第14話 六月最後の週末(6)

「当たりでーす!」


 ガランガランガラン!! と右手に持っていたベルを鳴らす店員。というか五月蠅い。


「何が貰えるんですか? 当たった場合って」

「はい。当たった方へは……こちらになりまーす!」


 そう言ってバックヤードから持ってきたのは、何とも言い難い形をしたマスコットのぬいぐるみだった。

 それも大きい。両手で抱えるぐらいの大きさだ。

 何とも言い難い――というのは、簡単な話で、クマのような形をしているのだが、そのクマが包帯を巻いている形をしている。ところどころ怪我をしているように見える訳だが、これ、何処のキャラクターなんだろう?


「あの……これって、何処のキャラクターなんですか?」

「これは、エーテルタウン刑部のマスコットキャラクター『おっきー』ですよ!」


 おっきー。

 何というか、何処かで聞いたことがあるようなないような名前のような気がしてならないのだが。


「……グロテスクですね、何というか」

「そう? 意外と可愛いと思うけれど……」


 のぞみはこういうの好きなんだっけか?

 女子にしては珍しいチョイスだと思うんだけれどな……。

 僕はそんなことを考えながら、店員からぬいぐるみを受け取る。


「袋って貰えますか? ってか、ください」

「ああ、ありますよ。ちょっと待ってください」


 再びバックヤードに移動する店員。ってか、最初から用意しておけよ。

 バックヤードから戻ってきた店員は、ぬいぐるみがすっぽり入りそうなサイズの袋を持ってきてくれた。そうそう、これぐらいで良いんだよ、これぐらいで。

 僕はぬいぐるみを袋に入れる。


「持つ」

「え?」

「私が、持ちたい」

「まあ、そこまで言うなら……」


 ぶつくさ言う必要もないだろう。そう思いながら、僕は袋をのぞみに手渡した。

 のぞみは嬉しそうな表情を浮かべたまま、ずっとぬいぐるみを抱き締めていた。

 よっぽど嬉しかったのだろうか。


「……ところで、この百枚、どうする? メダルゲームでもして遊ぶか?」

「うん! そうする」


 やれやれ。そう言うなら仕方ないだろう。サンタクロースにでもなってやろうじゃないか。うん? その言い方はちょっと違うような気がするな。

 そんなことはどうだって良い。

 今はのぞみの思うがままにしてやるのが一番だ。

 何せ今日は彼女の誕生日のためにやって来ていると言っても良いのだからな。

 そんなことを思いながら、僕はメダルゲームをやるべく、奥のゲームコーナーへと足を踏み入れるのだった。



   ※



 そんなこんなで一時間後。


「……何遊びほうけているのよ、あんた」

「それ、お前に言われたくないんだけれど?」


 かたや、ぬいぐるみと大量のお菓子を持っている僕とのぞみ。

 かたや、タピオカミルクティーを飲みながらくっちゃべっている佳久とひかり。

 どちらが遊びほうけているかなんてことは――まあ、言わずもがな、だろう。

 ここは南刑部駅の駅前。

 僕達はそこで待ち合わせをしていた訳だけれど、そこにやって来た僕達は、僅か一時間で遊び倒したようなそんな格好をしていた、という訳だ。

 のぞみは言う。


「確かに、遊びほうけていたかもしれないけれど、それはお姉ちゃんも変わらないんじゃないの? ほら、タピオカミルクティー飲んでいるし」

「ばっ。馬鹿ね! タピオカミルクティーなんて今や何時間も並ばないと飲めない代物なのよ!? それが一時間並んだだけで飲めるんだから楽な方じゃない!!」


 ってことは待ち時間の一時間、全てそれに費やしたのか……。

 何というか、時間の使い方間違っていないか? 大丈夫か?


「……何か、あんたの目線が気になるんですけれど。私、そんな悪いことした?」

「いいや、まったく。けれど、ちょっとは時間の使い方を学んだ方が良いんじゃないかな、って思っただけだけれど」

「……ふうん。ところで、そのぬいぐるみ」

「うん?」

「ゲームセンターで『カップルデー』で貰えるものよね?」


 ……ド直球をぶち込まれた。そんな気分だった。

 突然そんなことを言われちゃ、困惑しない方がおかしい。


「え、え、ええっ!? どうしてお姉ちゃんがそれを知っているの!?」

「いや、並んでいたカップルが持っていたから……気になって調べていたのよ。そしたらそこのゲームセンターが『カップルデー』で配っているものだって、ツイッターの検索で知ったから」


 おのれツイッターめ!

 いや、そんなことを考えたところで、いつかはバレてしまうものなのだ。今バレてしまった方が寧ろ良かったのかもしれない。

 ……ほんとうに?


「ふうん。あんたたち、付き合ってもいないのに『カップルデー』の制度悪用したんだ……」

「悪用って言い方は辞めて貰おうか、悪用という言い方は!」

「だって間違っていないじゃない。それ以上に、何の意味があるというの?」


 ……ド正論だった。

 間違っちゃいなかった。

 確かに、僕達はカップルじゃない。けれど、カップルデーの制度を『利用』して、ぬいぐるみを手に入れてしまった。

 あのとき、断っていれば良かったのだ。

 断ってしまっていれば、何もかも問題なかったのだ。

 思えば――あのときカップルだと言い切ったのは、誰だったっけ?


「私のせいなの、お姉ちゃん」


 言ったのは、のぞみだった。


「のぞみ?」

「私が、ぬいぐるみを欲しかったから。だから、本来はカップルしか貰えないのに、私達はカップルじゃないのに、カップルデーの制度を『悪用』した。お姉ちゃんが悪いって言うなら、今からこれを返してきたって良い」

「……のぞみ」


 僕は。

 それを否定することが出来なかった。

 いや、寧ろ正論なのだから、否定することが間違っているのだ。

 でも、だからといって、どうして。

 僕は彼女のことを庇うことが出来なかったのだろう?

 僕は彼女のことを庇うという選択が思いつかなかったのだろう?


「……はあ、もう良いわよ」


 先に折れたのは、ひかりの方だった。


「私は、その制度を悪用したと言ったからって、ぬいぐるみを返してこいなんてことは言わない。言ったところで何の意味があるという訳? 私にとって、あんたにとって、そして、隼人にとって。誰一人、良い気分になりゃしない。……今思えば、私が指摘したのが間違っていたのよ。指摘さえしなければ、みんな平和に過ごせていた。だのに、私は言った。どうして駄と思う? あんたが隼人と遊んでいるのが気にくわなかったから? あんたが隼人と一緒に過ごすことになったのが気にくわなかったから? 答えは分からないわ。誰にとっても、ね」

「ひかり……」


 僕の言葉は、彼女に届いたのだろうか。

 そんなことを思いながらも、ひかりは笑顔を取り戻す。


「……ごめんなさいね! 私のせいで暗くなっちゃって。さ、帰りましょう? というか、私のプレゼントはこれからなんでしょうね、隼人?」


 それを聞いた僕は、少しばかり遅れて、


「ああ、ああ。そうだよ。未だひかりの分が残っているじゃないか。ひかりにプレゼントを渡す機会が残っている。その為に、僕は二時までにここに戻ってくるように言ったんだから」

「……未だ俺、居て良いのかな?」

「寧ろ最後まで居ろ、お前は。一緒にひかりとのぞみの誕生日を祝うんだ」


 そういう訳で。

 僕達は、改札口を潜っていくのだった。


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