第10話 六月最後の週末(2)

「まあまあ、ここで喧嘩はよそうじゃないか、二人とも?」

「何よ」

「何ですか」

「……ここで引き下がる僕だと思ったら大間違いだぞ。僕は絶対に引かないからな」

「……で? あんたが引かないと言ったところで、これを止められると思うの?」

「私も引き下がるつもりはありませんよ。……何戦しましたっけ? 姉妹喧嘩は」

「ざっと百回はしているだろうけれど、私の方が勝っているわよ」

「果たしてそうでしたっけ? 私の方が勝っているような気がしますけれど」


 そうなのだろうか。

 ……いや、ここで姉妹喧嘩の話をしている場合じゃない!

 二人を急いで止めないと。


「ちょっと二人とも。ここで喧嘩するのは良くないって」

「……何その言い方。別のところなら喧嘩して良いみたいな言い方じゃない」


 あ。

 もしや墓穴を掘ってしまったか、自分。


「とにかく! これ以上話しても無駄だしさっさと帰りましょう! 私、これ以上こいつと口きく気になれないから」

「私もです! お姉ちゃんと口聞きたくありません!」


 ちょっと待って。

 ちょっと待ってくれ。


「待ってくれよ……。今日は僕が二人を楽しませようとしているのに……」

「おっ、どうしたんだよ、三人とも。こんなところで」


 声がした。

 振り返ると、そこに立っていたのは、佳久だった。


「佳久……? どうしてここに?」


 すたすた、とこっちに近づいてくる佳久。


「いやあ、それがさ。好きな本が出るっていうから、やって来たんだよ。この街、大きな本屋に行くには電車に乗らないと行けないだろ? だからバスに乗ってここまでやって来たら、何か口論している声が聞こえてきたから、近づいてみたら……って訳」


 まさか、佳久までここにやって来るとは。

 何てこった、これじゃ計画が台無しだ……。


「で? 三人はいったい何をしているんだ?」

「「私達は……」」

「僕は……」


 そして、それぞれに話をした。

 話を終えると、佳久はうーんと頷きながら、両手を交差させ、


「……大変だよなあ、双子の姉妹というのも」


 え? そっち?

 僕はてっきり喧嘩のことについて何か言ってくれるのかと思っていたんだけれど。


「よし! それじゃ、俺もついていこう」

「え?」

「だって、また二人が喧嘩するかもしれないだろ? 俺はその監視役。どうだ? 悪い話でもないだろ? それとも、悪い話だったりする訳?」

「……いや、別に問題ないけれど」

「だったら決まりだ! 何処へ向かうんだ?」

「ええと、これから……南刑部のショッピングモールに向かおうかと」

「何をしに?」

「それは……お楽しみということで」

「お楽しみだってよ。だったら、楽しみにしていれば良いんだな?」

「ああ。……って、何でお前が先導を切って話をしているんだよ」

「良いだろ、別に。それとも、二人に話したい何かでもあるのか?」

「それは……ない訳ではないけれど……」

「今じゃない、か?」

「今じゃない……かな」

「そうか。……だったら、俺はとやかく聞かねえよ。あとは気の向くままってな」

「何だよ、それ。何かの台詞のパクリ?」

「……かもな」


 何だよそれ。

 そんなこと言っている場合じゃないだろ、と思いながらも僕達は四人揃って刑部駅に入った。

 刑部駅の改札にICカードをタッチする。


「ちょっと待ってください! 私のOsacaオサカ、チャージし損ねていたみたいで」

「のぞみー? 待っているから早くしなさいよ」


 すっかり二人が喧嘩していたのは忘れてしまったような、そんな感じだった。

 いや、忘れてくれ。そうであって欲しい。

 ちなみにOsacaは刑部市で使えるICカードだ。バスに鉄道何でも御座れ、ちなみに全国のICカードと提携しているからこれで東京に行けたり出来る訳だ。……ああ、でも、エリア越えるのってしちゃ駄目なんだっけ?


「終わりましたー。はい、ちゃりーんと」


 ちなみに。

 Osacaはタッチするとちゃりーんという音が鳴る。お金を引き落としました、という意味らしいのだけれど、何だかそれがあくどいというか何というか。いや、悪いことではないのだけれど。


「まもなく、一番線に三好行きが参ります。白線の内側にお下がりください」

「電車来た! ほら、急いで急いで!」


 階段を駆け上がり始める僕達。急いだところで電車は十分おきにやってくるのだから、少し待てば良いのに、と思いながらも僕達は走っていた。理由? そんなの簡単だ。ひかりに怒られたくないからな。


「電車参りまーす、ご注意くださーい!」


 アナウンスが聞こえてくる。

 この駅、なんだかんだ設備が古いのでアナウンスは駅員がやっているんだよな。だから駅員によってアナウンスの仕方が違うというか何というか。そこらへん、ちゃんとしてくれれば良いのに、と思うのは僕だけだろうか?


「ほら、電車来た来た!」

「……ふう、何とか間に合ったね……」

「一駅だけなのに……何でこんな疲労しなきゃいけないんだ……」

「……ふう……ふう……、お姉ちゃんの馬鹿……」


 息の上がっていないひかりに比べて、息の上がっている僕達。そこは陸上部と非陸上部の差と言えよう。

 やって来た電車に乗り込むと、冷房の効いた車内が僕達を待ち構えていた。


「いやあ……冷房最高……! 人類の英知の結晶だねえ、これ」

「そうかなあ? まあ、今は確かにそう思えるかもしれないね……」

「次はー、南刑部。南刑部。ショッピングモール、エーテルタウン刑部にお越しの方はこちらでお降りが便利です」

「おっ、見えてきた見えてきた」


 エーテルタウン刑部。

 南刑部駅に隣接している巨大ショッピングモールだ。核テナントにスーパーのエーテルショッピングセンターを持ち、百近くのテナントが軒を連ねているという。


「いやあ……毎度見ても凄いねえ、あの大きさは……」

「まあ、出来たばかりだしな……。でも、混んでいないよな?」

「いやいや、混んでいるでしょ? だって今日休日だし? 混んでいない理屈が思いつかない訳だけれど」

「そうか……。そりゃそうだよなあ」


 僕は落胆する。

 落胆したところで何も解決しないのだけれど。


「まもなくー、南刑部に止まりますー。お出口は右側でございます」


 電車はブレーキをかけて、やがて停止する。

 ドアが開くと、もわあ、と蒸気のような暑い感じが肌に伝わってくる。


「うへえ……外に出たくねえ……」

「じゃあ、終点まで乗るかい?」

「いや! 今日はここに用事があるから来たんだ!」


 僕は一歩前に出る。

 そして外に出る。

 ひどい暑さだ。そう思いながら、僕達はホームに立った。見ると多くの人間が降りていったようで、電車はガラガラになっていた。ストロー現象、という奴だったか? いや、違うな。


「……階段、落ち着いたら登ろうか?」


 見ると、階段もエスカレーターも既に人で埋まっていた。この様子だと五分ぐらいは人で埋まったままになるだろう。そう思いながら僕はうんと頷くことしか出来ないのだった。

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