第12話 六月最後の週末(4)
刑部中華店は、エーテルタウン刑部が出来る前からあった、昔懐かしの中華店だ。今はマイナーチェンジ? リニューアル? して新しくなっているのだが、それでも懐かしい香りは消えていない。『味よし』という全国様々な店を教えてくれる情報サイトでも星四つを獲得している人気店だ。事前に予約をしておいて正解だった。
「すいません、予約していた十文字ですが」
「はい、十文字様ですね」
中国人に見えるが、しっかりとした日本語で話すその女性は、僕達を店の奥のテーブルへと案内してくれた。
席に腰掛けて、テーブルに置かれているメニューを見て、一言。
「一応言っておくけれど、割り勘だからな」
「えーっ! そこは『僕が払うよ』って言う流れじゃなかったの!?」
「そんな訳あるか。……一応、二人には誕生日プレゼントを用意しているつもりだけれど、僕はそれ以外はちゃんと割り勘を要求するからな。追加注文もしても構わない。ただし、金はちゃんと自分のお金で払え。以上だ」
「……ちょっとそれは言い過ぎじゃねえの?」
言ったのは佳久だった。
「佳久。普通に考えて中学生が幾らお小遣いを貰えると思っている? 僕は事前に数ヶ月分貯めておいたお小遣いを引き出してきているんだぞ」
「だったら、それを使えば良いじゃない」
「それを言うな! 僕だって使いたいものがあるんだ。それぐらい理解しろ」
「えーっ。でも、そんなに貰っていない訳じゃないでしょ。まさか月五百円とかそういう世界で生きている訳じゃあるまいし」
「そりゃそうだけれどな……。でも、きちんと金は払って貰う。それはそれ、これはこれだ」
「ねえ、お姉ちゃん。あんまり言うと、隼人くんが可哀想よ。だから言わないであげて」
「ふーん……のぞみは隼人の肩を持つんだ」
「なっ!? そ、そういう訳じゃなくて!!」
「いや、そういう訳でしょう。普通に考えて。受け入れなさい。あなたがどう思っているかは、今の言葉で何となく理解できたから」
「何かその言葉遣いムカつくんですけれど……!」
「話もまとまったことだし、飯を決めてくれないか。スケジュールがきちんと決まっていてね。二時までに刑部駅に戻っていないといけないんだ」
そう。
誕生日プレゼントを渡すのは何ものぞみだけじゃない。ひかりにもプレゼントは渡さなくてはならないのだ。それを考えると、逆算して、二時までには刑部駅に戻っていなくてはいけない計算になる。
「……二時まで、って。今十二時回った辺りだから、まだ余裕あるわね。でも、何で?」
「何でも、だ。僕の考えはきちんとしているんだ。だから、それに則って行動してくれ。頼むよ、お願いだから」
「まあ、そこまで言うなら仕方ないわね……」
「有難う、ひかり」
何とかひかりにも納得して貰えたようで、助かった。
のぞみは既に納得しているようでメニューを確認している。
佳久はそもそも関係ないのだが、ここまで来たらもう最後まで付き合って貰うしか方法はない。
そう思いながら、僕はメニューを見始める。
「そういえば、ここは麻婆豆腐が美味しいらしいぞ」
「麻婆豆腐? 辛いんじゃない?」
「辛さも調節できるぞ。甘口から、激辛まで十段階あるみたいだ」
「へえ、そんなに」
ひかりは納得しながら、麻婆豆腐のメニューを眺めていた。どうやら麻婆豆腐に興味津々らしい。ま、ひかりは辛いものが苦手だからな。元々そういうのを避けたがっていたのかもしれないけれど。
そんなことを思いながら、僕達はメニューを決めて、注文した。
注文が入ると、厨房に大きな声が響き渡る。
ぶるる、とスマートフォンが震えたので僕はそれを見た。
やはりというか何というか、相手はガラムドだった。
『ガラムド>順調なようで何よりですね♪ 私も一安心です』
『Hayato>そんなこと言っても未だ全然終わっていないぞ? 納得するのは未だ早いんじゃないか』
『ガラムド>そうでしょうか。私はもうかなりの段階で良い調子だと思っているのですが。もしあなたがそう思うならそうなのかもしれませんね。それは失礼しました』
『Hayato>いや、謝らなくて良いから。欲しいものを教えてくれたのはあんたな訳だし』
『ガラムド>あんたとは何ですか、あんたとは! 私はこれでも神様ですよ!!』
『Hayato>いや、あんたが神様ぶった素振りみせたことないし……』
『ガラムド>一応、欲しいもの当てたじゃないですか!? その実績で認めてくれないものですか!!』
『Hayato>いや、認めろと言われても』
「ねえ、隼人。何してんの?」
ひかりが急に僕のスマートフォンの画面を眺めてきたので、僕は大急ぎでスマートフォンのブラウザを起動した。生憎、いかがわしいサイトは開いていないようだった。良かった、良かった。ちなみに、何開いていたか、って? 好きなゲームのポータルサイトだったけれど?
「……ずっとスマートフォンに夢中だと思ったら、ゲームのサイト巡りですか。あんたほんとうにゲーム好きだよねー。少しは自重したら?」
「いやいや、そんなこと言われても……。僕は別段気にしたつもりはないぞ。やっぱりゲームは楽しいからな!」
「いや、そういう問題じゃないから。あんた、スポーツ苦手な理由、ゲームばっかりやっているからでしょう? だったら、ゲームから逃げた方が良いんじゃない?」
「何だよ、ゲームから逃げろ、って。別段そのつもりもないし、するつもりもないぞ」
「何ですってーっ!」
「お待たせしました、麻婆豆腐定食です」
あわやひかりと喧嘩になりそうなそのタイミングだった。
僕の注文していた麻婆豆腐定食がやって来たのだった。
「あ、はい。僕です」
手を上げて、注目を浴びる。
店員さんがそちらへ向かい、僕の目の前にトレーを置く。
麻婆豆腐、ご飯、スープ、ザーサイにサラダ、デザートの杏仁豆腐までついている。これで八百五十円なのだから安い安い。……ああ、ミニッツマン仮説の半分と思うと、何だか忍びない感じがしてならないのだけれど。
「冷めないうちに食べなさいよ」
「良いのかい?」
僕は待つつもりで居たのだけれど。
「……冷めたら何でも美味しくなくなるでしょう? だったら、食べた方が良いわよ。安心なさいな、何やかんや良い香りがするからそろそろ出来てくる頃合いでしょうよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
両手を合わせて、頭を下げる。
「いただきます」
そして、僕は箸を手に取ると、サラダの器を右手に取る。
サラダから食べると、ご飯の吸収効率が下がる――なんて話を聞いて以降、気づけばこのスタイルが定着してしまっている。仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。それが僕のやり方であって、それが僕のルールと化してしまっているのだ。
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