第9話 六月最後の週末(1)
六月最後の週末。
僕は嘉神シスターズと待ち合わせをしていた。どちらかを選ぶ――その運命の時まで、おおよそ一ヶ月となってしまった訳だけれど、僕には未だ踏ん切りがつかなかった。冷静に考えて欲しい。二人の女子が居る状態で、その二人のどちらかを選ばなければ何も始まらない――ぐらいの陳腐な考えならまだしも、二人のうちどちらかを選ばないと世界が『上書き』されるというのだ。そんなこと、あって良いはずがない。あって良い訳がない。有り得ない、と言えばいいのかもしれない。
けれど、そんなことを言っても何も始まらない。
神は言ったのだ。この世界を滅ぼしたくなければ、どちらかを選べ、と。
でもそれって、ラブコメな世界に反しないか?
ラブコメって……もっとこう、色んなライバルが出てきたりするもんじゃないのか?
「……というか、二人とも遅刻な訳ですが」
午前十時。
正確には、午前十時一分三十秒。
……一分三十秒の遅刻と言えば良いかもしれないが、ぶっちゃけそのぐらいの時間タイムロスな気がしてならない。それぐらいのことを気にするぐらい、考えなくても良いと思うのかもしれないが、それはそれとして。
「……だとしても、二人とも遅すぎないか?」
普段ならば、待ち合わせの十分前には到着している二人である。それを見越して僕は三十分前からここに来ていた。その間、何で時間を潰していたって? スマホゲームとか、適当にネットブラウジングしていたに決まっているだろう。のぞみみたいに常に本とか持ち歩いている訳じゃあるまいし。
「やっほ、お待たせ」
唐突に。
頬を指で突き刺され、僕は目を丸くしてしまった。
「……まさか、東口からやって来るとは思いもしなかった」
ここは、刑部駅前の西口、通称『モアイ像』前。
モアイ像って何だ、って? そりゃイースター島にあるモアイに決まっているだろう。何でもそのモアイを上手くコピーした代物だってんで、話題になっている物だ。
「てっきり、普通にバス乗ってくるもんだと思っていたんだけれど……」
「ゴメンゴメン、用事があって東口で買い物してたんだ。ほら、今度の体育祭でタオル使うでしょう」
「ん? ああ、そうだな。でも、別に古いタオルで良いじゃないか」
「そりゃ男子はねー。女子は新しいタオルを使いたくなるのよ。男子には分からないでしょうけれど」
「へいへい、そうですかい」
「それで? 私達を呼んだ理由って何?」
そうだ。
それについて説明しなくてはならない。
理由は――一つしかない。
「今度、お前達誕生日だろ。だから、ちょっと早いけれど……僕から誕生日プレゼントを渡してやろうかと思ってさ」
別に、誕生日に渡せば良いじゃない、と言われればお終いなことだった。
現に僕と嘉神シスターズの家はそう離れていない。だから、誕生日はいつもお互いの家でパーティーを開くのが慣わしみたいになっていた。
「だったら、誕生日の時に渡せば良いじゃない」
ほら、そう言ってきた。
「そんなんじゃ駄目だから、わざわざ呼びつけたんだろうが。それぐらい考えろよ」
「何よ、いけず」
「何だよ、いけずって」
「……うーん、何だっけ?」
「何だよ、お前。意味が分からないのに使っているのか?」
「良いじゃない、それぐらい。別にあんたが困ることでもないでしょ」
ひかりの言葉もごもっともだった。
しかし問題はもう一人の方で――。
「……のぞみ?」
のぞみはずーっと何かをぶつぶつ呟いている。
耳を澄ましてみると、どうして二人きりじゃないのだとか、お姉ちゃんはいつも隼人くんと一緒にいるでしょうだとか、何だか聞いていると怖くなってしまいそうだったので、それ以上は聞かないことにした。
「……えーと、のぞみさん? どうかしたんでしょうか?」
「のぞみ。呼ばれているわよ。自分の世界に没頭していないで、さっさと戻ってきなさい」
「ひゃっ!? そこは撫でないで、気持ち悪くなるからあっ!!」
「……おーい、二人とも? 一応言っておくけれど、今は朝の刑部駅前で公衆の場だということを忘れていないだろうね?」
ちなみに、今ののぞみの悲鳴で数名がこちらを向いてきて、とても視線が痛い。
それをものともしない二人は、漸く元の姿勢に戻った。
そうすると、「何かあったんだろう?」と思いながらも、雑踏も視線を戻し始める。
「……よし、これで良いだろう」
「あんたは何もしていないでしょうが。……まあ、公衆の場でああいうことをしたのは、悪かったと思っているけれど」
「それ、言い方によってはとっても僕が悪い風に見えるんですが、気のせいでしょうか?」
「さあね、どうだか」
いや。
いやいやいや!
どうだか、とかそういう問題じゃないから!
「……とにかく、何処に行くかは決めているんでしょうね? 私達を呼びつけておいて、何も決まっていませんなんて言ったら、それはそれで文句をずーっと言い続けるけれど」
「どれくらい?」
「ざっと十時間ぐらい」
そんなに文句が思いつく方がすげえよ!
「十時間は冗談だけれど……でも一時間ぐらいはずっと文句を言うのに付き合って貰うかも知れないわね」
「それでも多すぎる……。普段どんだけ文句を溜め込んで生きてきているんだ、お前は……」
「あら? 私は結構ストレス解消している方だと思うけれど。特にスポーツをしているからね。ストレス解消出来ていないのは、どちらかと言えばのぞみの方じゃない?」
「何で?」
「のぞみはほら、本を読んでいるから。スポーツなんてあんまりしないじゃない」
「……本を読んでいても、ストレスは解消出来るんですよ。好きな本を読んでいる間、その間は至福のひとときなんです! それぐらい理解して欲しいかも」
「あー、そうですか。私には全然分かりませんね。何せ、私は本を読まないから」
「でしょうね」
おい。
おいおいおい。
こんなところで口喧嘩か?
これからやるべきイベント全て台無しになっちまうし、出来れば避けておきたいイベントなのだけれど!?
そんなことを思っていたら、僕のスマートフォンがぶるる、と震えた。
何だよ、こんな時に!
スマートフォンはLINEの通知だった。こんな時にLINEを送るなんて……たった一人しか思いつかない。神、ガラムドだ。
ガラムドからの有難いお言葉を受け取ることにしましょうかね、と思いながら僕はスマートフォンを見る。
そこにはこう書かれていた。
『何しているんですか、さっさと止めてくださいよ!』
……それぐらい、僕にだって分かっているよ!
そう返信して、僕は急いで二人の間に入る。
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