えば良いのに、って話だらけだったよ。おかげで切るのに時間がかかってしまった。……何だかはるかにも目を付けられてしまったしな……」

「はるかちゃんに? どうして?」

「分からない。あいつ、別に生徒会に所属している訳でもないんだから、ああいうの厳しく取り締まる必要ないと思うんだけれどな。でも、やっぱりそういうのが気になっちまうのかな」

「そうなのかな……。でも、はるかちゃんも悪気があって言っているんじゃないと思うよ。多分、隼人くんのことを思って言っているんだと思うな」

「そうかな?」

「そうだよ。さ、図書室に行こう?」


 のぞみにそう言われたら、適わないな。

 そう思って、僕はのぞみについていくように図書室へと向かうのだった。



   ※



「……ミカエル様」

「エリザか。学校ではその名前を呼ぶな、と言ったはずだが?」

「申し訳ありません。しかし、見つけました。……神の言葉を聞き、この世界を改変出来る唯一の存在を」

「!」

「ええ。見つけました。見つけたのです。そして、彼が選ぶであろう二人の女子についても確認が出来ています」

「……成程。状態が揃った、という訳だな」

「如何なさいますか?」

「今は泳がせておきましょう。彼がどういう道を歩むのか、分かりませんが……。いずれ、私も会うことになるのでしょうね。その、彼に」

「とても、変わった人間ですよ。彼は」

「そうですか?」

「ええ。変わった人間でしょうよ。何せ、神のことを信じているのですから」

「……この世界は、神のことを信じる存在は少ないと思っていましたが」

「それどころか、天使である私を、すんなりと信じていました。そういう性格なのかもしれませんけれど」

「だとしたら、益々会ってみたくなりましたね。……どういう名前でしたか、彼は?」

「十文字隼人。……それが、彼の名前です」


 そうして、二人の天使の会話は終わった。

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