第11話 六月最後の週末(3)

 エーテルタウン刑部、その入口には大量の人間でごった返していた。


「うわあ……、なんつーか、入るのを拒むぐらいの勢いだな……」

「じゃあ、帰る?」


 佳久の言葉に、言ったのはひかりだった。


「いやいや。ここまで来て帰るなら、何のためにやって来たのか、ってなるでしょ。入るよ、入る。俺も用事があってここまでやって来たわけだし」


 入ると、ほのかに冷房の風が身体にぶつかってきた。ほんとうに、僅かではあるけれど。


「ところで、佳久は何を買いにやって来たんだ?」


 僕は佳久に問いかける。


「それはだな……。実は欲しい本があって、本屋にやって来た次第だ!」

「本屋ってことは……一応僕達と目的は一緒だな。ふうん、で? 何を買うの?」

「相沢恒彦って作家の『ミニッツマン仮説』って本なんだけれど」

「ミニッツマン仮説!?」


 反応したのはのぞみだった。

 ……あー、まあ、そりゃそうだよな。のぞみも相沢恒彦の本が欲しいって(ガラムドが)言っていたし。


「あ、相沢恒彦の作品が好きなの!? あなたも!! 私も好きなのだけれど!! ちなみに好きなのは、『ミストウォーカー』第七巻と、『美少女眉美は躊躇わない』なのだけれど!!」

「あ……えーと、俺も……それが好きかな」

「そうなの!? まさか、こんなに近くに相沢恒彦の作品が好きな人が居るだなんて……。私、感激しちゃう!!」

「あ、あのー……のぞみさん? 少し落ち着いて話をしませう?」

「どうして!?」

「……目線が気になるので」


 のぞみが見て、漸く状況を理解してくれる。

 のぞみが大声を上げているので、多くの人がこちらを眺めているのだ。

 それを見てのぞみは顔を赤らめて――。


「な、何でもないんです……何でも……」


 とだけ言った。

 何でもなくはないんだけれど。


「……と、とにかく本屋に向かおうか。話はそれからだ」


 そうだね、と僕は言って本屋へと足を進める。

 少しだけ遅れて、のぞみもついていく。のぞみも、本を買いたくてここにやって来ているはずだ。何せ、今日はその『ミニッツマン仮説』の発売日なのだから。

 本屋『エーテルブックストア』には大量の本が並べられていた。

 しかしまあ、見ていくと、本のタイトルって何だかあらすじ化していないか? 『俺と彼女と彼女と彼女が最強のハーレム過ぎる件について』とか『気がついたら異世界転生してました。……これって有給出ますか?』とか。何というか、みんなタイトルで作品を判断しているような気がしてならない。うん? この作品のタイトルもそうだろ、って? 言わぬが花という奴だ、そういうのは。


「あった!」


 ミニッツマン仮説は、本屋の一番前に鎮座していた。大量の在庫を抱えているということはそれなりに売れるベストセラー作家なのだろうか。僕は本に詳しくないから、あまり分からないのだけれど。


「これ、これ、買って帰る!」

「……よし、それじゃ、それ、僕が買うよ」


 それを聞いたのぞみは、目を丸くしていた。

 ま、そりゃ当然だよな。

 何せ自分は、自分で本を買うつもりでここにやって来ていたんだろうからな。


「え……え? 今、何て言った? もう一度言ってくれない?」

「だから、それ、僕が買うよ。誕生日プレゼントって奴。受け取ってくれるだろ?」

「いや、勿論受け取るけれど……、突然過ぎて驚いたというか何というか……!」

「おいおい。まさかそんなロマンティックなこと考えていたなんてな。俺も驚きだぜ」


 だからお前は黙ってミニッツマン仮説を買ってこい。僕の所にもう一冊置くんじゃない! お前の分は買わないから自分で買ってこい!


「ちぇっ。一冊ぐらい良いじゃないか、隼人のけち」

「お前……これ幾らするか分かって言っているんだろうな?」

「あの……、だったら良いよ。自分で買うよ」

「何言っているんだ。僕が買うって言っているんだ。買わせてくれ」

「…………分かった」


 漸く、納得してくれたようだった。

 僕はそう思いながら、カウンターへと向かう。


「千六百二十円になります」


 ああ、さようなら僕の二千円よ。

 いやいや、もっとお金を消費するイベントが今日は待っているのだ。それを考えたら――ちょっとだけ頭が痛くなった。

 ミニッツマン仮説の入った袋をのぞみに手渡す。


「ありがとう、隼人くん」

「良いってことよ。……あー、ひかり、さっきから様子がおかしいが理由は分かるぞ」

「当然! 私にも何かあるんだろうな?」

「ああ。勿論。……ただ、それは帰り道にさせてくれ。それに昼時だ。飯でも食いながら、歓談と行こうじゃないか」

「この時間に? 絶対混んでいると思うが?」

「混んでいない店を見つける癖を付けろ。それに、予約してあるんだよ。中華で良いか?」

「中華、だと?」

「駄目とは言わせないぞ。さっき、四人に変更する旨連絡しておいたからな」

「駅で降りた時電話していたのは、それだったのか……」


 佳久が何だかがっかりした表情を浮かべているが、これは変更出来ない。

 たとえ中華が嫌いだと言ってきても、中華を食べて貰うぞ!

 そう思いながら、僕達は四階にある中華料理店『刑部中華店』へと向かうのだった。

 

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